9話 後編
ふおん、という男の攻撃。
俺は耳から聞こえる音だけを頼りに、それを横に避ける。
……俺のいた場所に、縦に亀裂が入っている。
「ふん。いかなる小細工を弄しようと、我が家直伝の魔技は破られはしない!」
来るーー!
俺は腰から持っていた剣を斜めに構え、「見えない斬撃」を刀の腹で弾いた。
「何っ!」
「今度はこっちの番だ!」
そして一気に間合いを詰め、上から下に振り下ろす。
……。
……すべてがスローモーションになっている。
俺の振り下ろす担当も。
男の動きも。
がぎぅういいいいい。
と男の前の甲冑を切り裂くが、俺の武器も刀身が折れ、明後日の方向へと吹き飛ばされる。
「……、勝負はおあずけのようだな」
「……」
……。
そして俺は。
おいおいまじか、全身から力が抜けるように。
その場に倒れ込んだのだった。……。
○
次に目を覚ました時、俺は村人たちの声援の真っ只中にいた。
「本物だ」
「あのアイーシャより強いらしいぞ」
「一人で盗賊たちをぶっつぶしたって……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
という怒声に紛れて、俺は村人たちに胴上げをされていた。
……。
「ぜんぜん実感湧かないんですけど」
俺がいうと、アイーシャは苦笑した。
「そりゃそうですよ。村のみんなだって、ただ騒ぎたいだけなんだ。
魔物に盗賊、うっぷんが溜まってる中、久しぶりの明るいニュースなんですから」
「……ってことは、俺はやったんだな?
喜んでいいんだな?」
「そうですよ! 」
「まだ自分の実力って実感はないが。
まあおいおい自信も追いついてくるだろう。
今日は気兼ねなく喜ぶことにするか」
俺は酒に手をかけーー。
「勇者様、おつぎしますわ」
その器を、横から知らないーーいや、見たことがある女に奪われた。
「おかげで、助かりました。
死ぬ以上の目に合うかと、思いました」
「ああ、助かったのか。よかったぜ。
あの時は急にさわっちまって悪かったな」
「いえ、その……」
女は顔を赤くして、
「その、勇者様ならいくらでも。
もし私なんかでよろしければ」
その態度にすこし俺は。
「……、なんだよアイーシャ」
「べっつにぃ。
勇者さまもどうせ、おっきいほうが好きなんでしょ」
「お、お前失礼なこと言うなよ!」
「巨乳好きの勇者様なんて知りません。
……なんてね。
ほんとに、お疲れ様でした」
「おう」
「まだ油断はなりません」
そういって、いい感じに締めくくろうとした俺の頭上から。
降り注ぐ神父の声。
「となり村のガラシャに流行病があるそうです。
もとは魔物が撒き散らした「魔素」が原因だとか。
至急原因を追究し、解決せねばなりませぬな」
「……クリフ。お前も今回は、大変だったろうに。
もう次の人助けか? せわしねえな」
「世界を救うその日まで」
「ですね」
アイーシャも立ち上がり、足についた砂埃を払った。
「では、行きますか」
「うむ」
「いやいや、まだでしょ。
楽しみきれてないよ? 宴を。
また讃えられてないし、なんつーの、俺は大変満ち足りてません!」
「大丈夫です。勇者様なら、どこにいっても歓迎されますよ」
「だっておっぱいまだ一人しかさわってない」
「次なる村にも女人は居るでしょう。
くだらぬしがらみなどお忘れくだされ」
「いやだあああああああああああああ」
と言いながら、俺は二人に担ぎ上げられ(物理的に)、村を後にしたのだった……。