表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

ちゃぷたーじゅうはち 『前準備』

「――つうわけで、今日は薬品の調合を行う」

「はぁ……」

 普段は封印している俺の工房の中で、乗り気でない弟子と二人。

「わたしもやるんですか」

「当たり前だ。というか、何故かお前はこの部屋を怖がって居るが、何時かはお前も出来るようにならなきゃいけないんだからな」

「ううー……」

 ……まあ、確かに唯一の石造りで窓も無くて、怪しげな薬品ばかりで不気味かもしれないが、何も出ないから、多分。

「だからそう、びくびくすんな。……あぁでも、下手に薬品に触れるなよ。どうなるか分からないから」

「……あの、やっぱり怖いんですけど……」

 顔に不安を浮かべて、怯えたように縮こまる弟子。そんな姿を見ながら、俺はため息を吐いた。

「……取り敢えずここに薬品と調合表があるから。あとはラベルを見な。手袋は填めておくように」

「は、はあ……」

 ……まあ、実際にやって覚えた方が早いか。

「んじゃ、取り敢えずやってみるか」

「う……分かりました」

 ……うん。何か、凄く嫌な予感しかしないけど仕方ない。取り敢えず、やらなきゃ始まらないんだ……!

 取り敢えず、必要な薬品と器具を机に集める。

「……絶対に落とすなよ?」

「は、はい……っ」

 何かやけに弟子の手が震えているが、一応、弟子の持つ瓶の中身は、そこまで危険な薬じゃない。というか、いきなり劇薬から入ったりはしない。

 昔、学院に入学してすぐの実験で、俺を含め四十名の生徒が入院する破目になった事で、俺は薬の危険性を身体で知ったのだ。――うん。ダメ、絶対。

「……はふぅ」

 机に瓶をそっと起き、息を吐く弟子。……安心しきった姿を見ると、何というか、やっぱりこう……。

「……わっ!!」

「きゃああ――っ!?」

 後ろから脅かしたら、弟子は声を上げて身体を竦ませる――って、やばっ……!

