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DIVE / DIVA  作者: 葉六
12/33

10話 ヴォイドウォーカー

 深也とテツマは待機室兼ブリーフィングルームへと移動していた。

 重苦しい印象を受けなくもないネームプレートの付いた扉を開けても特筆すべき何かがあるわけではなかった。

 ベンチ2つと試合開始時に開閉する水槽アクアリウムへの投下扉、それにホワイトボードが設置してある。

 実世界のスポーツ競技場にもあるような簡素な設備だった。


「……ひとつ気になってる」

「なんだ?」


 非常に不可解な表情をする深也にテツマまで引っ張られ怪訝な表情になる。

 その目がテツマ自身に向けられている自覚がないので後ろに誰かいるのかと振り向いて確認までする。

 別に誰もいなかった。

 深也が顎先でテツマを指す。


「いや、お前だよ」

「俺かよ」

「そうだよ、なんで挑戦者じゃないお前まで付いてきてんだ」

「知らなかったのか、セコンドは入室が許されている」

「ラウンド制じゃないことは知ってるよ。……特等席で観戦したいってことか……」

「そういうことだ」


 確かに深也たちが先ほどまで座っていた観客席より水槽アクアリウムとの距離が近く、格段に見やすい。

 こちらで観戦できるなら誰もがそうするだろう。


「まぁ、好きにしろよ。情報貰った義理もあるしな」

「言われんでもそうする。ただ……」

「ただ?」

「改まって情報と言われてもな……知ってると知らないじゃ、そりゃ大差あるだろうが……そんな意味あること言ったか、俺」

「そうだな、軽く整理してみるか」


 試合開始前の10分間の小休止インターバル、ヘンリックの技能について深也がホワイトボードへまとめていく。


「武器は電気駆動の高周波ブレード、空振りを誘発してリソース勝負に持ち込むのは論外か? つか電源どこだよ。あとアビスフレームの動力源は特専ユニークのデュアルコア、俺の”蒼炎”じゃ出力負けするけど……」


 それは数字をただ並べてみた場合の話。


 深也の駆るアビスフレーム、【蒼炎】に搭載された大気の魔導炉(エーテルコア)ではスピードもパワーでも真向勝負などできない。

 だが、ヘンリックのアビスフレームに搭載されているデュアルコアの出力配分は通常駆動と”常時”展開された特専ユニークのダスクジェミニ。


「ダスクジェミニが常時展開されてる”おかげで”エアのリソースが二分割されてる。これなら、ちぎられねぇ、押し負けねぇ、斬り合える」

「……は? あのな、まず斬り合えないだろうが」


 ダスクジェミニの常時展開という状況を前にしてもなお獰猛に笑う深也の手からテツマがペンをひったくった。


「お前、ダスクジェミニが出しっぱなしにしてくる択をホントに分かってるのか?」


 ①目の前のヘンリックが偽物で別に現れたヘンリックが透明化していた本物


「目の前の偽物に気を取られていると痛い目を見る。そんでだ、この①と思わせておいて」


 ②目の前のヘンリックが本物で別に現れたヘンリックが偽物、空振り、空撃ちを誘発させてくる。


「遠距離武器なら外すわ、間合いを詰められるわで良いとこなし。近接戦闘中ならもっとひどい。ヘンリック相手に空振りなんかした日にはあっという間になます切りだ。まだある」


 ③目の前のヘンリックも別に現れたヘンリックも偽物、本体は透明化している。


「そもそもが二択じゃないなんてのは挑む奴ら全員分かってんのに、反応速度の良さが裏目に出て、つい見えてる別の択に飛びついて③の餌食になっちまう」


 ヘンリックと斬り合いにはならない。

 遠距離戦で重要なのは集中力と技術、敵との位置関係、距離間の妙を図る経験ノウハウ

 近接戦は違う。

 技術、パワー、スピード、などあって当たり前。

 センスがモノを言う。

 闇雲に振るう運否天賦の剣では斬り合いには決して至らない。

 ヘンリック戦では、その目が役割を失う前提の戦いになる。


「試しにさっきの試合の答え合わせやっとくか?」

「別にいいけど、2パターン考えられる」


 じゃどうぞ、とテツマは深也に回答を促す。


「最初から見えていたのが本体、虚像のように透明化して壁を越えて密かに接近する。途中から現れたのが虚像で透明化していた本体のように出現させて攻撃の空振りを誘った。空振りを誘発させた後もすぐには透明化を解除せず透明化していた本体が現れたように再び虚像を作り出して今度こそリカバリー出来ないレベルの空振りを誘発させた」

