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4話

 俺の朝は早い。日がのぼるよりも先に目を覚まし、仕込みに必要な火を焚くことから始めねばならない。

 暗がりの中簡単に着替えて身支度を整え、俺の寝室(荷物置き場)をあとにする。毛布はかび臭いし、すきま風もひどい。とても人が暮らす環境ではない。


 店の裏に周り、離れから薪をひと束担ぎ上げ、調理場へと運ぶ。今日一日分にはとても足りない量だが、まず朝一に火種をつくって置かねば、料理人たちの仕込みのスケジュールが滞ってしまう。料理人? スケジュール? なにを言っているのか。

 そう、ここは酒場兼宿屋「猫の森」亭。酔いつぶれた俺は酒代を払えずにタコ部屋送り……ではなく、ほとんどただ同然の賃金で借金を返し終わるまで働くことになったのだ。


 かちっ



 かちつ



 石をこすりあわせて火をつけようとするが。



 かちっ



 かちっ




 中々火がつかない。

 ついてもすぐ消えてしまう。

 「火付け3年」といって、料理人にとって火をつけ、その火加減を習得するには3年かかると言われているのだ。昨日今日きた俺にどうこうできる話ではない。

 それに朝早くてめんどくさいから、誰もやりたがらない仕事なのだ。


「つかない。つかないよ……」


 俺は震える手で、何度も石をこすり合わせる。うう。とても自分がみじめ……。

「おい新入り! さっさとしろ!」


 仕込みの部屋から、怒声が聞こえる。


「は、はいいいいいい」


 くそっ、こんなとき魔法が使えればな。

 「ファイヤー」とかいえば火をつかられたのに。クリフの授業をもっと真面目に聞いておけばよかった。……と、後悔しても後の祭りである。


 宿泊客が起きてくるころには、俺の仕事は一段落である。給仕はメイドたちに任せ、俺は残飯――ではなくまかない飯を食べて、薪を割ったり、料理に使う食材を運んだりなどの雑用。けれどこれは待ち時間がけっこうあるから、ほとんど休憩といっても差し支えない。

 俺が適当な切り株に腰掛けてぼーっとしていると、よく見た顔が――アイーシャが俺を見て、目を丸くした。





「……もう、お金がないなら、そういってくださいよ」

「すまん。恩に着る」

 俺は両手を合わせて、頭をさげた。

「僕だって、そんなに大金は持ち合わせてません。

 それでも、カード(信用)払いはそれなりにできますから、一言名前を言ってもらえればよかったのに」


 そんなこと言われたって、俺、この世界のこと詳しくねーし。


 俺の気持ちが顔に出てたのだろう、

「大丈夫、勇者さまにだって、そのうちできるようになりますよ」

 と、優しくフォローが入る。



 俺とクリフとアイーシャは、1つの丸いテーブルの周りに腰掛けていた。

 今日は作戦会議だ。……といっても、まず俺にこの世界観を教えてもらうところから始まるわけだが。


「勇者どのには、通称「西の魔王」ガイアスを倒してもらうことになります。

 場所はここ」

 クリフの指が、地図の上をすべる。ふーむ。いま俺が日本に居るとしたら、大体イタリアぐらいの位置だな。……ほとんど大陸を横断するってことか。間には山あり谷あり川あり、「黄金龍の遊び場」と「死霊の溜まり場」とか怪しい場所もいくつかある。通らない場所は海だけだ。って、

「この世界に海ってないのか?」

「うみ?」

 アイーシャが首をかしげる。

 そんなにおかしなことを言っただろうか。


 俺は自分の知識で、地球の成り立ちと、海と呼ばれる場所を説明する。

 アイーシャはそんなの聞いたことも、見たこともないと言っていた。



「この大陸は「担ぎ上げの女神イリス」が悠久の海から一匹の亀を救い出したことから始まった、と言われています。その亀の背中で暮らしているのが我々。ですから端までいけば悠久の海に落ちてしまうのです」

