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光の翼  作者: シリウス
第3章 戦乱の翼

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神なき地

「…ん?」


 目を覚ました大輝君が、自分の身体を不思議そうに眺める。


 動きを抑えていた光の球どころか、身体中に刻まれた切り傷や打ち身もなくなっているのだから、分からなくもない反応だった。


「どうも。痛みはございませんか?」


「あ…はい!大じょうぶです!」


 立ち上がり、両手を握ったり開いたりして調子を確かめた大輝君が、声を弾ませた。


「先ぱい、ケガを治せるんですね…!」


「…不気味、でしょうか?」


「いや、まさか!大助かりですよ!ありがとうございます!」


 爽やかな笑顔を見せて深々と頭を下げる大輝君に、麗奈が静かな安堵の息を漏らす。


「…あれ?姉貴は…?」


波濤衝(はとうしょう)!!」


 大輝君への返事のように、舞が水を帯びた手刀を繰り出した。


 涼しげだが重く痛烈な打撃は、命中すればただでは済まない。


「ククク…遅過ぎて話にならねえな。」


「むっ…!!」


 だがルドルスには、労せずしてかわされていた。


「そんなザマじゃ、一生かけてもオレには当たらねえぞ。」


 舞がより速く動いても、ルドルスはゆっくりとした動きで、しかし確実に避ける。


 連続で仕掛けても、腕組みしたままのルドルスをかすめることもなかった。


「これが噂に名高い次代最強サマか。封殺者一門の未来もずいぶんと明るいな。ククク…。」


「この…!」


 舞は歯噛みし、なおも追撃を行うが、結果は空振りが続いた。


「姉ちゃん…!」


「…こりゃ、マジでやべえな。」


 普段通りの軽い口調ながら危機感に満ちた紅炎の表情が、事の深刻さを嫌でも突き付けて来る。


「はぁ…はぁ…。」


 ついに舞の息は切れ出し、攻撃の手も止まっていた。


「フン。攻めてるだけでバテるとは、見事な運動不足だな。そのダサいドレスの下は、脂肪の塊なんじゃねえのか?ククク…。」


「…随分、言ってくれるじゃない…!そっちこそ、かわしてるだけで…全然、反撃も…できないくせに…!!」


「ハハハ、分かってねえな。早々とカタを付けちゃ面白くねえから、引き伸ばしてやってるだけだぞ。オレが攻めに回れば、テメエなんざあっさりぶっ殺してやれるさ。」


「はったりを…!」


「ほう、そう思うか?…いいだろう。そろそろ飽きて来たところだし、ハッタリかどうか教えてやるよ!」


 ルドルスは不敵かつ邪な笑みを浮かべると、姿を消した。


 いや正確には、消えたと見紛う速さで動き、舞の腹に左手の拳を入れていた。


「…う…あ…っ…!!」


 微量の血を吐いた舞は、次いで顎を打ち上げられる。


 宙に投げ出され、仰向けに墜落しそうだったが、辛うじて受け身を取った。


 しかし、立ち上がってからの足取りはおぼつかない。


 全身が微かに震えており、時折吹き抜けるそよ風にすら倒されてしまいそうだ。


「おやおや。まだまだ本気じゃねえんだが、そんなに効いちまったか?」


「…うるさい…!!」


 舞は顎を押さえていた左手を離し、右手で水の弾丸を放つ。


 棒立ちしていたルドルスは、胸で直撃を浴びた。


「ケッ、くだらねえ。こんなのが技のつもりか。」


 だがルドルスは何事もなかったかのように、嘲笑っている。


 鉄の塊を簡単に圧し潰せる程の水を浴びたにもかかわらず、服すら濡れていない。


「そんな…!」


「姉ちゃんの爆流弾(ばくりゅうだん)が…!?」


「ヤロー…どンな手品をやりやがッた…!」


「手品?ククク…違うな。別に、手の込んだ事はしちゃいねえよ。単にオレの魄力って防壁の前で、このヘボの魄能は水鉄砲程度の威力しかねえってだけだ!」


 ルドルスが再び連打を浴びせようと、舞を目掛けて突進する。


 舞はそれを跳んでかわし、右手を振り下ろした。


爆瀧波(ばくろうは)…!」


 快晴の空から、滝のような大量の水がルドルスに向かって降り注ぐ。


 だが速さがいまひとつで、反復横跳びのように素早く動き回るルドルスを捕らえられない。


 水自体が意思を持っているかのように追いかけてはいるが、飛沫を浴びせるのが精々で、ルドルスを飲み込むには至らなかった。


「ハハハ、使い手同様のドン臭え技だな!こんなモン—」


