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09:旅は道連れ世は情け

 目が覚めると朝だった。昨日は案外ぐっすり眠れたようで頭も体もすっきりしている。身支度と鞄の用意をして部屋を出た。さすがに昼間っからおさげでは目立ちすぎるので、きつく三つ編みにした髪を後頭部で交差して頭に巻き付けるようにまとめた。遅くまで食堂をしているこの宿では朝食は提供していない。昨夜と変わらず明るい女将さんが宿の受付で見送ってくれる。宿の玄関扉を開けると満面の笑みを浮かべる吟遊詩人がいた。

 いや、昨日のように吟遊詩人の派手な恰好はしていない。庶民の男性が着るような白っぽシャツに黒いズボン、濃いグレーのカーディガンというシンプルないで立ちだ。美味しそうなリュートもカバーをかけて背負っている。

「おはよう、お嬢さん。」

「……おはようございます。失礼します。」

 私は挨拶をして通り過ぎようとしたけれど、ユメールは私の後をついてくる。しばらく速足で歩いてみたが、彼はゆったりと後をついてくる。コンパスの違いが憎い。

「夜の約束ではなかったの?」

 私はたまらず声をかけた。

「君は朝に来てはダメだって言わなかったよ。」

 ユメールはニコニコしている。私はフンと鼻息を鳴らすとそれ以上何も言わずに好きにさせる事にした。女の一人旅は危ないと女将さんも言っていた。ついてくる男がいるなら――そしてそいつが信用できるなら――護衛代わりになるだろう。

 朝食は露天で売っているクレープにした。シナモンシュガーや蜂蜜バター、ハムチーズなど、ぽってりとした厚めの生地に好みの味つけをしてくれる。私はハムチーズに炒めたキャベツを追加してもらった。ユメールはベーコンとトマトのものと、ピーナツバターにジャムと蜂蜜を足したものの二つを頼んで魔法のようにペロリと食べてしまった。買い食いに立ち食いと、普段なら絶対に出来ない所業だが、露天の周囲では皆がそうしている。慣れている人達にはいつもの朝のひと時なのだろうが、私はひとりでお祭気分だ。大満足の朝食は甘いミルクティーでしめた。紅茶の葉をミルクで煮出し、黒砂糖で甘味を加えたこのお茶にはロイヤルの名がつけられている。けれど、王室ではこの眠気も吹き飛ぶかのような美味しさには出会えない。


 私は長距離馬車の切符を買う。今日も馬車に揺られて西に向かう。目指しているのはあの古城。もう別の建物が建っているらしいがあの森までは無くなっていないだろう。

 駅馬車は賑わっていた。古城跡のホテルは富裕層向けだけれども、その周辺の街までも栄えはじめているらしい。庶民向けの宿もできはじめて、往来は増すばかりだとか。富裕層が集まる場所には仕事ができる。食事一つ、移動一つ、人の手をつかって快適にしたがるからだ。仕事のある場所に人は集まる。駅馬車は賑やかでほとんどの乗客は出稼ぎの仕事をもとめて移動しているらしい。庶民の付き合いは距離が近い。馬車が出発する前からおしゃべりを続けているおばさま方が知り合いでもなんでもなく、今日はじめて出会って馬車に乗りあっただけの間柄だと気づくのにしばらくかかった。

「嬢ちゃんも一つどうだい?」

 そうキャラメルを差し出されてお礼を言って受け取る。嬢ちゃんと呼ばれるような年ではないのだけれど、真っすぐ私を見てそう言われたら反応しない訳にもいかない。キャラメルを口に含むと想像よりも甘くてびっくりした。

「あまぁ~い。」

「おいしいかい?」

「はい。」

 大きく頷くと、そんなに口に合ったなら持っていきなと3粒ほど手渡される。遠慮なく頂いて、昨日買ったナッツのクッキーをお礼に差し出した。

「ユメールも食べる?」

 隣に座るユメールにキャラメルを一つ差し出すと彼は目を輝かせて受け取った。美味しそうに緩み切った顔をして向かいのおばさまに笑われている。

「ほっぺたを落っことすから、気をつけなぁ。」

「夫婦は似てくるっていうけど、あんたらおんなじ顔して食べてるよ。」

 そう構われて二人で顔を見合わせる。夫婦にっていうのはいただけないが、勘違いはそのままにしておく。吟遊詩人と旅の女の組み合わせですなんて怪しすぎて言えない。

「お前さんたち今流行りの新婚旅行ってやつだろう?」

 そう問われて曖昧にほほ笑んでおく。照れているのだと思われてひとしきり揶揄われた。

「にいさん、若い嫁さんちゃんと幸せにしてやりなよ。」

「……もちろんですとも。」

ユメールが調子を合わせてしゃべっているのも放っておく。「若いっていいわね~」っておばさま方が声を揃えている。あなたがにいさんと呼んだこの男はあなたの倍ほど生きていますよって教えてあげたい。じっと見つめると赤い瞳もこちらを向く。私はやんわりとほほ笑みをうかべてから視線を外す。


