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04

澪が浄化を終え、魔王が調査を終えて、いざ帰ろうと踵を返しかけたときだった。


「おお!その禍々しき姿!貴様こそこの世界を闇に包まんとする魔王だな!愛おしき女神、この俺が今助けるぞ!!」


明後日の方向から声をかけられて、三人はぴたりと歩みを止める。何だ何だと声のしたところへ顔を向ければ、そこには豪奢な装飾のついた剣を抜き放ちこちらに向ける、見覚えのある男が立っていた。

背の高い、光るような美貌を持った男である。千尋は会話らしい会話をした覚えは無いが、澪から聞いたことを思い出せば…確か名前を、フィリベール・ルノー・クロヴィスと言った。この国の王子だと名乗っていたはずであるが、そんなやんごとなき身分の方が、こんな僻地に何のようだろう?

きょとんとする千尋には気付かず、彼はその美麗な顔立ちを、憤怒で彩っている。熱を持っているかと思うほどの怒りのまなこで彼が睨むのは、己の隣にいる魔王その人であった。


「…さっきの人たち。こんなところまで来たんだね…どうしたんだろう」

「ああ、そう言えば、フォロー忘れてた。私が突然消えたから、部隊を組織して来たみたいね」

「あ、れ?私浄化するって、澪を連れてとき断った…よね」

「あんなので納得するわけないでしょ。でも浄化前は、話を聞いてくれないからなあ」


その存在を今の今まで忘却していた千尋と澪は、その視線をやり過ごしながら呟く。

殺気立つ男の後ろには、やはり見覚えのある男たちが控えていたが…剣を抜き放っている男より冷静なようで、むしろ、申し訳無さそうな目を、千尋たちに向けている。雰囲気から察するに、この進軍は王子の独断なのかもしれなかった。危険地域に確認も無く兵を連れてくるのは、少々いただけない。一同そういう顔をしている。

背後の空気に気付かないらしい王子はじりじりと千尋たちと距離を詰め始めた。


「この国を闇に沈め、美しき女神と私を引き裂こうとする悪よ!我が宝剣の前にひれ伏すがいい!!」

「…澪よ、いつの間にそういうことになったのだ?」

「…さあ」


どうやら少々暴走しやすい性質の持ち主らしい。魔王がしらけた目で澪に説明を求めていたが、当の彼女も肩を竦めるだけ。言いようの無い空気が双方の間に広がった。

居心地の悪さに耐え切れず、千尋はぽりぽりと頭をかきながら、おずおずと手を上げて口を開く。


「あの、この世界の穢れのことだったら、もう澪が浄化しています。私たちはそのためにここに来たんです」

「なんと、それはどういうことなのでしょう…」

「ええい魔術師!こやつの言葉になど耳を貸すな!この下賎の女は、女神を連れ去った張本人なのだぞ!!」


非常に恐縮した様子で千尋に話しかけてきた青年の言葉を、鼻息荒く王子は遮った。

魔術師と呼ばれた青年は「きちんと話を聞くべきです!」と眉をつり上げたがしかし、王子は取り合わない。剣を構えなおし、今度は千尋を強くにらみ付けた。

彼よりも恐ろしいものがあると知っている千尋は(無論、魔王師匠のことである。口には出せないが)、鋭く尖ったその視線を困り顔で受け止めるだけである。それを馬鹿にしていると取られてしまったのか、王子はまた何事か叫びながら、じりじりとこちらに近付いた。


「…澪、どうしよう」

「…そうね」


澪も困ったように、眉を垂れ下げる。

世界を浄化した後は、澪に盲目になり、澪中心に動き回る者たちのほとんどが平静になる。彼らは仕事をするためにこの地へ来たのだろう。

この性格の変化も『世界』の意思が働いているせいなのだ、と魔王は研究の成果にてそう断定している。これは国を覆う闇もまた『世界』の仕業なのだと決定付ける発見で、千尋たち三人は呼び出しがあるたびに様々な土地に飛び、調査をしているのだ。

