10話 ライクシャドウ
招待状、もとい発行されたパスコードを使って"部屋"へと入る深也。
ブルーライトが淡く照らす暗闇の中で、次の試合までのインターバルに観客達は興奮を圧し殺した声で下馬評や敗北したプレイヤー達への侮蔑を囁いていた。
賞金が掛かっているだけあり、漂う空気が野良試合のそれとは違う。
設備も運営の特権が存分に振るわれた結果、一般プレイヤーの部屋とは雲泥の差があった。
この部屋には、観客達の熱気を最高潮まで煽り、それを挑戦者たちへ叩きつけることに心血を注いだ、競技シーンとしての要素が詰まっている。
熱気の爆心地となるのが、中央に設置された50メートル四方の巨大な水槽。
水槽には水を覆うガラスがなく、宙に水が浮き上がって規則正しく立方体を形成していた。
リングアウト有りのルールを明確にするための措置なのだが、ここまでいけば演出の一部としても機能している。
深也の入室と入れ替わるようなタイミングでアクアリウムの直上にある選手待機室からヘンリックと挑戦者が投下された。
途端、アクアリウムを囲むすり鉢状の観客席が波紋の如く揺れ動いた。
最上部の立ち見席付近にいた深也も、両足に伝わる震動と共に興奮がせりあがるのを抑えきれない。
たとえ、勝敗が見えていたとしても。
1分も掛からず先ほど投下された挑戦者が処理され、またもインターバルに入った。
試合時間よりインターバルが長いのは、既にある種の名物と化しているようでブーイングすら起きない。
自分の試合の案内メッセージがくるまで観戦して待っていようと、深也は挑戦者とVIP(高額課金者)専用の観戦エリアを見渡し、語りたがりのギークを探す。
ここには挑戦者でもないのに、勝敗が見えていると言っていい勝負に金を払ってまで来ている物好きばかり、容易く見つかった。
「……なぁ、今日はどんな感じだった?」
「あァン?」
目当てのプレイヤーと思って話しかけた深也だったが、互いに顔も名前も知らぬ上にましてやゲーマー同士、偏見でもなく何でもなく、こういう生態である。
きっと深也もここで不意に声を掛けられたのなら似たような第一声だっただろう。
なので不機嫌さを微塵も隠す気のない反応をされても当たり前、むしろ予想通りすぎて怯む余地がない。
「一応言っとくけどNPCじゃないからな。えーっと、シンだ、今日この後ヘンリックに挑戦するんだよ。観戦してた奴の生の声が聞きたくてさ」
「……お前みたいなのがいる内は、対戦環境に変化は無いだろうな……テツマだ、よろしくな」
軽く握手だけ済ませる。
その直後鳴った試合開始のブザーで2人の視線は水槽に吸い寄せられた。
覗き込むように身を乗り出す深也に対して、テツマは背もたれに思い切り体を預けて足を組んだ。
「で、今日どんな感じだって話だよな。まぁ、いつも通りだよ。どいつも一撃も当てられないまま負けやがる。ヘンリックの奴、特専を2つ持ってるだけあるよ」
テツマが試合結果も挑戦者達の強みもこれといって語ることがないと欠伸まじりに答えた。
彼からすれば、擦り切れるまで見たフィルムのリプレイがまた始まっただけの事。
「ふーん、この対戦相手もすぐ終わりそうか?」
「だろうなぁ……今日も今日とて全員同じ戦法で挑んでるよ。いい加減見飽きたカードだ」
ヘンリックと挑戦者の装備構成は観客にも公開されている。
ここでも”本来であれば”エアソリッドシステムにおけるエアの消費設定や配分は伏せられている。
どちらに転ぶか分からない勝敗の行方という観戦の本分を奪うことになるからだが—―
深也の口元が笑みで歪む。
(これまた侮られたもんだな……)
ヘンリックは挑戦者に”配慮して”装備構成はエアの消費設定も含めて完全開示していた。
構成は近接特化仕様、装備は2本の両刃剣のみで接近戦以外のダメージリソースを持っていない。
実際、特筆すべきは武装ではなく、2種のエアソリッドシステムにある。