「それだけか?」

「最初見えていたのは虚像、すでに本体は壁の内側にいた。虚像を解除しつつ本体も透明化を解除。攻撃を食らう直前に透明化と回避をして虚像だったと見せかける。そこから虚像を透明化していた本体のように出現させて攻撃の空振りを誘発させた……透明化がミソというかクソなんだよなこれ」


 予想を遥かに超えてスラスラと構築されていく解答にテツマは半ば呆れていた。

 そこまで理解しているとは思えない気軽さが深也にはある。

 感心する気になれない満点解答にテツマは嘆息する。


「なんか分かってるでよう分かってなそうな気もする……そうか、危機感がねぇんだ」

「ソナーは?」

「ないだろ」

「言ってみただけ、こっちの海と違って視界良好だもんな。”普通に”見分ける方法とかないのか」

「……強いて言うなら動作の連続性の有無だろうな。ダスクジェミニの虚像ミラーイメージは要するにマネキンだ。ポーズは取れてもモーションがない。けど意味ないぞ、この判別法。戦況なんざ0.01秒で変わる。次の挙動があるかないか指くわえて見てるバカを見過ごす奴はいない」


 思考する”間”を作らせた時点でヘンリック側に十分なアドバンテージが入っている。

 極論、反応ですらいい。

 ほんの些細な、だが戦闘では悠長な、そんな無駄な浪費を横目にヘンリックは、より先へ進む。


「ダスクジェミニの射程って7メートルあるかないかくらいだよな?」

「本来はそれぐらいらしいが、デュアルコアの出力で15、6メートル近くになってる」

「あー……んー……デフォは③だろうな」

「今までの聞いてそれだけかよ……まぁ③になるだろう。けどお前の場合なにをトチ狂ってんのか知らんが近接戦メインで行くんだろ? そうなると積極的に①と②も織り交ぜてくると思うぞ」


 深也のアビスフレームに装備された大曲刀と双剣銃テンペストを若干引いた様子で見るテツマ。

 ここで深也もようやくテツマの焦点がズレていることに気づいた。

 どうりで少し噛み合わないはずだと。


「テツマさ、そもそも”それ”の何がどう問題なのか分かってるか?」

「あぁ?」

「どの択か分からないとか、考えている間がないとか、それは問題が成立してしまった後、対処時点での話だろ」

「それが……」


 どうした、とまで言葉は出てこなかった。

 テツマもヘンリックが本当に見失わせていたものに気づいた。

 というより思い出した。


 何が問題を問題たらしめているのか。

 重要なのは成立条件にある。

 それをどうにもならないと切って捨ててきた結果がこれだ。より術中にはまってしまっている。


「対ヘンリックにおける難関は本体の位置情報が不明であること、それに尽きる。つーかそれだけだろ」


 本体の位置情報、と大きくホワイトボード書いた文字に深也が何重にも丸を付けた。


「これさえ割れてれりゃ、ただの近接戦としゃれこめるわけだ」

「その”さえ”に対して誰も何も出来なかったんだぞ」

「主語がでけーよ、少なくとも俺はそこに入ってない」

「じゃあお前、俺から貰った情報って何になるんだよ」


 ここで開始30秒前の通知音が入った。

 アビスフレームの起動へ向けて深也がフードを目深に被った。


「貰った情報? ダスクジェミニ以外になんかあるのかと思ってさ。特に何もないんだろ」


 それが分かった時点で上々だと機嫌の良さが見えるような足取りで投下扉の上に飛び乗る深也。


展開デプロイ


 蒼と黒のカラーリングの装甲が着装される。

 開始のブザーと共に扉が開きリングとなる水槽アクアリウムへと深也とヘンリックが投下された。


 ◆◆◆◆◆


 アビスフレームの装甲が透き通っていくような、まるで直に水へ触れているかのようなクリアな感覚が深也の全身を包んでいた。

 動いた際に発生する波と言うべきか、もっと勘に近い気配とでも言うべきか。


(よし、居るな、そこに)


