15話 アサルトグリード
海中で水流音と爆発音が木霊し、うねり狂うように響き渡る。音の発生源の1つである中型潜水艇【カッター】の側面に備え付けられた大砲が極太の熱線を次々と吐きだしていくが遺跡の外壁は物ともしない。どこ吹く風と壁から顔を出した砲が打ち返してきた熱線を中型潜水艇はなんとか回避した。
海底遺跡【陸番窟】、一層目のゲート付近の攻防は膠着の一途をたどっていた。シャックを使った脅しで尻に火が付いた海賊たちが必死に攻め立てているものの、海神の三叉槍の防衛線が崩れない。
寄せ手側である海賊達の内の1人の男が周囲に聞こえるほど思い切り歯ぎしりをして毒づく。
「まだ抜けないのか!?」
「船長、連中のが火力がありやがる!!」
膠着状態の原因は戦力の拮抗、ではなく遺跡の城塞化とノウハウの差であった。当人たちは知らぬが人員だけで見れば海賊たちの方が上である。
だが、木っ端海賊の寄せ集め、烏合の衆でしかない。そしてそんな海賊たちにとって城攻め、砦攻めなど一生に一度あるかどうかといったところ。
現に集められた海賊たちの中でそれらを経験している者は片手で数えるほどしかいない。
経験がなければ能力でともならず、ある程度見逃してもらえていたフレイムピラーの支配海域で活動していた海賊たちはその点でも”生温い”。
そこにきて、この日この状況のために準備を怠ってこなかった者たちが相手となれば攻めあぐねるのは必然であった。
「見りゃ分かること聞いてねぇよ! このクズが!!」
船長と呼ばれた男は、尋ねた言葉通りに受け取り目の前の現状通りに返してきた無能極まりない船員を殴りつけた。
こんな差し迫った状況下において何の生産性も無い言葉を吐くような奴は海賊ではない。そんな言葉で即応されて笑顔で許すなら、それもまた海賊ではない。
常に求められるのは荒々しくそれでいて強かな言動である。殺して奪う、海賊がその手段を無尽蔵に考えられなくてどうするというのか。
「ちっとは頭を使いやがれ! 誰が弾き合いだけで突破しろなんて指示を出したんだ?! ンなもんは出してねぇよ!! 熱線がダメなら質量で押し潰すだけだ!! オイ!!」
その合図に呼応して、ここまで【カッター】の側面後ろにピタリと張り付いて姿を隠していた4基の小型船が前にでる。
小型のボートのようで非常に小さい、と簡単に形容しがたい。歪さゆえに。
船体に搭載されているのは、たっぷりの爆薬と臨界寸前の状態を無理やり維持させた大気の魔導炉、これが燃料として機能し、爆熱を更に後押しする。
防御陣形崩しに使用される火船は海賊たちの手により凶悪な改修を施され、陣形どころか要塞すら貫ける力をもつことになった。
船首に取り付けられた余りにも巨大な衝角が一番の特徴である。
通称【火槍船】、衝角がまるで傘のように開く。大きさは後ろに船体と人を数人隠せるほどで水の抵抗を貫くためか突撃槍のような鋭角な造形が取られている。
「こんな金食い虫は使いたくなかったがしょうがねぇ……他の船の馬鹿どもに援護しろと伝えろ!! 今から【槍船滑走】で雁首並べて唾吐いてきやがるゴミ共を突き崩すとな!! 聞こえたんなら配置につけ!!」
「おうよ、船長!! お前ら! 取手はしっかり掴んだか?! 振り落とされるなよ!!」
火槍船の船尾には複数の鎖が垂れていた。
先端には取っ手が付属しており、足元にボードを装備した船員達がそれをしっかり握っている。
確認が済むと、ブースターが唸りを上げて起動された。
安い殺し文句と共に火槍船が発進する。
「奴らの内臓を引きずり出してこい!!」
使い捨てが基本の槍船滑走での速度は破格である。水の抵抗を衝角の切っ先が貫いて一気に最高速へと達する。
破城槌と火船の混合兵器、防壁崩しでも飽き足らない強欲なる海賊たちは狂気を以てこの兵器にグラプッリングフックとしての性質を更に混ぜ合わせた。船体に鎖をつなげて乗組員も同時に突撃する。
これにより防壁の突破と内部侵入をワンシークエンスで行える。
自爆特攻ではない。衝突前には離脱する。突撃中も傘型の衝角が搭載された爆薬と張られて付いてくる者達を正面からの攻撃から守っている。
