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【Dive with me】  作者: 葉六
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閑話

 ライセンス試験後、合格の打ち上げを断ってフィオナは足早にギルドが用意していたホテルへと向かった。


  向かい合っての飲み食いなど冗談ではなかった。

 そんなことをすれば感づかれてしまう。

 いやそこは、それなりの代償だったのだから感づいて欲しいが。


 ただ、自分の態度や表情が起因してくるのは、絶対に嫌。

 そう思っている当の自分は食事の席で手を止めて深也を見つめてしまうであろう公算が大きい。


(ああもう! すぐ近くにシャックさんがいたのに! 頼めば良かったのに!! 私がする必要ないのに!!)


 部屋に入ってすぐベッドの中で身もだえる

 こんな狼狽を一生涯でするとは思ってもみなかった。


(どうしてあんなこと……そう、助けるため、助けるため……あれは人命救助であって)


『どうして、あんなこと』、それは決まっている。

 考えるまでもなく嫌ではなかったからだ。

 状況的に薄情かもしれないが嫌悪であれ何であれ、一瞬でも思考を立ち止まらせる感情が湧いていれば人命救助以外の解釈の余地は生まれていなかった。

 だが、フィオナにとってあれは


(いやじゃなかった……)


 そして、今も。

 これは問題がありすぎる。

 当分、下手をすれば一生消えない記憶が脳内をループする。

 無理やり外したアビスフレームのヘルムの中から出てきた息吹の聞こえない肉塊になりかけている彼の顔を。

 それを見たときの焦燥が処置を行うことの羞恥や嫌悪を容易く吹き飛ばした事実を。


「ううううう!」


 記憶は埋め込む際に紐づけされたものが強烈なほど忘れがたい。

 紐付けされてしまったものは2つ、触覚と味覚。

 柔らかな感触と海水のしょっぱさと……


 ◆◆◆◆


「なんか……甘い……?」


 ゲームを終了させて最初に感じた余韻のような儚い甘さは、深也が軽く口を拭うと簡単に流れた。

 ベッドもといVRゲーム機から、やけに重たく感じる体を起こす。


(これも近い将来には小型されんのかね……ちょっと信じられないな)


 黎明期よろしくVR装置は巨大であった。

 シングルベッドより一回り大きなサイズの本体に人型のくぼみがある。

 ヘッドマウントセット、グローブセット、レガースセット、心肺機能計測用プレートセットを外していく深也。

 集中治療室の患者もかくやという重装備である。

 外し終わって伸びをしようと立ち上がってすぐ赤く点灯するアラームランプが目に飛び込んできた。


「……バイタルアラームが、なんでだ?」


 VRゲームには常に健康上のリスクが付きまとってきた。

 まずVR酔い、操作するアバターとの体格差によって現実に戻った際に激しい前後不覚に陥る症状。

 症例の判明後、未だに体格までキャラクタークリエイトができるVRゲームは生まれていない。


 次に、プレイ中は本体が無自覚状態になってしまうこと。

 時間感覚を失い長時間プレイで健康を損なう者を主として、全感覚がゲームに割かれている間は現実でのアクシデントに無自覚、無抵抗なことが問題視された。

 その防備策としてのバイタルアラームである。

 異常を検知すればプレイ中であろうが装着者へ通知メッセージとアラームがいく。


(そもそも鳴ってたか? でも、そういやゲームのはずが俺……たしかあの時)


 ミラージュアントへの最後の攻撃を仕掛けた際のことがフラッシュバックする。

 白で埋め尽くされていく視界、昔ケンカで絞め落とされた時に味わった感覚に近かった気がした。

 あれはたかがゲームがプレイヤーに与えていい生々しさではない。

 記録データを確認するためPCを装置へと接続しキーボードを弾く深也。

 ログの内容によっては役所と病院の世話になるだろう。


(出た……なんだ、異常なしかよ。長時間プレイへのアラームか……)


 胸騒ぎは真相の判明によりあっさりと終わりを告げた。

 引いていた血の気が少しづつ戻ってくるのが分かる。


(一人暮らしって怖いなー)


 この家の両親めいぎにんは長期出張で家をずっと空けている。

 仕事なのかプライベートなのか、深也すら滅多に顔を合わせないため詳しくは知らなかった。

 何かあった際のリカバリーの難しさは日々感じている。

 ただ、深也はまだ学生、リスクヘッジなど最も縁遠い思考回路、今が楽しければそれでいい。

 どれだけ考慮すべきリスクであっても。


「焦らせんなよ……はぁ……晩飯何にするかな」


 緊張からの解放でへたりこみながら深也が考えるのは夕飯の献立であった。


 ◆◆◆◆


 失敗は基本的にすべて予測できる。

 予測できないものは失敗ではなく事故だ。


(つまり用意は重要だよねぇ、ってことで……)