水龍波(すいりゅうは)!!」


 舞が開いた右手を突き出すと、大量の水が龍の形になり、矢のように速く進む。


 いつしか余裕を強調して足を緩めていたルドルスは、目を見張った直後に滝に飲まれ、更に龍の形になった水の波動に押し流されて、女神像の足元に叩き付けられた。


「うおおー!やったな、姉ちゃん!」


「…ふふ…私も、伊達に封殺者の師範代じゃないのです…!」


「気を抜くな、舞!あいつ、まだへばってないぞ!」


「うん…分かってる…!」


 舞が息を整えながら構え、女神像の足元を注視する。


 大量の水が引いた時、ルドルスがゆっくりと立ち上がった。


 両目が細められており、抑えられない不快感を抱いているのが見て取れる。


 だが、全身がずぶ濡れかつ泥だらけになり、服や髪がところどころ乱れた程度で、これといった傷は見当たらなかった。


「…そんな…あうっ!!」


 一瞬動揺した舞は、瞬きする暇もなく接近して来たルドルスから拳の連打を浴びせられ、杖で左肩を刺し貫かれる。


 更に、ゴミでも扱うかのように地べたに放り捨てられると、右腕を思い切り踏み付けられた。


「あああっ!!」


 骨を折られたのが嫌でも分かる乾いた音と共に、舞の叫びが響く。


「テメエごときにずぶ濡れにされるとは、我ながら遊びが過ぎちまったな…。」


 ルドルスは杖から炎の球―野球のボールくらいの大きさだ―を出現させると、適度な距離で自分の周囲を飛び回らせる。


 すると、あれだけ水浸しだった服も髪もたちまち何事もなかったかのようにすっかり乾き、ルドルスに余裕の笑みが戻った。


「だが、一矢報いらせてやるのはこれきりだ!ここからはテメエがくたばるまで、ずっとオレの見せ場だぜ!」


 舞は急ぎ足払いを仕掛けたが、ルドルスは軽く跳んでかわすと杖を構え、豆のように小さな水の弾丸を2つ出現させる。


「分からねえヤツめ!テメエの見せ場は終わったんだよ!」


 ルドルスが杖を突き出すと、2つの小さな水の弾丸は凄まじい速さで飛び、舞の両脚を貫いた。


「うあああっ!!」


「ハハハハハ!どうした、ミズカワマイ!よくよく見てみりゃ、両手両足ガタガタじゃねえか!封殺者のくせに、犯罪者に封殺されるのか!?」


 舞は言い返す事もなく、痛みに身体を震わせるばかりだった。


「ククク…ミズカワタイキよ。テメエをいたぶって喜んでるようじゃ、テメエの姉サマには勝てない…とか言ってたことがあったな。どうだ?愛しのお姉サマは見ての通りの有様だが、ここから逆転勝ちできるってのか?え?」


「ぐぐ…!」


 大輝君が拳を握り締め、身体を震わせる。


「…大輝…ごめん…こんな…奴に…。」


「ほう。ズタボロになっても、真っ先に出る言葉は弟宛てか。ある種、見上げた野郎だぜ。…だが、テメエ如きがこのオレを『こんな奴』呼ばわりとは、ご挨拶だな。」


 ルドルスが余裕と嘲りの笑みを浮かべたまま、舞の右脚を杖で刺す。


「うっ!!」


「策を弄してばかりの魄術師はくじゅつしなんか真っ向勝負すれば楽勝、とでも思ってやがったか?だったら自惚れにも程があるぜ。テメエら封殺者なんざ、所詮は敵を殺せねえただのビビリだろうが。そんなテメエら如きにやられるオレじゃねえんだよ!」


 ルドルスは更に、舞の手足を連続で突き刺した。


「うあっ!!あっ!!」


 一思いに致命傷を与えはせず、さりとて軽傷で済ませもしない。


 より長く舞を苦しめるための、考え尽くされた追い打ちだった。


「やめろ、ルドルス!!」


 耐えかねた大輝君は、誰が止める暇もなく、右手で雷の波動を放つ。


 だがルドルスは素早く振り返ると、大輝君の雷を左手で受け止め、握り潰した。


 その左手も僅かに焦げただけで、ダメージと言える程のダメージがないのは明らかだった。


「そう急かすなよ。ケリは付いたことだし、このクズを始末したら村のカス共やテメエにも後を追わせてやるさ。あっという間にな。」


 ルドルスは打つ手をなくし言葉もなく固まる大輝君を放置し、舞に向き直る。


「さて。いよいよお別れだ、ミズカワマイよ。ククク…テメエにどう止めを刺すのが一番面白えか、散々悩んだぜ?男か女かも分からねえくらい黒コゲにしてから踏み砕いてやるか、胴体をズタズタに切り裂いてそのムカッ腹の立つツラはあえて無傷で晒し首にでもしてやるか、ってよ。…だが、もう面倒臭くなっちまったからな。ありきたりだが、ここはシンプルでド派手なシメにしてやろう。—花火になって、消えるがいいぜ!」