 目でも耳でもない何かにより深也は確かにヘンリックを捉えていた。

 ゲーム内で深也が自身の分身たるシンの持つこの特異に気付くのに時間は掛からなかった。


 基本的にソロでのダイブを好んだことが特異に磨きをかけた。

 全周囲かこまれての多対一や、ミラージュ系と呼ばれる海凶との戦闘を経て日に日に感覚は鋭くなっていく。

 鍛え上げられ1つの武器となった感覚が開始からの着水後すぐに虚像ミラーイメージが用意されたことを看破していた。


 観客の目には、すでにそこにいるヘンリックそっちのけで深也が何もない虚空を見つめているようにしか映らない。

 他に何か考えられるとすれば


 まさか見えているのか


 目の肥えた一部の観客が前例のない開始直後からの膠着に空前の期待で固唾をのむ。

 彼らの期待の正解を知るのはヘンリックと深也のみ。


(やっぱりNPCじゃねぇだろ……)


 よどみなく、ただ二刀を構えるヘンリック。

 まるで見つかっていることを承知するように。

 見せかけではない本物だと証明してくれと言わんばかりに。


「……エアソリッド起動 【海駆け】」


 先に深也が動いた。

 試合時間は20分、宵越しの銭なんて野暮もない。

 通常の運用では考えられない試合専用に出力を設定した加速システムが彼我の距離を切断する。

 一閃、首を薙ぎ払わんとする深也の大曲刀はヘンリックの双剣に阻まれた。


(問題ない、関係ねぇ!)


「エアソリッド起動 【ランブルエッジ】」


 阻まれて尚、大曲刀の威力が落ちることはない。

 むしろ、深也は狙ってヘンリックに受けさせた。


 剣速を増大させるエアソリッドシステムを起動し、ヘンリックの双剣ごと圧し切らんとする深也。

 野球のパワーヒッターがするような強引なスイングでヘンリックを吹き飛ばした。


 ここは中空に浮かぶ囲いのない水槽。

 勢いのまま吹き飛ばされるだけの紙クズはリングアウトとなる。

 当然、踏みとどまるヘンリック。

 当然、追撃の手を打つ深也。

 起動させたままの【海駆け】で加速し体勢のままならないヘンリックと斬り結ぶ。

 これも故意わざと

 またも大曲刀を防がせて、その状態からエアソリッドシステムを使用する。


(斬り合いにならねぇな)


 テツマの危惧とは全く意味合いが違う事態となった。

 リングアウトまであと少し。

 先ほどと同様にフルスイングがヘンリックを弾き飛ばす。


 もう踏みとどまるだけの距離ゆうよはない。

 だが、闘技場の絶対王者ヘンリックがそんな幕切れを許すはずもなかった。

 リングアウト直前、ヘンリックの姿が消える。


 透明化、ではない。

 虚像ミラーイメージなど、もっとありえない。

 なぜなら虚像ミラーイメージには実態がないから。

 虚像の相手をしていたとすれば先ほどまでの手ごたえの説明がつかなくなる。


(……後ろッ!)


 シンの感覚がヘンリックの正確な位置を把握キャッチする。

 背後から脳天へと振り下ろされる刃を大曲刀の質量で無理やり払い流す。

 押し出そうと追い詰めた深也、裏をとられたことで自身がコーナーを背負うこととなった。


 リングアウトギリギリの位置から脱出しようにもヘンリックの剣と巧みな体捌きがそれを阻む。

 上からも横からも抜けられない、常にピタリと深也の目の前を陣取ってくる。

 斬り合いは自然、”スミ”を平行移動しながらとなった。


(やっぱシステムなしだと互角 ……ッ!位置が悪い!!)


