8話 偵察任務
「ジャジャーン!新装備にしてみたんだけど、どうよ?」
明けて翌日、俺はゴドーに頼んでいた新しい鎧を身に纏っていた。コバルトブルーに輝く胴鎧は、朝日を浴びて輝いて見えた。やっぱり、この色はカッコいい!
「へぇ、鎧を新調したのか。なかなか似合ってるじゃないか」
「本当、鮮やかな青色が綺麗ね。ゴドーさんのところ?」
「ああ、今回の依頼を受ける前に頼んでおいたんだ。出発の日にギリギリ間に合ってな、試着以外では一度も装着していなかったのを、今日やっと着ることができたんだ」
「でもホクトくん、その鎧皮……なのかな?何の素材だかゴドーさんに聞いた?」
「聞いて驚け、なんとドラゴンだ!」
俺が自信満々に言うと、カメリアとアサギは驚いた顔をした。
「え、ほんとにドラゴンなの!?確かに見た目は鱗にも見えるけど、でもドラゴンの鎧なんて駆け出しの冒険者には手が出ないくらい高いのよ?ホクトくん、お金持ってたの?」
やっぱりアサギには解ったみたいだ。
「まあ、実を言うと……ドラゴンでもかなり下っ端の奴らしい。大蜥蜴ってゴドーは言ってたけど。でも良いんだよ、俺はこの色が気に入った」
「確かに、角度によって青の色が微妙に違うのな。それに、結構耐久値もありそうだ」
そう言ってカメリアは、俺の鎧をゴンゴンと叩いて行く。それくらいじゃ全く衝撃が来ないけど、新調したばかりなんで気を付けてほしい。
「それでホクトくん、ゴドーさんはこの鎧幾らだって言ってた?」
「金貨8枚」
「ひぃえ~、そんなにすんのか!結構張ったなホクト」
もっとも、今はまだ金貨3枚しか払ってないけどな。この作戦が終わって、報酬がでたらゴドーにキッチリ払おう。
「8枚……ホクトくんは本当にゴドーさんに気に入られてるんだね」
「どういうことだ?」
「その鎧、本当だったら金貨10枚でも安いよ?多分相場だと15枚くらいで取引されるんじゃないかな」
アサギの言葉を聞いて目が点になった。え、15枚!?ゴドーのおっさん、俺にそんなものを売りつけたのか!
「ホントか?俺はゴドーから後払いの金貨8枚で買っちゃったんだけど……」
「だから気に入られたねって言ったの。多分ゴドーさんにとっても、その鎧は秘蔵っ子だったんじゃないかな。本当に自分が気に入った相手にしか売る気が無い、裏の目玉商品とか」
俺がスタンピード鎮圧作戦に参加することを知っていたゴドー。そのゴドーから後払いでいいからと金貨8枚で買ってしまったけど、これはゴドーからの激励でもあったみたいだ。俺は新たな覚悟をもって、コバルトブルーに輝く鎧に目をやった。
そのとき、簡易指令室にしているテントからアマンダさんが近づいて来た。
「ホクトちょっといいか?」
「俺ですか?ええ、大丈夫です」
「ちょっと来てくれ、相談したいことがある」
アマンダさんが俺になんの用だろう?昨日の感じだと、アマンダさんは俺にそこまで期待している感じじゃ無かったけど……。とにかくアサギとカメリアに視線でついて行くことを伝えると、心配そうにはしてたけど、送り出してくれた。
そして、俺はアマンダさんに続いて指令室のテントへと向かった。
「よう、調子はどうだ?」
中に入るなり、ダッジさんが声をかけてくれた。中の様子を見ると、結構広い。12畳くらいはあるか?中にはダッジさん、Aランクパーティ『竜神の鉾』のグルドさん、洞窟の住人のシッカさんが椅子に座っていた。
「今のところは快調ですよ。で、俺に何の用ですか?」
今更ダッジさんに気を遣っても仕方ないので、いつも通りの口調で話しかける。それをみたシッカさんは、一瞬ギョッとした表情をしていた。まあ確かに、総司令に対して随分失礼な喋り方だけど、俺とダッジさんにとってはいつものこと。
「お前にちょっと頼みたいことがあってな。そこのシッカとは面識あるか?」
「ええ、昨日自己紹介をしましたから。それに、短期間とは言えしばらく一緒のグループで戦うんです。ある程度は打ち解けていると思いますよ」
俺がシッカさんの方を見ながら言うと、彼女はすごくイヤそうな表情をしてダッジさんに頷いた。明らかにダッジさんからのカミナリを恐れているそぶりだ。
