9話 アリーナ
『アビスフレーム』にはデュエルモードというオンライン対戦専用フォーマットが存在する。
エリアが限定された専用の海域での1on1、徐々に狭まる広い海域での乱戦モードも用意されている。
他にもルームマッチは主催者が細かいルール調整を行えるよう設計されており、
事前に互いの装備やエアソリッドシステムを開示した上で対戦するエキスパートモードが特に人気を博していた。
このルールの肝は、手の内を全て明かす訳ではない点にある。
装備とシステム構成は開示するが、エアソリッドシステムにおけるエアの消費設定や配分は伏せられ、試合開始直前に調整を行う。
相手は短期決戦型か、長期戦狙いか、事前に開示された情報を糸口に、知識ある者が読みで試合展開を支配し、時に卓越したプレイヤースキル(フィジカル)がその読みを覆す。
そんな、ストーリーモードの戦闘とは一味違う展開に魅せられるプレイヤーは少なくない。
深也もまたその1人であり、装備やシステムが充実してからは、もっぱらデュエルモードに入り浸っていた。
ただ最近またストーリーモードへ割く時間が増えてきていることには、無自覚なまま。
今日は平日、現実世界での時刻は18時を回った頃。
あまり時間はないが、それでも2,3回は対人戦をしておこうとデュエルモードへ舵をきった深也だったが、これが見事に裏目に出ていた。
(まーた、長期戦型かよ。いや俺も嫌いじゃないが……試合時間の20分まで引き伸ばしてエアの残量判定で勝つって、お前気が長すぎるだろ……)
目の前で粛々と進行する害悪戦術に、深也は内心で盛大に反吐を吐いていた。
対戦相手のアビスフレームは、高出力のために大型化した大気の魔導炉、その積載によって鈍重になった足回りをカバーして余りある迎撃特化の構成。
周囲に展開された粘性の強いジェルと、そこに仕込まれた機雷が敵の接近を阻む。
深也も事前の開示情報で予感どころか確信はしていたが、実際にやられてみると装備もシステムも揃っていなかった初心者時代のトラウマが蘇る。
この装備構成と戦術は、「中級者より下の者」もしくは「対策をしていない者」を難なく完封出来るほど下振れがない。
足切り性能が極めて高いのだ。
そして今日の深也の武器とシステム構成は後者、いっそ清々しいほどに対策を怠っていた。
(対戦環境っていう傾向と対策があるとはいえ、これゲーム辞める奴出るだろ……)
ちなみに深也自身も、この戦術を執る時は腹が割れるほど笑うし、当然煽る。
突っ立ているだけでも減っていくエアの残量と迫る刻限に焦る相手。
その目の前で鼻ほじゴロ寝ジェスチャーをして煽り倒したその日の睡眠の質の高さと言ったら、最高の一言に尽きる。
なお、これは自分がされる側に回る状況を考慮しないものとする。
『やめるかー? なぁ、やめんのか-??』
「……(さいこー)」
当然の嗜みとして、深也は対戦相手とのボイスチャットを切っていない。
こういう手合いを、ここから逆転して泣かせるのが一番面白いのだから。
勝つ前から美酒に酔った奴に、敗北の冷や水を浴びせてこその対人戦。
精神的にもおあつらえ向きに温まってきたところで、深也は状況を整理していく。
(とりあえず端から回って……いや流石にダメか)
この戦法と相対した時、誰もがそう考える。
つまり敵も織り込み済み。
そもそも、事前の開示で相手の装備の中には、出の速いライフルがあった。
迂回して顔を出したところを狙い打たれ、対応している間に新しい壁を構築される。
だが、撃ってくるタイミングもこちらで決めることが出来るならば、回避も防御も容易い。
機雷入りのジェルを再展開する間を与えず、距離を詰めて接近戦に持ち込み、そのままゲームセットまで持ち込める。
と、深也が無理攻め考えていることぐらい相手も分かっているだろう。
(今の俺の装備とシステム構成で他の取れる手段はあるか?)
