幕間 双竜の騎士
これは拾い物だ、とトワライトは思った。
ゴリアテ山脈から拾ってきた双子のことだった。絹のように細い金髪に、片方は吸い込むような青い瞳、対してもう一人は深い緑色をしていた。容姿は瓜二つであったが、中身は正反対で、彼の同僚は瞳のいろから「ブリュレ(蒼)」と「エメル(翠)」と呼び分けていた。
剣の腕としてはブリュレのほうが上だった。まるで砂に水が沁みていくようだ。……教えた技、体さばき、相手の剣擊のいなし方、すべてを二度聞くまでもなく身につけた。まるでそれが当然と言わんばかりに。……天才とはかくあるべき、と団長も口にした。
ただし、性格がそれに伴わない。型をやらせればこの道場の誰よりも、はっとさせられるほどのキレと気合を発する。けれど模擬戦となるとてんでダメで、相手の猛勢を受け、最終的にはスタミナ切れを起こし、負けてしまうのだ。その姿勢を何度か咎めたがーー手を抜くことは相手に失礼にあたるし、いざ本番ではそのようなことをする余裕はないのだと言い聞かせたがーー、効果はあまりないようだった。本人は「人殺しの技」というよりも、「技術習得」に重きを置いているように見えた。新たな技を覚えれば、人より抜きん出れば……みなが彼を認め、褒める。彼の存在を受け入れる。それがブリュレの活力のように見えた。
一方。
比較してはいけない、とトワライトは苦笑して、頭をかきながら。
もう一人の動きを見守っていた。
エメルは不器用だった。1教えたことに対して、すぐにできず。先輩たちの動きから目で盗むということも得意ではなかった。技術の習得なんてそれこそ笑い話で、素振りの仕方さえ、まださまになっていない。あんなに力を込めて木刀を振り回したら、変なクセがついてしまう。剣とは力任せにふるうものではないのだ。理があり、その上に念があり最後に力が乗る。最初から力ずくでは、そこらの力自慢には叶わななくなる。
それも、何度もいいさとしたはずなんだが。
トワライトはため息をついてエメルの素振りを止めさせる。
「昨日俺が言ったこと、覚えているか?」
「剣は剣にて、剣に非ず。
人を殺すと思うな、自分を殺せ、でしたっけ」
「そうだ。殺気は必ず相手に読まれる。それに殺気が出るような力んだ動きは自然な動きを妨げるし……、技術の習得にも邪魔になる」
「はい!」
エメルは勢いよく返事をして。
……さきほどまでと同じ素振りを繰り返した。
(俺も教えるのがヘタだな)
と、トワライトはひとりごちる。
自分も、幼少のころよりこの道場で修業をしていた。同じように捨て子だったのだ。先輩たちの木刀をこっそりと夜中に盗み、一人で素振りを繰り返した。先輩たちの動きを真似ながら、ああでもない、こうでもないと模索しながら。それが繰り返され、完成された彼の剣は、「聖竜剣」の範囲に収まらず、ほぼ独学である。理のことも、哲学じみた言葉も口にしたが、それは彼自身の実感であって……、「聖竜剣」習得とはかけ離れたものである、という実感はある。
そろぞろと、空から雪が降ってくる。冬の訪れだ。それでもエメルは飽きもせず木刀を振り回している。
模擬戦で強いのは、エメルのほうだった。動きはちぐはぐ、体さばきはまちまち。相手にいいように翻弄されているように見えるがーー、勝つ。
それも一種の才能だ、とトワライトは評価する。
ブリュレとは違う才能がある。対応力が高いのだ。相手の動きを見て、弱点をつく。相手の意を汲んで、その狙いを外す。自分の得意な分野に……数少ない得意な分野に、相手を誘導する。そんな弱者の戦い方が、とてもうまいのだった。
(これで技術さえ習得すれば、本物になるかもしれん)
と、トワライトはエメルをみて思った。
「あいつが最後まで立っているよ」
そう言ったのは、エメルだった。
二人で模擬戦をしているのを見たことがなかったから、不意に浮かんだ疑問を口にしただけだった。
エメルの瞳に強い意思が宿っていた。
それは激情の。……そして深い尊敬の色をしている。
「あいつが本気をださなければ、僕は勝てるかもしれない。
……もしかしたら、本気をだしても勝つことがあるだろう。
けれどダメだ。僕はそこまで。相手の命を奪ったりはしない」
「模擬戦だぞ? 血を分けた兄弟なのに?」
「ブリュレにとっては、そうじゃないんだ」
エメルは苦笑した。
「『模擬』であるとか、そうじゃないとか。
戦えと言われて、真剣を渡されて。
相手が自分の命を脅かしている。
そんな状況になったら、あいつは迷わず僕を殺す。
ためらいや、情けなんてぜったいにない。……後悔はするかもしれないけど」
……。
トワライトは、血まみれになっていた兄弟を思い返す。
あの時も。
血の量が多いのは、エメルだった。
しかし。
とどめをさしたのはブリュレだったという。
必要な時に、冷酷になれる。実の兄弟もためらいなく殺せるほどにーー。
それもきっと「本物」の証なのだと、トワライトはひとりごちる。
空から雪が降ってくる。
今年は数年に一度の大雪が降りそうだ。
雪はゴリアテ山脈を深く包み、ドラゴンたちは冬ごもりに入る。人にとっては暮らしがたいが、安全な季節がやってくる。
息を吸い、ゆっくりと吐く。
白い呼気はまるで霧のように……二股に分かれ、白い雲に吸い込まれて消えていく。




