5-1『滅びゆく世界』
はい、お久しぶりです。
ついに五章開幕なのですが、ここから暫く暗い話が続くと思いますので、覚悟をよろしくお願いします。
そしてやっと本筋に触れることが出来ます。
これが『賢者のカルマ』という物語なんだぞ、という内容をやっていきますよ!
ここは古風な家屋が建ち並ぶ静かな雰囲気のザ・田舎という村、アルマトロン。エルダック・ヴォラキュリアの管轄に位置している村であり、小さな村であるが賢者のエルダックが管轄の中で一番出入りしている村でもある。
その理由というのが、この村に存在している村人にある。
「マーヌ婆、僕の未来は一体どうなるんでしょうか……」
「うーむ、坊やの未来ねぇ。何か不安なことでもあるのかえ?」
「はい、僕は今、冒険者を目指しているんですが、どうにも魔法をうまく使えないんです。僕は将来、ちゃんと冒険者をやれているのでしょうか? そもそも僕は冒険者になれるのでしょうか?」
少年は切羽詰まっている様子だった。
マーヌ婆と呼ばれた修道服の女性は少年をまじまじと見つめる。
確かに少年は必死に頑張っているのだろう。目を閉じるて魔力を感じ取ると、少年の魔力からは魔力回路が酷使されているというのが感じられた。
手には大量のタコが出来ている。おそらく魔法だけではなく、剣などの武器もいろいろと試しているのだろう。
本当に冒険者になるために頑張っているというのが伝わってくる、そんな少年だった。
(この子は努力が出来る子だ。だけど、それが必ずしも実るというわけではない。少年の年齢的にまだ諦めるには早いと言わざるを得ないくらいだが……さて、鬼が出るか蛇が出るか)
「切り札『世界之秩序』」
マーヌ婆の切り札は『世界之秩序』。念じた人物の未来を視ることが出来るという強力な能力だ。
目の前の机に置かれた水晶玉に念じることによって水晶玉の中にキラキラと輝くカードが出現。直後、マーヌ婆にだけ見える映像が水晶玉の中に映し出される。
そう、これは占いだ。だが、よくある占いとは違う。
マーヌ婆の占いはガチの特殊能力。絶対に的中する本物の未来予知。
マーヌ婆が言ったことは絶対に外れることはありえない。だからこそ、みんなマーヌ婆を信頼し、こうしてマーヌ婆の占いの館へ時々相談しに来るのだ。
そしてその相談内容に応じた未来を視て、アドバイスをする、ここはそう言う場所だ。
だからこそエルダックは彼女を信頼し、この村へ入り浸っている。
(儂の見た未来が外れたことはない。どんなにいい未来も、どんなに悪い未来でも、儂が視た未来は必ず起こる。間違いなく、確実に、百発百中で。だから、儂はこの未来を視る時は慎重にならざるを得ない。因果関係が分からないからじゃ)
そう。
因果関係、それ即ち、確定した未来をマーヌ婆が見ているのか、はたまたマーヌ婆が見てしまったからこそその未来で確定してしまったのかということだ。
それがもし良い未来だったら何も問題はないのだが、これがもし悪い未来なんだとしたら。
因果関係次第では、マーヌ婆がその事象を引き寄せているということになる。
だから祈る。最善の未来が見えるようにと。
どうせ抗うことが出来ないというのなら、これ以上ない位に最良の未来を――
(なんじゃ、これは)
少年の未来を視た。少年が冒険者になれているかという未来を視るためにまずは十年後の未来をイメージしてみた。
だが、水晶玉に映し出された映像はただただ漆黒だった。映像と呼べるかも怪しく、真っ黒な状態で微塵も動かない。
(何も映らない。こんなことはありえない。だって、それはつまり、この子の未来は無いということになる)
つまり、十年後、この少年はこの世に居ないということになってしまう。
慌ててマーヌ婆はもっと近い未来、五年後を観測してみた。だが、結果は同じくただただ真っ黒が映し出されるだけで、何も映らなかった。
その後、四年後、三年後、二年後、一年後と順番に短くして未来を視てみるが、いずれも同じく何も映し出されることはなかった。
「っ」
ついには一か月後まで見てみたが、やはり何も映し出されないため、マーヌ婆は意を決して一時間後の未来を視てみることにした。
ここまで来ても全く見えないということは、この後すぐに何かがあったのではないかと考えたからである。
すると、ついに今までなにも映し出してくれなかった水晶に映像らしきものが映し出された。その事にマーヌ婆は安堵する。
この子は一時間後には生きている。
そして映し出されているこの景色は……この村だ。
「む?」
だが、どこか様子がおかしい。
少年が何かから必死に逃げている様子、息を切らし、激しく走っているせいか映像が揺れてブレブレになっている。
『いやだ、いやだ、辞めてくれ……助けてくれ』
やはり少年は何かに狙われている様子。
だが、村中、それも大通りを走っているというのに、どうして誰も彼の様子に反応しないのだろうか。
この村にも冒険者が居ないというわけではないし、魔物に少年が追われているというのなら、村にたどり着いた時点で冒険者が助けに来てもいい様なものなのだが。
その直後、天から何かがぶっ飛ばされて落ちてきた。
それを見てマーヌ婆は青ざめる。
(冒険者の――首っ)
その冒険者はマーヌ婆もよく知っている冒険者。この村一番の実力者とされている冒険者の生首だった。
それが少年の目の前に落ちてきて、光無い眼で少年のことを見つめてきている。
『げっひゃっひゃっひゃ』
笑い声が聞こえる。不気味な笑い声だ。
怒号が村のあちらこちらから聞こえてくるような気がした。