戦術とは、即ちイタチごっこ。
流行りの戦術ともなれば、その戦術を執るプレイヤー達と破ろうとするプレイヤー達の切磋琢磨により、フローチャートは極限まで洗練されていく。
「……(ねぇな、シンプルにいこう)」
深也は、背中に装備している加速機構を内蔵した大曲刀を引き抜いた。
構成からして相手はタイムアップ戦法”だけ”を想定している。
タイムアップまで長引かせてエアの残量で判定勝利、それ以外のチャートを用意出来ていない。
それで間違ってはいない。
より足切り性能に特化し、深也のような対策を怠っているプレイヤー相手に万に一つも取り零さず、ミラーマッチにも強く出れるだろう。
「エアソリッド起動、【ランブルエッジ】【海駆け】」
深也が起動させたシステムは十八番である『近づいて斬る』のコンボ。
剣と己を共に加速させ相手を、両断する。
それだけのシステムであり、それだけしか出来ない。
実際、その単純明快な行動をとるであろう事に、次の瞬間までは誰も異論を挟まなかっただろう。
『はぁ!?』
コイツは突っ込んでくる、この戦法における一番のカモだという予想を即座に裏切られた対戦相手が驚愕の声を上げた。
深也は、大曲刀から噴出されるエアと自身の膂力が掛け合わさった剣速を”一投”に乗せた。
まともに振るのも難しい質量を持った大曲刀が、極限の加速を得て対戦相手めがけ飛翔する。
水の抵抗を切り裂き、ジェルによる歯止めも機雷による爆風も物ともせず、突き進む質量兵器。
こんな振りかぶって投げただけの原始人と理不尽の狭間のような攻撃を躱せる足が、相手にはない。
「クソッ!!」
対戦相手の手持ちで唯一、単発火力の高いライフルの一撃が大曲刀を弾き飛ばした。
そうしてその弾かれた大曲刀の背後から、深也が突如として顔を出す。
このための【海駆け】そして――
「【ブレイズエッジ】」
大曲刀はジェルと機雷の包囲を切り裂いて進路を作るための先駆けの一矢、本命は二の矢にある。
双剣銃の刀身が灼熱を宿す。
近接戦闘では無抵抗に等しい装備の相手を、双刃が十文字に切り裂いた。
深也の両手に、溶かした鉛のような粘り気のある重さが返って来る。
「硬った! そこは考えてんのかよ!」
想定外に分厚い装甲、二撃では倒せない。
深也は勢いそのまま相手に馬乗りになり、組み技の要領で無理やり抑え込んだ。
この時点で勝負あり。
双剣銃を逆手に持ち替えた後は、ただの蹂躙である。
ブレイズエッジによる滅多刺しは、相手から罵倒が途絶え、既にコンシード済みと気づくまで続いた。
(はー、楽しかった)
対戦終了後、待機所に戻ると、今度は対戦相手から怒りの連投チャットが届いていた。
深也は、場外乱闘上等の精神も持ち合わせているハイレベルプレイヤー。
なので、当然ながら返信する。
『機雷もジェルもエア消費抑えてあったなァ! もう少し強力に設定しておけば止められたのによォ! なんだ?同型対策か? リソースケチって対応幅広げたつもりだろうが、そういう中途半端が一番カモなんだよバァーカ!』
古来、アーケードの時代より対戦ゲームでは勝った奴が偉いというのが絶対の不文律。
こうすれば勝てていたかもしれないのに、と講釈を垂れまくるマウントを楽しむのが勝者の作法。
「よし勝った」
というより、もう勝っている。
これ以上は死体蹴りだろうと、深也は次の部屋を探し始めた。
長期戦型との塩試合はもういい。
各部屋の主催者が設定している対戦時間を目安にしてソートをかけていく。
(良さそうなのが……んー、そもそも今の対戦環境が長期戦型一色なんだよなぁ)
しかし、中々これだという部屋が見つからない。
お目当ての条件を満たす部屋もあるが、基本的に【観戦有り】の設定になっており、盛況なものが多い。
ネームドプレイヤーないし人気ストリーマーが主催しているのは目に見えている。
実際、疎い深也でも見聞きしたことのあるアカウント名がチラホラあった。
彼らの実力の如何は置いておくとして、列に並んでまで対戦したいとは思わない。
仮に対戦したとして、頭の悪い信者やアンチの的になるような試合内容と勝負の結果になれば、今後対戦モード自体に顔を出しにくくなる。
ただでさえ荒っぽい戦い方なのだから、と深也はその辺りを自重していた。
別に注目されること自体、深也は嫌いではない。
誰にでも大なり小なりの承認欲求はあるだろう。
だが、どうせ注目されるなら、もっと有意義な別の選択肢が、このゲームにはある。
深也は、野良の対戦ページから”公式”へとタグを移した。
【アビスフレーム】には「チャレンジ」と呼ばれる運営が用意した、倒せば褒賞金の出るNPCとの対戦モード。
その額、実に500万。
学生の深也からすれば、もはや現実感すら湧かない桁数である。
それだけでも美味しいが今回の狙いは前例を作ること、今の長期戦環境を作っている”元凶”が倒されたとなれば、環境に変動が起こるかもしれない。
(今まで無視してきただけど流石に飽きたよ、この環境)
映し出された灰銀のアビスフレームを睨みつける。
「やろうぜ、”ヘンリック”」
登場以来、名だたるプレイヤー達相手に連勝記録を更新し続け、遂には環境まで動かした無敗のNPCが深也の呟きに返答することはない。
ただ対戦申請を受理し、部屋への招待状を切るのみ。




