4-14『カルマは死んだ』
凄まじい突風が吹き荒れ、そして肌を切り裂く細かい風の斬撃が襲い来る。
ゼルドガルの得意は風魔法。ノーモーションで繰り出される風の斬撃は察することですら困難であり、大抵のやつは最初の一撃でノックアウトされてしまう。
なんとか俺はゼルドガルの攻撃パターンは分かっているから回避できているけど、知らなかったら俺も最初の一撃でノックアウトされていたことだろう。
「『守護』」
一先ず風の来る方向にバリアを作り出し、風を凌ぐ。
すると、その行動は既に読んでいたのか、ゼルドガルは既に目の前にまで迫ってきていた。
「おいおいおい、防護魔法なんてセコい魔法使ってねぇでオレと戦いやがれ!」
勢いよく走って飛びかかってきたゼルドガルは足に風魔法を付与し、勢いよく俺の『守護』を蹴り破ってきやがった。
こいつ、相変わらず無茶苦茶しやがる。
足を振り切った時の衝撃波で、少しぶっ飛ばされてしまうが、なんとか耐える。
正直、本気を出していないこの状況で俺があいつから逃げ切るというのはほぼ不可能に近い。だが、だからといって本気を出せば自分がカルマであるということを自白することと同義だ。
幸いにもゼルドガルの狙いは俺だけで、ハクちゃんには危害が及ばないように魔法を使ってくれている。だから、ハクちゃんが巻き込まれるということはないだろうけど、このままだと俺死んじまう。
「うぐっ」
風の斬撃が腕を薄く切ってきた。
相変わらずの手数の上、ゼルドガルは遠近両方得意で、離れたら倒しやすいとかそういう問題でもない。
だが、ゼルドガルはこうして接近してきてくれた。ゼルドガルは近接も得意かもしれないけど、俺だって近接戦が得意なんだよ。
ちょっとだけブレスレットのダイヤルを緩めると、一気に拳へ『身体強化』を集中させる。
これは対したダメージにはならないだろう。だが、ちょっとでも良い。ちょっとだけでいいからゼルドガルに隙を作ることが出来れば俺は逃げられる!
「何度も言ってるだろ、俺はカルマ・エルドライトじゃなくてハルト・カインズだ!!」
「っ!」
眼前に迫るゼルドガルの脳天に拳を振り下ろし、地面へとその頭を叩きつける。
今、本性を出すこと無く俺が放つことが出来る最大限の『豪拳』だ。
中級魔法。だが、俺が放てばゼルドガルの顔面を地面にめり込ませることだって充分に可能な威力となる。
そして慌てて俺はハクちゃんに駆け寄り、ハクちゃんの手を取って走り出す――
「えっ」
瞬間、俺はその場に倒れてしまった。
「ぐ、があああああああああ」
「は、ハルト師匠!?」
突然倒れ苦しむ俺の姿を見てハクちゃんはうろたえてしまった。
足に鋭い激痛、アキレス腱が斬られている。この程度の傷なら簡単に『治癒』で治すことは出来るだろうけど、この時間があったらゼルドガルが起き上がって俺に迫ってくるのには充分すぎるほど。
またノーモーションで風の斬撃を飛ばしやがったな、あいつ!
「ちっ、もうちょっと真面目にやれや。痛くも痒くもなんともねぇぞ」
無理だ。
今の俺じゃゼルドガルに有効打を与えることは不可能。例え、本気を出したとしてもまともに『破壊の一撃』が使えない状態となればゼルドガルの魔力の防御を突破することは不可能。
一瞬だけ行動を止められたとしても、今みたいに風の斬撃を飛ばされてしまったら打つ手がない。
すぐさま『治癒』を使って回復したけど、依然絶望的だ。
ゼルドガルに二度は同じ作戦は通用しないことだろう。
逃げることはもうできないっ。
「もっと本気を出せ。オレを楽しませてみろよ」
「この戦闘狂がっ」
立ち上がりざまに足を振り上げて蹴りを狙ってみるが、その蹴りは簡単に身を翻すことによって回避されてしまった。
だが、これは回避できないだろ!
