ちゃぷたーにじゅう 『残していくもの』
大方の心残りを終え、後は晩年の如く余命を静かに過ごす筈の俺とは裏腹に、季節は緩やかに春へと向かい。俺達の周りの様子も、少しだけ変化を見せ始めた。
いや、少しと言うか……。
「おう兄ちゃんっ! この樽、ここに置くのかい?」
「あ、はい。……ども」
樽を担いで、倉庫から顔を出した大柄の男の問いに、俺は少し気圧されながら答える。
あの日以来、こうして一人で持つには大変な荷物は、村の住人が共同で助けてくれるようになった。
「…………」
その事自体はそれはとてもありがたいんだが、一年半を一人で。半年を、ちっこい弟子と二人っきりで過ごしてきた家に、こうして他人が入っている姿を見るのは、何だかとても違和感がある。もちろんそれ事態は悪いことでは無く……寧ろ良いことなんだろうけど。
「しっかし、こんだけ酒を買い込んで……あんた、見かけによらずザルなんだな。少し意外だわ」
樽を倉庫の隅……同型の樽が積み重なった所に置いた男が、呆れたように呟く。俺は先程までの考えを、軽く首を振って払った。
「別にそれ、飲むんじゃないですよ。薬用とか実験用ですから」
「へぇ、そうなんかい。でも、酒は酒だろう?」
「そうですけどね……死にますよ?」
薬用アルコールを飲んじまった場合の危険を、俺は大学時代に直に見ちまっているので、冗談でもお勧め出来ない。俺の言葉が真に迫っていたせいか、男は頭を掻いて、
「はー……そうなんかぁ。じゃあ兄ちゃん、酒は飲まねぇのか。キッチンにも調理酒しか無かったし」
「なに人ん家の台所を勝手に見て……ああいや。……そうっすね。昔は……飲んだりもしてたんですけど……。半年くらい前に、煙草も酒も同時に止めました」
その時に何があったかは……まぁ、ご想像にお任せするとしよう。
「なんでぃ、健康でも気になり出したんかい?」
「ああ……ま、そうっすね」
曖昧に頷く。……俺のじゃないけどさ。俺の健康は、今さら気にしても仕方ないし。
「……ま、出来るだけ長生きして欲しいでしょ?」
「そうなぁ……兄ちゃんは見るからに不健康そうだしな。そうやって気を付けんのは良いことかもしんねぇ」
「……ほっとけ」
気づかれないように、顔を逸らして呟く。温かくなりだしたとはいえ、未だまだ寒い日が続く。……そんな中、シャツ一枚で悠々と生活する大男には、言われたくない。
「んじゃあな兄ちゃん。その内飲もうや」
「だから飲まないって……」
俺の文句を聞く前に、男は笑いながら去っていった。
「……なんなんだ。全く」
強引な女性は好みだが、強引な男は嫌いだ。
「……はぁ」
「ししょう?」
俺が肩を落としてため息を吐くと、後ろから弟子の声がする。振り向けば、弟子が俺の近くに居て、俺の袖を掴んでいる。
「……何やってんだお前」
「う、うん……? なんなんでしょう……」
呆れたように問う俺に、弟子は気まずそうに目を逸らすが、それでも袖を放そうとしない。……だから、なんなんだ。
「……もしかしてお前、緊張してたのか?」
そういや、さっきまで姿を見せなかったな。こいつ。
「……うー、あはは……」
「……マジかい」
曖昧な笑いを浮かべる弟子に、俺は眉を顰めた。まあ、確かにそんなに積極的な奴じゃないが……。
「でもお前、街では結構社交的だったろうが……」
「あ、あれは……街でしたし……」
「……何だそりゃ」
そう口にしながらも、言いたいことは、わかる。要するにさっきの俺と同じで、違和感があったんだろう。……この家に、他人が居るという状態に。
「……でもさ、もう帰ったから大丈夫だって。だからほら、手を放せ」
「いえ……」
「…………?」
男は帰ったというのに、弟子は手を離そうとしない。俺が疑問に思っていると……。
「……あ、師匠さんっ」
「……ん?」
弟子のでも、勿論俺のでもない声が、屋内から聞こえた。
声質からすると、女性だろう。張りのある声質から、まだ若い、そしてしっかりした娘だろうと予想できた。
「……って、誰だよ」
屋内へと顔を向けると――
「もう。師匠さん、呼んでるじゃないですか」
――縁側に、長い黒髪を持つ少女が立って居た。
「…………」
弟子が袖を掴む力を強める。
「……いや、というか」
……誰だよ。
「……そうだったか」
俺の前に立つ少女は、何でも村の住民の一人で、やはりうちへの手伝いで来てくれていたらしい。
「……というか、ここに来るのももう三度目なんですけど。まさか、本当に忘れていたんですか」
「……あー……」
……まあ、ぶっちゃけ、忘れてました。
「……師匠?」
師の余りの失態に、流石に眉をしかめて見上げてくる弟子。
「その……すまん。俺も歳らしい」
「もう、何言ってるんですかっ」
俺の間の抜けた返答に、少女は大きくため息を吐く。
「もう、こんなに抜けた人だとは思わなかったなぁ……まあ、それならそれで、もっとアタックするだけなんですけどね」
……なんだそりゃ。
「とにかく入ってください。お昼ご飯、出来ましたよ」
「へ?」
「うぇ?」
彼女の言葉に、俺と弟子の両方が間の抜けた声を上げる。何で彼女がうちの飯を?