だが、この双剣も他に類を見ない。
「あの剣、バッテリー駆動なんだって?」
「そう書いてるだろ。たしか高周波ブレードだったかな、ゲームに登場しない現代兵器をアビスフレームに持たせてやがる」
「エアの残量で勝つのは、むしろ無理そうに思えるけど敗因は違うのか」
「まぁ見てろ……エアの残量云々の問題じゃないってのが分かる」
試合開始と同時に、挑戦者が機雷とジェルを展開し、自分とヘンリックを隔てる壁を作っていた。
ここまで構成が割れていれば、先ほどの深也の対戦相手のように同型を意識して機雷やジェルに割くエアを必要以上に抑えなくてもよい。
磐石な近接殺しビルドを以て挑むことが出来るだろう。
だが、これがヘンリック戦の日常。
テツマの言う、見飽きた組み合わせ。
「デビュー何試合目だったか、一番長い試合時間が更新された時の戦法がこれだったんだよ」
「なら、もう試合の勝敗は見えてるか……ほんとに有効な戦法なんだよな?」
「有効と他に手立てがないことを取り違えてんだよ。どいつも負けがこんで感覚が鈍ってる」
いつしかプレイヤー達の間に芽生えた『ルールを味方につけて勝つしかない』という諦念。
そうして誕生したのが機雷とジェルを主体とするディフェンシブなスタイルをとり、タイムアップを積極的に狙う戦法である。
これが対ヘンリック戦以外にも流用され、対戦環境の主流となっていった。
「言ってるうちに、そろそろ終わるぞ」
「回転率が高いのは良いことだな。にしては……このインターバルよ。なぁ、ヘンリックって本当にNPCだと思うか?」
「それは……そうだな……」
深也の問いに、テツマが考え込むように顎先を指で掻いた。
発達した人工知能によってゲーム内のNPC達とは違和感なく会話が可能。
先ほど深也がしたように話しかける場合は最初にプレイヤーであることを明確にするのが暗黙の了解とまでなっていた。
もちろん、多少ストーリー進行上の都合のためにNPCごとで思考の偏重はあるものの、現実でもある個々人の持つ特徴だと思える範囲にとどまっている。
「人間みたいな融通の利かなさしてるとこはあるな」
ヘンリックに関してはプレイヤーではないのかと考えてしまうポイントがいくつかあった。
挑戦受付が不定期であること、あっても受付の締め切りがあること。
なによりこのインターバルという現状、NPCの前に列をなすなど馬鹿馬鹿しいことが起こっている。
まるで、替えが効かないたった1人がいるかのよう。
「現状、確かめられないんだ。それに対戦じゃ、そんなのどうでもいいことだろ」
答えが出ない疑惑であり、出たところで大勢に影響があるのか、というのがテツマの見解だった。
心理戦云々は、拮抗した際に、あるいは互いの死力が尽くされた際に、初めて出てくる思考の偏重という駆け引きの最高峰、麓にいて語れることなどない。
「ま、その通りだなぁ……あっ終わった。俺の番は次の次だな」
そりゃそうかと、深也が得心している間に、挑戦者の張ったジェルと機雷の壁の内側にいたヘンリックが相手を三枚におろして試合終了となった。
でたらめに速い。
速いだけでは勝てないというのは確かだが、立体機動が可能な水中での戦闘で速さは限りなく強さと勝利に直結するファクターとなる。
それを産み出しているのは、特専にカテゴライズされる2つのエアソリッドシステム。
特専とは各ギルドが占有している超特殊機構もしくはそれを用いたエアソリッドシステムに冠せられた称号を指す。
ヘンリックのアビスフレームに搭載されたそれは、ギルド、フレイムピラーの特専【デュアルコア】、そしてギルド、ナイトクロウの特専【ダスクジェミニ】である。
「ほとんど積載量を増やさない小型でありながら超出力が出せるデュアルコア、それにモノを言わせた高速機動か」
深也にとっては初見となるヘンリックのトップスピード、動いていないようにすら見えた。