「ならちょうどいい。シッカと2人で魔物の群れの偵察に行ってくれ。細かいことはシッカに伝えてある。お前は勉強と思って、シッカから偵察のイロハを教えてもらえ」
「俺は良いですけど、それって公私混同じゃないですか?」
「うるせえよ、とにかく通達したからな。準備ができ次第出発してくれ。特に群れの個体数と種類、予想到達時間も分かったらでいい」
「わかりました。では失礼します」
シッカさんが立ち上がって、ダッジさんに応える。そして彼女は、そのままテントを出て行った。
「……あれ、俺ももういいのかな?」
「……そうだ、ホクトちょっと付き合え」
ダッジさんはそう言って、俺を連れてテントを出た。
テントを出て村の周りを歩く。ダッジさんを見かけた他の冒険者たちは、みんなダッジさんに声をかけていく。ついでに一緒にいる俺を見て不思議そうな顔をする。もっとも大半は空気扱いだったけど……。
「お前の神経が鋼で出来てるのか、それとも気付かぬほどバカか……」
「開口一番ひどくないですか!?」
「お前、テントの中の空気を感じて何も思わなかったのか?」
「それは……まあ、多少は」
「アマンダがな、お前だけリーザスに戻した方が良いと進言してきたんだ」
「!?」
そうか、アマンダさんの俺に対する評価はそこまで低かったのか。高くはないと思ってたけど、まさか追い返されるレベルとは思ってなかった。
「理由を聞くとな、戦闘において拳闘士は信用ならんとさ。あいつ、オレに向かって言いやがった。……昨日自己紹介の時に一悶着あったのか?」
「あったと言うか、同じようなことをアマンダさんに言われました。さすがに帰れとは言われませんでしたけど」
「アマンダはアサギとカメリアだけ残して、お前には何もさせないつもりらしい。だから、オレがお前に仕事を作ってやったんだ。感謝しろよ?」
まさかパーティメンバーすら切り離すつもりだったのか。それはさすがに酷くないか?俺が帰ることになったら、アサギもカメリアも黙ったままとは思えない。きっと一緒に帰ると言って、どんどんアマンダさんとの関係が悪くなりそうだ。
「それで偵察ですか?でも、俺隠密系のスキル持ってないですよ?」
「そこはシッカに頼れ。シッカの動きをよく見て、自分の者にしたら隠密が上がるかもしれないぞ?オレたちみたない拳系は、相手に近づくことが条件だからな。隠密系のスキルを持ってると、何かと重宝するぞ」
「ダッジさんも持ってるんですか?」
「レベルは低いけどな。だから、これはお前にとってもチャンスだと想え」
そうか、ダッジさんはただ無闇に仕事をするんじゃなく、俺にメリットがある仕事を宛がってくれたのか。本当に、このおっさんには頭が上がらない。
「とにかく、アマンダに認めさせるにはちょっとずつ功績を積んでいくしかない。良いかホクト、焦るなよ?」
「……わかりました。っと、シッカさんが呼んでます。じゃあ、いってきます」
そう言って俺はダッジさんと別れた。
「自分のパーティメンバー以外に味方を作れ」
去り際に聞こえたダッジさんの言葉の意味は、その時はわからなかった。
「すいませんシッカさん、待ちましたか?」
「大丈夫よ、ホクトもダッジさんに呼ばれてたんでしょ?」
「まあ、小言を少々」
シッカさんと合流して、目的地に向かって歩き出す。どのあたりで魔物の群れに接触できるか分からないけど、そう遠くない場所で最初の群れに接触できる予定だ。
周りに注意を払いながら、俺とシッカさんはダッジさん談義で盛り上がる。
「よくダッジさんにあんな言い方ができるよね。あなたも私と同じDランク冒険者でしょ?そんなあなたがダッジさんにあんな言い方をするから、肝が冷えたわよ」
「すいません、普段からダッジさんとはあんな感じなんで」
「普段からダッジさんとは接点が多いって事?」
「え、ああ。俺の師匠なんです、ダッジさん」
「……え!?師匠?ダッジさんがあなたのお師匠様なの?」
心底驚いたような表情をするシッカさん。俺がダッジさんの弟子だと何かおかしいのか?