俺はゼルドガルの身体に手を付け、そして魔法を唱える。
「『フレイムバースト』」
火球を相手に飛ばし、着弾点に爆発と共に火炎を発生させる魔法。
俺の手は既にゼルドガルに密着している。この状態で、回避できるもんならしてみろや!
魔法を発動。その瞬間に眼の前で爆発が巻き起こり、至近距離に居た俺も爆発によってぶっ飛ばされてしまう。
俺も俺でダメージを受けてしまったが、この爆風を利用して足に身体強化魔法を付与。その状態で再びハクちゃんの手を握って走り出した。
煙幕が出来上がっている。これなら、俺たちの居場所を正確に把握することなんて出来ないはずだ。
「んなっ!」
すると飛び上がって真上から俺たちを飛び越していくゼルドガルの姿が見えてしまった。
やっぱりダメか。逃げようとして先回りされてしまったため、俺はハクちゃんの手を離すしかなくなってしまった。
恐らく今のゼルドガルには俺の言葉も届かない。
ここまでの戦いでわかった。あいつはとにかく戦闘狂だから、恐らく俺の正体を解き明かしたいとかそういうことではなく、本気の俺と戦いたいという単純な理由で俺をここまで追い詰めてきているんだろう。
本当にはた迷惑なやつだ。少しは俺の事情も汲んでほしいものだが、それをゼルドガルに強要するのも俺の身勝手というやつか。
「本気、出しやがれぇっ!」
「速いっ!」
一瞬で俺との距離を詰めてきたゼルドガルは俺に蹴りを放つ。
その一撃は身体強化魔法を使っていないというのに防御した腕が痺れてしまうほどの威力。まともに受けていたら簡単に蹴り飛ばされていたに違いない。
そしてそのままゼルドガルは拳と蹴りを何度も放ってくる。
一撃一撃が重いし速い。本気を出していない今じゃ対処するのが精一杯。反撃に出る隙なんて存在しない。
「どらぁっ!」
「ごはっ」
ついに俺は防御しきれず、その蹴りを腹にまともに受けてしまい、蹴り飛ばされてしまった。
あまりの衝撃に呼吸ができなくなり、地面を何度か転がり、止まった後で何度も何度も深呼吸を繰り返して酸素を慌てて取り込む。
まずいまずいまずい。
ゼルドガルはこうしている間にもゆっくりと俺に近づいてきている。このままじゃ俺はここでぜるどがるに――
やるしか無いか。
覚悟を決めた。ハクちゃんにお願いして黙っていてもらおう。どうせゼルドガルが俺のことを言う相手なんてネムナくらいだし、ネムナもどうして他の奴らに言うことはないだろうから。
俺はブレスレットのダイヤルに手をかけてそして、
「やめてください!」
「あ?」
ハクちゃんの叫びの様な声が聞こえた直後、ハクちゃんはゼルドガルへ向けて走り出し、拳を構えた。
まて、ハクちゃん。そいつに手を出すな。そいつには絶対に勝てないんだから!
勇気を振り絞って俺を助けるために走ってくれているんだろうが、それは無謀というものだ。ハクちゃんの身に何かがあったら俺はルリハたちになんて言えば良いんだ。
絶対にハクちゃんを守る。それがハクちゃんに魔法を教えると決めた俺の責任だから!
「に、げろ。逃げろぉぉぉぉぉっ!」
「ハルト師匠から離れろぉぉっ!」
俺の声はハクちゃんには届かない。俺を助けるために必死なのだ。
ハクちゃんがゼルドガルに敵うわけがない。俺を助けるためにぼろぼろになってほしくない。
必死に手を伸ばす。だが、現実は無情で、ゼルドガルはハクちゃんの存在を確認すると、手を振り上げた。
風の斬撃か?