「えっと……」
「あ、すいませんっ。忙しそうだったので、勝手に厨房を使わせて頂いたんですが……ご迷惑でしたか?」
「いや、全然そんなことは無いんだが」
むしろ楽が出来て良いのだが、それと同時に申し訳ない気分になる。
「……その、すまん」
「いえいえ。好きでやったことですから」
彼女はまるで気にしていないように手を振ると、部屋へと戻って行った。
「……なんか、悪いなぁ」
彼女の後ろ姿を眺めながら、ぽつりと呟く。でも、食べないのは更に失礼か。
そう思った俺は部屋に戻ろうとして、
「――――」
袖を引っ張る弟子に、止められた。
「……どうした?」
「…………」
よく分からんが、弟子は俯いたままだ。
「何だよ?」
「……何でもないです」
その割には不機嫌そうなんだが。
「どした、自信無くしたか? いや、確かに今の娘はお前とそう歳も変わらないのにしっかりした可愛い娘だったが――痛ぇっ!?」
こいつ――袖と一緒に皮膚まで掴みやがった……っ!
「遅いですよ師匠さんっ……って、どうしたんですか?」
「……いや、なんでも」
答えながらも、地味に痛む手のひらを擦る。弟子は弟子で、今度は俺の裾を掴んでるし。背後に良くわからない恐怖を感じつつ、俺は少女からテーブルへ目を向けた。
「へぇ……」
テーブルの上に並ぶ料理は豪勢とは言えなくとも、綺麗で、どこか親しみ安さを感じさせるものだった。
「こりゃ……すげぇな」
思わず呟いた俺の言葉に、少女は照れたように微笑む。
「その言葉は、食べた後に取っておいてくださいね」
「…………」
弟子が裾を握る力が、また強まる。若干緊張しながらも、俺は弟子の手を取って裾から外した。
「うぇ……?」
「ほら、座ろうぜ。せっかく美味そうな料理があるんだから」
「…………」
……おいおい、何で不機嫌そうになるんだよ。それとも、あれか。こいつ料理好きだから、好きなものを取られた気分なんだろうか。
……ま、良いか。
「……うし。じゃ、頂きます」
「はい、召し上がれ」
良く笑う少女の顔を見ながら、俺はスープに手を付ける。
「……ん」
……これは。
「……すげぇな」
語彙に乏しい様でなんだが、本当に心から思っているので仕方がない。見た目通り簡素な、だがそれ故に親しみ安い味が口内に広がる。
何となく田舎の……もう会うこともない母親を思い出してしまった。
「あ、あの、美味しいですかっ?」
「ああ、美味いよ」
「…………」
身を乗り出す少女に、素直に答える。弟子も思ったのか、複雑な表情でスープを飲んでいる。
「良かったぁ……」
俺達の様子に胸を撫で下ろす少女。未だスープしか飲んでいないが、この様子なら、他の料理も期待出来るだろう。
……しかし、あれだな。
十代半ばでこの料理、おまけに性格も明るくしっかりしていて、容姿も整っている。いわゆる、『街一番の器量良し』ってやつだろう。
「……いや君、良い奥さんになるな――痛ててててててっ!?」
何か……っ、机下で今までに無い暴力が……っ!?