問題は手薄な側面、ここを突かれると自滅に終わってしまう。
「砲身が焼きついても撃て!! 顔を出させるな!! 攻撃させるな!!」
迎撃しようとする砲座へ息も付かせぬほどの砲撃を浴びせる。相変わらず目に見えてのダメージはないが火槍船への手出しは決して許さない。
そうしている間に”射程に入った”。
ここまで引っ張られていた船員たちが鎖の取手から一斉に手を離した。重りが取り外された火槍船が最後の加速を見せ、そのまま防壁へと突っ込む。
突撃槍部分がまず強固な防壁を突き崩し、遅れてやってくる船体とそこに搭載された爆薬、油の役目を果たす大気の魔導炉たちが開いた”傷口”から大量に侵入、無抵抗な内部から一気に吹き飛ばす。
瓦礫と土砂、大量の泡が展開される。敵は防壁が崩れたところに視界もままならない状態となったはず。寄せるなら今しかない。
「さっさと付けるんだよ!! 後詰め遅れるな!! 俺たちも乗り込む!!」
船長の男が吼える。
用意した火槍船は四基、一基につき4人を付けた。計16人での制圧はかなり厳しい。
この大混乱を途切れさせることのないよう波状攻撃を仕掛けて戦況を盤石なものとする必要がある。
大量の瓦礫と砂そして泡によるカーテンを突き破ったその先には破壊の嵐の轍として死体が幾つも魚のように横になって浮かんでいた。
少しずつ靄が薄くなるのと比例して視界の中に死体が増えていく。全員が死んでいた。例外者はいなかった。取手を話すタイミングが遅かったのか、死体はどれも爆発したかのように千切れている。
想定以上の破壊に驚愕で固まる海賊達。生業として当然ながら命は張るが味方の命にまでその業を広げて考えている者は少ない。
あくまでも個々人が済ませておく覚悟であって他の仲間に強要しても意味がない。脅しや簒奪の道具として使うにしても”死”は特別でなければならない。
これでは戦果があっても味方殺し同然だ、死が軽すぎる。
しかしその罪悪感にも似た感傷は気だるげな男の声ですぐに払拭されることになる。
「わざわざ判別法を聞いてきたのに見えねェから残ったのも皆殺しにしちまったぞ……いや【シンゲン】直ってるんだったな」
次の瞬間、海が”鳴った”。水面に巨岩を投げ落としたように、発生した波紋が未だ漂っている泡と土砂による濁りを引き千切り霧散させる。
力の中心地には1人のダイバーが立っていた。乾いた血のような赤黒いアビスフレームに身を包んでいる。手にしている武器は一本の棍のような、ただの長い棒きれにも見える。
その姿は余りにもみすぼらしかった、雄弁なほどに、何者であるか分かってしまうほどに。
目の前の男の正体に気づいた者から恐怖で凍り付いていく。
さらには船長がその名を零し、恐怖に明確な形を与えてしまった。
「ケイン・スカーレットハンド……」
「まぁ、さすがに同業者には割れてるよな」
「お前がうちの連中をやったのか」
「……まだ生きてる奴がいるのか?」
わざとらしく辺りを見渡すケイン。噂に聞くケインの武力に萎縮していた海賊たちだったが殺意が蘇るには十分すぎた。
互いに怒声をかけて示し合わせることもなく、憎悪で血走った目で視線を送り合うこともなく海賊たちはケインを取り囲む。
「海神の三叉槍が海賊をそれも【血狂い】を使うとはな、だが出遅れも良いところじゃないか、ええ? 見ろよ!! この状況!!!」
嘲るように、だがその実は鼓舞、味方の恐怖を麻痺させるため船長は声を張り上げる。
防壁は崩れて守備隊は全滅、もう少し、あとほんの一押しだと。
それを見透かすケインは下卑た笑いを隠そうともしなかった。こいつは打てる手を全て出し切ろうとしている、こんな盤外戦術まで持ち出して。
どうせ死ぬのに、今から自分に一人残らず殺されるのに滑稽なことだと。どんな拠り所かケインは理解に苦しむが『出遅れた』というのもまた笑える。
「出遅れ? ンな手落ちじゃねぇよ。見殺し、まぁ大半殺したから尚さら意図して、だな。自前の戦力が削がれれば俺達の、主に俺の必要性が雇い主の中で高まる。海賊なら私掠船で働いたことくらいあるだろ? そうするとどうなるか」
