14話
……。
店先でアイーシャがよだれを垂らしそうな、だらしない顔で食い入るように見つめている。よほど興奮しているのだろう、その頬は赤く染まり、……うん、なんだかこっちまで誤解をしてしまいそうだ。
「はあはあ」
アイーシャの息は荒く乱れており、一心不乱にその「黒くて太いもの」を手にしている。
ま、刀身が黒い短刀なんだけど。
「ゆ、勇者さま。これはかの魔界鍛冶師シルヴェリスが往年に磨き上げたルーンナイフ(護符剣)に違いありませんよ! まさかこの町で売ってるとは!」
「いやー嬢ちゃん悪いねえ、そりゃにせもんだ」
「ええー」
と、明らかにテンションダウンするアイーシャ。
「とはいっても、かのルーンナイフのレプリカだからな。そうそう質は悪くないよ。魔術結界を破るほどの力はなくとも、切れ味なら保証するぜ」
「うーん、そうだなあ。切れ味だけなら今のでも十分だし」
アイーシャは可愛らしく、しなをつくって媚びてみせる。
「少し安くしてもらえるなら、考えます」
「お、商売上手だねえ! お嬢ちゃんみたいなカワイコちゃんなら、武器はいくつあったっていいだろう? 道端で襲われた時用、夜道で襲われた時用、それに夜這いをかけられた時にも!」
……そうか?
持ちすぎじゃないか。便利なナイフを一本忍ばせときゃいいんじゃないのか、それって。
「そうかなぁー、かわいいって言われると弱いなぁ。ねえ、たしかに夜這いかけられたら困りますもんね。どう思います勇者さま?」
そんなもん持たんでも、お前は自前の刀があるじゃないか、などと野暮なことは言わない。
代わりにアイーシャが目をそらしたがっている現実……そのナイフにぶら下がっている値札をアイーシャの顔につきつけてやる!
あ。
ぷい、と顔をそむけた。
……なんとなく値段は察してたわけね。
「アイーシャよ。目を背けるな。
この値段が今の俺らに払えるのか?」
「……払えますよ。……分割で」
「……まあ、お前ができるというならそれでもいい。
何回ではらう気なんだ」
「48回ぐらい」
お前も素寒貧じゃねえか。
俺は嫌がるアイーシャを無理やり店の外へと引っ張りだす。「ここは俺らがくるべき店じゃなかったんだ」「大人になったらまた来よう」。俺の言葉に、どれだけアイーシャが納得したのかは分からない。……ま、そのうちビッグになって見返してやればよいのだ。
そのあととおりをうろついて、よさげな武器屋を何件か見て回るけれど……。うむ、どこも価格にそれほど差はない。質と値段が比例している。そして、安くて初心者向けの武器などどこにも置いてない。そりゃそうだ。初心者がここまで足を運ぶことなどめったにない。なんせ鉱山の中からも魔物があふれてくるのだから。
少しずつ、日が暮れていく。そろそろ宿を探さねばならない。俺は次にいく武器屋で最後にしようと思いながら、「黒鉄 ジーク」と書かれた店の扉を押した。
店名にあるように、店の中にある武器は黒一色。小ぶりなダガーから、ロングソード、場場で使うようなランスまで置いてあるが、どれもこれも柄頭から等身まで一貫して黒塗りである。
……アイーシャがそのかっこよさに惹かれて、目をきらきらさせているが。
こっそり俺は値札をめくり、ため息をつく。今日見た、どの店よりも高い。
「うちの武器は、そこらの冒険者じゃ手が出ねえよ」
こっちにそう声をかけてきたのは、禿げ上がった頭部の店主だった。
「天然物の黒鉄に、焼付でさらに黒色を強くしてある。それでも黒くならない部分は、塗装になっちまうが、……とにかく、他の店とは違う。一手間もふた手間もかけてるんだ。
それともなんだ。お嬢ちゃんたちは、彩石でも探しに来たのか?」
「サイセキ?」
耳慣れない言葉に、アイーシャが繰り返す。
「……いや、なんだ。今鉱山の奥の方で彩石が取れたって噂があったもんだからな。
彩石ってのは天然黒鉄を割ると内部に少しだけ見られる、玉砕色の鉱石のことだ。
ま、あんまり武器には強くねえが……見た目も派手だし、第一希少だ。
武器に彩石でもついてりゃ、どえらい価値で市場に出回るだろうさ。
っとまあ、こんな話を聞くとあんたらみたいな血気盛んな連中が勇んで鉱山に足を踏み入れるんだが。やめてくれよ? 少なくとも、うちの武器が買えないような連中が、行くような場所じゃないぜ」
俺らは打ちのめされてーー。
主に金銭的に。
○
「仕事を増やしましょう!」
だん、とテーブルにジョッキを叩きつけて、アイーシャが言った。
……いつもの流れで、ここは酒場である。労働者が多いのか、店内は汗と煙の匂いが充満している。そして給仕するメイドもだいぶ露出が多いと見た。
「ここなら魔物討伐の依頼がたくさんある。その分支払いも多くなります!
