番外編 スレ違う人々(4)
「ま、マズい! 緊急事態! エマージェンシーですよ!?」
突然現れたイルフォンスに、レイザはアワアワ慌てだす。
「何がじゃ?」
「落ち着いてる場合じゃありませんよダンウォード殿! この状況でイルフォンス殿が現れるのは危険すぎます!!」
「だから何が?」
「いいですか? イルフォンス殿は街ですれちがったら3度見するほどの超絶イケメンです! せっかく二人が盛り上がっている時にそんなチート級のイケメンに出会ってしまったら……ユウムのお持ち帰り確定! そしてしめやかにNTR!! いけない! ソウジの脳が破壊される!!」
「ワシはお前の脳が心配じゃが」
「このまま座して見ているだけでいいのか!? いいやよくない!! というわけで飛空団団長レイザ! これより戦線に武力介入いたします!!」
「ワシはもう帰るぞー」
「ぬおお突撃いいいっ!!」
◆◆◆
遠くで盛り上がるレイザをよそに、イルフォンスはソウジへチクチク言葉を投げかける。
「いいご身分だな……女連れでいちゃつく余裕があるようだ。流石は転生者殿と褒めちぎるべきなのか……?」
「勝手な憶測で嫌味たれんなよ。少なくともお前に絡まれるより有意義な時間だ」
「……もっと有意義に時間を使ってみようと思わないか? 今ここで、俺と」
イルフォンスはスラリと刀を抜き、剣呑な殺気をソウジへ向ける。
「ここにいるのは俺とお前だけじゃない……それでもやろうってのか?」
ユウムを背後に退かせ、ソウジは斧の柄を握り、戦闘態勢を取る。
一触即発。
張り詰める空気の中――唐突に、何者かの声が届く。
「待たれい! 待たれえええい!!」
レイザだ。空を飛ぶ時に匹敵する速度で猛然とダッシュ。ソウジとイルフォンスの間に割り込んだ。
「……何のマネだ……?」
「ハアっ、ハアっ……い、イルフォンス殿、こ、こんな所で油を売っている暇はありませんよ!?」
「どういう意味だ?」
「いえっ、その……ま、マーリカ殿が……イルフォンス殿の部屋へ入っていく所をみたもので……」
ピリッ、とイルフォンスの周囲の空気がざわついた。
「……は? ちょっと待て……なぜあの女が……?」
「い、いやあ、私も止めたんですよ!? ですが、『あんなに必死に部屋を隠してるなら、さぞかしすんばらしいお宝が眠ってるはずよね~』とか言ってまして。妙な金属器具を持っていたので多分あれピッキングかますつもりかと」
「――ババアッッ!!」
すさまじい量の血の霧と共に、イルフォンスは雷のような速度で自室へ疾走していった。
「ふう……ミッションコンプリート! 後は何も知らぬマーリカ殿と鉢合わせしないことを祈るのみ……!」
レイザはやり遂げた感全開の笑顔で額の汗を拭う。
そんな彼女に、ソウジは声をかける。
「レイザさん?」
「ハッ!? い、いやあ偶然だねえソウジ君!? おやおやユウムまで!? いやあ本当に偶然、むしろ偶然以外の何者でもないなあこの出会いは!?」
「はあ……?」
「ややっ!? もうこんな時間ではないかっ! では私は訓練とかあるので退散させてもらおう! 諸君らの健闘を祈る!!」
言うや否や、レイザは来た時と同じく猛然とダッシュしてその場を去っていった。
「……なんだったんでしょうね、お二人とも?」
「わからん……」
◆◆◆
レイザは再び姿を隠し、荒い息を整えながらまた二人の様子を覗き見る。
「敵性存在の完全排除を確認。フー……やれやれどうなることかと思いましたよ」
「はあ……」
「最大の難所を越えたというのに何ですかその淡泊な反応は!? ダンウォード殿は先ほどの危機がどれほどの――」
「……彼ならブツブツ文句を言いながら帰っていきましたが」
ん?
