15話
僕らは捨て子だった。どこぞの貴族崩れの父と、美貌と若さだけが取り柄の女との間に生まれた。
ゴリアテ山脈の麓に、僕らは捨てられた。わざわざ遠くまで、というのは父が体面を気にしたせいだったのかもしれず。
けれど世界に二人しかいない僕らは、身を寄せ合い、力を合わせて生きていくことを決意した。
言い出したのは向こうだった。髪を切り詰め、男用の服を着ることを強制した。
噂を聞いたことがあったからだ。ゴリアテ山脈には、「聖竜騎士団」を目指すものたちが集まると。願わくば、彼らに助けを乞い、命を永らえようと。けれどその時邪魔になるのが、僕の「性別」だった。もし性別がバレれば、僕らのあいだに極端な差をつけーーもしかしたら、居住地を引き離されてしまうかもしれない。そんな予感があったからだった。
その予感は半分あたりで、半分ハズレだった。
世の中には幼児を専門とする奴隷商人が居てーー彼らにとって、性別の違いなど些細なことでしかないこと。そして、どちらであっても一度さらわれてしまえば、住む場所など自分で選べないこと。
……だから。
戦うしかなかったのだ。
彼が相手に体当たりをした。
僕は相手の腰からナイフをうばい、突き立てた。
男の悲鳴。
どこを狙えばいい?
わからないまま、僕は相手の全身に刃をつきたてる。
彼は?
彼は悲鳴を聞いて、後ろのほうで震えていた。
……。
彼は弱いのだ。
優しいのだ。
だから僕が守らなければ。
男が動かなくなった。
もう大丈夫だよ。
そう言いかけて、僕は彼のもとに近寄る。
すると彼は顔をあげ、歓喜ではなくーー驚愕に目を見開いた。
僕の後ろには殺したはずの男が立っていた。
……うん、まあそうだよな、と今にしてみれば思う。
子供の力で、殺すほど深くナイフを差し込めるわけがなかったのだ。
ナイフの刃は全身をかまいたちのように切り刻んだけで、男の命を刈り取るまでには至らなかった。
彼は冷静だった。
僕の後ろの敵が生きていると見て取るや。
僕からナイフを奪い。
……まるで、そうあることを知っていたみたいに。
人体の急所を知っていたかのように。
自然な動きで、男の首筋を薙いだ。
その姿を。
美しい、と僕は思った。
○
「だからー、フォーメーションはこうやって」
「連携ってナニ?」
俺がナタリーと、今後の戦い方を相談していると。
珍しくクリフが渋い顔をしてやってきた。
「アイーシャが部屋に居りません」
「……一人で飲みに行ったんじゃないか?」
「ご冗談を。また夜が明けたばかりですぞ。
飲むにしても場所がないでしょう。
それに、少し気になるものが1つ」
クリフはそのペンダントを、俺のほうへ投げてよこした。
……六角形の中に、蒼い竜の紋章が描かれている。……これは昨日見た「聖竜騎士団」と同じ。
「アイーシャはスパイだったのではないですか?」
「ありえない。なぜ俺らを?」
俺はふと、昨日自分で考えていたことを思い出して、一人落ち込む。
「勇者どのではなく、ナタリーどのを探っていた可能性があります」
「……どうして?」
ナタリーの目は胡乱げである。
「私だってこの町についたのは先週よ?
冒険者仲間といっしょに一度鉱山に潜って。それから依頼を1つこなして。
それしかしてない。法にふれるようなことはしてないと思うけど」
「先日、話を聞きました。……といっても、噂話程度ですが。
とある冒険者集団が偶然にも「彩石」を見つけ、それを持ち帰った。
だが不運にもそれは公爵どのが目をつけお手製の冒険者に依頼をした品だった。ま、つまり横取りをしてしまったわけです」
「それが私たちだっていうの!?
