6話 剣奴
奴隷、それは俺が元居た世界ではすでに廃れた制度だ。ネット小説やラノベでは、ちょくちょく見る単語だけど実際に奴隷に会った事は当然ない。このリーザスの町を見ても、奴隷なんてものはいない。少なくとも、俺が知ってる範囲では奴隷を抱えているような人を見たことが無かった。
「奴隷って、本当にいるんですね。正直、意味は知ってましたが会った事も見たことも無かったので、今いちピンと来ないです」
「突然言われても、反応に困るでしょうね。実際、この辺りの町では奴隷制度は廃止されています。未だに人身売買は裏で行われているようですが、見つかれば重罪です。状況によっては死刑もあり得ますから、普通の生活を送る方々が奴隷と言う言葉に接することはありません」
やっぱりないのか。なのに、それを持ち出してくるって事は、アマンダさんが俺にきつく当たっていたのもその辺りに理由があるのかな?
「あたしたちは、所謂戦闘奴隷と言われていてね。戦争や、見世物として戦わされていたんだ。なんで奴隷になったのかは……まあ、今回の話にゃ関係ないから詮索するな」
「戦争……いつ魔物に襲われるかもわからない世の中で、人同士で争ってるところがあるんですね」
「なんだ、お前はどこの田舎者だ?人同士の戦争なんて、その辺にありふれてるだろ」
「いつの世も、人が集まって集団ができれば、そこに争いの種は生まれるものよ。この辺りは、魔物討伐と塔の攻略って言う纏まる理由があるから戦争なんて起こらないのかもしれないけどね」
そう考えると、俺が飛ばされたこの辺りはまだ良い方なのかもな。アサギと最初に出会えたことも幸運だったけど、リーザスと言う地方だったから俺は今こうして冒険者をやってられてのかもしれない。
「元々私たちは、別々の場所で奴隷として暮らしていました。それがあるとき、大きな町の権力者が息子の誕生日を祝って、大々的に闘技大会を開くことになりました。その闘技大会は、奴隷を使った本格的な戦いをメインとした血生臭いものでした。そして、その大会に私たちは参加させられたのです」
「奴隷を使って闘技大会って、まるで剣奴だな。見世物として人を殺すところを見せるなんて、やっぱり文化としては随分と遅れてるんだな……」
「剣奴とは何ですか?」
「え、ああ。俺の生まれた国に昔あった事だったはず。他の勉強よりかは面白かったから、本とかで読んだことがあってな。大きなコロシアム、戦うための場所に集められた奴隷同士で殺し合いをさせたんだよ」
俺の国とは言ったけど、実際は俺の世界の別の国……だけどな。スパルタカスとか面白かったな。
「ホクトさんの故郷でも同じような事があったのですね。剣奴ですか、確かに私たちはそのようなものだったと思います。人を殺さなければ、自分が殺さる。毎日がそれの繰り返しでした」
「それでも、あたしたちが今ここにいるって事は、それだけあたしたちが強かったって事だけどな」
どこか自慢げにミルさんが言う。スパルタカスも剣奴ではあったけど、同時に英雄でもあった。人は強さに惹かれる。それが身分が低い奴隷であっても、自分の欲求を満たしてくれるのであれば英雄にも祭り上げてしまう。
「闘技大会の当日、私たちは初めて顔を合わせました。ここにいる3人とアマンダ、他にも大勢の奴隷たちが集められ、戦わされることになったのですが……」
そこでアイラさんが言い淀む。昔の話とは言え、思い出したくない過去だろうから仕方ないだろう。ここで急かしても意味が無いので、彼女の準備が整うのを待つ。
「アイラ……」
「大丈夫です、ホクトさんもすいません」
「気にしないで。言い難いことだろうし、俺はちゃんと聞くから」
「……ありがとうございます」
アイラさんの表情が少し柔らかくなる。ちょっとは緊張が解けたかな?他の2人も俺の方を見て、なぜか感心したような表情をしている。
「……何ですか?」
「べっつにぃ~?」
「ホクトくんて、以外に良い子ね。思っていたのとちょっと違ったわ」
ミルさんとディーネさんが、揃って俺の顔をマジマジと見る。やめて、そんな生暖かい目で俺を見ないで!