明らかな口調と声色の変化に、レイザは振り返り――愕然とする。
「しししシュルツ殿っ!?」
「なんだ? 出歯亀か? 悪い趣味だな」
「ラスティナ殿までっ!?」
顔を真っ青にして震えるレイザをよそに、シュルツは遠くにいる二人の姿を見る。
「ソウジ君に……えー、ユウム君、でしたか……あの二人、一体何を……?」
「まあ、おおまかな事情は理解できたがな」
ラスティナはニヤリと笑い、ゆっくりとソウジ達の所へ向かおうとした。
「な、なりませんラスティナ殿っ! 今いいところなんです! 本当にあとちょっとって所で! 青い春がっ!!」
「青い春? ラスティナ様、彼女は何を言っているのでしょう?」
「さあな? だがアレを放っておいていいのかレイザ?」
「えっ……げっ!?」
レイザの視線の先に、満面の笑みでソウジ達に近づくマーリカの姿があった。
◆◆◆
「やっほーソウジ。元気してるぅ?」
「なんか用か? マーリカ」
「んー、別に用事とかなかったんだけどさあ。なんか城の中ぶらついてたらいきなりイルフォンスのお坊ちゃんに襲いかかられてさあ?
んで返り討ちにして事情を聞いたら、なんかここで色々吹き込まれたらしいから様子見にきただけなんだけど」
「お前がイルフォンスの部屋を物色してるって聞いたんだが、違うのか?」
「なんであたしがそんな暇なことしなきゃなんないのよ……ってか、なに? ユウムちゃんだっけ? どうして二人でこんな所にいるわけ? エロい話か何か?」
ずい、とマーリカがユウムに近づき、ユウムはタジタジと一歩下がる。
「い、いやわたしは……ソウジさんに渡すものが……」
「ふーん? なにを? こんな所でなに渡すつもりだったの? ちょっとお姉さんに見せてみそ?」
「え? で、でもそれは……!?」
ずずい、とマーリカがユウムに近づき、ユウムは追い詰められるようにさらに後退。
と、その時。
――バサリ。
「ひっ!!」
ユウムの服の下から、隠していたエロ本が地面に落ちる!
「わわわわっっ!?」
ユウムはとっさにエロ本の上に座り込み、スカートでエロ本を隠して見せた。
「なに今の? なんか落ちたけど」
「ききき気のせいですっ!! た、たぶん風で飛んできたゴミか何かでわっ!!」
「いや間違いなく何か落としたぞ? やっぱり何か隠してるだろ?」
「そ、ソウジさん!? 一体何のつもりですか!? わたしが誰のために、どんな思いをしてこんなことしてるとっ!!」
「え、なに? 俺のせい……?」
マーリカは腰に手をあて、ため息を一つ吐き……口を開く。
「いいんだけどさあ……ユウムちゃん、あなた気づいてなかったかもしんないけど、座った瞬間に下にいたゲジゲジを潰しちゃったみたいだけど、大丈夫?」
「ひゃあああ嘘おおっ!?」
思わず飛び跳ねるユウム。その隙をマーリカは見逃さない。
「……もっちろん嘘でーす」
マーリカは目にも止まらぬ速さでユウムの背後に回り、彼女を羽交い締めにしてみせた。
「あいたたたた! ひ、ひどいいいっ!?」
「オッケーソウジ。隠してたブツを確認して」
「……なんか気ぃ引けるが、俺に渡すものだったらしいし……いいか」
「そ、ソウジさん……!?」
その時。
「ちょっっと待ったあああああっっ!!」
ユウムは見た。遠くから再び猛然とダッシュしてくるレイザの姿を。
さらにレイザの後ろには、シュルツやラスティナの姿まで……!
い、いけない!! こんな所でエロ本を開いてはっ!!