「はい。ごっそさん」
「お粗末様でした」
「…………」
相変わらず無言の弟子を片目に、俺は皿を重ねて立ち上がる。
「あっ。いいですよ師匠さん。私がやりますから」
「皿洗いくらい俺にやらせろ。流石にそこまで客にやらせるわけにはいかん」
言いながら俺は、俺用のエプロンを着る。少女は、顎に手を当て少し考える仕草をとると、顔を上げて笑顔で頷いた。
「……うん。じゃあ、お願いできますか?」
「おう」
お願いもなにも、元々俺んちなんだから俺がやるのは当然だ。
……にしても、本人に良い子だなこの子。この子が弟子の友達になってくれたら、俺も安泰なんだけどな……。
「…………」
ふと、弟子に目を向けると、何故かアイツは、椅子に座ったまま俯いていた。
「……なんでだよ」
よくわからないので、取り敢えずため息。なんでアイツはああも落ち込んでるんかねぇ……。
「師匠さんって、お料理とかされるんですよね?」
そうして居ると、唐突に少女が口を開いた。
「あ……? うん。そりゃあ自炊生活は長いから、出来るけど……良くわかったな?」
「そりゃあ……そこまでエプロンが似合う男性も、そう居ませんもん」
何故だか少し頬を赤らめる少女。
「……そうかぁ?」
……いや、男にエプロンは似合わないだろ。
「……手伝いますっ!」
不機嫌そうな弟子が、急に声をあらげて立ち上がった。いきなりの事にビビる俺。つうかこれ以上なんなんだ……怖いんだよ今の弟子……。
「ほら、師匠そっち貸してくださいっ」
動揺する俺を無視して、弟子はエプロンを着て俺の隣に立つ。
「あ、ああ……怪我すんなよ?」
「しませんっ」
なんで心配したのにキレてんだよ……怖いよ。
「……えっと、師匠さん?」
「うん、なんだよ……」
少女の声に答える。正直、これ以上厄介な事にはなってほしくないのだが……少女は、両手を後ろに回して、気恥ずかしげに呟いた。
「師匠さん、そのうちあたしに料理を教えてくれませんか?」
「――――」
……なんか、俺と弟子の間の空気が凍った。気がする。
「えっと……なんで?」
弟子を刺激しないように。かつ自然に少女に問い返す。……多少、笑顔は引き釣っていたかもしれない。
「それは、その……」
俺の問いに、頬を赤らめて恥じらう少女。
「…………」
……いやなんなんだよっ!早く答えてくれないと、俺は隣が怖いんだよ本当に……っ!
「……あっほら、さっき師匠さん、『良いお嫁さんになる』って、言ってくれたじゃないですかっ」
「ああ……言ったか? ……いや、言いました。言いましたともさ」
何か少女まで弟子と同じ目で見てくるよ……。おかしいな、俺なんかしたか……?あと、もう弟子の方に目を向けることが出来ない。
「えっと、ほら。だから色んな料理を習っておいた方が良いかなって……えっと、花嫁修行として?」
「男と花嫁修行って……」
「男と……花嫁修行……」
……いや待て。その言葉だけをピックアップして頬を赤らめるな。もう隣から殺意しか感じねぇんだ。
「……と、とにかくっ。ダメでしょうか?」
妄想を振り払うかのように頭を振った少女は、笑顔で俺に聞いてくる。……あー。うん。別に断る理由はないか。……隣の視線は別にして。
「おう。別に良いぞ」
「…………っ!」
「やったぁ!」
ああ。うん。喜んでくれるなら嬉しいんだが……。
「変わり……って言うのもなんだが、こいつも一緒な」
ポンッと。俺は弟子の頭に手を置いた。
「……え?」
呆気に取られた感じで、俺を見上げる弟子。
「……どういう、ことですか?」
「……いや、だってさ。こいつは俺の弟子で、君より先に俺に料理を習っていたんだから、別に一緒に習っても……」
……なんか、今度は二人の視線が痛い。なんでだよ、仲良くしろよお前ら。
「……はぁ。わかりました。それで良いです」
「あ、ああ……そっか。ありがとな」
渋々……といった感じだが、一応了承してくれた少女に感謝する。……しかし、今からこの調子だと、教える時が本当に怖いんだが。
「……ところで、師匠さん」
「うん?」
少女は指を立て、笑顔で俺に尋ねる。
「もしもあたしが、今の提案を断ってたら、どうしたんですか?」
「……それは、すまん。断るよ」
「…………」
「…………」
……俺は、笑顔が凍る。という状態を始めてみた。
「……えへへ」