少し背伸びした依頼になるかもですけど、たくさん受けて、がつがつ買い込みましょう!」
今日のウィンドウショッピングでだいぶ触発されたようだった。
ふむ。
依頼を増やす。
魔物を倒す。
イコール、俺のレベルアップもはかれて、お金も稼げて、一石二鳥というわけか。
あんまりそういう地道なのは好きじゃないんだけどな。
それに、俺には憂いが1つだけある。
「クリフ、お前は魔法がどの程度使える?」
「どの程度、とは」
「使える魔法を一通り教えてくれ」
「そうですな。回復魔法が主で、時間をかければ上級の治癒や解毒、浄化などもできます。
ま、基本は「死者操作」なので神聖魔法は門外漢なのですが」
「んじゃ死者操作なら何ができる?」
「ふむ。ダンジョンの中でなら、再現なくゾンビを呼び出すとか、彷徨える死者の魂を呼び寄せるとか」
……。
ほぼ悪役の技じゃねえか。こいつ前世はどんなあくどいことをやってきたんだ? カルマが深すぎる。
が、それはまあいい。
「わかったかアイーシャ」
俺はアルコールが回り始めて、目が座ってきたアイーシャの方を向き直る。
「何がですかぁ」
俺らはバランスの悪いパーティーだ。
前衛をアイーシャ、後衛をクリフ、そして俺が中衛になったとしてもだ。魔物と真正面からボコボコ殴り合う以外の戦法しか取れないわけだ。アイーシャはそこそこの攻撃力を誇るとしてもだ。多数の魔物に出くわしたら? 相手が盗賊のときのように毒や麻痺などの搦手で攻めてきたら? 「アイーシャが動けなくなった」とたん、走り出せなくなる超特化がたのパーティである。そして戦士であるアイーシャには体力という限度があり、今の俺らはそれをサポートする術がない。たとえば俺が代わりに前衛になるとか、相手の数が多い時は焼き払うとか……。
焼き払う?
俺がその人物を思い浮かべるのと、男の悲鳴が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。
「何よ、もう一回言ってみなさい!」
「うう、お前は本当に女かって」
「馬鹿、やめろ!」
声のほうに視線を向けるとーー。
そこにはかつて共闘したことのある少女――、たしか名前は「閃熱」のナタリー。
「フィアーボルト(恐怖の雷鳴)!!」
○
「というわけで、ナタリーさんです」
俺の隣に座っているのは、ぶすっとした表情のナタリーである。
……彼女の魔法はすんでのところで止められた。俺がとっさに投げた手元のグラスの水によって。ま、酒を頭から浴びてしまったのはしかたない。
「……どうも」
俺はナタリーに向かって、二人を紹介する。
「前にも聞いたが、仲間にならないか? ちょうど魔術師を探してて」
「いいわよ」
「……依頼人の義理があるからって前……ってあれ?」
俺の予想に反してナタリーは二つ返事で頷いた。
「……冒険者としての信用は?」
「諦めたわ。それより世の中には大事なことがあるの。
私のプライドとか」
……。
ま、何を優先するかは人それぞれだが。
うむ。これなら多少の無理も聞くだろう。……搦手に弱いのは相変わらず悩ましいが、「そうならないように立ち振る舞う」しかない。あとは互いにフォローし合って依頼をこなしていくしかない。
バタン、と酒場の扉が勢いよく開かれる。
店の中に白銀の甲冑をつけた騎士が二人入ってくる。胸には青い竜を模した紋章が刻まれている。
「騒ぎにするつもりはない。おとなしくしろ。
先ほどこの店で喧嘩があったと通報があった」
銀髪の男は、周囲を牽制――威嚇しながら、声をあげた。
「当事者は誰だ?」
店内の視線がナタリーに注がれる。
「わ、わたし?」
ナタリーは衆目を浴び、困惑気味。
しょうがない助け舟をーー。
「喧嘩はもう終わりました。うちの仲間がどうやら迷惑をかけたみたいでーー」
「雑魚は引っ込んでろ」
まるで。
射抜くような目線に、俺はその場から動けなくなる。
固まった俺の横を通り過ぎ、男はナタリーを見下ろした。
「女。喧嘩の原因はなんだ?」
「な、何って。前の冒険者連中とソリが合わなくて」
「本当にそれだけか? 鉱石の山分けがうまくいかなったとかではなく?」
「それだけよ! 身体的な特徴をからかわれたの! それは私が許せないことだったから!」
「そうか」
男は苦笑して、
「それは失礼なことをレディの口から言わせてしまった。
ならば問題ないようだ」
男はばっ、と店の中を一瞥し。
そして俺には脇目もくれず。
「お楽しみの途中、失礼した! 最近は野盗も活発になっているらしい!
この町の警備は我ら「聖竜騎士団」が受け持つとはいえ、各々用心されよ!」
そして男は通り過ぎーー。
通り過ぎず、アイーシャのところで歩を止めた。
「お前……生きてたのか」
「……知りません」
アイーシャの顔は真っ青である。
「……ふん、そうだな。臆病者に用はない。
せいぜい「アイーシャ」として生を繋げ」
そう言い放って。
店を出て行った。
なんだなんだ。
むかつくやろうだな。
一方的にまくしたて、謝罪の言葉もーーあるにはあったが、ナタリーにだけかよ。
俺が不満の同意を求めようとナタリーを振り返ると、
「ああ、すてきな騎士様」
と、目をハートマークにしていたので俺は「ただしイケメンに限る」という呪詛を何度も心の中で繰り返したのだった。