 津留利子は用意していたプログラムが正常に作動していることを確認したのち再びコーヒーをすすった。


 手入れをしていないクセっ毛のショートヘアー、着崩したスーツにはお似合いの不健康な細さの体つき、ただ胸と尻は”ある”。

 それはもう”ある”。

 貧弱と豊満、生死の曖昧さが服を着ているような彼女は、どこか蠱惑的な雰囲気を醸し出していた。


 再度、データの確認を行う。

 ベータテストの際に取得しておいたバイタルデータや現行のプレイ記録から目星をつけていた人物のバイタルアラームは、滞りなく内容の自動書き換えが行われている。


 今回のプレイヤーの書き換える前の警告内容は、”窒息”であった。

 超長時間プレイによる心筋梗塞や動脈瘤の前例はあるが窒息は初見になる。

 さっそくプレイ内容との連動を照合する。


(ワァお、ほんとにいたんだ……いや、ほんとにいたんだ。今のご時世、どこぞでくたばってる線もあると思ってたけど)


 津留は、これから増えるであろう仕事量を想像して、このまま握りつぶしてやろうかと考え込んだ。

 元々、本職としているのは、こんなデスクワークなどではない。

 なので業務に愛着も恩義も特にないのだが……。

 膨大な思考の結論を待たずして彼女の手は動き、よどみなくカーソルがデータ抹消にむけて滑る。

 しかし、そんな無意識の奮闘むなしく背後から静止の声がかかった。


「なにをしてるんだ、お前は……」

「チキチキレースを少々、ここクリックしたらデータがとびます」

「庇えない言動をサラッとしないでくれ」


 声の主である同僚の草場 義影が津留の座るチェアーを軽く押して彼女のデスクを一時的に占拠した。

 上への報告を上げるためデータを精査し、迅速にまとめていく。


「ようやく当たりか……この子には同情するよ」

「やっぱり削除いっときます?」

「いかない。金が欲しいなら黙って仕事をするんだな」

「黙ってって…プロジェクトの関係者しかいませんよ、このフロア」


 ここはシーパレード本社ビルの明記されていない地下フロア。

 会話の内容など、もはや公然の秘密と言える。


「それでもだ。 社会も知らない子供を巻き込んでいるって現実を突きつけてから我に返る阿呆もいるんだよ」

「むぅ……」

「お前が子供みたいに膨れるなよ……早くいじってみたいんだろ、アビスフレーム」

「それは……そうに決まってるじゃないですかぁ」


 この歯をむき出しにして笑う彼女を見てもなお、美女にカテゴライズする者はいないだろう。


「バラして、溶かして、それからぁ……」

「今からお前に弄られるアビスフレームが可哀想だよ」


 すっかりトリップ状態になった津留を横目に草場は仕上げたものを”上へ”送った。


 ◆◆◆◆


「なんと言うか……壊れた?」


 そう言って首を傾げる深也にクラッグが絶叫する。


「なんとだぁ?? 壊した!だろうが!! すっとぼけようとしてる時点でお前自覚があんだろ!!」


 装備屋アークス、店のカウンターには、アビスフレームである【蒼炎】”だった”ゴミと【テンペスト】”だった”クズがぶちまけられていた。

 グラッグは自身が丹精込めた謹製品のゴミクズという末路に耐えられず白目をむきながら怒るという芸当をやってのける。

 正直ツボった深也だが何とか堪えた。


「ど、どう使いやがった」

「蒼炎の方は大気の魔導炉(エーテルコア)の最大出力時間が長すぎたんだろうな、回路が焼けた。テンペストも似たようなもんだよ、エアソリッドシステムで火力を上げてる時に連射しまくったから焼けた」

「焼けた、じゃねーよ!!」


 労わるように両手で跡形もない残骸をすくい上げるグラッグ。

 残骸は、焼け焦げたというより溶けて固まった部分が多々ある。

 本来の姿は見る影もない。


「ドブさらいか?」

「お前が持ち込んできたんだよ! そもそもが”未完成品”を無理やり運用しやがって!!」


 未完成品、その言葉に付いてきていたフィオナがピクリと反応する。


「未完成品で仕事をしてたんですね……」

「神経疑われてる?俺」


 街中で、たまたま出会って何故かは知らないがついてきたのだ。

 のっけから不機嫌な表情だったのも深也にとって深い謎である。


「なんだ、この嬢ちゃん。お前の連れか」

「多分な」


 場違いな美貌を覗き込むグラッグの視線を遮る深也。


「公序良俗に反するドサンピンな店に行くってあれだけ言っておけば付いて来ないと思ったんだが……」

「ついでに営業妨害するんじゃねえ!」

「ただの装備屋さんじゃないですか」

「嬢ちゃん、ただのってあのなぁ……」

「そう見えてるから危なっかしいって話だよ」


(…はーん……)


 先ほどまでの怒りをしばし忘れてグラッグは目の前でにらみ合う若い男女を観察する。

 深也もフィオナも互いに目を離せなくなっているように見えなくもない。


(粗野な男と深窓のご令嬢ってヤツかぁ?)


 話でしか聞いたことがないありがちなやつに気づけば年甲斐もなく茶々を入れたくなっていた。

 どう転ぼうが酒の肴になること受け合いだろう。


「嬢ちゃん、俺から1つだけ助言だ」

「なんです?店主マスターさん、藪から棒に」

「ついて回るな、連れて歩かせろ。こういう男には案外そっちのがいい」

「……なるほど」


深也だけ要領を掴めない会話が急に始まり、何も分からないままフィオナだけは得心を得ていた。


「なにを腑に落ちてんだ」

「なるほど、確かに」

「腹立ってきた……」


 店を出る前にこっそりとフィオナに街でも特に賑やかな市場を教えておいたのはグラッグのささやかなる復讐である。

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