3話
「今回は冒険者登録を行います」
「へえ」
「聞いてます?」
「失礼な!」
俺は目の前を歩くアイーシャのスカートのふりふりを見つめていた。
……それに気づいたのか、アイーシャはお尻をおさえ、こちらを振り返って、少しだけ怒った顔をしてみせた。
「……ッ!」
「……いいだろ、減るもんじゃないし」
そんな短い丈のスカートをはいたり、それなりにきれいな脚をしている方が悪いんだ。
「い、いいですか!
この世界では冒険者登録っていうのは、すごく大切なことなんです!
いわば各国共通の身分証明証みたいなもの。そこに経歴がすべて表示されるわけですからね」
ふむ。運転免許証みたいなものだろうか。
そういって俺らは、村の外れにあるくたびれた建物の中に入っていく。
○
「おうアイーシャたん! 元気にしてるか!」
「アイーシャちゃんだ!」
「お、俺もみたい!」
「俺らのアイドル!」
……建物の中に入ると、柄の悪い男たちが総出でアイーシャのことを出迎える。
とうの本人は、そんなことに慣れているのか、笑顔で手を振ってそれに応える。
「どうしたアイーシャ。
最近はとんと、ご無沙汰だったみたいだが」
受付の奥にいるのは、スキンヘッドに眼帯という、ごろつき オブ ごろつき といった容姿のマスターだった。
「この人のお世話をしてたんです。
クリフが呼び出した、勇者志望者ですよ!」
「へえ。そいつは楽しみだ」
そういって男は俺を下から上までじろりと眺め、
「お前のほうが強いんじゃねえか?」
「……強いとかじゃなく、必要だから呼ばれたんです。
それで、今日は勇者さまの冒険者登録にきました」
マスターに一枚の紙を渡され、そこに自分の情報を記入する。
名前、性別、生年月日……住所、はとりあえず借りてるクリフの家の住所でいっか。
「それじゃ、この石版のうえに手を載せてください」
大きさはノート大。ちょうど手がすっぽりとのっかるサイズだ。
その石版はほんのりと淡く発光しておりーー。
「これ、手をのせるとどうなるの」
「勇者さまのステータスを読み取ります。
便利ですよ。ほら、こんな風に」
アイーシャは腰から一枚のカードを取り出し、俺に見せてくれる。
そこには名前、性別、職業……の他、
Lv 35
Str 135
Def 70
Mgc 50
Dex 150
Spd 150
Potential : braver
などと訳のわからない項目が並んでおり……いや、意味はわかるが。
「やめてくれ!」
「な、何をです」
「俺、自己暗示に弱いんだ。
星座占いとか血液型占いとか苦手なんだ!
数字を見たら俺が弱いことがばれて……暗示をかけてしまう!
もっとファジーな表示の仕方にしてくれ!
レベルだけわかれば十分だ」
「ええっと……無茶言うなぁ」
苦笑して、俺のカードをピコピコいじって。
そして画面に表示されたのは……。
Lv 1
Str よわい
Def まあまあ
Mgc ふつー
Dex 来世に期待
Spd 見込みあり
Potential 神に愛された男
「こ、こんなんでいいんですか?」
「……十分だ」
こうでもぼやかさないと、俺はすぐにくじけてしまうからな。
実にちょうどいいぐらいだ。
「ポテンシャルって何?
いや、意味はわかるけど」
「ふつう適正が分かるようになってるんですよ。
僕ならbraver。前衛向きってことですね。
でも能力からしたらヒット&アウェイ型の、攻撃特化の剣士といったところでしょうか」
「ふむ。便利だな。
俺の『神に愛された男』ってのは?」
「僕はいじってる途中に見たから知ってるけど……教えませーん!」
そして意地悪く笑うこいつ。
「教えて」
「だってぼやかして欲しいって言ったの、勇者様ですし」
「教えろ」
「きゃー、」
……なんとなくそのしたり顔が頭にきて、俺はデコピンをしてやる。
「痛い!」
「俺らのアイーシャちゃんに何をする!」
「おい!」
「お前……生きて出られると思うなよ……」
ごろつきに囲まれましたとさ。
……。
ていうかお前ら、アイーシャのこと甘やかしすぎだろ?
