15話 ベースキャンプへの帰還
「うっ……」
目を覚ました時、周りはすでに暗闇に覆われていた。すぐ傍に焚火、そして焚火の向うにシッカが座っていた。
「シッカ……」
「気が付いた?具合はどう?」
シッカは何か作業をしていたのか、手を止めずに聞いて来た。
「……良くはないな。右手なんて感覚が全くない」
「まあ、そこまで徹底的に壊されたらね。私ではどうしようもないから、右腕やその他の骨折に関してはベースキャンプに戻るまで我慢して」
実際生きてるのが不思議なくらいボコボコにやられたからな。今は感覚がマヒしたからか、対して痛くはないけど……。鎧と籠手に守られていた部分以外は、どこもかしこも熱を持っている。
「俺はどれくらい気を失ってた?」
「そうね、2時間くらいかしら。あそこに何時までもいる訳にはいかないから、ここまであなたを担いできたんだけど……感謝してよね?凄く重かったわ」
「はは、そりゃ悪かった。あそこからは、結構離れたのか?」
「……ごめんなさい、偉そうなことを言ったけど大して離れてないわ。やつらの仲間が戻ってきたときに、辛うじて索敵に引っかからない程度にしか離れてないわ」
でもそこまで男を1人担いで連れて来てくれたんだ。シッカには感謝してもしたりないな。
「よし、できた」
「ん?何を作ってたんだ?」
「この辺りに生息していた薬草を煎じて丸薬にしてみたの。骨折には効果が無いけど、打ち身や打撲、熱さましの効果は期待できるわ。ほら、これ飲んで」
そう言ってシッカが持ってきたのは、泥団子?と言いたくなるような異様な丸い何かだった。まるで子供が砂場でおままごとで作ったみたいだな……。
「こ、これを飲むのか?」
「そうよ、見てくれは悪いけどちゃんと効くわ」
ズイッと鼻先に突き出された泥団子。見た目も悪いけど、臭いもキツイ。こんなの飲んだら、味覚が破壊されるんじゃないか?
「べ、別に我慢できるから……そんなの、飲まなくても……」
「い・い・か・ら、飲みなさい!」
普段からは考えられない眼力で迫ってくるシッカ。しかも、俺が返事をしないとその場を動きそうにもない。これは、覚悟を決めるしかないか……。
「わかった、飲むよ」
そう言ってシッカから丸薬をもらう。
ゴクッ
知らずに喉が鳴る。例え体に良いと言われても、これを喜々として飲む奴がいたら声を大にして言いたい。
このドM野郎!と。
「……そうやって見てても無くならないわよ?」
「わ、分かってる」
覚悟を決めて口の中に放り込む。口の中を通るときに舌の上を通ったときの何とも言えない触感、そして歯が当たってこそぎ落とした時のゾワッとする感覚。ただ口の中に入れたってだけで気を失いそうだ……。
「み、みず……」
「はい、これ」
シッカが水筒の蓋を開けて渡してくれる。さっきとは違って天使に見える。
「ん……ングッングッ……ゴクゴク…………おえぇっ!?」
水で流し込んでいる最中に、胃の中から得体の知れない臭いが競り上がってきた。余りの臭さにえずきそうになるのをグッと堪える。
「グッ……ゴホ、ゴホゴホ……うえぇ、青臭い」
「我慢しなさい、良薬口に苦し……よ」
そう言うシッカだけど、俺は見逃さない。俺が丸薬を飲む前と後で、明らかに俺との距離が違う事を。
「もう少し水を飲んだ方がいいわ」
シッカに言われた通り、水を飲み干していく。
「なあ、シッカ」
「なに?」
「お前も、これ飲んだことあるのか?」
あまりにも状況に詳し過ぎる。
「……私の一族に伝わる秘薬なんだけどね。うちだと、祖母が事ある毎にそれを飲ませようとするの。飲み込むときの気持ち悪さは、回を重ねるごとに弱まっていったけど、臭いだけはどうにもならないのよ。それはもう魂レベルで拒絶するわ」
そんなにか……にも拘らず、シッカは俺の為にこの丸薬を作ってくれたのか。作っている最中だって、この臭いがないはずがない。それをおしてまで作ってくれたんだな。
「……ありがとうな」
「なによ急に……」
「何でもねえよ……」
そう言って再び横になる。いくら丸薬を飲んだとはいえ、ここまで骨折してるんだ。今日は寝れると思わない方がいいだろうな。
「見張りは私に任せて、あなはた少しでも休んで」
「ああ、そうさせてもらう……」
目を閉じて姿勢を楽にする。さて、長い夜になりそうだ。