「変ですか?」
「う~ん、変と言うか……ダッジさんって、昔は若手に技術を教えることに積極的だったそうなのよ。でも最近は余程仲が良くないと、ギルドでも稽古はつけてくれないらしいわ。私もダッジさんに教えを請いたかったけど、そんな雰囲気じゃ無かったし」
あれ、ダッジさんが言ってる事と随分違うな。最近じゃギルドに練習に来る若手が増えたって、ダッジさん喜んでたのに。
「……あ、ひょっとして。シッカさんって、最近リーザスを離れてませんでした?」
「え、ええ。パーティのみんなで帰省していたの」
「最近のダッジさん、若手に色々教えてますよ?」
「ホント!?私たちが帰省している間に何があったの……」
多分俺が扱かれてるのが噂になって、今の状態になったんだろうな。俺としては恥ずかしいから、黙っていよう。
「でも本当にダッジさんの弟子なの?ホクトとダッジさんの接点が見えてこないんだけど……」
「ギルドへ入るときの試験官がダッジさんだったんですよ。それと、同じ拳闘士ってことで色々と便宜を図ってもらっています」
「なるほど、職業繋がりか。ダッジさんって、そう言うとことにシンパシーを感じる人だったのね。ちょっと意外だわ」
見た目ムサイおっさんだしな。
「ああ、それと私のことはシッカでいいわよ。敬語も不要。同じDランク冒険者同士、上も下も無しで行きましょう」
「わかりまs……わかった。これからよろしくシッカ」
「こちらこそ」
その後もダッジさんの話題で盛り上がった俺たちだったけど、4時間ほど歩いたところで遠くに土煙が見えた。
「あれが、最初の群れかしら?ここからじゃ遠いから、もう少し近づきましょう」
「大丈夫か?あまり近づいて、エンカウントするのはまずいと思うけど」
「大丈夫、そのための私。そしてシーフという職業は、そういう状況でも行動できるようになっているの。ホクトも、できるだけ音を立てないように私の後に続いて」
「わかった」
障害物を使って、上手く視線を切りながら魔物の群れに近づいて行くシッカ。それにしてもシーフって凄いな。すぐ近くにいるのに、音が全くしない。それに、そこにいるのにいないような……存在の希薄さを感じる。これが、隠密系のスキルか。
「ホクトも結構上手いじゃない。少し練習すれば、隠密系のスキルも取れそうね」
本職の人に言われると自信がつくな。腰を落としながら、音を立てないように気をつけて魔物たちに近づく。ここまでくると、魔物が遠目ながら見えてくる。
「シッカは、あの魔物の事知ってるか?」
「遠くて良く見えないけど、多分ワーウルフとフォレストウルフの混成チームね。小さなフォレストウルフのグループリーダーをワーウルフがやっているみたい。その小さな群れの集合体が……」
「あの大きな群れって事か。……それにしても圧巻だな、この数は」
「良く平気な顔をしてられるわね。私なんて、いつ見つかるか気が気じゃないのに……。あんな数の魔物に見つかったら、間違いなく殺されるわ」
よくよく見ると、シッカの唇は若干震えている。確かにシッカの気持ちも分かる。俺だって、さっさと逃げ出したいくらい怖い。
「必要な情報は集められたか?」
「だいたいわね。これをもとに首脳陣が作戦を考えてくれるでしょう。私たちは、見つかる前に帰りましょう」
そう言ってその場を離れるシッカ。しかしその瞬間、俺はシッカの頭を押さえて身を隠す。
「ちょっと、どういうつもり!」
「しっ!」
抗議するシッカに指を口に当てて黙らす。俺の表情を見て何かあったと感じ取ってくれたのか、シッカはそれ以上何も言ってこなかった。
俺たちから見て魔物の群れと丁度反対側。そこに3匹のフォレストウルフが別行動を取っていた。
「あれは、どういうつもりだ?まさか、見つかったのか?」
「あれは恐らく斥候ね」
「斥候って、俺たちと同じって事か?獣がそんなことを?」
「元々狼は群れで狩りをする獣よ。それが魔物化したって習性は同じ。……でもまずいわね」
斥候の3匹の方を見てシッカが険しい表情になる。
「何か問題が?」
