顕現
「おい、何の音だ?…ああっ!!」
あまりの爆音と熱気に、家の中に隠れていた住民達が何事かと集まって来る。
当然、黄金の女神像が極太の爆炎に呑まれている様を目の当たりにした。
「いやーっ!!女神様が!!」
「よせ、近付くな!!」
爆炎に向かって駆け出そうとした若い女性を、紅炎が必死に押し止める。
「見りゃ分かんだろ!!まだやべー状況なんだよ!!」
「そんなこと言われても―」
女性が反論しようとした時、女神像を呑み込んだのと同じ爆炎がまた立ち上った。
1つや2つではない数が、村のあちこちで、一斉に。
たくさんの家や住民が呆気なく炎の柱の中に消え、塵の一粒も残さず焼き尽くされて行く。
「うわーっ!!父ちゃん!!母ちゃん!!」
「ミーナ!!ケイン!!」
紙一重で難を逃れた人々の多くも、肉親や友人知人らをゴミのように簡単に燃やされ、恐怖や悲嘆や絶望に打ちひしがれる。
風刃ではないが、神も仏もあるものかと言いたくなる光景だった。
「ひどい…!!」
「どこのヤローだ…!ふざけた真似しやがッて…!!」
ユナは潤んだ両目をぎゅっと閉じて声と身体を震わせ、駆君は出血するのではないかと思う程に強く右手を握り締める。
「…!!ユナ、天城、避けろ!!」
「え…?」
風刃が叫んだ直後、駆君は何かを察した様子ですぐさまその場を飛び退いたが、ユナは反応が鈍い。
舌打ちした風刃が急いで飛び付き、ユナをどかせた途端、また柱のような巨大な炎が立ち上った。
あと数秒遅れていれば、ユナも髪の毛一本残さず消えてなくなっていたことは間違いない。
「ああ、助かった…!フウジンさん、ありがとう…。」
震える声でお礼を言うユナにも、風刃の表情は緩まない。
むしろ、数えたくない程の火柱の群れを睨み、一層険しい顔になっている。
「間違いねぇ…あの野郎だ!!」
「…ご両親をさらったヤツ?」
風刃は氷華君に答える代わりのように、木刀を一層強く握る。
「あの杖野郎よりムカッ腹の立つ気配…絶対、人違いじゃねぇ…!!いやがるんだろ、ジジイ!!コソコソしてねぇで、とっとと面見せやがれ!!」
―フ。相変わらず五月蠅い雑魚だな。
スクムルト中に響かせるように猛然と吼えた風刃に応じる声が、どこかから聴こえる。
落ち着きと重々しさがあり、それでいて嘲笑に満ちた声だった。
―屑の分際がこの我に命令するとは、笑わせる。汝如き、我が直接顔を合わせてやるには値せん。
「何だと…!」
―我に直接殺してほしければ、せめて我の居場所を暴くくらいの芸当は見せてみろ。
「舐めやがって…!!こんなに馬鹿みてぇな魄力出して、気付かれねぇと思うか!!」
風刃が肩の高さに構えた木刀を突き出すと、切っ先から槍のような風の弾丸が飛び出す。
風の弾丸はユナを呑みかけた巨大な火柱を貫き、たちまちのうちに綺麗さっぱり消し飛ばした。
―ほう、勘だけは良くなったか。
敵の声が、さっきよりも鮮明に聴こえた。
どうやら、消された火柱の頂点より更に上空にいたらしい。
皆がそちらを睨む中、声の主の気配が徐々に近付いて来る。
間違いなく抑えられているが、それでも途轍もない強さの魄力だ。
―だが、頭の悪さは変わらんな。この我に歯向かうとは、自殺行為以外の何物でもない。
「ほざけ!!やられる前にてめぇを潰せば済む話だ!!」
―フ…汝如きにできるなら、そうするがいい。
嘲笑を欠かさない声の主が降り立った途端、僕は言葉を失う。
タチの悪い冗談であってほしかった風刃の話が紛れもなく本当だと突き付けられた衝撃は、その程度には大きかった。
「…父…さん…。」
余りにも禍々しくどす黒い魄力や、殺戮と破壊の意思に満ちていて何もかもをゴミとしか見ていない目つき、そして外見以上に老いた口調と声は、似ても似つかない。
だが、褪せた水色と白色混ざりの毛髪に、太り過ぎでも痩せ過ぎでもない体型は、間違いなく僕と風刃の父親―蒼空竜刃の姿だった。
「…あれが…竜刃さま…?…ほんとに…?」
「そんな…!ウソだろ…!?」
舞だけでなく大輝君も父を知っているのかやけに驚いているが、2人にその件を問い質すどころではなかった。
「…よく似た別人の可能性はないのでしょうか…?」
「…あア。その方がまだしッくり来るな。こンな危ねエ気配しかしねエのが、2人の親父サンだなンて…。」
「…いや、間違いねえ。身体は、2人の親父さんだわ。」
麗奈と駆君はなおも見知らぬ誰かではと疑ったが、昔から我が家に足繁く通う紅炎のお墨付きで、その余地も消えた。
「…でも…風くんの話だと…。」
いくつも冷や汗を浮かべた氷華君がどうにか絞り出したような一言に、皆の緊張と警戒も極限に迫る。
「我を前にした感想はどうだ?まだ、我と汝如きでは次元が違う事すら分からんか?…あるいは、分かっていながら見ぬ振りをしているのか?」
怒気と殺気に満ちた風刃の表情も、頬を流れ落ちた冷や汗ばかりは隠せない。
父に憑りついた敵の正体が予想通りであれば、事態は最悪だと分かっているのだ。
「まあ、どちらでも構わん。いずれにしろ、光栄に思え。汝如きには贅沢にも程があるが…我が名を冥途の土産に持たせてやろう。」
一層不敵で邪な笑みを浮かべた男が、右手をゆっくりと、真っすぐに伸ばす。
「蒼空天刃。そして、汝らが忌み子…あるいはディザーと呼ぶ災厄の刃首領。それが、我だ。」
ディザーが伸ばした右手からは、強烈な炎を伴う突風が吹き荒れた。