少年の目の前にあった家が大爆発を引き起こし、そこから火の手が上がって周囲の家屋に燃え移っていく。
それはこの占いの館も例外ではなかった。
その次の瞬間、映像が横にスライドしたかと思いきや、ぷつんと途切れるようにして再び真っ暗な映像になってしまった。
そう、この瞬間にこの少年は事切れたのだ。
「はぁっ、はぁっ」
マーヌ婆は冷や汗をかいて過呼吸になる。
今の映像、間違いなく何か得体のしれないモノに襲撃を受けていた。それも村一番の冒険者を簡単に殺してしまえるほどの化け物。
この村の周辺に生息している魔物くらいだったらこの冒険者が負けるはずがない。なにせ、この冒険者はSランクなのだから。
それがいともたやすく殺された。
(まさか、魔人っ)
今から一時間以内にこの村へ魔人が攻め込んでくる。だからこの少年の未来は十年後も五年後も視えなかったのだ。
そのことに気が付いた瞬間、マーヌ婆は近くにあったテレファンという魔道具を手に取る。
これは使い捨てだが、イメージした任意の人物とテレパシーで交信することが出来るというとんでもない魔道具。
(儂の未来は変えられない。このままだとこの村が滅びるというのは時間の問題じゃろう。今まで一度たりともこの未来を変えられたことはない。だが、奇跡が起こってくれれば……彼、エルダックならば魔人をどうにか出来るかもしれない)
そう思ったマーヌ婆は目の前に少年が居るということも忘れ、必死にエルダックを思い浮かべて交信する。
「エルダック様、大変じゃ、この村に危機が迫っておる」
『なに、どうした!?』
「儂の未来視でこの村に魔人が攻め込んでくるという未来を視た。一時間以内じゃ……この村は恐らく滅びる」
『っ、そんな馬鹿な。だが、魔人が相手だと考えると……ぐっ。婆さん、安心してくれ。わしが必ずその村を救って見せる』
その会話を最後にテレファンは効果を失った。
エルダックはこの村へ移動を開始したらしい。もしかしたらエルダックさえ来てくれれば魔人をどうにかできるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、待つ。
だが、魔人達は待ってくれることなんてなかった。
爆発音。それが聞こえてきて、マーヌ婆は想像する。
この音は先ほど少年の未来で聞いた音に類似している。家屋が爆発した時の音だ。
つまり、魔人はもうこの村に来ている。
エルダックが今、どこに居るのかはわからないけど、賢者もそうすぐすぐ来られるようなものではない。
エルダックが到着するまで、魔人に蹂躙されるところをただ黙って見ているしかない。
「えっ」
「うあ、うあああああああああああああああああああああああああああああ」
突如館の天井が破壊され、光が差し込む。少年は心底おびえた様子で叫び声を上げながら脱兎のごとく走り去っていってしまった。
おそらくここからあの未来視の内容が始まるということなんだろう。
そして理解した、自分が今ここで死ぬ運命であるということを。
天井から入り込んできた大きい手がマーヌ婆の身体を握り締め、持ち上げられる。
これほど高い位置からこの村を見たのは初めてだと考えられるほど、マーヌ婆は意外と冷静だった。
マーヌ婆も高齢、長い年数生きてきたものだから、これ以上の生への執着というものはなかったのだ。だから自分が今ここで死のうが生きようがどうでもいい、ただそれだけの気持ちだった。
だが、そんなマーヌ婆もさすがに村の光景を見て絶望の表情を浮かべた。
(これは、無理じゃ。なんで、なんで……魔人は一体出るだけでも国一つを滅ぼすことが出来るほどの災厄で、滅多に出没するものじゃないじゃろう。なんで、なんでっ、なんでこの村に百体強もの魔人が見えるんじゃああああああああああああああああああああああ)
一体居るだけで数人の賢者が力を合わせて戦うというほどの化け物。
それがこれだけ集まっている。これは抗いようのない滅びの運命だった。ここにエルダックが来たところで意味がない。
「げっひゃっひゃっひゃっひゃ」
未来視で聞いた笑い声がどこからともなく響いてくる。
その声を聞いたのを最後に、マーヌ婆は絶望しながらその長い生涯に幕を下ろした。
エルダックが到着したのはそれから一時間半後の事だった。
いくら賢者と言えども一時間以内に到着するというのは無理な話だった。これでも最高速で急いでやってきたのだ。
だが、エルダックが到着した時にはすでにアルマトロンという村は更地になっており、その姿を消していた。
そこにあるのは瓦礫と血、悍ましい魔痕、目をそむけたくなるほどの凄惨な光景だった。
「儂がもう少し早く来ていれば……」
魔人の姿はすでに無くなっていた。村を破壊しつくした魔人達はすぐに興味を無くし、どこかへ行ってしまったのだろう。
だが、決してこれはエルダックのせいというわけではない。あれだけの数の魔人を対処できる人物などそうは居るわけではない。
もしエルダックが間に合っていればエルダックさえも魔人に殺され、賢者の席が一つ空くという最悪の結末を迎えていたのかもしれない。
誰にも何が正解で、何をどうしたらいいのかというのは分からない。今回、エルダックがむしろ間に合わない方が世界的にはよかったというのは結果論であり、村を守り切ることが出来なかったという事実はエルダックの傷となってしまった。
「魔人の出没が増えている。この原因が本当に魔王にあるのかはわからんが、魔王を討伐することが出来ればわしらは先に行くことが出来るだろう。早く、魔王を討伐せねば」




