そして幕は閉じる
短いです。あと少し
もってあと数日。
その言葉どおり、彼女は一日の大半を眠って過ごしていた。
「彼女からの伝言を預かってる。覚悟はしておいて」
渡されたのは彼女に貸していた本と、間に挟まった一枚の紙きれ。今すぐ開く気になれなくて、その本を脇に避けた。彼女は規則正しい寝息を立てている。元から白い肌が日に日に真っ白に、腕や足はどんどん細くなっていった。
ここへ来て呪いの進行は一気に早まった。特に意味なんか無い。元からそういう呪いだっただけのことだろう。
「…み、さま」
目を閉じたまま、彼女は呻くように声を上げた。
そっと耳を近づけると微かな呼吸音の間に声が交ざっていた。
「どうか…わたしを、ころして、くださ」
途切れ途切れに、はっきり聞こえた声に、胸が痛くなった。
確かに私は彼女を、呪いより先に殺してしまおうと考えたことがあったからだ。でも今はもう、私は彼女を殺してやれない。君に生きて欲しいと願う私には、君を殺す資格など無かった。
「…ごめんね」
君の最後の願いだけは、叶えてやれそうに無い。
ただ彼女が寂しくないように、冷たい手を強く握った。その強さに気が付いたように、彼女は力なく瞼を震わせた。
徐々に冷え切っていく手を何度もこすり合わせた。冷え性の私より冷たい彼女の手など初めてだった。
外に出ない彼女は、暑いことも寒いことも知らずに15年間を生きてきた。外に興味が無いはずなんて無かったのに、一度だって我が儘を言ったことは無かった。
「…さようなら」
薄く開かれた瞼と目が合ったとき、確かに小さな声で彼女は呟いた。音の無い病室に、それは確かに響いて彼女の痕跡を遺そうとしているようだった。
だから私は、より一層力強く彼女の手を握って、精一杯に笑顔を作った。
「…よく頑張ったね」
15年間お疲れ様。私は力なく目を閉じた彼女の手を、なかなか離すことが出来なかった。