「っ……とぉおっ!?」

 机から落ちかけた瓶を、どうにか掴む。

「あっぶな……!」

 瓶を机の上に置いて、俺は安堵のため息を吐いた。劇薬で無いとはいえ、こんな部屋でばら蒔くのは、やはりよろしくない。

「……ったく、気を付けろよ?」

 俺は眼鏡を押さえながら、弟子に向き直った。

「っていうか、今のは師匠が悪いんじゃないですかっ!」

「……やっぱり?」

 いや、でもさ、やりたくなるじゃん。

「あんな冗談……心臓に悪いですから……」

「あー……悪い」

 ……まあ、やりたくなったからといって、考えなしに行動するもんじゃないってことで。……うん。ダメ、絶対。




「さて……それじゃあ、始めますか」

「は……はい……」

「そんなに緊張しなくても、今日のは危なくないからな……」

 取り敢えずビーカーを置け。手が震えてるから。

「……まあ、楽しんで行こうぜ。今日は軟膏を作るから」

「軟膏ですか……?」

 首を傾げる弟子に、頷き返す。

「あぁ。まあ、一応簡単な所からな」

 という訳で、机に並べたのは、動物性脂肪、脂肪油、蜜蝋。その他諸々と言った所。身体に悪いものは無い。

「取り敢えず今日はこの辺で。慣れたら、もっと難しい事もやっていこうか」

「はい……危なくは無いんですね?」

「ああ。一応な」

 それで、弟子はようやく落ち着いたようだった。

「あ、でも、換気はちゃんとしておけ」

「……この部屋、窓無いんですけど」

「扉は開けてるだろ」

「開いてないと、怖くてこんな所居れません……っ!」

「……そうかい」

 とかなんとか話していたら、恐怖が振り返して来たらしい。弟子は瞳に涙を浮かべながら唸った。

「うぅー……どうしてこういう部屋って、こんなに薄暗くて密閉されて……」

「ああ、そりゃあ理由は有るだろ。まず、こういう薬品は出来るだけ日光の当たらない涼しい場所に保管しないといけない。性質がかわっちまうからな。それと……」

「それと……?」

「……例えば、この部屋で何かあったとき、それが外に漏れ出さないように――あー……はいはい悪かった。悪かったから逃げんなって……」

 逃げようとする弟子の首根っこを掴まえて、俺はため息を吐いた。


 ――んな訳で、調合開始。

「まず、第一に蜜蝋とこれを混ぜる」

「はい……っ!」

 たどたどしい手つきで、俺の言葉通りに薬品混ぜる弟子。

 今日はあくまで弟子の修行。なので、俺はただのサポートにまわる事にする。

「がっつり混ぜろな」

「はい」

 ……ふむ。少し不安な手付きではあるが、一応大丈夫のようだ。

「……よし。次は、その混ぜたやつを暖めるっと。アルコールランプを用意しろ」

「はい……」

「それは気を付けろよ。落とすと危ないから」

「は、はいっ!」

 ……まあ、別に台所のかまどでも良いんだけれど、やっぱりこういうのは雰囲気だからな。

 机に、アルコールランプと三脚と金網を持ってきた弟子。

「おう、正解だ」

 準備されたものは、正しい。

「三脚に金網を乗せて……うし。それで、その下にランプな。いやまて。火を着けてからだろうが」

 マッチで火を点けてから、ランプを下に置く。


 ……そうして、たどたどしくも実験を続けて、

「……おし。んじゃ、冷めるまで、待つか」

「はい」

 火を消して、俺は椅子に座る。弟子も、もうひとつの椅子を俺の隣まで引き摺ってきてそこに腰掛けた。

「……まあ、意外に何事も無く、行ったな」

「そうでしたね」

 少し得意げな弟子の頭を小突く。

 ……でもまあ、そうか。よく考えたらこいつ、料理は得意だもんな。

 魔術は出来なくても、こういうのは得意……ってことはあるのか。

「多分、お前の属性は『創造』なんだろうな」

「……? なんですか?属性って」

「まあ、得意分野って言うか、専門分野って言うか。さ。俺は『変換』。お前は多分、『創造』。……ま、また機会があったら教えてやるよ」

 首を傾げる弟子の頭をぽんぽんと叩いて、俺はそう締めた。

「まあ。でも……この調子だったら、俺が居なくなっても大丈夫か……」

 何となく安堵の呟き。これなら、例え魔術が出来なくても、生計くらいなら立てることが出来るだろう。

 ……俺が居なくても、生きて行けるなら。

 本当に、俺の心配事は、無くなるんだけど……。

「……ん?」

「…………」

 ふと気が付くと、弟子が、俺の袖を掴んで俯いていた。

「なんだ、どうしたんだよ……」

「…………」

 俯いたまま、動かない弟子。

「……まさか、体調が悪くなったのか?」

「…………」

「だったら早くそう言えよ。ほら、立て――」

「…………」

 立ち上がる俺の袖を強く握り、ふるふると、首を横に振るう弟子。……じゃあ、何だって言うんだ。

「……はあ。なんだよ」

 俺は眼鏡を押さえ、もう一度椅子に座りなおし、弟子に目を向ける。

 そんな俺に、弟子は顔を上げて、

「師匠――師匠は、どこにも行きませんよね……?」

「……当たり前だろ」

 俺は、内心の動揺を抑えながら、頷いた。