「ホクト」
シッカの声で意識が覚醒する。
「俺……寝てたのか?」
「そうね、ちょっと前からだけど良く寝てたわ」
驚いた。確かに所々激痛に魘される事はあったけど、眠れるとは思っていなかった。昨夜気が付いた時よりも、明らかに身体の調子も良い。
「すげえな、あの丸薬」
「ふふ、言ったでしょ。うちの秘伝の薬よ」
褒められたことが嬉しかったのか、シッカが柔らかく微笑んだ。
「どう、動けそう?」
「ああ、これならなんとかなりそうだ」
「じゃあ、食事をしたら出発しましょう」
「わかった」
まだ痛みはあるけど、歩けないって程じゃない。あとどれくらいかかるか分からないけど、ベースキャンプまで辿り着くことは難しくないだろう。そして、これから歩くなら何をおいてもエネルギーを摂取しないと。
俺はシッカに手渡された椀を受け取り、腹の中に収めていく。少し塩辛かったけど、これからの運動量を考えるとちょうどいいかもしれない。
そうして一通りの準備を終えた俺たちは、野営の痕跡を消して出発した。
「グッ……」
「大丈夫?やっぱり、私が肩を貸した方が……」
「大丈夫だ。ずっと寝てたから筋が突っ張っていただけだ。さっきも話だろう、俺たちが持っている情報は絶対にキャンプにまで届ける必要がある。お互いを庇い合うよりも、どちらかでもキャンプに辿り着く為の努力をするべきだ」
「……分かったわ。ホクトが動けなくなっても置いて行くからね」
「はは、それでいい……」
こうして俺たちはベースキャンプへ向けて移動を開始した。行きにかかった時間を考えれば、半日はかかるかもしれない。だけど、そこまで時間をかけてしまったら、せっかく手に入れた情報の鮮度が落ちてしまう。情報を持ち帰っても、準備をする時間すら与えられなかったら、せっかくの情報が無駄になる。
道中はシッカが前を歩き、俺がそれに付いて行く形だ。一歩足を踏み出す度に鈍い痛みが身体中を襲う。我慢できないくらいじゃないけど、一歩一歩確実に体力と精神力を削られていく。こんな痛みに、後どれくらい耐えればいいのか……。
「大丈夫、ホクト?」
「……大丈夫だ。それよりも、あんまり喋らない方がいい。喋るだけでも体力を奪われるからな」
「それは……わかったわ」
そしてシッカは再び前を向く。気持ちさっきよりも歩く速度が速くなったか?俺は自分の身体に鞭打って、何とか遅れまいと付いて行く。
どれくらい歩いただろうか。移動を開始した時は、まだ日の出前だった。だけど今は、すでに日は登り切って周りを明るく照らす。前を歩くシッカの背中が霞んで見える。ヤバイな……すでに体力が尽きかけてる。身体のあちこちが熱を持っていて、汗もあんまりかいてない。このままだと熱中症になりそうだ。
「止まって!」
シッカが鋭く警告する。俺は、その声を聞いて歩みを止める。こうして時折シッカから警告が出る。その度に足を止めて周りに注意する。今日の俺は気配感知を使っていない。と言うか使えない。身体の痛みで注意力が散漫になっているせいか、上手くスキルを使えない。そのため、今日の警戒は全てシッカに頼っている。何から何までシッカに頼っている今の状況は、ハッキリ言いてあまりいい気分じゃない。一度そのことをシッカに言ったら、本気で怒られた。
「昨日までの私は、まるでホクトの役に立っていなかった。今日は私の番ってだけの話。だから、そんな風に言われると自分を許せなくなってしまいそうになるから止めて」
昨日敵に見つかってからの事を言ってるんだろうな。昨日俺が否定したことを、今日は自分で言ってしまっている。これではシッカが怒るのも無理はない。
「……ふぅ。もう大丈夫よ、先を急ぎましょう」
そう言って、再びシッカが歩き出した。毎回毎回魔物の気配にドキリとさせられるけど、その都度休憩ができるのはありがたい。これが無ければ、とっくにシッカから離されていただろう。
「はあ、こんなに遠いとはな……」
弱気な言葉が口に出た。前にいるシッカには聞こえなかったみたいで一安心だ。空を見上げると、太陽がそろそろ中天に差し掛かろうとしていた。
「……ト、……クト!」
なんだ、誰かが呼んでる気がする。
「ホクト!ホクト大丈夫!?」
あれ、目の前にシッカの顔がある。それにしても必死の形相だ、何かあったのか?
