5話 涼風の乙女
ダッジさんに教えられた場所は、中央広場から商業区画を少し入ったところにあった。視線を上にズイーッと移動させると、そこには4階建ての大きな建物がそびえ立っていた。
「でけぇな……今まで気付かなかったけど、こっちの世界に来て4階建ての建物って初めて見たかも。これより大きいのって、もう願いの塔くらいしかないんじゃないか?」
さすがAランク冒険者が入院する病院ってのは、建物からしてランクが違う。俺はその建物の異様さに怖気づきながらも、腹に力を入れて歩き出す。
そもそも、俺が今まで見たことのある病院って言うとウドベラのノクト爺さんのやっていた診療所くらいか。俺がソウルと試験で戦った時はギルドの医務室だったし。前の世界の時だって、身体は頑丈だったから風邪をひくことも無かった。こうして考えると、とことん病院って所に縁がない生活をしてるな。
中に入ると、正面に大きなカウンターが見える。1階は冒険者ギルドみたいだな。酒場が無い代わりに待合所なのか、大勢の人が座っている。
「外見もだけど、中もすげぇ立派だな。元の世界の病院と比べても遜色ないんじゃないか?見たことないから想像だけど……」
なんて、独りノリツッコみをしてると周りから変な目で見られた。恥ずかしくなってきたから、さっさとアマンダさんに会いに行こう。空いているカウンターに向かって用件を伝える。
「すいません、涼風の乙女のアマンダさんに面会をお願いしたいんですけど」
俺が用件を伝えると、カウンターにいた女性が訝し気な表情をした。
「アマンダ様ですか、失礼ですけどどちら様でしょう?」
「Dランク冒険者のホクトと言います。アマンダさんは面会できますか?」
俺がDランクの冒険者だと言うと、ますます渋い表情になる受付嬢。あれは渋いってよりも警戒色が強いって言った方がいいか。まあ、人気のあるAランクパーティ涼風の乙女のリーダーであるアマンダさんだ、どこの馬の骨ともしれない輩をおいそれと会わせる訳にはいかないか。
「申し訳ありません、アマンダ様は現在面会謝絶で誰ともお会いになれません」
明らかに嘘だな。さっきまでは、そんな空気まるでしなかったのに、俺が怪しいと見るとすぐに面会謝絶だ。ああ、本当に面倒くさい……別に俺本人が会いたい訳じゃないんだけどな。
「あっそ……じゃあいいや。ギルドには門前払い喰らったって報告すれば済む話だしな。邪魔して悪かったね」
そう言って踵を返す。もうここには用は無い。とっとと帰って、ハンナちゃんやポロンと遊ぼう。
「えっ、あ、あの……」
後ろで受付嬢が何か言ってるが気のせいだ。俺としてもやることはやった。後はダッジさんに会えなかったと言えば体裁は保てるだろう。いくら綺麗な病院とは言え、気が滅入ることに変わりはない。帰ろう……。
カウンターから離れ、玄関から出ようとしたところで声をかけられた。
「そこの坊主、ちょっと待て!」
俺か?でも、声に聞き覚えが無いから違うだろう。一瞬止めた足を再び動かして外に出ようとしたら、またもや声をかけられた。
「おい、無視すんな!お前だよ、そこの黒髪の小僧!」
黒髪って、俺以外にもいるんだな。こっちの世界に来てからはあまり見たことなかったけど、こんな病院にいるなんて。同じ黒髪のよしみだ、病気が治る事を祈ってるよ。今度は足を止めることなく出口に向かう。
「いい加減無視すんな!わかっててやってんだろ!お前だよ、ホクト・ミシマ!」
あ、俺の事だったんだ。そう思って足を止めて振り返る。そこにいたのは、筋骨隆々なアマゾネスのような女性だった。長い髪をウルフカットにして、無造作に背中に流している。明らかにイラついた顔で、俺の方を睨んでいる。
「いい度胸だな小僧、あたしを無視しやがって」
「自分が呼ばれてるとは思ってなかったんで。で、何の用ですか?俺とあなたは初対面ですよね?」
「あたしはミル、涼風の乙女の剣士だ。お前が受付でアマンダへの面会を希望してたのを聞いてたんだよ。あたしが口利きしてやるから、ついて来いよ」
ああ、アマンダさんの仲間か。それは分かったけど、なんでこの人俺の名前を知ってたんだ?さっきも言ったけど、俺とこの人は初対面のはずだ。いくら同じ作戦に参加してたからって、たかがDランク冒険者ひとりの名前と顔をこの人が覚えているとは思えない。
「……なんで俺の名前を?」
「アイラってわかるか?うちの回復魔法使いなんだけどな。そいつから、お前とアマンダの事を聞かされてたんだよ。それで特徴が一致したんで声をかけたってわけだ。まあ、間違ってたら謝りゃ問題ないだろ」
雑な人だな。とはいえ、そうか……アイラさんって最初にアマンダさんが挨拶をしたときに横にいた黒髪の人だよな。
「そうですか、でも俺の用件は片付いたんで帰ります」
「え、おい!お前はアマンダに会いに来たんじゃないのか?」
「そうですけど、別にどうしても会いたいって訳じゃないんで。受付で追い返されたところで、ダッジさんへの義理は果たしたし。正直、顔を見なくて済んでラッキーくらいに思ってました」
「……お前、嫌な奴だな」
「人によります。俺だって、好き好んで自分に害をなす人間と会いたいとは思わないんで。今回は、ダッジさんが言うからここまでは来ましたけどね。気が重かったんで、丁度良かったです」