「だ、ダメですソウジさん! 早く隠してっっ!!」
ユウムの悲痛な叫びとは裏腹に、ソウジはエロ本を手に取り、パラパラと数ページめくって見せた。
ああ……
終わった……
さようならソウジさん。きっとあなたは羞恥死してしまうことでしょう。
大丈夫。骨はわたしが拾ってお墓を建てて、月1で磨いて差し上げますから……
ユウムはそんな悲痛な覚悟を心に刻んだ。
しかしそんな彼女とは対照的に、ソウジは眉を寄せ、小首を傾げた。
「……エロ本?」
「ってか、それあたしがアンタの部屋に隠したやつじゃん」
その場の一同の視線が、発言をしたマーリカへと注がれた。
「へ……あの、マーリカ様、どういう……?」
「だから、その本はあたしがソウジの部屋に置いといたものなんだって」
「……お前が? エロ本を? なんで?」
ソウジが懐疑的な視線を向けると、マーリカは咳払いを一つし、全貌を語る。
「まあ端的に言うと? この世界に飛ばされて約1週間、ソウジってばほとんどダンウォードのオジイちゃんか、やたら絡んでくるイルフォンス坊ちゃんとばっか顔を合わせているわけよ。ひたすら訓練ばっかで、女っ気のない状態なわけよ?」
「ほう、それで?」
「性に真っ盛りなお年頃のソウジが一週間ほぼ禁欲状態に置かれたわけ。若い体の性を持て余すソウジが、ふと部屋の一室に置かれたエロ本を見つける……押さえ込んでいた欲望に火が付き、猛り荒ぶるソウジ! そんな時にふと、マーリカと名乗る麗しき美少女が訪れたとしたら……!?」
「ほうほう、それで?」
「それはもはや運命。約束されし伴侶。もはやアダムとイブ! 性欲のままにマーリカを襲うソウジ! しかし美少女マーリカは彼を受け入れ……禁じられし男女合体!! 下半身のパイルダーがオンした瞬間、マーリカとソウジによる新たな神話が」
「婉曲表現がキモすぎてわけわからんがつまり?」
「えっとね、アンタに襲われたいからエロ本置いてみたわけ。以上。」
「なるほど。殴ろう」
ソウジは拳を固く、グッと握りしめた。
「またまた~。実はエロ本見て割とヤバイんじゃないの? お姉さんにホントの所話してみなよ~」
「両手で殴ろう」
ソウジは両拳を固く握りしめた。
「お、オラオラですかぁっ!?」
「え、ええ……」
真相を聞いたユウムが、脱力するようにその場にへたり込んだ。
「お、おや? 青い春が……あれ?」
レイザが甘い恋愛とはほど遠い白けムードに愕然とする。
「茶番だな。まあレクリエーションとしては上々だったよ。行くぞ、シュルツ」
「しょ、承知いたしました……」
全てを悟ったラスティナがその場を立ち去り、シュルツは困惑しながら彼女の後を追う。
「……あ、シュルツさん!」
とっさにソウジが彼を呼び止めた。
「ソウジ君。何か?」
「一応報告しとこうと思いまして。あの絵のことなんですが……」
「……廊下の絵? ああ、あの……あれは『伯爵』の持ち物だったようなので、別に傷つけても問題はありませんが……?」
「……あれ? あれってユウムの……?」
「現状、我々の組織に絵画のような嗜好品の類いを買う余裕はありません。『伯爵』の城にある金目の物を売って、それでやりくりしている状況ですからね……正直、あの絵は売りに出そうと思っていたものなのですが……まあ仕方ありませんね。悪趣味な内容だったので買い手が付くか微妙な所でしたし……」
「……ええ……」
「今回の事は不問といたしますが、一応貴重な品もありますので、くれぐれも城の物は丁寧に取り扱いを。我々は常に金欠ですので……それでは」
愕然とするソウジを置いて、シュルツはラスティナと共に去って行った。
「……あの、ソウジ、さん……」
ユウムが、おずおずと尋ねる。
「なんだよ……」
「……あの、今までのソウジさんの発言って……」
「……ラスティナが言ってたろ? 茶番らしい。なにもかも……」
「そうですか……」
少しだけガッカリする自分に、ユウムは動揺する。
(……え?)
(いや……違う! 違うよ……!)
ユウムの視線の先には、逃げまどうマーリカを追う、ソウジの姿。
ずきり。
マーリカを……自分以外の女性を追うソウジの姿に、何故が胸が苦しくなった。
(違う……違う、よね……)
気が付けば。
ユウムの視線は、ずっとソウジの姿を追っているのだった。




