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肆 8月20日 水曜 晴れ

 今日も晴れ、これで雨が降らない日は15日続く。

 お盆の明けた17日になっても、朝の涼しさのこない夏に変わって13年経つ。お上の指定(おかみのしてい)にお籠りするのが始まった若い時分は、盂蘭盆会(うらんばーな)を待てば朝だけは暑さが凌げるからと、それが辛抱の拠り所だったけど、いまはもう、北から南どこを回っても歳の半分が夏になったこの世で暑さの終わりはいつになったらと半分あきらめ顔になる。 

 あたしは、暑さだけは我慢が惄い(がまんがひもじい)。お上が指定するお籠りだから、中で顔をしかめる理不尽のあるのは飲み込んでるし、大概はへっちゃらだけど、暑さで火照った皮膚がそのままグラム108円で特売してるバラ肉の分厚く膨らんでる感じが、とても嫌(イヤ)。


 お籠り(おこもり)するのに電卓は必要ない。

 と、されているから、あたしが手早く暗算ができるのと、誰のどんな貸し借りでも帳面付けしたみたいに頭に入れたものがぶれないと分かるとどこのお籠りに行っても先の住人たち(せんのじゅうにんたち)には重宝がられる。キャラメル一個に匹敵するシケモクの本数やフルヌード一枚に対するグラビアアイドルの枚数の類(たぐい)の、そこのいまの実勢相場(じっせいそうば)に対しての、一円玉積み上げた重りで操るあたしの天秤秤はいつもぶれずにいるから、あたしの肉体(からだ)にバイアスが掛かることはほかの新参者に比べてわりあいに少ない。えこひいきはあってもフェアなスタートからはじまるえこひいきだ。

 いろいろあってもあたしにとっての理不尽さの最たるものは、暑さのピークでまくった二の腕がポークチョップに変わるのが関の山だから、フェアな理不尽だと、あたしの方でも惄くても(ひもじくても)我慢しなきゃ。

 

 ・・・・・はじめての、本物に、押し籠められたのは23の齢(とし)だった。

 それまでの、未成年のうちの、お灸をすえるくらいのショートはあったけど、よってたかってのがんじがらめされて初めてロングを宣告されたのはまだ23を迎えてない22の夏だった。世の中は景気がいいっていうのに、あたしばっかり、なんで・・・・と、理不尽な運の悪さに愚痴はでる。

 世の中はフェアじゃない、不公平な理不尽はスタートのときからはじまってる、と。浮かれてる時は、身長が伸びてく思春期の中学生みたいにだれもその言葉を使わなかったけど、世間はバブル真っ只中。年に15センチ伸びたことのある中学2年生みたいに、あたしも刻一刻刻んでいく時計の秒針みたいに倍々ゲームの音が聞こえていた。

 だけど、あたしのは左回り。パテックフィリップのムーブメントが刻む右回りなんかでなく、反対の左に回っていく。

 回帰線上の暑さが捻じれて(ねじれて)生まれる台風と同じ、左回りだ。倍々ゲームの入り口どころか、入ったらポイ、入ってなくてもすぐポイと、19世紀淑女のドレスの絞ったウエストと同じ捻じれた左回り。


 でも、あたしの周りにいる輩(やから)は、ステイタスのシンボルのような高級腕時計でなく、同じ憧れるならパテックフィリップのムーブメントという職人気質の手合いばっかりだったから、成金趣味にいかない矜持の持ち主ばっかりだったから、腋臭(わきが)なんて気にせずにガンガンすり寄っていっちゃったんだよね。

 誰もが皆んな19世紀淑女のドレス姿絞ったみたいに惄い(ひもじい)左回りしたのが通るとそのままを見捨てておけない、そんな連中ばかり。倍々ゲームで拵えたあぶく銭の半分くらいは良心の呵責のようにいつも左回りのあたしに、催促なし見返りなしで貸してくれる。

 あたしも良心の呵責(りょうしんのかしゃく)じゃ同じ仲間だから、恵んでもらうんじゃない、貸してもらうんだと、手渡しの現ナマを掌にとる。

 そんな手渡しのときは仲間だからお互いにハッピーだけど、ときどき貸してくれた手合いが仲間ではない目であたしを見る。あたしを仲間から外していく。催促も見返りもなく貸してくれたはずなのに、催促と見返りの両方を求めてくる。良心の呵責であたしに貸してくれたのに、直に良心の呵責を口にして責めてくる。


 それでも最初は柔らかい。義侠心の矜持が邪魔するから、はじめはこんな具合から。

 あんな顔されたらさぁー・・・・・・・こっちの懐具合みすかしてンだろぅ、壱万(まんさつ)ばかりか硬貨に変わった500円玉の小銭入れまできっちり嘗め回すんだから、・・・・・なんにしたって金曜日のミッドナイトだろぉー、この五日間で黒光りするほど澱が溜まってきちゃってさぁー、褒められた使い方するわけないの百も承知なんだしさぁー、金曜の夜をお互い楽しめばって、お裾分け・・・・気持ちよくバイバイするのに渡しただけだし、気前良すぎるくらいの金額渡したわけだし、こうやってそのうちこんなふうに顔突き合わさる仲なんだしさぁー・・・・・それで、それっきりって、わけないよなぁ、

 なんて。こんなばったりだったし、いますぐってわけじゃないんだけど、ただ、忘れてないよね、覚えておいてねくらいのトーン。そうした顔がチャンス。まだまだ腋臭の臭いもきつくないし、ダイブするチャンス。

 もちろん、忘れてないのはあんたばかりじゃなくてこっちだって同じ。たいがいはあたしの方が一枚上だから、返す刀でもう一度と懐(ふところ)にさし込む。

 あたりまえじゃないの、あなたは○○○○○○○○だもの、そんな閻魔様(えんまさま)に怒られるような真似、あたしがすると思ってるのぉー、針千本飲まされちゃうじゃない。だいじょうぶ、だいじょうぶ。毎日毎日感謝してるから。あたしだっていま✖✖✖✖✖✖✖で頑張ってるところ、もう少し、もう少しで、それが✖✖✖のかたちになるの・・・・・それでね、次いでみたいで申し訳ないんだけど、この前より少しでいいから、用立ててくれないかな。ここであなたに逢えたのも神様のお導き、ここであなたに見捨てられたら、あたし、ほんとうに、もう・・・・  

 真っ昼間のスクランブル交差点の真ん中でだって、あたし、両方の膝をくずして、マリア様ぁーの熱い眼差しで、いまでもそのポージングする自信はバッチリ。

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