16話
ぴちょーん。
と、俺の頭の上に雨漏りした水がしたたり落ちる。
……なかなか冷たいし。ずいぶんと不快だ。
「ねえねえ」
隣の部屋につながれているのはナタリーだった。
……俺らは「彩石強奪」の容疑をかけられ、投獄されているのだった。
「私、こうやって捕まるの、初めてじゃないのよ。
意外でしょ?」
「いや、ぜんぜん意外じゃない」
……。
どっかですぐにドジを踏んでそうだしな。
「……ちょっと」
「悪い。すごく意外だ!」
すごく尖った声を出されてしまったので、俺は慌てて否定する。
「でしょ? 実はこう見えてもいいところのお嬢様なの。
だからこうやって牢屋の中に入るのって新鮮で、わくわくしちゃう!」
ほんまかいな。
「そのわりに、声が震えてるけど」
「……察しなさいよ。黙ってると、不安になるのよ」
まあ、ナタリーも女だということか。
あえて気丈に振舞っているのだろう。
「どうやら、アイーシャが裏切ったのが決定的になったようですな」
そんな俺らの茶番にため息をついて。
俺の前に座っているクリフが、口を開いた。
「いや、違うぞ」
「アイーシャが出ていき、我々は捕縛された。
他にどう言い分があります?」
「奴らはナタリー以下「3名」と言った。
つまり、頭数にアイーシャも入ってるわけだ。
アイーシャも疑われている。スパイじゃない」
「あ」
だから、アイーシャは今頃。
……俺らを助けるために走り回ってくれていると考えるのは。
俺がお人よしだろうか。それとも、楽観的過ぎるだろうか。
とはいってもこの状況。
……打破するのに困難であるのには、変わりない。
ナタリーあたりが、爆発して壁を壊せないだろうか? それとも素手で魔法を使うのは不可能なのか。……。
そんな風にして、俺が頭を悩ませていると。
「おい、立て」
いつの間にか例の銀髪の男が立っていて。
「話を聞かせろ。こっちへ来い。
お前ひとりでいい」
と、俺を連れ出した。
○
連れ出されたのは取調室のような部屋――というか、おそらくそうなのだろう。俺の後ろには2人の騎士団がついており、正面に扉がある。そのほか、狭い室内には窓も、家具もない。
「……変なことを考えるなよ。元は拷問室だ。
音が外部に漏れないように作られている」
……。
もっとも、武器を持ったところで、屈強な騎士団2人を相手取ることができたとは思えない。
かつかつかつ、と。
靴音が聞こえて、次いで扉が開く。
「お前……!」
金髪の瞳。
深い、蒼い瞳。
ほっそりと華奢な体躯。
白銀の鎧を身に着けてはいるが、それは確かに――。
アイーシャの姿をしていた。
「副団長殿だ。頭を下げろ」
ぐい、と誰かが無理やり俺の頭を下げさせる。
「聞きたいことがある」
その声音も。
ぞっとするぐらいアイーシャにそっくりだ。
「助けに、きたんだろ? 俺らを。
そんな怖い顔しないでさ、早く――」
「……ふむ」
アイーシャはそういって。
腰から剣をぬいて。
……?
かちゃん、と納刀の音だけが聞こえる。
少しして。
胸元に違和感を感じて。
俺が視線をおろすと。
着ていた衣服は切られ、俺の肌にうっすら傷痕が残っている。
皮一枚だけを切ったのだ。あの距離から。見えない速度で。
どうやって? 理解できない。勝てるわけがない。
俺の顔色が変わったのを見て取って、そいつは少しだけ表情を変える。アイーシャと全く造形の顔で、アイーシャがしないような表情を浮かべる。
「私の名前はアイリス・エメル。聖竜騎士団副団長を務めている。
お前の仲間のアイーシャとは双子の関係にある」
「な、なら知ってるんだろ?
俺が勇者で、あいつは仲間だ。助けにきてくれたんだよな?」
「聖竜騎士団の掟は絶対だ。お前は刑に服してもらう」
「それは冤罪だって――」
「関係ない。探しものがお前たちの持ち物の中にあった。
これ以上の証拠が必要か?」
「偶然で――」
確かに。
アイリスのいう通りだった。
紛失物が、ナタリーのバッグから出てきたのなら。
……。
どうも言い逃れなんてできない。
「だが安心しろ。10年も服せば刑は償われる。
問題はそんなことではない」
アイリスは、俺の首に剣をつきつけた。
「アイーシャをどこへやった?」
「知らん」
「嘘をつけ。昨晩まで一緒だったと聞いている」
「俺らが起きるよりも先に、宿屋を出ていった。行く先は知らない」
ま、知っていても教えないけどな。
「……大した度胸だ。逃げられると思っているのか?」
あ、俺のことを信じてないみたいだ。
そりゃそうか。仲間をかばうって思うよな。
「アイーシャにあってどうするつもりだ?」
「……殺す」
その声に。
嘘も偽りも。
情けも、熱意もなかった。
「あいつは裏切り、逃げ出した。それに――」
「ん?」
「お前、「女神」に会ったのか?」
女神?
