10章-(2)リーリエの村
セイが助けられた……生きている……
はやる気持ちを抑えながら、俺とマーリカは先導するリーリエの後ろ姿を追う。
リーリエは濃い褐色の髪と二つのおさげを揺らし、慣れた調子で山道を下り続ける。
と、その時。
「……着きました。ジエの村です」
何故かリーリエは少しだけ複雑な顔をして、俺達に向き直る。
進む俺の目の前で景色が突如開け――俺は陽の光に目を細めた。
目の前に広がるのは、コバルトグリーンに染まる茫洋たる海。
周囲一帯は森で囲まれ、海の向こうの地平線に濃いオレンジの夕日が沈み込もうとしていた。
村の中らしいが、周囲に家のようなものはない。
一体どこに人が――右へ振り向いたとき、異様なものが視界に入った。
セミの抜け殻。
それも――全長30メートル近くありそうなほど、巨大な抜け殻が7つ、海岸近くにどっかりと鎮座していた。
――なんだよあれ……
「わーお、ムーンスクレイパーの抜け殻じゃん。結構レアなのよねーあれ」
興味津々といった表情でマーリカ。
……ムーンスクレイパー。その名前はどこかで……
「エレンちゃんの飛行機で見たでしょ? あのクソでっかいセミ。あれの幼虫の抜け殻なのよ。でもおっかしいなあ? ムーンスクレイパーの幼虫は向こうの“イグシュルの樹”の根元にしかいないって聞いたけど……」
マーリカが首をひねって疑問を口にすると、リーリエが答える。
「イグシュルの樹の根はここまで続いてるんです。意外と知られていませんが、樹の幹だけじゃなく、根元付近にもムーンスクレイパーの幼虫は現れます。ムーンスクレイパーに天敵はいませんから、別に幹に登らずとも脱皮はできるみたいですね」
二人が視線を向ける先。俺には遠くにある、ややこんもりとしたデカい山にしか見えないが……もしかしてあれ、山じゃなく一本の樹なのか?
おそらくここから100キロ近く遠くにあると思うが……それでも山と見間違うとか、どんだけデカい樹なんだよ……
「あのムーンスクレイパーの抜け殻を住居代わりにして暮らしているんです。わたし達の村は」
な……
抜け殻が、この村の住居……?
俺は緑がかった巨大な抜け殻の一つに近づいてみた。
すると――抜け殻の前足の内部に、5、6人の子供達が楽しげにワイワイじゃれ合っている姿が見えた。
俺の姿を見ると、子供達は一瞬動きを止め、神妙な顔でヒソヒソと話し合った後、そそくさと抜け殻の奥へと走って行ってしまった。
……自宅の窓から不審者を見かけた子供のような反応。
この抜け殻が住居代わりという話は、本当なのかもしれない……
「確かこっちの殻へ運んでいたと思います……セイちゃん、という子でしたっけ?」
リーリエの言葉に、俺はハッと本来の目的を思い起こす。
デカい海やらデカい抜け殻やらデカい樹やらに圧倒されまくったが、本来の目的はセイを助けることだ。
俺達はリーリエの後に続き、2つ目の抜け殻の中へと入る。
切り落とされた足の一本から縄はしごが垂れ下がっており、それを登ると――複雑な抜け殻内部へとたどり着く。
……抜け殻ハウス内部の第一印象は、完全に迷路であった。
土壁のようなものがアリの巣のごとく縦横無尽に張り巡らされており、さらに目の前には二階、三階へと続く縄はしごがそこかしこから垂れ下がっている状態だ。
天井を見上げると、夕日に赤く染まる半透明の殻を、垂直に斬り裂く切れ目のようなものが見えた。
これはあのデカいセミの抜け殻。ならばあれは、本体が抜け出ていった時の切れ目なのだろう。
目をこらすと、切れ目は白い樹脂のようなものでしっかりと塗り固められている。後にリーリエから、この村の周囲にある樹の樹液を使って固めたものなのだと聞いた。
殻の内部はある程度の通気性と断熱性があるらしく、見た目に反して住み心地は良好らしい……カリスマ気取りの建築デザイナーも絶句するほどのオンリーワンさだが、全く住みたいとは思えないな。
だが今は、あの子の安否を確かめるのが先だ。
「……向こうにいるみたい。もう気がついたみたいだね。案内するから付いてきて」
村人の一人から話を聞いていたリーリエは、慣れた様子で迷路のような殻の中を進む。
……セイ。本当に生きていたのか。
だけど、体のほうは大丈夫なのか?
リーリエからは“生きている”ということしか聞かされていない。
あの濁流に飲まれてしまったのだ。体に大きな傷を負っていても不思議ではない……!
「この中だよ」
のれんのように垂れ下がる布の仕切りを払いのけ、俺は勢いよく室内へ入る!
――セイっっ!!
「!!」
すると。
緑の髪をした女の子が――セイが、俺の声に驚いたように小さく飛び上がった。