「コホン、話しを続けますよ?」
「「どうぞどうぞ」」
アイラさんが冷めた目でミルさんとディーネさんを見る。2人は慣れているのか、悪びれることも無くアイラさんを茶化す。この3人のやり取りを見ている限り、アマンダさんほどに俺を目の敵にしている素振りはないな。やっぱり、あの人だけが特別だったのか。
「大会当日、私たちは同じグループで殺し合う事になりました。その時は、みんないち参加者だったので面識もありませんし、誰を殺してでも生き残ろうと考えている者ばかりでした」
「実際、周りはそんなギラギラした眼つきの悪い奴ばっかりだったのよ。どうも試合を盛り上げるために、態々血の気の多い連中ばかりを選んでたみたいね」
「ミルさんは別にして、アイラさんもディーネさんも血の気が多いようには見えませんが?」
「おい、小僧!お前、あたしは別ってどういう意味だコラ!」
「そのまんまでしょ?ホクトくんの言ってる事は事実なんだから、まぜっかえさないの」
「ディーネ!お前だって、そんな澄ましているけど戦うのが好きだろうが。こんな時だけ良い子ちゃんぶろうとするな!」
「なんですって!?」
「なんだよ!」
そのまま顔を近づけてメンチを切り合う2人。
「良いんですか?2人を止めないで……」
「大丈夫です、これはいつもの事なので。さて、話を続けましょう」
アイラさんは眉ひとつ動かさずにそう言う。この2人は、これが普通なんだと自分に言い聞かせて無視する。しばらく罵り合った後、お互いに何事もなかったかのように落ち着いた。
「でも、主催者にはもう1つ別の思惑もあったようです。その時の私たちは、そのことに気付くことができませんでした。結果として、あのような事に……」
「「…………」」
ゴクリと喉が鳴る。一体、この人たちに何があったのか。
「序盤はいつも通りに、逃げて戦ってを繰り返す程度の小競り合いがせいぜいでした。そこに変化があったのは、残った奴隷が半分を切った頃でしょうか……私たちはおかしなことに気付きました」
「何に気付いたんですか?」
「……生き残りのうち、女の数がやけに多かったんだ」
「……え?」
「普段の奴隷同士の戦いだと、男に対して女の割合は圧倒的に少ないのよ。当然よね、女の奴隷なら別にやれる仕事が沢山あるから。主に奉仕的な方面で」
「……ああ」
つまり性奴隷と言う奴か。確かに戦わせて傷物にするよりも、性奴隷として養う方が男としては楽しいのかもしれない。
「それが、その時の大会では生き残りが半数になっても女性の数がさほど変わっていなかったのです。それに真っ先に気付いたのがアマンダでした」
「私やミルもアマンダから声をかけられてね。運営の動きがおかしい、何かを狙っているようだから本気で殺し合うのは止めようって」
「最初は何バカな事言ってんだって笑っちまったよ。だけど、あまりにも真剣な目で言うから言う事を聞くことにしたんだ」
アマンダさん、俺は彼女の悪い面しか知らない。だけどここにいる3人は、心の底からアマンダさんを信頼しているようだ。会話の節々から、そのことが伝わってくる。そして、それを俺にも知ってほしいと考えているようだ。
「それから更に人数が減り、いよいよもってアマンダの言っていたことが真実味を帯びてきた頃、突然闘技場の中に別の集団が入ってきたんです」
「別の集団?」
「私たち生き残りの女性たちの三倍はいたんじゃないかしら。みんな、あまりの事に動くことができなかったわ。その時にアマンダから声をかけられてみんなで固まったの。だけど、それだけじゃ押し流されてしまいそうなほど、私たちとその集団には差があったわ」
そこまで言われると、運営が考えていたことが何となく解ってきた。それって、つまり……。
「公衆の面前での集団暴行……」
「そうです、主催者は血と快楽で客を盛り上げようとしました。私たちは、普段戦っているだけの生活だったので、その……」
「みんなオボコだったのさ」
「ミル!?そのような言い方は……」
「隠したって同じだろ。実際、期待通りにやられちまったんだし」
開けっぴろげにトンでもない事を言うミルさん。
「じゃあ、皆さんも……」
「そうね、今更隠したってね」
「……でも、男の人に言うのは恥ずかしいではないですか!」
アイラさんが一番顔が赤い。そこで照れられると、こっちも恥ずかしくなってくる。俺だってチェリーボーイの17歳だ、知らずに顔が熱くなるのを感じた。
「私たちをいれて、10人くらいが残っていたかしら。私たちは、三倍はいる男たちの慰み者になったの……それも、大衆の面前でね」
集団レイプ、現代で表すとこうなる。しかもそれを観衆の前で強要するなんて、その主催者ってのは大した神経の持ち主だ。男だって、その全てがその条件で興奮できるとは思えない。誰かが手引きして、集団催眠に近い状況を作り出したんじゃないだろうか?
「全てが終わったとき、私たち生き残りの10人は闘技場から地下牢に連れていかれたわ。元々バラバラの所から来ていた私たちだったけど、その時が切っ掛けで逃げ出すことにしたの。その一部始終を計画、立案したのが……」
「アマンダさん?」
俺が先回りして答えると、残りの3人が頷いた。
「夜中に巡回中の兵士を牢屋の中に誘い込んで、事をしている間に他のやつが鍵を奪い取って、建物から脱走しました。人間と言うのは面白いもので、一度汚れてしまうと行為自体に忌避感を抱かなくなるのですね。牢屋から出た後は、誰にも見咎められることもなく建物の入り口まで行くことができました」
「私たちの姿に興奮していた人が多かったことも助けになったわ。建物内にいる人たちは普段よりも明らかに少なかったの」
「アマンダがあたしたちを上手く誘導してくれてな。暗闇に潜むように移動して町と外とを隔てる門まで到達することができた。とは言え、結局町を出る頃には助かった10人から6人にまで人数が減っていたけどな」
何と言う統率力なんだろう、アマンダさんと言う人は。公衆の面前で辱めを受け、それなのにその日のうちに脱走計画を立てて実行するなんて……。
「減ってしまった、町の外まで逃げなかった人たちはどうしたんですか?」
「解らないわ……多分逃げてくれていると思うけど」
その場にいなかった俺には想像もつかない苦労があったんだろうと思う。自分がアマンダさんの立場で行動しろと言われても、俺に出来たかは解らない。いや、多分できなかっただろうな。
「結局、6人で逃げ出したんですか?」
「はい、その時の6人で新しい地に行って新しい生活をしようとアマンダに言われました」
「それが、私たち涼風の乙女の始まりよ」
後ろからの声に驚いて振り返る。そこには、今だ苦しそうな表情のアマンダさんが立っていた。