 途中から乗客に請われてユメールはリュートを持ち出した。はじめは控えめにアルペジオで静かなバラードを奏でていたが、次第に賑やかな曲がリクエストされるようになった。終点の街に着くころには馬車の中はお祭騒ぎだった。

「にいさん、ありがとよ~。」

「また、どこかでね。」

 と、みんながユメールにお礼を言って馬車を降りていく。ユメールの腕は私が昨日買ったストールを大事そうに抱えている。中は小銭やらお菓子やら皆がお礼にとくれた物でいっぱいだ。私たちは最後に馬車を降りた。ユメールは先に降りると振り返って私に手を貸してくれる。当たり前のようにその手を借りてしまう自分に少しだけ驚いた。今朝まではちゃんと一人旅していたのに。


 朝出た馬車は予定通り、お昼過ぎに目的地に着いた。森の古城跡までは馬車で30分ほどだろうか。歩いても1時間はかからないくらいの距離のはずだ。私たちの乗った駅馬車は庶民向けの乗り物だから森のホテルまではいかない。ここはその手前にある町だ。建設途中の庶民向けのホテルが大通りに並んでいる。私は営業している宿屋を見つけて、シングルの部屋を2泊頼んだ。ユメールも同じように宿を取り、2人並んだ部屋に案内される。

「今日はもう休むのかい?」

部屋に入る前に声をかけられる。

「いいえ。出かけるわ。」

私の返事にユメールはコクリと頷いた。


 一度部屋に入って大きな荷物を置き、軽く身繕いをしてから部屋を出る。宿屋の受付で買い物をしたいと案内を求めると、近くにある商店街を教えてくれた。言われた通りに歩いているうちにいつの間にかユメールが隣を歩いている。特に声もかけなかったけれど来ないでほしいとも思っていない。好きにしたらいいんだ。お互い一人旅なんだから。

「何を探すんだい?」

「服とお菓子が欲しいの。あとはタオル。」

「ふ~ん。」

 彼は興味のなさそうなそぶりをしながらも私の一歩先を歩く。上手く人込みを避けてくれるのでついて歩くと楽だった。ユメールの後ろを歩いているとちゃんと商店街に着いた。私は次々と目的の物を買っていく。特にお菓子はチョコレートや焼き菓子など色々な種類をかなりの数買った。これはこれから必要なのだ。私の買ったものはユメールが持ってくれた。自分の事は自分ですると遠慮したが、女性に荷物を持たせたままでは私が笑われると泣きそうな顔で頼まれて、仕方なく預けることにした。これでは2人で買い物しているみたいじゃないか。怒られそうで怖い。


「どろぼう!!」

 と声がして振り返るとこちらに向かって男が走ってくる。ユメールは持っていた荷物を私にサッと渡すと、そっと背中を押して道の端によせる。

「どけー!」

 と怒鳴りながら突進してくる泥棒の進路を塞いで立ち、ぶつかる瞬間ユメールはフワッと腕を回した。次の瞬間男は一回転し背中から地面にたたきつけられていた。起き上がろうとする泥棒の腕にユメールが足を乗せる。そっと足を置いているだけに見えるのに、泥棒は「ぐわぁ」っと叫んで悶えている。

 すぐに一人の男性が追いかけてきた。茶色いマントを羽織った旅人風の男だが、着ているものの質がいい。目深に被っている帽子からオリーブ色の混じった茶色い髪が見える。旅人風の男は泥棒から女性ものの鞄を取り上げて、逃げようともがいているのをうつぶせにし、腕をねじりあげた。その後から黒髪の女性が一人「こっちです」と街の警備隊員らしき腕章をつけた二人を連れてくる。警備隊員がそばまで来るとユメールは何事も無かったかのように私の側に戻ってきた。


「ご苦労様。」

「カッコよかったでしょう?」

「えぇ、素敵だったわ。」

 私が手放しで褒めるとユメールは虚を突かれたような顔をした。人助けはかっこいい。当たり前じゃないか。だって出来ない人もいる。私がそうだ。あんな勢いで走ってくる男性を止める事など出来ないし、万が一できたとして怪我してしまう。それでは助けてもらった人も気を使うだろう。その点、ユメールは自分自身も怪我してないし、周りに迷惑かけることもないし、完璧な人助けをしたと思う。