「お前なにを……」
そう言ってみせた船長だが分かりはする。今のは取り返しのつかない命の話などではない、得られる金の話だ。
揺らぐことのない海賊の本質、というより本性をケインは隠そうともしない。それはおぞましいものだ、どんな海賊であれ隠して薄めて生きていく。
成れの果てへ辿り着いてしまわぬように。
「仕事は長く高く、だ。お前ら程度じゃ安酒どころかその肴の代金ぐらいにしかならねぇが」
「俺らは道端に落ちてる小銭か」
「拾う必要がねぇのは利点だな」
汚物の匂いでも払うかのように顔の前で手のひらを振るうケイン。
もはや限界だった。憤怒という撃鉄は、あっさりと落ちた。
「殺せえ!!」
船長の号令にケインが最も早く応えてみせた。ケインの移動時に発生した水圧だけで海賊たちの陣形が一瞬崩れる。
続いて響き渡ったのは海賊たちの頭が吹き飛び体が千切れる爆発音。
海賊たちのアビスフレームの装甲が、鍛えられた筋線維が、臓腑と骨を守れず諸共に吹き飛んでいく。
「何が!!」
憎しみこめて食い入るようにケインの姿を捉えていたはずの瞳。
だがそれはまるで荒いコマ送りの劇画でも見ているように、ケインの姿は突然消えて、そして現れたかと思えば前に立っていた者たちが真っ二つに千切れて臓物を垂れ流している。
そしてまた消えたかと思えば自分の前に、間合いの内へ。
むせ返るほどの死の匂いを振り払うかのように船長の男は右手に持っていたカトラスを薙ぐ。
棍と曲剣の衝突
瞬間、莫大なエネルギーの伝導に水が張り裂ける。
自分へ向け放たれた力、その余波だけでも確信させられる。鼻先寸前まで死が迫っていたことを。
けれども船長の男はその事実に早鐘を打つ心臓を落ち着けようとは思わなかった。そんなことに回せる意識はない。
船の航路を決め、襲う獲物を見定める海賊たちの船長として必要な死への予期と何より”装備”がケインの猛襲をなんとか退けた。次は今のように結果として死ぬような一撃はこない。殺すために撃ってくる。
「ケイン手前ェ、エアソリッドシステムなしで!!」
「そりゃお前もだろ。海賊が特専持ち……この手ごたえ【デュアルコア】かよ!」
船長の命を救った最も大きな要因、炎熱の支柱の保有する特専、デュアルコア。
搭載されたアビスフレームの出力を増加させ基本性能からなる全てを超強化する。ケインの膂力を何とか払いのけた特専は一介のダイバーでも、ましてや海賊が装備していることなどまずない。
(この野郎…… 上ずった声出しやがって)
海賊が特専を持っている。
このことでケインが発したのは予想外の事態に焦った声ではない。
僥倖、漏れ出た歓喜の言葉だ。
アビスフレームのヘルムを外せば犬歯を剝き出しにして笑うケインがそこにいるだろう。
同じ海賊だからこそ容易に分かった。海賊とは荒々しく強かで、
「俺に寄越せ」
ただひたすらに殺し、奪う。
◆◆◆◆
フィオナは自身の前を歩く青年の影を踏むように歩く。
ふとする度に潮が香るのは海水で痛み切った茶色がかった黒髪だろうか。切るのが面倒くさくなったのか、うなじ辺りで適当に結われていた。
(だらしない……髪、切ってあげたいな)
少ししか変わらないという年齢を感じさせない鋭い目が後ろを歩く自分を何度も捉えている、ほんの一瞬、”待ち構えていなければ”分からないほど一瞬こちらを振り返っては安心したように目尻が下がる。
心配されている、気にかけてもらえている。
フィオナは一層、彼の、シンの影に入り込んだ。心を許し、体を預けるように。
だが、当の深也はというと──
(……なんでコイツはさっきから微妙に俺の背後に立つんだよ、気になってしょうがない)
そんなフィオナの気持ちを当の深也は知る由もなかった。ここ最近の機嫌の悪さで後ろから何かされるのではとすら思っていた。
フィオナが噛み締めている安息とは正反対の緊張感を味わいながらフレイムピラー占有のドックへの道すがらシャックから事の次第を聞かされていた。
現状、海底遺跡陸番窟が占拠、実行犯と思われる海神の三叉槍によりフレイムピラー本部が直接襲撃されたこと、それを退けたこと。
