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DIVE / DIVA  作者: 葉六
13/35

11話 アナライズ

 係の案内を受け、深也とテツマはアクアリウム直上に設置された選手待機室へと移動していた。

観客達の喧噪を遮るには十分すぎる仰々しい扉が開けると、選手待機室とは名ばかりの豪華なVIPルームが広がっている。

 入室して真っ先に目に飛び込んでくるのは、壁一面を埋める巨大なガラス窓。

曇りも継ぎ目もないそれは額縁のようで、眼下のアクアリウムを一枚の絵画のように切り取っていた。


「気の抜ける部屋だ……」


 深也は思わずボヤいた。

 室内は落とし気味に設定された柔らかな照明に包まれ、毛足の長いワインレッドのカーペットなど踏みしめるだけでも居心地の良さが染み渡っていく。

戦闘意欲が削がれそうな空間で、深也は革張りのソファに背中から思い切り倒れ込んだ。

1人なら、このまま試合開始直前まで惰眠を貪っていただろう。

 だが、部屋の奥のバーカウンターから、テツマが琥珀色のボトルとクリスタルグラスで両手を塞ぎ、足でキャスター付きのホワイトボードを蹴り出してきた。


「……ひとつ、気になってる」


 非常に不可解な表情をする深也に釣られ、テツマも怪訝な表情になる。


「なんだ?」


 その表情しせんが自身に向けられている自覚がないのか、テツマは後ろに誰かいるのかと振り向いて確認までする。

当然、誰もいない。深也が顎先でテツマを指す。


「いや、お前だよ」

「俺かよ」

「そうだよ、なんで挑戦者でもないお前まで付いてきてる」

「知らなかったのか? セコンドは1名まで入室が許されている」


 深也と向かい合うようにテツマもソファに腰かけた。

 艶のある飴色をした木目のテーブルに置かれたグラスへ、ドボドボと品性の無い音を立てながら酒が注がれていく。

ゲーム内での飲酒は過度なものであっても健康への被害がないため人気だが、少なくともセコンドを申し出ている人間のやることには見えない。


「知ってるよ、ラウンド制じゃないことも……要は、特等席で酒片手に観戦したいってことか?」

「そういうこと、ここなら酒とアメニティのグレードも高い」


 悪びれもせずグラスを揺らすテツマ。

 先ほどまで深也達が座っていた観客席より水槽アクアリウムとの距離が近く、見下ろす形で全体を展望できる。

そしてこの内装と飲食の品揃え、こちらで観戦できるなら誰もがそうするだろう。


「まぁ、好きにしろよ。情報貰った義理もあるしな」

「言われんでもそうする。ただ……」

「ただ?」

「改まって情報と言われてもな……知ってると知らないじゃ、そりゃ大差あるだろうが……そんな意味ある情報渡したか?俺」

「そうだな……まぁ、そのためにホワイトボード出してきたんだろ? 軽く整理してみるか」


 試合開始前の約20分間の小休止インターバル、ヘンリックの戦力について、深也がホワイトボードへ書き込んでいく。


「ヘンリックの武器は高周波ブレード2本、これはバッテリー駆動だから、空振りさせてエアのリソース勝負に持ち込むのは論外。 つか電源どこだよ。後はアビスフレームの動力源は特専ユニークのデュアルコア、俺の”蒼炎”だと出力負けするが……」


 深也の駆るアビスフレーム、【蒼炎】に搭載された大気の魔導炉(エーテルコア)も並の出力ではないが、デュアルコア相手では分が悪い。

しかし、開示された情報によれば、ヘンリックのアビスフレームに搭載されているデュアルコアの出力は、通常駆動と”常時”展開されたダスクジェミニに分割されている。


「ダスクジェミニが常時展開されてる”おかげで”、エアの出力設定は少なくとも通常駆動と2分割されてる。いや、特専ユニークを出しっぱなしだからな、半分ですら無いかもな。ともあれこれなら、十分に斬り合える」

「……は? あのな、まず斬り合えないだろうが」


 テツマが、能天気に進んでいく深也の皮算用に待ったをかけるようにペンを引ったくった。

念のため、ボトルに残った酒と、まだ口を付けていないグラスに注いだ分で釣り合いが取れていることも確認する。

それくらい、テツマは目の前の人間が素面とは思えなかった。


「いいか、 ヘンリックと戦う上での課題は出力で競い合えるか、じゃないぞ? ダスクジェミニが出しっぱなしにしてくる『択』をホントに分かって言ってんのか?」


テツマはホワイトボードへ3つの数字を書き殴っていく。


 ①目の前のヘンリックが虚像で、別に現れたヘンリックが透明化していた本体


「目の前の偽物に気を取られていると、死角から首を飛ばされる。一番オーソドックスな初見殺しだな。そんでだ、この①と思わせておいて」


 ②目の前のヘンリックが本体、別に現れたヘンリックが虚像、空振りや空撃ちを誘発させてくる。


「遠距離武器なら外すわ、間合いを詰められるわで良いとこなし。近接戦闘中ならもっとひどい。ヘンリック相手に空振りなんかした日には、あっという間に膾切りだ。まだある」


 ③目の前のヘンリックが消え、別に現れたヘンリックも虚像の再投影、本体は透明化している。


「虚像に見せかけ消えて見せ、透明化を解除した本体かのように虚像を出現させる。そもそもが二択じゃないなんてのは挑む奴ら全員分かってる。だが、反応速度の良い奴ほど、その瞬間に『見えた』択に飛びついて、この③の餌食になっちまう。」