 深也とヘンリック、2人の剣捌きは互角であった。

 が、これは同種という意味ではない。

 ベクトルが異なる。


 組み込んでいるシステムからも分かるように深也は一撃の重さ、そしてそれを当てるための速度を求めた。

 結果、精密さと小回りに欠くこととなる。

 ヘンリックは精密さと速度、そしてそれが際立つ手数を双剣に求めた。

 結果、一撃の重さを欠いた。


 これら2つの剣を互角たらしる状況は、両者ともに相手にとっての弱みである己が強みを存分に発揮できることが前提である。

 現状は違う、明らかに苦しんでいるのは深也だった。


「ーックソが!」


 繋ぎがないようにすら思えるヘンリックの連撃が止まらない。

 紙一重、薄皮一枚、ついには装甲が削られる。

 刃の侵入が徐々に深くなっていく。

 夥しい数をねじ伏せる一撃がすぐにでも必要だった。


 だが肝心要の剣が振れない。

 常にコーナーを背負わされ深也の強みである強力な振りに必要なテイクバックをするためのスペースが確保できない。

 大曲刀の小回りの利かなさが如実に表れていた。


「エアソリッド起動 【ランブルエッジ】」


 格段に威力は落ちるが、元より速度のために振り上げる必要がない。

 システムを使えば剣速など、その場で産み出せる。

 肩部を狙う横一文字の剣に大曲刀の縦一文字を合わせる。

 先の2撃と違い、速いだけの剣で競り合うのがやっとである。


 しかし、深也は競り合うことが出来れば良かった。

 安定した土台が欲しかった。

 ヘンリック自体を”支点”として位置が入れ替わるようバク転を決めてみせる。

 背後を取り、そのまま大曲刀を振るう。

 が、またもヘンリックが消える。

 今度は深也から少し離れたところに出現した。

 透明化ではない、本当に消えて、そして異なる場所に現れた。

 エアソリッドシステムとは別種の、超常の域にある力だ。


(……合点がいった)


 深也の中で2つの点が繋がった。

 エアを、もとい大気の魔導炉(エーテルコア)を動力としない電気駆動の武器。

 常時展開されたダスクジェミニ。

 すべてエアソリッドシステムの逐次起動が出来ないことの裏返し。


「なるほど、魔導士ウィザードか」


 答え合わせでもするようにヘンリックがまたも姿を消す。

 魔導というカードの出現により択が増えている。

 消えたまま近づいてくるか、虚像ミラーイメージのブラフか、実体か。


(択なんざねぇよ!)


 シンの持つ感覚により転移テレポートも問題にならない。

 当たりの分かっているクジに外れが増えただけ。

 そのはずだった。


 突如、眼前と背後に現れたヘンリック。

 感覚が深也に告げる、背後にいるのが本体だと。

 振り向きざまに大曲刀で薙ぎ払う深也。

 だが、深也が斬ったヘンリックが水に溶ける。


虚像ミラーイメージ!? いや、それだけ残して本体は跳んだのか!?)


 瞬間の攻防、互いにダメージは無かったが精神は違う。

 このたった一回の読み違いにより深也の心に疑念の根が侵入していた。

 もしや最初から自分が斬ったのは虚像ミラーイメージだったのではないかという疑念。

 感覚への信頼が揺らぐ。


 立て直す暇を与えてくれる相手でないことは分かっている。

 のみこまれたまま負けるかもしれない瀬戸際、大曲刀を捨てて双剣銃テンペストに装備を切り替える深也。


 ヘンリックが別方向から”来る”。

 虚像ミラーイメージはマネキン、動作はとれないはず。

 だが止まっている画を動いているかのように見せる手法はありふれて存在する。

 コマを送って作る手書きのアニメーションのように虚像の作成を、あるいは透明化を、もしくは転移を高速で繰り返すのだ。


(……追いつかない!)


 鋭敏さがアダになった。

 感覚が滅茶苦茶な位置情報を深也にもたらし、更なる混乱を呼ぶ。

 見えている2体のヘンリックだけでない、透明化も織り交ぜて全く別のポイントからも迫ってきている。


 目に頼るな、本能のような何者かが深也に告げる。

 一挙に迫るは虚実入り乱れる6本の剣。

 双剣銃テンペストが大曲刀より小回りの効く武器とはいえ虚実全てを捌くことは出来ない。


(違う、そこじゃないだろ)