勿論、中にはこのフィリベール王子のような例外もいる。もしかしたらもとより盲目的な性格なのかもしれない。こういう手合いの相手が一番やりにくいのだ。


「あの、王子様。我々の話を聞いてくださいませんか?全てをお話します」

「おお女神…!さぞ恐ろしかっただろう、だが大丈夫だ!この私がお前を救い、世に平和をもたらしてやる。さあ、こちらへ来い!」

「おやめください王子!ここは話を聞くべきです!王子、落ち着いてください!」


ゆっくり、幼子を諭すような口調で語りかける澪にも、後ろで苦言を呈する魔術師にも、王子は聞く耳を持たず、剣を収めようとはしなかった。

それどころか、止めようとする兵を振り払い、剣を振りかぶり、切りかかってきた。その切っ先が向かうのは、彼に一番近い位置にいた、千尋である。


「―――ふっ、」

「!」


しかし、千尋は慌てなかった。ゆるり、と体の力を抜き、振り下ろされた刃を柳のようにかわす。

王子の目が大きく見開かれたときには、既に千尋の体は彼の背後に立っていた。


「き、貴様…!」

「あの、もうやめてください。私たち、皆の敵じゃないです」

「うるさいうるさい!!私は…!私は女神を妻にするのだ!!その栄誉があれば私は王になれる…それには貴様らが邪魔なのだ!!」

「ええ!?」


身勝手と言うか突飛と言うか…王子の発言に驚きの声を上げたのは千尋と澪だけでなく、魔術師たちもである。

要するに王子は召喚されてきた澪の力を世継ぎ争いの決め手にしたいのだろう。そのために、何が何でもここで彼女を手に入れる口実を設け、邪魔になる千尋たちを排除してしまわなければならないと感じたらしい。

あんまりな言い分に流石の千尋も怒った。彼を見ていると、『世界』の思惑に翻弄されて、最初に訪れた国でされた仕打ちを思い出す。もう二度とあのような経験はしたくないし、澪にもさせたくない。


「貴方みたいな人に、澪を任せられるわけないじゃない!!」


一同が発する呆れの空気にも気付かず、さらに切りかかってくる王子に千尋は激昂した。

再び剣撃を避けると、手刀をふるって王子の手首を勢い良く叩く。ぎょっと体を震わせた王子は剣を取り落とし、からぁん!と宝剣が奏でる乾いた音が荒地に響き渡った。


「な、なにを…!」

「王子様は少し、黙っていてください」


そう言って王子の首筋に軽い一撃を喰らわせたのは、澪であった。

何が起こったかわからなかったろう王子は、目をぐるりと回転させて崩れ落ちていく。兵士たちが慌てて駆け寄った。


「すみません、少々気絶させていただきました」

「…いえ、こうでもしなければお話が前に進まなかったでしょう。お手数をおかけして申し訳ありません」


王族に対してかなりの無礼を働いたわけだが兵も魔術師も、仕方ない、と特に千尋たちを咎めもしない。気を失った王子を移動させてから、恐縮した様子の魔術師が三人の前に立った。


「まずは、先ほどのことも合わせて謝罪をさせてください。唐突に異界から無関係の人を呼び出し、国の命運を預けるなどとても正気の沙汰ではありませんでした」


深々、と魔術師は頭を下げる。その態度からは恥じ入る心と後悔が滲み出ている。


「そして、貴女方への態度…謝って謝りきれるものではありません。お心を煩わせて申し訳ありませんでした」

「あ、あの、顔を上げてください…」


ここまで低頭平身されるとこちらまで居心地が悪くなってしまう。千尋と澪は慌てて彼に頭を上げるように懇願した。


「あの、私たちが知っていることを、全てお話します。長いお話になりますけど…」

「かまいません。王からは、私が代表となるようにと言いつかって来ました。女神さま、どうかことの成り行きを、我らにご説明願えませんでしょうか?」

「…よかろう」


その言葉に答えたのは、今まで事の成り行きを見つめていた師匠、魔王だった。

彼は重厚感ある足取りで一同の前までやってくると魔術師を見つめ、もったいぶった態度で口を開く。


「説明は、我がしよう。此度の浄化で、また新たな真実が我が元にさらけ出された」

「…あの、貴方様は?」


訝しげに首を傾げる魔術師に、魔王は千尋たちにしたように「自分は魔術師の王だ」と回りくどい形で自己紹介をする。


「なんと、貴方が真理を極めんとする魔術師の中の魔術師…!これは、重ね重ねご無礼を…!」

「良い。それより我の研究により明らかになったことを聞くがよい」


再び頭を下げかけた魔術師を止め、師は『世界』と呼ばれるものの意思が働いていること、己と千尋、澪が出会った経緯、『世界』の真理を知るために各国を渡り歩いていることなどを説明した。