「あの3匹に私たちのベースキャンプが見つかると、先に奇襲をかけられる可能性があるわ。私たちの方が先に戻れればいいけど、そうすると今度はあの3匹に間違いなく見つかる。そうなると……」
「向うの群れが動き出す可能性があるな……」
確かにこれはまずい状況だ。俺たちが黙ってやり過ごすと、ベースキャンプが危機に陥る。俺たちが行動すると、群れに見つかる可能性がある。
「あの3匹を、群れに見つかる前に倒して戻れば問題ないよな?」
俺の言葉にシッカが驚いた表情を見せる。
「ちょっと、話しを聞いてたの?今あの3匹と戦闘になれば、間違いなく群れがこっちに気付くわよ」
「だから、戦闘になる前に倒せばいいんだろ?俺が2匹を引き受ける。シッカは1匹を倒してくれないか?」
シッカは俺の提案に思案を巡らす。その間にも3匹はこっちに近づいてくる。
「本当に2匹を任せていいのね?」
「大丈夫だ」
ここは自信をもって答える場面だ。少しでも躊躇したら、シッカが乗ってこない可能性が高い。
「……わかったわ。私が1匹を引き受ける。正直怖いわ、もし失敗して見つかったらって……」
「そうしたら、俺がシッカを担いで村まで走るさ」
一瞬キョトンとした表情を見せたシッカ、次の瞬間に声を殺して笑い出した。
「ちょっと、こんな時に笑わせないでよ。でも、ちょっとは気が楽になった。ありがとうねホクト」
なんか冗談と思われてしまった。俺としては、シッカ1人くらいなら担いで走ってもフォレストウルフよりも早いと思ってるんだけどな。
「さあ、行くわよ。合図はホクトに任せるわね」
「了解」
俺とシッカは息を殺して、3匹のフォレストウルフが近づいてくるのを待つ。いつでも飛び出せるように足元に魔力を練る。
「……」
シッカは二本のダガーを鞘から抜いて構える。どうやらダガー二刀流がシッカの戦闘スタイルのようだ。
あと、10m、5m、3m……今だ!
「行くぞ、ブースト!」
足元の魔力を一気に開放。カタパルトの射出のように、身体が重力を無視して突進する。後ろは見れないけど、シッカも飛び出したのが気配でわかる。
「グルゥ!?」
いきなり飛び出してきた俺たちにフォレストウルフは一瞬足を止める。だけど、その一瞬が命取りだ。
「まずは1匹」
左拳のアッパーカットがフォレストウルフの顎を打ち抜く。これだけでも十分に威力のある攻撃だけど、当然……。
「浸透」
殴られたフォレストウルフの内部を流した魔力が暴れ回る。顔中の穴という穴から血を噴出してフォレストウルフが崩れ落ちる。それを最後まで見ずに、もう1匹のフォレストウルフに右拳で裏拳を見舞う。
「ガゥ!」
ただ、これは掠っただけ。あまり時間をかけたくない俺は、そのままフォレストウルフの側に加速して近づく。よく見ると四肢が震えている。さっきの裏拳は完全に躱された訳じゃ無かったみたいだ。
「浸透」
右拳を振りかぶって残ったフォレストウルフに叩きつける。狙いは胴体、一番的が大きいところを狙った。
「ギャン!」
命中した浸透は、1匹目同様に内部で暴れ回りフォレストウルフの命を刈り取る。無事に2匹を倒せた俺は、注意しながらシッカの方に目をやった。シッカは若干苦戦していたけど、仲間を呼ばれる前に倒しきれた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
「え、ええ。それより群れの方はどう?こっちに気付いてない?」
シッカに言われて群れの方に目をやる。見た感じ、こっちに気付いて襲ってくる気配はない。
「大丈夫みたいだ」
「そう、良かった……。ここでゆっくりしたいけど、そうも言ってられないわね」
「早く村に戻って報告しよう」
「そうね。その前に……ありがとう。あなたが2匹を引き受けてくれたから助かった。ホクトって強いのね」
「こういう接近戦に慣れてるだけだ。ほら、さっさと帰ろうぜ」
周りを警戒したまま、俺とシッカはその場を離れた。そして、無事にこの情報をベースキャンプに持ち帰ることに成功した。