「…この、クズ男…!」


「調子付きやがッて…!」


 気配や音を殺して飛び出そうとする氷華君と駆君を、僕と紅炎は手で制した。


 舞が負けた以上、これからルドルス達にスクムルトの人達が襲われるのは避けられない。ならばもう、舞への助け舟をためらう必要もない。


 ただしその成功率を上げるために、絶好の機会を待つ必要がある。


「ああ、しかしひでえ話だよなあ!離れ離れになった仲良し姉弟がやっと再会したと思ったらその矢先、弟想いなお姉サマが殺されちまうなんてよ!しかも、愛する弟の目の前で!おまけに現場は信心深い村のド真ん中、それもよりにもよってお美しく慈悲深い女神サマのお膝元と来た!全く、こんな悲劇が許されちまうなんざ、この世に神も仏もあったもんじゃねえなあ!ククク…ハハハハハ!!」


「…この…外道…!!」


 舞は傷だらけの右腕を引きずるように動かし、手から水の弾丸を放った。


 だがルドルスには当然のようにかわされ、逆に強烈な蹴り上げを受ける。


「うっ!!」


 空高く投げ出された舞に、ルドルスは杖を向けた。


 その先端に、服を乾かすのに出した物とは比較にならない、ドッジボール程の大きさの火球が作り出される。


「終わりだ、ミズカワマイ!愛しの弟に一生モンの傷を残して、無様にくたばるがいい!!」


 空に杖を向けたルドルスの背中に、僕と紅炎と麗奈と氷華君と駆君、更に大輝君が一斉に突っ込んだ。


 ふいに、ルドルスの身体が僅かにぴくんと動く。


 やはり、僕達が土壇場で横槍を入れると読んでいたのか。


 だが、構わない。僕達に対処すれば、どうしてもそれ以外への注意は逸れる。舞を生き延びさせるには好都合だ。


 そう思ったが、ルドルスが睨んだのは僕達でも、空中に投げ出された舞でもなく、少しだけ東側の空だった。


 そこからルドルスを圧し潰さんばかりの強風が吹き荒れたのと、それを察していたらしいルドルスがとっさに防御を固めたのは、ほぼ同時だった。


「…チッ。」


 風が止み、両腕を見たルドルスは、不愉快そうに顔をしかめている。


 深くはないものの複数の傷を負い、少し血も滲んでいた。


 しかも奴が再び睨んだ上空には、風を起こした者どころか、舞の姿も既にない。


「姉ちゃん…?姉ちゃーん!!」


「水さん、どこ行っちゃったの⁉」


「…どうなっていやがる?ヤツに自力でかわせる余力があったわけはねえ。仲間共も、何かした様子もねえのに…。」


 大輝君や氷華君のみならず、ルドルスも戸惑い、視線を彷徨わせる。


「マイさんなら、ここだよ!」


「ユナ⁉」


 氷華君が振り向き、目を見開く。


 僕達の後ろには、舞を仰向けに寝かせるユナがいた。


「ああ、あんたが姉貴を助けてくれたんだな!ありがとう…!」


「ふふ。せっかくだけど、お礼はあっちの人に言ってあげて。あの人がルドルスに攻撃してくれなかったら、マイさんを助けられる隙はなかったから。」


 ユナが微笑みを向ける先を、皆も眺める。


 そこには、風刃の後ろ姿があった。


「…はあ。やっぱり来たか…。」


 舞がひとまず助かったのは良かったが、結局こいつが首を突っ込んだのではどうなる事やら。


「…ふん。」


 そんな気持ちで溜息を吐いた僕に、風刃が振り返る。


 その両目は、刃物の刀身を連想させる程に鋭くなっていた。


「そっか、あんたがルドルスを攻げきしてくれたんだな!ありがと―」


「…悪いが、その辺の話は後にさせてもらうぜ。あっちの野郎に用事があるんでな。」


 精一杯抑えているが怒りに満ちた声で簡潔に応じ、風刃は進み出る。


「…おやおや?どこぞで見たことがあるような、ないような?」


 ルドルスはわざとらしく首を捻り、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。

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