 どこかで聞いたような世界観だな。


「ところで、その悠久の海ってのは?」

「悠久の海とは、全であり、無であるところ。深く昏く、生と死が混在する世界、と表現されております」

「なるほど」


 まったく分からん。まあ、行くことはないようだし、無理して理解する必要はないだろう。


「イリスがすくいあげた亀ギーリウスに、一滴の「悠久の海」がついておりました。

 それが魔王です。大陸の上で繁栄する我ら。悠久の海から生じた魔王。根本から違いますからな、理解も合意も、協和も調和もあったもんではないのです。

 さらには魔王は召喚術を得意としてまして、「悠久の海」をこちらへと呼び出すことができる。それがこの世界にひしめく魔物となっています」



 おいおいまじかよ。

 それって魔王を倒しても……。ま、いいや。余計なことは言わないでおこう。




「ってことは俺がこの世界に呼び出されたのも?」

「左様です。魔王と同じ召喚術を使いました」


 左様じゃねえだろ。と思い、とりあえずクリフの頭を殴っておく。




「ま、まだまだ先の話ですからな。まずは盗賊退治からですな」


 そうでしたね。僕にはまだ課題が残ってるのでしたね。





「構えて!」

 アイーシャの凛々しい声が、あたりに響く。

 俺は最近ではすっかりとお馴染みとなった正眼の構えを取る。

 ……重心をつま先に置いて、身体は前後にスムーズに動けるように。剣は振るというよりは「突き刺す」イメージで。左手を中心に握り、右手は支えるように。初撃は相手の頭上、または手首を狙い、そのままの勢いで相手に突進する。


 これはなんでもアイーシャの使う「聖竜剣」ではなく、流れの傭兵に習った「神明流」らしい。俺も同じ流派がいいと駄々をこねたが、「地道な筋トレと自分の体重と同じだけの鎧を身に付けて走り回る体力をつけるところから始まります」という言葉に、断念した。普通なら3年ぐらいかけて身体をつくり、それから剣を作った稽古にうつるのだとか。アイーシャが何気なくこないしている体さばきも、実際は「聖竜剣」を、鎧なしでスピーディーに動けるように崩した我流だとか。

 一方で「神明流」は傭兵や冒険者がよく習う流派の1つで、1対1の戦いにおいては無類の強さを得るとか、得ないとか。達人になると、丸腰で相手と対峙することも可能で、対人間戦では無類の強さを誇るのでは? というのがアイーシャの弁だった。

ちなみに「多数の相手に囲まれたらどうするのか?」という問いに関しては、アイーシャも俺も同じ考えだった。すなわち、「そうならないように立ち回る」。足で相手をかく乱する。あるいは煙幕で目を眩ませる。追いかけてきたやつを一人ずつのしていく。どうにか一対一になれる状況を作り、打破していく。俺らは無敵超人でも体力が無尽蔵なわけでもない。対集団戦では、現状ではそれがベストだろう。


 もっとも、集団にただいな火力を誇る魔術師でも居れば、戦術が変わるかもしれない。


 とりあえず、目下の目標は俺のレベルアップ、スキルアップである。対人戦では一般的なレベルにまでなっておきたい。そのためにも、俺の魔術は自分の能力強化「文字継承スペルエンハンス」にのみ全振りである。

 長い詠唱とか、魔力の流れとか、精霊との契約とか……そういう長くて厄介で地道なやつは、得意なやつにやってもらおう。それも旅の目標の1つだな。どこかで仲間を探そう。


 俺個人はこの神明流がそこそこ気に入っていた。……うん、前の世界にあった剣道に、なんとなく感じが似ているからだろう。男はいつだって武士に憧れる。ま、こっちの神明流は金的目潰し急所、何でもありの「武道」というよりは「忍術」に近いものだけど。


 それになにより筋トレ、体力作りが必要ない。地道なのは嫌だからな。こうやって少なくとも攻撃力だけは磨いておかねば。

 


「それでは、素振りから!」

 アイーシャの掛け声に合わせ、俺は買ったばかりのショートソードを上下させる。


 時折動きを止めて、俺の姿勢をチェックする。

 そして細かく口を出して、直るまで同じ動きを繰り返す。

 ……頭より身体で覚えろという感じなのだろう。ま、わかりやすくて、俺は嫌いじゃない。



 そして日が暮れるまで、俺はアイーシャと汗をかいた。

 主にトレーニング的な意味でな。



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