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神の園  作者: 冬見鳥
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第一話



妙に耳障りな、言い合う声で目が覚めた。

まず目が開いて、しかし意識は霧がかったままであったから、数秒は薄暗い光に照らされた畳を見つめたまま過ごすことになった。


「早く、ここから出しなさい!」

「だから言ってるだろ。俺はこの状況とは、一切関係ない!犯人は誰か、別の奴だって!」

「嘘よ!」

「この集会はアンタが計画して、あたしたちを集めて、アンタの準備の下で何もかもで来てんのよ。これだけ状況証拠がそろってて、アンタじゃなかったら誰ができんのよ!」

「し、知らねえよ。俺だって閉じ込められてんだ。被害者なんだよ!」


寝覚めの頭に響く声の発生源は、一組の男女の口論だった。

そこまで認識が追いつき、ようやく自分の体が地面に伏したままであることに気づく。

いつまでも地面に抱き着いているわけにはいかないと、普段より一層重く感じる体に鞭を打った。


壁に手をつきながらよたよたと立ち上がって、まずは状況把握のために周囲を見渡してみる。

すると案外、自分の立っているこの部屋は広くあった。

約三十畳はあるだろうか、部屋の内装はいかにも和室といったものだ。

低い天井を見上げると、汚い笠を着た白熱灯が中央にぽつんと寂しげに吊られていた。

部屋の広さに気づかなかったのは、きっとそれを照らす明かりの心もとの無さからだろう。


最後に、この部屋には自分を含め数人の人間がいるようだった。

その中で最も目に付くのが、俺の目覚めの原因となった二人だ。

室内のわびしげな雰囲気を引き裂くように、大声で非難の応酬を繰り返している二人組を見る。

一人は、頭髪が薄く、丸い体形の険しい顔をした中年の男だった。

迫りくる追及から逃れようと、必死に弁解と激昂を繰り返している。

対する女性は長い髪を振り回しながら、これもまた必死の形相で、男を言によって追いつめようと躍起になっているようだった。

そのヒステリックな叫び声を聴いていると、段々とめまいが主張を激しくしてきた。


「うぅ……。」

足から力が抜け、少しふらついて思わず壁に手をついてしまう。

そのとき。


チリン。

その時、重苦しいこの部屋の空気に見合わない涼しげな音を聞いた気がした。


「あれ、起きてたんだ。おはよう。」

こちらに振り返る気配と共に、この場に似つかわしくない明るい声が自分に向けられる。

思わず首を向けると、目の前にセーラー服を着た妙齢の女性が立っていた。

はにかむような笑顔が可憐。

ただ、一番目を引く特徴として、“片耳に鈴のついた古風な模様の耳飾り”を付けている。

妙に似合ってる、そう思った。


彼女はこちらの顔を覗き込むと、その声色に相応しい朗らかな笑みを、ころりと心配そうな表情へと変えた。

「大丈夫?なんだか、凄く顔色悪いですよ?」

「あ、あぁ。平気だ、何ともない。」

「そう?よかったです。」

言うと、こちらの動揺に構わず騒音のする方へ向き直ってしまう。


「これは、いったいどういう状況なんだ?」

「見たとおりですよ。あなた以外の全員は、少し前に目を覚ましたんですけど…。」

彼女は、振り返らずに俺にだけ聞こえるように、声を潜めた。

「みんな、此処がどこだか知らないし、当の謎の屋敷はネズミ一匹通さなそうだし。ほとほと困ってたんです。」


「俺たちは何者かに監禁されてるってことなのか?」

彼女は小さく肩をすくめる。

「かもしれません。でも、だとしたら、一体なんの為なんでしょうね?。」

やれやれ、と肩をすくめる彼女。

なんとなく、その問いには色々な意味が籠っている気がした。


「それにしても、元気な人たちです。こんな状況なんだし、仕方ないとは思うんですけど。」

目覚めたばかりの俺に気兼ねなく話しかける彼女は、その『こんな状況』とやらを気にしている様子は、さして無いようだった。

「まったくだ。いつの間にか眠らされて、よくも知らない場所に誘拐されて、閉じ込められて。」


「それで、一体何の不都合があるんだ?」

不愛想に言い放った俺の言葉に驚いたのか、彼女はぽかん、とした顔でこちらへ振り返った。

「プッ」

しかしすぐにおかしくて仕方がないといった表情になる。

「確かに。」

「どうせこれから、みんな死んじゃうのにね。」


そう、事実俺たちは本来安らかな死を求めて此処にいるはずだ。

大した思惑があった訳じゃない。

全て偶然だったのだ。

死にたくて仕方がないやつが、死にやすい場所を求めて、たまたま目に入った自殺オフ会に参加して、それがたまたま何らかの事件に巻き込まれて。


だが、当初の道筋から何ら外れてはいないだろう。

これから自分がどうなろうと。

最後にどうしようもない結末を迎えるのが目的で、俺達は集まったんだ。

なら誰の仕業か、何が起こるのか、それは些末な問題で、大事なのは最期が確実に訪れるという結果だけなのだ。


「………君も、死にたくて来たのか?」

自分でも愚かな質問だとは思ったのだが、少し不思議に感じてしまったのだ。

先程、互いに多くは交わされなかった会話の中、絶え間なかった彼女の笑みは底抜けて輝かしいものに見えたからだ。

俺を通して、何か愛おしいものへと向ける優しい笑顔。

それは、ここにいる全員の顔を伺っても欠片も見つけることのできぬ、尊いものだろうと。

そういうくだらない感慨が、つい口をついて出た結果だった。


そんな後悔を浮かべている間、彼女はこちらを振り向きもせず、また先の質問に対する返事を返すこともなかった。

いや、この沈黙こそ返事なのだろう。

当然だろう、くだらない事を聞くな。

きっと彼女の背中は、そう言っていた。

そしてまた、沈黙と非難の応酬が部屋中を支配し始める。


数分後。

「あ」という声と共にこちらへ向き直って、彼女は変わらぬ笑顔で訪ねてきた。

「私達、まだ名前も知らなかったですね。

私、岡田あずさです。あずさでいいよ。今更だけどよろしくね!」

「あぁ、俺は國島由季だ。俺のこともユウキでいいさ。今更、よろしく、あずさ。」

差し出された手を握り返す。


チリンと、鈴がなる。

展望の無い人間同士が、何を宜しくするのかは分からなかったが、そんなしようのない文句も、やはり笑顔にかき消されてしまった。






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