 もっと根本的な部分でヘンリックを”上回る”必要がある。試合前に己で再確認したことだ。どう対応するかという考えはヘンリックに勝つ上で論外だと。

 今もそうだ、双剣銃テンペストでどうするか、というところから始めるから詰まってしまう。

 もっと、もっと、もっと削ぎ落さなければ。

 ならばもういっそ……


「エアソリッド起動 【ラスイグニス】【プロミネンス】」


 双剣銃テンペストの持つ最大火力、数秒だけ熱線の照射を持続させるシステム。

 熱線で虚実とも全て薙ぎ払う。

 今一時を凌ぐだけ、こんなもの転移が使えるヘンリックに当たるはずがない。

 加えて今の迎撃で双剣銃テンペストが熱量に耐えきれず使い物にならなくなる。


 再度迫るヘンリック相手に深也はナマクラとなった双剣銃テンペストを破棄。

 観客も、ヘンリックも、誰もがギブアップかと思った次の瞬間


「これでさっきより迅い」


 まさかの徒手格闘、武器というデッドウェイトを捨てることで得たハンドスピードにより本体と疑わしき刃をすべて弾き流す。

 剣の腹に拳を当て横から力を加えることで剣筋を反らし、刃が”立った”状態になることを決して許さない。


 挙句、突きの軌道を僅かに孤を描くよう曲げて撃つことでヘンリックの剣閃を歪め、攻撃と防御を両立しはじめる深也。


 水中で上下左右と、きりもみになりながらも両者は攻撃の応酬を続ける。

 本体以外有効でないとはいえフェイントも含めるならば手数は依然ヘンリックが勝る。

 しかし後から動いても追いつけるほど攻撃スピードでの有利が深也にはあった。

 こうなるともっと際どい領域すら射程に入ってくる。

 深也は迫る剣へと照準を合わせた。


「エアソリッド起動 【海駆け】」


 一瞬で剣が機能しない間合いの内へ。転移する時間は与えない。

 解放された脚部のスラスター機構、左足は今しがた間合いの内へ踏み込むために使用した。本来の用途である加速のために、そして右足は蹴りの威力を増大させるために。

 水の抵抗を切り裂く迅速なる三日月蹴り。


(……遠いな! 入れても浅くなる!)


 だがヘンリックが少し体を後方へずらすだけで打撃の衝撃インパクトが殺されてしまう。

 片やヘンリックの剣はその程度の後退は問題にならない。

 最後に残る障害はスピードを得るための代償であるリーチ差。

 埋めるためには、やはりカウンター。

 必要最小限の防御と回避による撒き餌で大振りを誘う。


「エアソリッド起動 【エーテルブリンカー・リバース】」


 刃が到達する直前に深也の掌底から放出されるエア。

 これも当然試合用に出力調整されている。

 膨大なエアによる抵抗が剣速を低下させた。

 これなら”捕れる”。


「これがかかった状態で”跳べる”かな」


 腕ひしぎ十字固め。

 グラウンドが存在しない水中での戦闘において関節を狙う組み技の価値はほとんどない。

 今回も腕一本の自由を奪ったのみ、まだヘンリックにはもう片方の手にある剣と転移が残されている。


「【強制接続コネクト】! さぁ、爆ぜろ!!」


 狙いは関節などではない。

 エアの強制注入による暴走爆発オーバーフロー

 通常でも破格の威力を誇る【エーテルブリンカー・リバース】だが、それを大気の魔導炉(エーテルコア)の制御が出来ない魔導士ウィザードに使えばどうなるのか。

 ただでさえデュアルコアの超出力により常に満たされた状態にあるアビスフレームに使えばどうなるのか。


 ヘンリックが必死にもがこうとしていることが絡めとった腕から伝わってくる。

 そう、流れを乱され、溢れかえるエアの暴走で通常駆動や魔法の使用すら難しくなっているのだ。


(いけるぞ!! あとォ!少しィッ!!)


 そんな思いで深也が気を緩めたりはしない。

 だが、いきなり視点が高くなりクリアになった視界が深也の思考を止めてしまう。

 深也の勝負をかけたポイント、組まれているという密接度の高い状態から自分だけ抜け出す形での転移は難しく、ましてや大気の魔導炉(エーテルコア)に異常が起きている状況では出来ないまであるのではないかという推論。

 この賭け自体には勝っていた。


 実際、今のヘンリックに出来るのは、せいぜい深也ごと跳ぶことくらい。

 エアに含まれる魔力からの激しい干渉の中で制御の利かない転移魔法、跳ぶ距離も滅茶苦茶なものになるだろう。

 転移した先が”水槽リングの外”ということもありうる。

 このヘンリックが仕掛けてきた最後の勝負で深也にとっての裏目がでた。

 

 水槽リングの外、水の無い空間。

 急速にエアが散っていく、それにより駆動するアビスフレームは力を失い、当然エアソリッドシステムも不発に終わる。

 この状況下で唯一力を失わなかったものは……


 試合が終わった。

 短い審議の結果、両者同時のリングアウトにより引き分け(ドロー)

 だが、悠々と双剣を納めるヘンリックに対して横たわる深也は無惨にも切り裂かれている。

 誰が勝者であるか、観客含め皆分かっていた。

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