弟子が皿を洗いながらニヤけている。いや怖いから。色々と怖いから。
「……ふーん。そうですか」
少女は笑顔のままで言った。ほんの少し、声が落ち込んでいる気がするが、気のせいだろう。俺の料理なんて習わなくても、少女の料理は一級品だ。そもそも習う必要が無い気がするんだけど……ま、知らない料理も習いたいんだろうな。
ただまあ……やっぱり俺はこいつの師匠だから。優先基準はこいつが上なんだよな……
皿を洗い終えて、俺は少女の方を見る。
「……ああ、それと、一つ頼みがあるんだが」
「はい? なんですか?」
「ま、簡単なことだよ。……こいつと仲良くしてやってくれってことだ」
言いながら俺は、ポンッと、弟子の頭に手を置いた。
「……はあ」
気の抜けた……というか、あまり乗り気でない返事をする少女。
「……まあ、なんだ。確かにこいつは大人しいし、取っ付きにくくみえるかもしれないが。それ単に人見知りしてるだけだから。本当はすげぇ明るくて良い奴だから。な?」
「……はぁあ」
俺のフォローに関わらず、少女は更に気の抜けたため息を吐いた。何でよ。
「あーっと……すいません。師匠はこういう人なんです……」
「うん。把握した……。何さ……君、凄く幸せじゃん」
……おや? 知らぬ間に二人の仲が急接近している気がするぞ?
「……うん。何か知らんが、仲良くなってくれてよかった」
『あんたが言うな』
何故かハモる二人。……何でよ。
♪
「今日のところは帰ります……」
「ああ。送ってくよ」
山道を女の子一人で返すのはさすがに躊躇われる。山から街までは、そう楽な道のりでも無いし。
「で……お前はどうする?」
弟子に目を向ける。
「あ……わたしは留守番してます」
「ん。わかった」
何か、今までの会話の流れなら着いてきそうだと思っていたが、意外にも弟子はそれを断った。
「……良いの?」
少女が弟子に聞く。
「はい。別に、良いです」
「……なんか、悔しいなぁ。その信頼関係」
弟子の答えに少女はため息を吐くが、でも少し嬉しそうだった。……何が嬉しいのか、よくわからないが、取り合えず、今の二人の会話に、刺々しいものはない。
「……よくわからんが、仲良くなったのか?」
「わたしたちは、最初から仲良しです」
「ねー」
舌を出す弟子と少女……いや、わかんないんだけど……まあいいか。
「……んじゃ、そろそろ送ろうかと思うんだけど……準備は良い?」
「あ、少し待ってくださいっ!」
話を変えると、少女は居間の方へと走っていった。
「……とりあえず、友達が出来て良かったな」
言いながら弟子の頭を撫でる。
「はい……そうですね」
その割に、何故か歯切れの悪い弟子。
「なんだよ、やっぱり仲悪いのか?」
「いえ、そうでは無くて……凄く良い人だとは思うんです。多分わたし、あの人大好きです。でもですね……それとは別の問題というか……ですね」
「?」
いまいちはっきりしない理由に首を傾げる。
「うー……、師匠には……関係あるけど、関係ないんですっ!」
「う、おお……?」
急に声を荒げるので少し驚いた。関係あるのにないってなんだよ……と思ったが、弟子の気迫と顔が赤いのに押されて、何も言えない。
「あの……どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
ちょうど良いタイミングで少女登場。
「準備は出来たか?じゃあ行こうか」
とりあえず、この場から逃げたい俺。
「……師匠」
「……何だ?」
振り替える。弟子はすっかり笑顔になっていて、
「――送り狼は、ダメですよ?」
そう言って、笑った。……いや、どこでそんな言葉を知った。
♪
そんなわけで、少女と共に山道を下る。
「さて、また来いよ。……と言いたいところだが、女の子にこんな山道歩くのを推奨するのもどうなんだろうな」
「いえ、是非行きたいです」
「んじゃ、また来いよ。逃げたりなんてしないから」
こんな山を登ってくるなんて、物好きも居たもんだ。
「……まあ、アイツも喜ぶだろうしさ」
「それは……どうでしょうね」
苦笑する少女。何でだろう。仲良くなってたと思うんだがな。
「……でもアイツ、君のこと割と気に入ってるみたいだったぞ?」
「……本当ですか?」
少女は目を丸めて、少し驚いた。