「ししょお……」

「……そんな顔すんな」

 上目遣いで見つめてくる弟子の頭を、くしゃりと撫でる。

 ……どこにも行かないさ。どこにも行かないけど……さ。

「……行かなきゃいけないのは、お前なんだよ」

「え――?」

「……なんでもない。それよりも、ほら。いい加減冷えただろ」

 思わず呟いてしまった台詞も、どうやらしっかりと聞こえなかったらしいので、そのまま話をそらした。

「まあ、つっても気を付けろよ」

「はい……よいしょっ」

「……んで、あとは残りの材料を入れて混ぜる」

「はいっ」

 後ろから、意外な程に手際の良い弟子を見守る。

「…………」

 ……ひとりでもこれだけ出来るのに、こいつは、俺に依存してる。……それが、失敗だったんだろうか。

 いつか、必ず別れなければいけない仲なのに。

 そうやって残される辛さを、俺は知っているのに。


 俺なんかじゃ、こいつを幸せには、出来ないんだろう。


「出来ましたっ!」

「ああ。上出来だ」

 弟子が手にした軟膏は、それこそ、初めて作ったとは思えないほどには出来が良かった

「出来たんですけど……これ、どうするんですか?」

 首を傾げる弟子。

「そうだな……」

 初めてだし、うちで使おうかとも思ったけれど、これなら、売り物にしても大丈夫だろう。

「……よし、次に、売りに出す」

「……え?」

「だから、売るって言ってるんだ」

 俺は弟子の頭に手を置いて言った。

「――そ、そんな……!! むりむり、むりです……っ!」

 一歩後ずさり、激しく首を振る弟子に、俺はため息を吐く。

「無理じゃねぇよ。十分売り物になるレベルだ。ああ、折角だから、売り方も知っておけ」

「そ、そんなこと言われても……っ!」

 ……やれやれ。未だ自信は無いらしい。

 なので俺は、問答無用で納得させる一言を放つ。

「……良いか、これも修行だ」

「……う」

 顔を顰めて動きを止める弟子。

「なんだ? お前は俺の修行を拒むってのか? あぁ?」

「うー……あ、あの……そういうのは未だ早いと思うんですよ……もっとこう――」

「師匠の俺が、もう良いと思ったんだが?」

「う……うー……っ」

 反論したくても出来ないらしく、弟子は変わりに、思いっきり不満のある目で俺を睨みつけた。

「ふむ、そうだな……折角だから、お前の薬の売れ行きでも見てみるか」

「うー……っ!」

「ははは」

 唸り声を上げる弟子の頭を撫でながら、俺は意地悪く笑った。

 ああ、良く考えたらちょうど良い。商売の方法も知っておけば、俺が居なくなってもどうにか出来るようになるだろう。

 ……そうやって、俺が必要じゃ無くなれば……良い。

「次に売りに行くときが楽しみになって来たな」

「うー……」

 ……それに。折角だから、色々準備もしておこう。

「おつかれさん。今日はこれで終了だ」

「はい」

 弟子の頭を撫でて、俺は微笑んだ。

「この調子で、魔術の方も上手くいったら良いのにな」

「う……それは……」

 顔を伏せる弟子。これだけやっているのに、こいつは未だ、自分の魔力を制御する術を知らない。俺もそう器用な方では無かったので、気持ちは分かる。……本当は、ゆっくりとやりたいところだけれど……もう、そうもいかなかったりする。

「そんなことより師匠、いい加減ここから出ましょうよ」

「……あ?ああ。そうな……」

 弟子に引っ張られて、工房から出る。窓から差し込む、数時間ぶりの日の光に、少しだけ目眩がした。

「――――っと」

「うわっ、大丈夫ですか……?」

「……ああ、大丈夫だ」

 心配そうに見上げてくる弟子を手で制す。……とはいえ、やっぱり俺は……。

「師匠……師匠、肩を貸して下さいっ!」

 唐突に、弟子が俺の隣に立って、腕を掴んだ。

「……は?」

「わたしは……出来の悪い弟子ですけど……それでも、肩を貸すことくらいは出来ます。だから師匠……」

「……………」

 ……口元がにやけそうになるのを、どうにか堪える。こいつめ、何が出来の悪いだ。

「……お前の提案は嬉しいが、ひとつ問題があってな」

 やれやれ。と、俺は肩を竦めながら、

「はい……?」

「肩の高さが違いすぎる」

「……むーっ!」

「はは……」

 知らない間に、こいつはずいぶんと成長したから。

 ……もう、俺は必要で無いのかも、しれない。


 ……だから、もう甘えるなよ。

 依存していたのは、両方。こいつは俺に依存していて……俺もこいつに、執着している。

 ……でも、それは駄目なんだよ。

 いつまでも親がくっついていたら、コイツは成長しないんだよ……。

 こいつは十分強くなった。あの頃、何時も顔を伏せて、心を塞いでいた時に比べたら、十分すぎるくらいに強くなった。


 ……だからもう。俺じゃあ抱えきれないんだよ……。



『前準備』

おわり。

次回更新は10月26日、21時予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