しかし、次の試合が始まるやいな、挑戦者の片腕が飛ぶ。
「それだけなら、あの壁で何とか凌げる、けど……」
口元を隠したテツマの眼光が据わったものになる。
ヘンリックの姿が消えていく。
超スピードによる残像などではなく、本当に消えていく。
「ただ速いだけじゃない。当然、タネがあったわけだ」
あまりに強力すぎる取り合わせに、今度は顔を覆いながらテツマが天を仰いだ。
「デュアルコアの超出力で虚像と完全不可視が可能になるダスクジェミニの常時展開なんていう力業をやってやがる」
目の前の水槽では、機雷とジェルの壁向こうにいたはずのヘンリックが、次の瞬間には挑戦者の背後に姿を現していた。
観客全員の視線が壁の向こうに佇むヘンリックと、壁の内側に現れて今まさに剣を振り抜こうとするヘンリックの間を往復する。
哀れにも欺かれた挑戦者にテツマが溜息をつく。
「壁で隔てたのは虚像だったのか……」
「どうかな?」
クイズ番組の答え合わせに感心するようなテンションのテツマに対して、深也の目にはまだ可能性が見えていた。
「まんまと明後日の方向に壁を張って逆に自分の退路を削ったわけだが……ただ、意図してこの展開にした可能性もあるだろ……思い出させやがって」
「おっ、上手いな」
接近を許してしまった挑戦者だが、焦らず持っていたライフルの銃口を自身の背後に向け、その引き金を引いた。
背後のヘンリックを見もせず、だが照準をつけているかのような正確な狙い。
挑戦者は、壁を防御として使うのではなく攻撃を仕掛けてくる方向を限定するためのルート形成に運用したのだ。
周到に用意した防備が破られることを前提とした、プライドもへったくれもない歯ぎしりするほどの執念による完全に読み切った置き撃ち。
躱す猶予など当然ない。
放たれた熱線はヘンリックを貫いたかのように見えた。
今度こそ、答え合わせ。
「あそこまで読んでも当たるか躱わすか、なんて話にすら届いてねぇ」
テツマは手の平で傘を作った、見るに堪えないと。
「で、これも虚像でGGか」
深也の声は、呆気にとられた、というよりも、もはや感心の域に片足を突っ込んでいた。
背後に現れる、完璧にそれを読んでいた挑戦者により撃たれたヘンリックの姿が水に”溶ける”。
挑戦者はヘンリックと自分を隔てる防御壁を築いていた”のかもしれない”。
彼は真実を見ていた”のかもしれない”。
ただ1つ言えるのは、目の前で突然提示された真贋の択に惑わされてしまったということ。
これがダスクジェミニの真骨頂。
虚実の濁流に呑まれ、まともに応戦することもできない。
だが、強力ゆえにエアの消費量も相応のものを伴う、本来ならば勝負の要所で発動させる代物だ。
しかし現実には、デュアルコアで常時展開され対峙する者は勝敗を左右しかねない重い選択を終始迫られ続ける。
超高速機動そして近接特化のヘンリック相手にグズグズと考慮する時間はない。
まずの目の前のヘンリックが本物か否か、という選択肢が突きつけられる。
そこに突如現れるもう1人のヘンリック、透明化して接近してきた本物か、はたまたこれも偽物で目の前にいる本物のヘンリックは透明化しただけなのか。
もし選択を誤り虚像へ攻撃すれば無駄撃ちとなり、遠距離では接近を許すタイムラグ、近接戦では致命的な隙となる。
だが、今回は少し挑戦者とヘンリックの間に距離があった。
背後を振り向かず撃つという曲芸を可能にするほどの技巧も幸いした。
挑戦者は眼前のヘンリックへ、どうにかライフルの照準を間に合わせた。
「「それは入らないだろ……」」
テツマと深也、2人の言葉が重なる。
テツマは長い観戦歴と信頼感から、深也は確信から言い放つ。
またもやヘンリックの姿が水に消える。
これも虚像、最初から全てがまやかし。
何もない空間を打ち抜く挑戦者のライフル、撃鉄と首が落ちていた。