○
「というわけで、次は装備を整えにやってきました」
アイーシャは一軒の店の前で、立ち止まって説明してくれる。
「ここ、冒険者御用達のお店です。簡単な武器防具から、冒険に役立つ雑貨など、一通りのものが揃います」
「アイーシャの化粧品なんかも?」
「僕はすっぴ……何を言わせるんですか」
ほんのりと頬が赤く染まっている。
店の中に入ると、壁には「本当に人が持てるのか」というほど巨大な斧がかけられていたり、棚には色とりどりの薬品が並べられていたり……その他、「魔物の餌(逃げる時に使うのか?)」や、サイズ様々な麻袋。
ま、俺も男だからとりあえず武器コーナーを眺めることにする。
勇者らしく、やはり剣を買わねばならない。剣にも刃の形状、サイズとともにさまざまある。どうする?っても俺は序盤から「竹の棒」て戦うほど暇じゃない。一番大きくて強そうな剣を手に取る。
おもっ。
片手では持ち上げられない。……ので両手で持ち、それを振り回してみるが。とても戦闘できるとは思えません。筋トレ道具ではないですか。
「勇者さま、それは無理ですよ」
「……こんなの、本当に扱えるのか? なんだこれパチもんじゃねえのか」
「それが、いわゆるロングソードです。冒険になれてきて、モンスター討伐をやるようになった冒険者が手にする、戦闘向きの武器です。けれど重たいし……てことは携帯に不便だから、ふつうはこのくらいの大きさを選びますよ」
そういってアイーシャは、腰からいつもの担当を見せてくれる。
長さは手のひら2個分くらい。
「それだと、いざ戦う時に心元ないか?」
「ま、この村周辺ぐらいなら大丈夫です。遠距離攻撃する魔物もいないし。
それにこの長さなら料理とか、罠を壊したりとか、そんなことにも使えるので万能です」
というわけで、俺はアイーシャおすすめのショートソードを見繕ってもらった。
そして武器防具と、それから薬草、携行食料など。一通りの品を揃えて。
お金はどうするのかと心配していたら、アイーシャが「出世払いでお願いします
」と笑顔で支払ってくれた。こいつ、いいやつ。いつか恩返す。あまりの恩の大きさにカタコトになってしまう異世界人(俺)である。
二人で店の外に出ると、すっかり日も傾いている。
「さ、帰りましょうか。勇者さまも一日動きっぱなしで疲れたでしょう?」
アイーシャは俺の表情を見て、気遣ってくれていた。
だが。
俺はたいそう不満だ。
不満である。
「いや、まだ紹介されてない店がある」
と、俺は切り出したのだった。
○
店内は薄暗く、人は雑多で、しかも多くの人は不規則に揺れている。テーブルについている男たちは期限良さそうにグラスを傾けたり、給仕をするメイドの尻を触ったり……そのメイドも胸の谷間が見えるぐらい、ざっくりと前側のガードが甘い制服を着用しているが。
というわけで酒場である。
「……行きたいとこって、ここでしたか」
アイーシャは頭を抑えて、呻くようにいった。
「一日の疲れは酒で取る。そうだろ?」
「別に悪いことではありませんが。
あ、僕はいつものやつで」
通りがかったメイドに、アイーシャは手馴れた動作で注文する。
「慣れてるな」
「別に僕だって、嫌いなわけではないですからね」
しばらくして、メイドがお酒を持ってくる。
俺の前に置かれたのは褐色の液体と、チェイサー用だろう、ミルクが隣に置かれている。一口飲むと喉がかっと熱くなり、そこそこ度数の高い酒だということが知れる。
アイーシャの前に置かれたのは琥珀色の液体で、中央にいちごが1つ浮かんでいる。おしゃれだ。何か特別なのだろう。断って一口飲んでみると、
「あまっ」
まずくはない。まずくはないよ?