「人助けってみんなが出来る訳じゃないのよ。それが出来るあなたは凄いわ。」

 そうハッキリ伝えると、ユメールの青白い肌にほんのりの赤みが差した。

「あの、ありがとうございます。」

 さきほどユメールの後から来て泥棒を取り押さえた男性がこちらに近づいて来た。警備隊員を呼んできた女性も一緒だ。

「うん?大したことではない。気にしないでくれ。」

 ユメールはニコリと人好きする笑顔をうかべている。青白い肌に赤い瞳とどこか近寄りがたい色彩を持つにもかかわらず、笑顔の彼は親しみやすい雰囲気をもつ。

「取られたものは無事でしたか?」

 私が尋ねると旅人風の男性は小さく首をかしげた。

「私達ではないんです。老婦人が鞄を取られるのを見てしまって、とっさに追いかけたんです。」

「そうでしたか。それは被害に遭われた方も救われたことでしょうね。お嬢さんも……」

 すぐに警備を呼んでいただいてありがとうございます。と告げようとして、正面から女性の顔を見た瞬間次の句が紡げなかった。向こうも同じようにびっくりした顔をしている。

「リシュ……」

「ゴホンゴホン。まぁ、びっくり。以前王都でお会いしたことありましたよね?私ロゼですわ。覚えていてくださっています?」

 女性が私の苗字を口にしかけたので慌てて止める。

「ろ、ロゼさ……んお久しぶりです。もちろん覚えておりますとも。」

 そこにいたのはエマリリーナ・ミュンブル公爵令嬢だった。


「なんだ、君たち知り合いなの?」

 ユメールの質問に私は曖昧にほほ笑んだ。

「会えばご挨拶する程度には。」

「家がご近所だったのよ。」

 エマリリーナ嬢の説明に私は噴き出しそうなのを寸でのところで堪える。

 確かに王都の貴族街、王城のほど近くにそれぞれのタウンハウスがあるのだが、私たちの邸は広大な王城の敷地を挟んだ反対側だった。あれをご近所というのなら、小さな町なら丸々全部ご近所だ。まぁ、そういう説明になるのも仕方ない。彼女も身分を隠してここに居ることは身なりを見ればわかる。お互いボロが出ないうちに別れる方がいい。

「ロゼさん、お久しぶりにゆっくりお話ししたい気持ちはあるのですが……。」

「えぇ、えぇ。私も少し予定があるのよ。ですから、お気になさらず。」

 私が早く別れようと思っている事に気付いたのか、エマリリーナ嬢から別れを切り出してくれる。


 フィリーアローゼと競い合っている時は王太子に取り入るのが上手いいけ好かない娘だと思った時もあったが、こうして顔を突き合わせてみると見え方も変わる。とりあえず今はこちらの雰囲気を読んで上手く立ち回ってくれる頭のいい娘に思える。王太子に猫なで声ですり寄っている時よりも庶民のような恰好をしてハキハキと受け答えする今の彼女の方が数倍可愛く見えて、何か一つ歯車が違えばフィリーアローゼと良いお友だちになったのかもしれないと想像する。とても自分勝手な感想だが、惜しい事をしたなぁと思わずにいられない。


「そうですか。お礼にお茶でもと思ったのですがお急ぎですか?」

 旅人風の男性が残念そうに肩を落とす。

「はい。お気遣いいただいてすみません。お気持ちだけいただいておきます。」

 なら仕方ないと、男性は別れのあいさつに帽子を取ってお辞儀をした。

「良い旅を。」

「えぇ。お互いに。それでは、お気をつけて。」

 私は男性の瞳が曙色(あけぼのいろ)をしているのを見てあらっと言いそうになる。それを堪えてひらひらと手を振って別れる。別れ際のエマリリーナ嬢が心配そうな顔をするので、大丈夫と頷いて見せる。公爵夫人が見たこともない男連れで庶民にまぎれて街にいるのだから本当はどんな事情があるのか確認したいのだろうけれど。何も聞かずにいてくれる彼女は実に我慢強い。

「それじゃぁ、次はどうする?」

 ユメールが言うので私はパッと彼に視線を移す。赤い瞳は何事もなかったかのように穏やかだ。

「あと、小さなナイフを買ったら一度宿に戻るつもりよ。」

「お供しますよ。お嬢さん。」

 私の荷物をユメールが全部持とうとするので、半分だけ彼に任せた。案外重いお菓子類は彼に任せて、私はタオルと洋服を両腕で抱えて歩く。

 ふと一度振り返ったがエマリリーナ嬢とその連れの男の後ろ姿はもう見えない。あの旅人風の男の持つ瞳の色に見覚えがあった。とても希少なパパラチャサファイアに例えられるあの色は隣国の王族に出る色だ。髪の色が違ったから気が付かなかったが、彼は隣国の第3王子、ラルなのだろう。ゲームのストーリーを離れた今、彼は何の為にここに居るのか。そしてエマリリーナ嬢とどんな関係なのか。きっとそのうち知る機会もある……かもしれない。

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