軽薄な口調で随所に靄を被せようとするシャックだが流石に隠し切れない部分が一点あった。
「なんで事務方やってんのかと思ってはいたよ……やっぱりお前強いんじゃねぇか」
「”やっぱり”ってことは気づいてたんだ」
「ロクな武装をしていないアビスフレームを着込んでるのを、ちょくちょく見てたからな」
直近ではフィオナという良い例を知った。
装備の多寡で強さの判断は出来ない。それで事足りるという現れかもしれないのだから。
「で、そんな強いお前が乗り込んでいかないのはどういうわけだ」
「ボスのお守りだよ、今は臨時代行さんにお願い中だけど」
「相変わらず生き汚い爺さんだな」
「……? まぁ、そこがボスの良いとこなんだよ」
「あの……」
「ん、なに?フィオナさん」
それまで黙って話を聞いていたフィオナがおずおずと会話に入る。
前回のこともあってかフィオナの中でシャックが持ってくる仕事への警戒心はかなり高い。
「私たちは今から……ドックへ行くのですか? 聞いた限りだと他のダイバーの方々と協力し合うわけでもないようですが……」
「ああー、うんまぁ、ダンジョンに乗り込んで中から削っていくのが今回の君達の仕事だから」
「仕事ねぇ……用意してもらう足次第になりそうだ」
「陽動はバレても間に合わせないスピード勝負なとこあるからねぇ」
向かうドックで用意されているのは高速艇か魚雷艇か、深也の予想ではこの2つ。
陽動で手薄になったラインに時間など掛けていられない。気づかれても間に合わせない一瞬で破る突破力がいる。
「特に今回の陸番窟はすり鉢状の多層構造になってるから。進むほどルートが減っていく珍しいタイプなんだ」
「基本は違うのか?」
「うん、僕が知ってる他のダンジョンは奥に行くほど広がって、どんどん入り組んでいくよ。面倒くさいよね」
入り組んでいるということは、無駄足を踏む場面が増える。
それだけエアの枯渇に繋がっていくということ。
そんな中で陸番窟は色々な意味で狙い目のダンジョンとなっている。
「最奥へのルートは限られてるから内部は内部でそれなりに守りやすいんだよ。ぶっちゃけた話、ある程度ショートカットをしないと陽動が成功しても気づかれた後でも敵のフォローが間に合ってしまう」
「あん? ショートカット?」
急がば回れなど深也も真に受けていない。
状況的に急げるなら急いだ方がいい。
「そこで我がギルドの誇る特殊急襲艇【スペランカー】の登場ってわけ。時間がないしね」
「寿命を惜しむほどかよ……」
だからといって悪名高い棺桶舟など深也はお呼びでなかった。
上手くいったとしても不時着まがいは必至、
無意識のうちに深也は振り返りフィオナを見つめていた。どう想像しても対人戦の経験があるイメージが湧いてこない。
かく言う深也も誰かをフォローしながら対人戦などしたことが無い。
(俺の実力で守り切れるのか……?)
「……何見てるんですか」
「顔しかめながら胸に手をやるな、胸に……シャック、ドックへ行く前に【アークス】へ寄っていいか?」
「勿論いいけど、というかグラッグさんに依頼してた装備を受け取りにいくんだよね?」
「まぁそうだな、何で知って……」
「聞いてるからね、グラッグさんの弟さんから」
「弟?」
「装備の仕上げは弟さんがやったみたいでそのまま預かってるみたい。ドックにいるから、そこで受け取れるよ」
「兄弟そろって技術屋か、まぁ受け取る場所なんざどうでもいいが」
今回の依頼に対して深也はある予感、大仕事というより分水嶺とでも言うべきものを感じ取っていた。
ここを行けば引き返せないという自覚が足りないのではないかという不安がとにかく強い。
(なんかざわつくんだよな……何なんだこれ、首の後ろがうすら寒い)
ただのゲームだと自分を落ち着かせようとする深也。思わずフィオナ見つめたのは、この後に迫る何かから彼女を守るためなどと考えてしまったから。
ゲームのキャラにする心配ではないが、それが無くとも蒼炎の”完成形”は受け取っておいて損はないだろう。
これからあるのは少々難易度の高いイベントで、それをスムーズに攻略していきたいだけだと深也は自分を納得させた。