けど甘すぎる。ガムシロップを直接飲んでるみたいな。
「この辺で繁殖してるヤギの乳を、甘く煮詰めて発酵させて、
果実を入れて軽やかさを出しました。名づけて特製アイーシャ酒です。
おいしいでしょ?」
「俺は飲み干す自信がない」
「なんで? こんなにおいしいおに」
ごくごくと、アイーシャは喉をならしてそれを飲み干した。
そしておかわりを要求している。
……。
こいつ結構飲兵衛だな。
などと思っていると。
2杯目を空にしたあたりから、顔が真っ赤になり、目はとろんと垂れ下がり、テーブルの上に突っ伏す時間が長くなった。
「アイーシャどの! そのぐらいで酔うなどだらしないですぞ!」
いつの間にかクリフが、俺らの飲み会に参加していた。
「……お前、一人でこんなところでなにしてたんだ?」
確か神父だろ。仕事しろよ。
「情報収集です!」
……。
そう断言されると、強く言えない俺が居るよ。
あ、そうか俺もよってきたのか。
浮かれた気分で俺はアイーシャの頭を撫で……すんげー髪の毛さらさらしてる……、そしてクリフの「ですぞ! ですぞ!」の繰り返される説教だか説法にうんうんと適当に相槌をうち、何度目かのグラスを空にした頃に。
「あれ?」
目を覚ます。
すると店の中には、俺ら――机の上で寝息を立てるアイーシャ、上等そうな酒瓶を守るようにして抱き抱えるクリフ、そして俺――しかいなくなっていた。
メイドが、俺に紙切れを持ってくる。
うむ。
安くはないようだが、よくよく考えたら俺はまだこの世界の字が読めない。
アイーシャ……はしばらく目を覚ましそうにないし、代わりに隣に居るクリフをたたき起こして、その字を読んでもらう。
「……むむ、だいぶ飲みましたな」
「いくらだ」
「1000ギリーですな」
「単位が分からんぞ」
「一週間分の食費ぐらいです」
「……なるほど。悪いな。今度返すから」
「え?」
「え?」
俺とクリフは、顔を見合わせる。
「勇者どのの奢りではなかったのですか」
「なわけないだろ。俺がどうしてそんなに金を持ってるように見えるんだ」
「そのわりにはパカパカ飲んでましたぞ」
「アイーシャが持ってると思って……」
俺はアイーシャの腰元の袋を探り……、皮袋を取り出してみる。
中は数枚の銀貨。
「……足りる?」
「ま、雀の涙程度には」
「……」
こいつを置いて逃げるか?
失うデメリット(信用)は、この村にきたばかりの俺より、クリフのほうがでかいはずだ。……タイミングを見計らって。
「……その考えはずるいですぞ、勇者どの」
まるで俺の考えを読んだかのように、クリフがいった。
「な、なにを言ってるんだ。俺たち仲間だろ」
「逃げてもいいですが、もう二度とこの村には居られなくなりますな。
次の村まで一週間。魔物も出るし、どうやって勇者さま一人でたどり着くのでしょうか?」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべている。
くそっ。頭にくるが正論だった。今の俺には生活力も武力もないのだ。
そんな俺らの不穏な空気を察したのか。
今度近づいてきたのはメイドではなく……屈強そうな大男だった。
「お客さーん。すいませんね。閉店なんですよぉ。
お金、ある?」
「カード、使える?」
俺は思わず元いた世界の支払い方法を口にする。
いや、ありえない。そんな方法など。だってこの世界に銀行などないはずだし、そもそもカードなんて作ってないし。
と、思ったのだったが。
意外にも。
「カード? まあ、お客さん次第ですがね。
それじゃ冒険者カードを拝見します」
言われて俺は今日作ったカードを、手渡してやる。
そうか! 冒険者カードは身分証明書代わりになると言っていた!
そこに信用があるのなら、それを担保に金を借りることだってできる――はず……。ま、踏み倒されそうになったら、冒険者の稼ぎ先から強制的に差し押さえりゃいいわけだからな。
「ランクE ! こんな奴に信用なんかあるか!」
そりゃそうですよね。今日作ったばかりだもの。
俺は強面の連中に周囲を囲まれて、裏のほうに引っ張られる。
さようなら、今日。
たぶん明日は、真っ暗な闇の中。
足りない分の金額は身体で(働いて)返すことになったとさ。