ありえないわ、私だって魔術師のはしくれよ。彩石の特徴ぐらい……」
「でしょうな。だから当然、グループのリーダーは偽装をした。
そしていざ鉱石を山分けしようとした時に、それをナタリーどのが見つけ、持っていこうとしたから。難癖をつけて、クビにした」
昨晩の、ナタリーの吠え声を思い出す。
……そうか。理由はなんだってよかったのだ。ナタリーを「不快にさせて」「自分から」脱退を促す理由であれば。そうえいば前から仲間とソリが合わなかったと言っていたし、このための布石だったのかもしれない。それに直情的なナタリーは、そういった連中にしてみれば「扱いやすい」だろうし。
ナタリーは腰から皮袋を取り出すと。
それをテーブルの上に広げた。中に入っているのはほとんど黒い手のひらに包まるほどの大きさの石ばかりだった。
だったが、
「ふむ。これですな」
クリフがその中の一つ、取り分け小さな一つをつまみ上げ、両手で包んで何事かを呟く。じわっ、とクリフの手のひらが光ったように見えた。
次の瞬間。
クリフが手のひらを開くと、中には虹色に輝く鉱石――「彩石」がたしかに、存在していた。
「おそらく手馴れた連中なのでしょう。「解呪」の魔法がなければとけない。
おそらく攻撃魔術に詳しいナタリーどのにも見抜けないよう、文字継承で補強もしてある」
ナタリーは唇を噛み締めていた。
……血がでそうなくらいに。
「だからアイーシャが裏切ったと?」
「可能性は考えられます。「聖竜騎士団」の繋がりは血よりも濃いと聞きます。
なし崩し的なパーティよりも、そっちを優先した可能性は……」
「嘘だ。そんなことはありえない」
「ほう」
クリフの目が、すっと細められる。
「どうしてそう思われます」
「俺がそう信じるからだ」
……。
それは。
幼い。
拙い言葉だった。
あいつが。
誰よりも俺の世話を焼いてくれたあいつが。
剣の使い方を教えてくれたアイーシャが。
……裏切るなんて。
そんなことは、思いたくない。
だからそれは。
確信じゃなくて。
ただの希望。
そして願望に近いものだった。
「「勇者として」、俺は仲間を信じたい」
その結果痛い目に合うことになっても。
……仕方ないさ。
「アイーシャを探そう」
俺の言葉に、二人は頷いた。
○
アイーシャの独り言。
彼は。
無様で。
弱くて。
情けなかった。
僕の片割れには似ても似つかない。
容姿も平凡、能力もふつうで、秀でているところは特になし。
けれど彼は「勇者」という肩書きを与えられた。強制的に。
彼の心情を思う。
知らない世界で。
知らない人間に囲まれ。
戦う術もない、ただの村人が。
いきなり、その世界で一番強大な相手と戦う?
僕なら、断る。
理由がない。
命を懸けて世界を救う理由。
自分勝手に呼び出した、村人を救う理由。
自分が「勇者」である理由。
けれどその人は言った。「わかった」と。
何がわかったのだろう。
どうしてわかったのだろう。
何を分かったのだろう。
行くあてのない旅だ。行く先は闇だ。躓いて、転んで。ぶつかっては乗り越えるしかない旅。そのリスクを、そうやすやすと背負える人間が。
と、僕は彼の足を見た。
ついで、顔も見た。
震えていた。
……そうか、と僕は理解する。
そして。
「彼(勇者)」は僕の片割れと同じだ。
弱くて。
そして。
とても優しい。
自分の命と世界を天秤にかけて。
世界に天秤が傾くほどに。
できるとか、できないとかじゃない。
かつての「片割れ」もそうだった。
やるしかない。
進むしかない。
だから、そんな彼を。
僕は守ろうと思ったのだ。
○
俺らはしたくをして、宿屋の外へと飛び出すーー、が。
それよりも先に、扉が開いた。
銀髪の男。昨日見た。そして白銀の甲冑。
昨日は俺にを虫けらのように扱った男。
「我らは「聖竜騎士団」。
ナタリー他3名。「彩石」強奪の容疑で捕縛する」