「ああ、間違いない。で、君はどうなんだ。アイツのこと……」
「んー……」
俺の問いに、少女は考えるように腕を組む。
「……おい」
「あはは。うそうそ。冗談です。……そうですね。私も弟子ちゃんのこと、好きですよ?」
「……そいつは良かった」
思わず、ため息を吐く。少女は俺よりも数歩前に足を進めると、語りだした。
「……そうですね。弟子ちゃんのことは、好きです。可愛いですし。……あ、私兄は居るんですけど、下の子って居なかったから……妹が出来たみたいで」
「……まあ、可愛いことは認める」
目を離せないだけとも言うが。少女は、「そこを認めるんですね」と、苦笑した。
「でもまあ……それとは別問題なんです。というか、私にはほとんど勝ち目は無いんですけどね。……例えば、師匠さんがさっきあっさり認めたっていう所とか」
「なんだ? 弟子が可愛いのがまずいのか? ……でも、君も負けず劣らず可愛い方だと思うけどな」
可愛いっていうか、美人ってかんじ。ただ、少し顔立ちに幼さが残っているから、どこかあどけない可愛さを持っている。
「うーん……そうでなくて、ですね。というか、そんな台詞を自覚なく吐けるのも問題なんですけど」
……どうやら違ったらしい。
「そういう外面的な話じゃなくて……、師匠さんの主観というか……。例えば師匠さん、私が師匠さんの弟子になりたいって言ったら、どうします?」
「それは……悪い」
俺には流石に……これ以上の時間は残っていない。すると、少女は少し、寂しそうに笑って、
「だから、そういうとこです」
……どこだ。
「街が見えてきましたね……ここまでで良いですよ」
「バカ言うな。最後まで付き合うよ」
そう言うと、少女は少し困ったように笑う。
「あはは……ありがとうございます。でも、早く帰らないと、弟子ちゃんが寂しがってるかもしれませんよ?」
「大丈夫だろ……あいつは割と強かだからな。それより、しっかり送り届けないと、そっちの方が怒られそうだ」
「……送り狼?」
「違う」
あいつにしてもこの少女にしても、俺をなんだと思ってるんだ……。
「……でも、ま。そうやってあいつのことを考えてくれるのは嬉しいよ。仲良くしてやってくれ」
「いえいえ。でもですね、師匠さん?」
少女は、俺よりも数歩前に歩み出ると、くるりと体を回して俺に向かいあい。
「私は、師匠さんとも仲良くして欲しいんですよ?」
そう言って、笑った。
「……俺と仲良くなったって、良いことなんてそうないけどな」
「またそんなこと言う。師匠さん? 一度鏡を見てください。とっても良い人が居ますから」
そんなお世辞を言われてもな……。
「……鈍いなぁ。なのに、弟子ちゃんにはあんなに優しいもんなぁ……」
「どういうことだ?」
「師匠さんには教えませんっ」
俺が困ったように頬を掻くと、少女は苦笑してまた前を向いた。
「……さて、本当にここまでで良いですよ? 師匠さん」
少女がそう言った所は、街の外。確かにここまで送ったなら良いのかもしれないが……。
「良いのか? どうせなら家まで送るけど」
「良いですよー。……実を言えば、最近師匠さんを探し回ってる輩が街に来ていてですね……。だから、あんまり師匠さんには、街に居て欲しく無いんです」
「……俺を探し回ってる輩?」
……そういえば、俺はこの国じゃお尋ね者だった。ここは辺境だから、大して噂は回ってこないが……そうか、遂にここまで来たのか。こないだの騒ぎが原因だろうか……?
「……でも、安心して下さい。師匠さん」
俺が顔を曇らせていると、再び少女は、俺の方へと向き直り、
「私たちは――この街は、お世話になった貴方を売るようなこと、しません。絶対に守り通してみせます」
そう言う少女は、俺よりも全然年下のくせに、俺なんかよりよっぽどしっかりして見えた。
「……君と出会えて良かったよ。本当に」
本当にそう思う。……できたら、もっと、未だ俺に、時間がある時に知り合いたかった。この思い出も……いつか消え去ると思うと、少し、辛い。
「あはは。お世辞でも嬉しいですね……そうだ、師匠さん。弟子ちゃんに伝言があるんですが……」
「ああ。良いよ。なんだ?」
今さら断るわけが無い。俺が聞くと、少女は笑って、
「『私、負けないから』……ってね」
『残していくもの』
おわり。
次回更新は11月2日、20時予定。