「どうしたシッカ、何かあったのか?」
「ホクト!自分の状況が分かってないの?」
「俺の……状況?」
言われて周りを見回す。とは言っても、なぜか首が上手く回らない。それに背中に感じる感触は……。
「あれ、俺倒れてる?」
「そうよ、突然後ろでドサッて聞こえて……振り返ったらホクトが倒れてたの。本当に大丈夫?」
「ああ、意識はある。ちょっと身体はだるいけど、まだ歩けるよ」
そう言って立ち上がる。上手く身体に力が入らないけど、何とか立ち上がることはできた。でも、立った時にクラッときた。酷い立ちくらみだ。
「あ、あれ……身体は何ともないのに」
「……さっき、あなたの身体に触れたとき異常に熱かったわ。あなた、そんな熱でここまで歩いてきたの?」
「熱?……大したことないだろ」
自分の手を額に当ててみる。ほら、いつもと変わらないぞ?
「バカ、今のあなたは感覚器官がおかしくなってるのよ!」
そう言って俺の手を払い除けて、自分の手を俺の額に当てる。シッカの手が額に触れた瞬間、ヒヤッとした感覚が気持ちよかった。
「ああ、シッカの手ってヒンヤリしてるな。気持ちいい……」
「見なさい、私の手なんて普段と変わらないわ。なのに冷たく感じるのは、それだけあなたの体温が高い証拠よ」
そうか、どうも今の俺の身体はかなりポンコツみたいだ。自分で自分の状態が判断できないって……ああ、あれだ。昔一度だけかかったインフルエンザのときに近い。あの時もボウッとして、こんな感じに身体がフワフワしてた気がするわ。
「仕方ないわ、ここで休憩しましょう」
シッカが俺の身体を心配して、休むことを提案してきた。
「……ダメだ。シッカ、出発前に約束したろ。どちらかが倒れたときは、置いて行くって」
今の俺がポンコツなら、俺を置いてシッカだけ先に行くべきだ。それに、予想以上に時間を使ってしまっている。すでに太陽は中天を過ぎて、傾きかけている。このままでは今日中にキャンプまで戻れないかもしれない。
「シッカ、ダメだ……。これ以上時間をロスできない。お前だけでキャンプまで行くんだ」
「だけど!私が離れたら、あなたが……」
「こういう状況だ、それは仕方ない事だよ。苦しいのはわかる、だけどみんなの事を考えたら、ここは行ってくれ」
こんな身体で魔物に見つかったら、ただじゃ済まないだろう。だけど、上手く行けばキャンプに戻ったシッカが救援を連れてきてくれるかもしれない。分の悪い賭けだけど、勝機が無い訳じゃ無い。
「俺は大丈夫。そもそも、俺はサポートなんだからシッカが辿り着ければミッションコンプリートだ」
親指を立ててサムズアップしてみる。
「……なによ、そのみっしょんこんぷりーとって。はぁ……」
溜息を1つ、シッカは俺の左腕を取り自分の身体をそこに滑り込ませた。
「お、おいシッカ!聞いてたんだろ、俺なんておいて行け。時間が勿体無い」
「黙って!せめて、あの丘の先までは連れて行くわ。そうすれば、身を隠せる場所があるかもしれない」
そう言いながら、シッカは一歩一歩俺を担いで丘を上がっていく。俺も熱に浮かされながら、なんとか足に力を入れて歩く。まったく、すげえ頑固な女。
「ほら、後少し……ここを超えた先であなたは休んで……」
「……ああ、そうするよ」
時間をかけながら、少しずつ丘を上がる。そして、遂に丘の頂上まで辿り着いた俺たちが見たのは……。
「……嘘、あれベースキャンプ?」
「まさか、もう目と鼻の先だったとは……」
「私としたことが、周りの景色に気付きもしないだなんて……焦ってたのかもね」
紛れもない、俺たちのベースキャンプだった。