「うぬらが正気を失ったのも、『世界』の意思に相違ない。『世界』は澪を呼ぶために様々な国を狂わせ、穢れを祓わせるようにしておる」

「何故、『世界』は女神さまをそこまで…」

「此度の召喚で、確信を持った。恐らく『世界』の目的は、国の崩壊だ」


魔王の言葉に魔術師は驚き、そして千尋、澪も目を見開いて顔を見合わせた。


魔術により大きく栄えすぎた国。発展が進み巨大化すれば、溢れすぎた魔力により飽和し、いずれ跡形も無く崩壊する可能性がある。

本格的に何もかもなくなる前に、一度小さな…それでも人にして見れば大きな…崩壊を起こすことが効率がいいと『世界』は考えているようだ、と魔王は語る。


「穢れ、とはつまり溢れすぎた魔力が変化したものなのだろう。異界より小娘を呼べるほど力を蓄えた国だ…魔力も溢れていようて」


それを餌に、もしくはそこから溢れさせた邪気で、人を狂わす。

今まで『少女』たちが召喚された国は大なり小なり崩れ、長くはもたなかった。『少女』は男を惑わす傾国の力を与えられているようだった。

今回の件で見れば、王国の世継ぎ争いが崩壊の鍵となるはずだったのだろう。女神の力を用いたといえ、それを率いたフィリベール王子は国を救ったとして高く評価される。しかし彼のような直情的な者が国のトップに立てば…どうなるかは火を見るより明らかだった。


「内乱か、他国との戦か…どのみちかの男が王になったら長くは持つまいよ」

「王子には優秀なご兄弟がいます、あのお方は貴方の言うとおりのお方ですので」


言葉を濁しながら、魔術師はちらりと気を失って後ろに運ばれていく王子に視線を送った。はっきりとは言わないが、彼もあまり王子にいい感情を抱いていないらしい。

今までの苦労を思い返したのか彼は一度ふう、とため息をついて魔王へと向き直った。


「魔力の飽和で国の危機があるというのなら、我々はそれに対処せねば…。もう二度と、『世界』の意思とやらに踊らされるわけにもいきませんしね」

「そのことだが…我もこの国でちと調べたいことがある。我が力をうぬらに貸してやるので研究が出来る部屋を用意するがよい」

「なんと…!魔王様がいらっしゃればこれ以上に心強いことはありません…!」


とんでもない上から目線の申し出だが、魔術師は有りがたそうに目を輝かせている。どうやら我らが師匠に信奉者が出来たようだ、と、千尋は、澪とげんなり顔を見合わせた。


「脆弱なる我が弟子よ。この国にしばし滞在するゆえ、我の魔道具を持って来い」

「あー…その前に一旦家に帰ってもいいですか?」

「む、早急に帰還するのだぞ」


はあい、と間延びした返事を返して、二人は踵を返し帰路についた。背後では魔王と魔術師が、何やら難しい口調で話しこんでいるのが聞こえた。





基本的に異界で過ごした肉体年齢はもとに戻さる。魔王の魔術によるものだ。

この世界で二年経った今もまだこの魔法の効力は続いているようで、二人があちらでいくら活躍しても、こちらでの生活に支障は出ない。元の世界では現役の高校生の二人であるから、この魔法はありがたかった。


本日澪が召喚されたのは、学校帰り、二人で寄り道をしていた最中であった。

馴染みのカフェ、カウンターからも見えにくい一番奥の席。幸運にも店内に入っている客もまばらだったので、二人が唐突に消えたこと、現れたことを不思議に思うものはいなかった。

食べようと思って注文したストロベリーパフェが、まだ溶けずにテーブルの上に残っている。うきうきしながら千尋は「まずはこれ食べちゃおう!」と明るく切り出した。


「また魔王師匠の研究が一歩進んだみたいだし、『世界』に喧嘩売れる日も近いかもしれないね!」

「うん…。ねえ千尋…」


甘酸っぱいアイスクリームをぱくつく千尋に対して、澪はスプーンを取りもしない。ぼんやりと、目の前に置かれたチョコレートパフェを見つめている。

「早くしないと、溶けちゃうよ」と忠告すると、幼馴染は口元に淡い笑みを浮かべてそうね、と一つ頷いた。

しかし、それでも澪はパフェを食べようとしない。どうしたんだろうと首を傾げると、彼女は真っ直ぐにこちらを見つめて、口を開いた。


「ねえ、千尋。さっき、怒ってくれて、ありがとう」

「さっき?」

「うん。あの王子様が、私のことを利用するみたいなこと言ったとき」


そこで一度澪は言葉を切り、少しだけ頬を染めながら、照れくさそうに呟く。


「さっきだけじゃない、千尋がいたから、私は『世界』の力の影響を受けなかったんだわ」


それが多分、千尋が澪と共に召喚された意味…そんなことを酷く、大事なことのように言うから、千尋もまた照れてしまった。

パフェをつついていたスプーンを置いて、ぽりぽりと頭をかいて照れ隠ししてから、小さく、呟くように言った。


「あんなの、当たり前じゃない。『王子』にだって『世界』にだって、澪を利用させるわけないでしょ」

「そっか…」


澪は愛らしい顔に浮かんだ笑みを深めて、今一度ありがとう、と呟いた。その微笑みに、千尋も小さく笑う。


「パフェ食べて、早く魔王師匠のとこ行こう」

「うん」


二人は同時に、スプーンを取った。

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