……。
いや。
ふざけた神様になら、ちょくちょく会うけど。
「まあ、聞かされてないなら別にいい。
私はアイーシャを殺さなければならない。
私自身の手で」
そいつは聞き捨てならない。
この一連のやり取りで分かったのは、こいつが俺らの「敵」だってことだけだ。
……考えろ。
後ろに騎士団が2人。
正面に、アイリス。そしてその後ろに扉が――外部へとつながる扉がある。
俺は考えた。
これはチャンスではないのか?
「踊れ、妖精の剣!」
俺の叫び声に応じて。
不可視の斬撃がアイリスの身体を切り刻む。
はずだった。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
と、聞こえたのは音だけ。埃すら舞い上がらない。アイリスは剣を抜き放ち、平然とした顔でそこに立っていた。
「技と呼ぶにはあまりにも稚拙」
そして俺を見下し。
冷笑した。
〇
「おっぱい無双」。
女性の胸をさわるほど強くなる。
好きなだけ「スキル」を得ることができる。
チートだ、と神様は言っていた。
けれどいくつかの弱点があることに、ここ数日気づいていた。
1つ。
「スキル」を得ることができても、俺自身のステータスは向上しないこと。
ゲームで例えれば、レベルが上がった魔法使いが戦士に転職したとしよう。巨大な魔法を覚えていても、転職先の戦士では魔力が足りず、魔法を使えないということが往々にしてある。その現象が起きているということ。
2つ。
選択肢は「俺自身の中からしか生まれない」ということ。
「呪いを払う」という魔法を手に入れた場合。
この世界に「魔法を無効化する」道具があったらどうなる?
「全てを切り払う最強の剣」を手に入れた場合。
「斬撃そのものを吸収する、異次元の盾」が存在したら?
俺の想像上でしか俺は最強になれず、この世界が俺の想像を超えた場合。
俺は。
こうなってしまうわけだ。
「ヒール」
クリフが、俺の身体に回復魔法をかけていた。
体の節々が痛い……というより、感覚がない。
顔面だけかろうじて触覚があるが。
おそらく痛みの上限を通り越して、脳が体からの情報をシャットアウトしているのだろう。
「こっぴどくやられましたな、勇者どの。
……しかし、聖竜騎士団に一人で挑みかかるとは、見上げた根性です」
その真意は。
無謀なのか、それとも。
……分からない。
くそっ。こんなことになるのなら――。
クリフの魔法がようやく効をそうしてきて。
俺は身体を起き上がらせて、ようやくしゃべることができるようになっていた。
「……アイーシャを探そう」
「まだ探すのですか」
「あいつは仲間だ」
「こっぴどくやられたのに」
「……」
その通りだった。
現時点で、俺らがあいつにかなう要素は――。
俺はの視線はナタリーを向いていた。
彼女はけれど。
首をふって、俺の考えを否定する。
「無理よ。攻城魔術を知らないわけじゃないけど――。
時間を誰が稼ぐの? 稼いだ後、効果範囲からあなたは抜け出せるの? 」
それは確かに、無理なように思われた。
3人いる騎士団を相手取り、負けない程度の戦いをくり広げて。
あげくナタリーの合図で、脱出する。
……無理だ。
そんなことができるのであれば、そもそも――。
「いや、できますぞ」
答えたのはクリフだった。
「ネクロマンス」
彼がその魔法を唱えると――、牢屋の土がむくむくと起き上がり―-、俺の腰ぐらいの背丈の土人形となった。
「私はこのドールを大量に作ることができます。
ドールで相手方の動きを封じ」
「魔法で一網打尽に」
……。
「いや、無理だ」
「なんで! アイーシャちゃんを助けるんじゃなかったの?」
「今のままじゃ無理だ!」
「心が折れたのですな?」
俺に問いかけるクリフの声は。
優しいものだった。
そうじゃない。
そうじゃないんだよ!
土人形がいくらあっても、そんなものはものの数にならな――。
「あ」