なんで態々会いたくもない人に会わなければいけないのか。それも、一刻も早く会って安否を確認したい知人を差し置いて。答えは、ダッジさんに言われたから。軽く会って、少し話して帰るつもりだった。
「……まあ、お前がアマンダから受けた仕打ちは聞いてるよ。そんな事をされた奴がアマンダに会いに来たって言うから、少し興味が湧いたがな。どうも、ただのふにゃちん野郎だったみたいだな」
「あんたもアマンダさんと同じ人種か。男だからとか、女だからとか、自分たちが一番性別を気にしてるんじゃないか。はぁ、バカバカしい。やっぱり帰るわ」
もうこれ以上ここにいても良い事はない。このミルって人の事も無視して、外に出る事にした。そして、更にかかる待ったの声。
「待ってください!どうか、私たちの話を聞いてください」
「…………またかよ、面倒くせえ」
「お願いです、少しでいいので私たちとお話しませんか?」
声のした方に視線を向ければ、見たことのある顔と、見覚えのない顔の女性二人組だった。1人は件のアイラさん。話したことは無いけど、アマンダさんの隣にいたからよく覚えている。もう1人は、白に近いプラチナブロンドを腰まで伸ばした美女だ。アサギやカメリアも、前の世界を基準にすると絶世の美女と言って差し支えないけど、目の前にいる女性は絵画から出てきたような美しさだ。ぶっちゃけ、現実味がまるでない。
「……確かアイラさんですよね?」
「覚えていてもらえましたか。そうです、こうして言葉を交わすのは初めてですね。私は涼風の乙女の一員のアイラです。隣にいるのは……」
「同じく涼風の乙女のディーネです」
「その涼風の乙女のお2人が俺に何の用で?」
「その、少しお話をしませんか?先日のアマンダの件のお詫びもしたいです」
真剣な目で見つめてくるアイラさん。正直、これ以上関わり合いになりたくないんだけど、ダッジさんに言われた手前、ある程度は歩み寄る必要があるか。……ああ、本当に面倒くさい。
「……わかりました。どこで話しますか?」
「上のフロアにもお茶ができる場所があります。そこで出来る限りの事をお話しします」
アイラさんの横にいるディーネさん、そして俺の近くにいるミルさんも真剣な表情をしている。俺が頷くと、アイラさんを先頭に上へあがる階段に向かって歩き出した。俺がその後に続くと、後からミルさんがついてくる。これは、逃がさないようにするための包囲網か?チラッと後ろを振り返ると……。
「なんだよ、別にお前を逃がさないようにしてる訳じゃない。あたしたちとしても、お前とは腹を割って話したいと思ってたところなんだ」
まあいい、今はそういう事にしておこう。階段を2階分あがって3階へ。更に廊下を進むと、小さなスペースだけど椅子とテーブルが2セット置いてある空間に出た。ここは、入院患者に面会に来た人たちとの憩いの場か?
「お座りください。今飲み物をご用意します」
「私がもってくるわ。あなたは何が良い?」
「じゃあ、紅茶を」
別に味なんて解らないけど、今は甘い物より苦みがある飲み物が飲みたい。ディーネさんがオーダーを聞いて、席を離れる。その間に俺たちは、空いていた席に腰を下ろした。俺の前、向かいの席にアイラさん。俺から見て左にミルさん、そして恐らく向かって右の席にディーネさんが座るんだろう。
席に着いて周りを見回してみる。少し離れた場所にいる男数人、廊下を歩いてくる男の何人かが俺達のテーブルに目を奪われて、そして俺に気付いて凄い形相で睨んでくる。これはあれか、嫉妬の炎で人が燃やせたらってことか。改めて見るまでもなく、俺と一緒にテーブルを囲んでいるのは美女揃いだ。これにディーネさんが加われば、隙の無い難攻不落の要塞に囲まれているようなものだ。
「お待たせ」
そんな不純な感想を抱いていると、ディーネさんがお茶を持って戻ってきた。各々の前に飲み物を置いて、自分は俺の右隣に腰を下ろす。さて、ここからが本番だ。いったい、何を話してくれるのやら。
「私たちの話をする前に、まずは作戦中のアマンダの言動や行動についてお詫びします。あなたを不快にさせ、理不尽な要求までしたことを深くお詫びします」
そう言ってアイラ、ミル、ディーネの3人は俺に向かって頭を下げた。3人の表情は真面目そのもの。自分たちに、特にアマンダに非がある事を認め和解をしたいと言う事だろう。
「頭を上げてください。少なくとも、あなたたちにここまでの事をさせるつもりは毛頭ありませんでした。俺としても、アマンダさんが正式に謝罪をするというのであれば、それを受けます」
「それについては、アマンダが意識を取り戻し次第、私の全てを賭けてホクトさんにお詫びをさせます」
義理堅いと言うか、何と言うか……。
「アマンダさんは、まだ意識が戻らないのですか?」
「はい。お医者様に見てもらったのですが、外傷はほとんど塞がっているそうです。なのに意識が戻らないのは、何か起きたくと思っている可能性があります」
まだ意識が戻らないのか。実際にアマンダさんが怪我を負ったところを見た訳じゃないけど、意外と長く治療にかかるんだな。
「これからお話しする内容は、他言無用でお願いします」
「わかった」
アイラさんも若干緊張しているのか?そうして、しばらく経ってからアイラさんが口を開いた。
「アマンダ……ううん、私たち全員、元は奴隷でした」