 深也とヘンリック、互いに装備は近中距離主体の構成となっている

この間合いにおいて、パワー、スピード、テクニックがあるのは大前提。

時には経験ノウハウすら敗因になりかねない程に、センスがモノを言う。

 闇雲に振るう運否天賦の剣では斬り合いには決して至らない。

ヘンリック戦では、その目が役割を失うことを前提とした戦いになる。


「……試しにさっきの試合の答え合わせやっとくか?」


 テツマは試すように深也を見た。

横から見ていてもヘンリックの手品が分からないような節穴では話にならない。

その節穴の試合が始まるのだとしたら、とんだ期待外れ。

観戦は時間の無駄もいいところだろう。


「別にいいけど……まぁ今から話す2パターンのどっちかだろ」


 じゃどうぞ、とテツマは深也に回答を促す。


「パターンA。最初見えていたのが本体。虚像を解除するかのように透明化して壁を越え、密かに接近する。途中から現れたのが虚像で、透明化していた本体のように出現させて攻撃の空振りを誘った。空振りを誘発させた後も、本隊はすぐには透明化を解除せず、透明化していた本体が現れたように再び虚像を作り出して、今度こそリカバリー出来ないレベルの空振りを誘発させた」

「……あるいは?」

「パターンB。最初に見えていたのが虚像。すでに本体は壁の内側にいた。虚像を解除しつつ本体も透明化を解除。攻撃を食らう直前に透明化と回避をして虚像を攻撃してしまったと見せかける。そこから虚像を透明化していた本体のように出現させて攻撃の空振りを誘発させた……透明化がキモなんだよなこれ」


 予想を超えてスラスラと構築されていく解答に、テツマは半ば呆れていた。

そこまで理解しているとは思えない気軽さが、深也にはある。


「パターンBの後半、攻撃を回避しながらの透明化っていうの難易度が高くないか?」


 深也の回答は満点の出来だったが、粗もある。

見込みは十分なのでここからはテツマのからかいなのだが。


「そこなんだよ……装備構成もシステムスペックも開示されてる以上、後はもうヘンリック自身の技術介入で説明づけるしかないんだが……リプレイ映像じゃ意味ないんだよなぁ、ソナーは?」

「ない設定だろ」

「言ってみただけ、こっちの海と違って視界良好だもんな。”普通に”見分ける方法とかないのか」

「……強いて言うなら、動作の連続性の有無だろうな。ダスクジェミニの虚像ミラーイメージは要するにマネキンだ。ポーズは取れてもモーションがない」


テツマの説明に、深也は「おー」と頷く。


「けど意味ないぞ、この判別法。近接戦闘なんざ0.01秒で状況が変わる。次の挙動があるかないか指くわえて見ていられる程、眠たい|間合いじゃない」


 思考する”間”を作らせた時点で、ヘンリック側に十分なアドバンテージが入っている。

極論、『判断』を引き出せればいい。

ほんの些細な、だが戦闘では悠長な、そんな無駄な浪費にヘンリックは容赦なく差し込んでくる。


「ダスクジェミニが虚像を投影できる射程って7メートルあるかないかくらいだよな?」


 消えた虚像の位置と出現位置との距離計算での真偽判定が出来ないかという深也の疑問に、テツマが手の平を顔の横で振る。


「本来はそれぐらいらしいが、デュアルコアの出力で目算15、6メートル近くになってる」

「あー……んー……そっか、デフォは③での運用だろうな」

「今の聞いてそれだけかよ……まぁ③になるのか。けどお前の場合、何をトチ狂ったか近接戦メインで行くんだろ? そうなると積極的に①と②も織り交ぜてくるぞ」


深也のアビスフレームに装備された大曲刀と双剣銃テンペストを、テツマは若干引いた様子で見る。

ここで深也もようやく、テツマとのヘンリック攻略の焦点がズレていることに気づいた。

どうりで少し噛み合わないはずだと。


「テツマさ、そもそも何がどう問題なのか分かってるか?」

「あぁ?」

「どの択か分からないとか、考えている間がないとか、それは『問題が成立してしまった後」のこと。対処時点での話だろ」

「それが……」


 どうした、とまでテツマから言葉は出てこなかった。

何が問題を問題たらしめているのか。

重要なのは成立条件にある。

それを『どうにもならない』と切って捨ててきた結果が今の対戦環境であり、皆が術中にはまってしまっている原因だろう。


「対ヘンリックにおける課題は、『本体の位置情報が不明であること』それに尽きる。つーかそれだけだろ」


 本体の位置情報、と大きくホワイトボード書いた文字に、深也が何重にも赤い丸を付けた。


「これさえ割れてれりゃ、ただの近接戦としゃれこめるわけだ」

「その”さえ”に対して、今まで誰も何も出来なかったんだが」

「主語がでかいな。少なくとも、俺はそこに入ってない」

「……じゃあお前、俺から貰った情報って何になるんだよ」


 ここで開始30秒前の通知音が入った。

アビスフレームの起動へ向けて深也がフードを目深に被った。


「貰った情報? ダスクジェミニ以外に、なんか奥の手とかあるのかと思ってさ。特に何もないんだろ」


 それが分かった時点で上々なんだよ、と深也は投下扉の上に飛び乗った。


展開デプロイ


 蒼と黒のカラーリングの装甲が、瞬時に深也の身体を覆う。

開始のブザーと共に扉が開き、リングとなる水槽アクアリウムへと、深也とヘンリックを同時に投下した。

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