ハクちゃんが斬られてしまう。ハクちゃんの魔力量だったら防御もあまり出来ないだろうし、簡単に切り捨てられてしまう。
「やめ、やめろぉぉぉぉっ」
俺の叫びも虚しく、ゼルドガルの手はハクちゃんへと振り下ろされてしまった。
その直後、ハクちゃんは力を無くしたかのように前のめりになって倒れ始める。一瞬にして意識を奪われてしまったのだ。
そしてそんなハクちゃんの体の下に腕を差し込み、抱えるようにしてゼルドガルはハクちゃんのことを支え、ゆっくりと地面におろした。
その光景に俺は思わず混乱してしまった。
俺はてっきりゼルドガルのことだからハクちゃんのことを切り捨てるかもしれないと思っていたのだけど、予想とは反してゼルドガルはハクちゃんに手刀をして気絶させると、ゆっくり地面におろしてあげた。
「てめぇはオレのことを何だと思ってやがる。流石に守るべき人を殺すこたァねぇ。だが、てめぇは別だ。てめぇは別に守る対象じゃねぇ」
流石にそこら辺の線引はちゃんとしていたようだ。
だからこそさっきから俺との戦いにハクちゃんを巻き込まないように動いていたのか。
「しっかしまぁ。てめぇが姿を消した後、何があったのかは知らねぇが、弱くなったな」
「…………」
「個人的に守りたいものでも出来たのか? だが、てめぇの強さは守りたいものを守る為に作られてねぇ。てめぇのその強さは好き勝手戦うための強さだ。今までてめぇは好き勝手戦いながらついでに人々を守ってきたに過ぎねぇ。自分本位の強さだ、それがてめぇの強さだった。だから、守りながら戦うっていうのはてめぇのバトルスタイルにあってねぇんだよ」
ゼルドガルの言葉に何も言い返すことが出来なかった。
確かに俺は自分が戦うことばかりを考えていた。とにかく魔物を倒したくて、とにかく強くなりたくて。
そのついでに人助けをしてきただけに過ぎない。それはその通りだ。
だから守ろうと動くとその全てが空回りして良くない方向に転がってしまう。
自分本位、身勝手、そんなことを言われても仕方がないと思っている。
「だからそこから誰かを守りながら戦おうとするようになってテメェは変わって、そして似合ってないから弱くなった。カルマ・エルドライトは死んだ」
「え?」
「テメェみたいな弱味噌はカルじゃねぇ」
こいつ、どういうつもりだ?
まさかゼルドガルが俺のことを見逃すって言っているのか? 確かにこいつは賢者としてやる気はなかったし、俺のことを断定できたとしてもそれを他の賢者に言うっていうことは絶対に無かっただろうけど、こんなことを言うようなやつだったか?
体中が痛むが、なんとか『治癒』で傷を治して立ち上がる。
もうゼルドガルは俺に興味をなくしてしまったのか、背を向けてどこかへ立ち去ろうとしていた。
そんな背中に俺は思わず声をかけていた。
「ゼルドガル、どういうつもりだ!」
「オーズのやつに呼ばれてきてみたらたまたまカルに似たやつを見かけたもんで、オレは喧嘩を吹っかけた。だが、そいつはカルとは似ても似つかないクソ雑魚野郎だったもんでムカついてぶっ飛ばしちまった。わりぃとは思ってる。じゃあな」
「おい! 理由になってないぞ!」
だが、ゼルドガルは俺の質問に答える気は無いようで、そのまま手負いの俺では追いつけないほどの速度をあげてこの場を走り去ってしまった。
なんなんだ、あいつは。
あいつの気まぐれは昔から酷かったものだが、今はもっとよくわからない。あいつからしたら俺を逃がす理由なんて何一つ無いだろうし。あいつからしたら間違いなく俺はカルマで確定していたはずだ。
あいつが俺をカルマじゃないと誤認するはずがないし、そっくりさんを見つけたからと言ってカルマと見間違えるということは絶対にないと断言できる。
だってあいつは、俺が賢者になってから出来た二人の友だちの一人なんだからな。あいつが友達の顔を、性格を、癖を、魔力を、戦法を忘れるはずがない。
「ゼルドガル……お前は一体何を考えているんだ」
腑に落ちないが、ゼルドガルに見逃されたというのは事実だ。
なんかゼルドガルに最後にアドバイスをされたような気がして心にざわつくものがあるが、それよりも今はハクちゃんを連れて帰らなければ。
いつまでもハクちゃんをこんな所に寝かし続けるわけには行かない。




