壱 3月8日 火曜 晴れ
3月8日 火曜 晴れ
これを書くのも今日がちょうど1500日目だ。ここにやって来たのと書き始めたのは一緒だったから、同じ1500日が経ったのだ。お籠りもこれだけ経つと、あんなに暑さ嫌いだったあたしも季節を感じない身体に変わっていったから月や歳よりも朝を迎える度に数が一つ増す日日の方がしっくりくるから1円玉を積み上げて勘定していった1500日ははっきり見えてくる。
もちろん1500日積み上げて出来上がった1円玉のタワーは、あたしの中だけのあたしだげが眺めていられるタワー。
うーんと若い時分は、鉄火場のテラ銭だったり、病人の布団だったりのバラ銭ばかりに偏った金貸しめいた生業を手伝ってた。そこの親方に小銭を勘定するよう言いつけられ、井戸さらいでもするように尻っぱしょりしながら最後まで残ってた1円玉を十枚づつ10円の束にして100円まで積み上げていく。それが今日の上がりだ。三つが四つ、四つが五つと続けていっても、落穂拾いだからせいぜい頑張って八つがいいとこ。
1円玉だけの100枚が八つ。小さくなった自分を横に並べて見てみるとその景色は圧巻。見ているあたしは小さくなって、あそこの最上階に住んでるあたしを想像してみたくなるタワマンまで成長していく。
100円ぽっちでタワマンかよと言いたいヤツには言わせておきゃぁいい。いまのニッケルの混ざった百円玉なんかじゃなく、あたしの百円玉は半分以上が純銀だった時分の百円玉と同んなじくらい価値あるズシリと重みの百円玉だから、一円玉だって、あんなペラペラしたアルミ仕立てじゃなくて、五十銭があのときの百円玉と同んなじ半分以上銀の混ざった銀貨だった時分の一円玉だから、タワーになった銀の混ざった1円玉の頬の横を舐めて味わってみる。舐めて少し嵩の増した一円玉でも、あたしの天秤秤は冷静だから、いまもむかしも同じ100枚で100円の目方をはじき出して呉れる。
天秤秤は冷静でも、お金は時間と同じに十人十色の現象だから、みーんなあたしの中のことだから、お金と時間の嵩は同じに示していても、見た目はいかようにも変えられるから尽きることはない。
いまのペラペラのアルミの一円玉にしたってお籠りの身の上じゃどっちみちタワーつくれる本物なんて現れてくれないから、あたしが毎日毎日あたしの中で積みあげてくものだけだから、崩れないでと祈ったりおっかなびっくりしなくても、毎日一日一枚づつの時間は掛かるけど、すいすいほいほい積みあがってくれる。百枚積み上がる。少し寸づまりだからもう100日待って、200枚積み上げる。200枚積みあがったの見たら、100日待ってここまで積み上げた意味がようやく滲んできた。
200枚積みあがった一円玉は、20㎜した鈍い銀色のペラペラしたアルミ銭の束でなく、30㎝の丈夫な金棒に変わっている。こんな立派に変わると、200円だってニッケルの混じったいまの百円玉2枚よりも背中に鳳凰が彫られた銀貨2枚の価値ある金棒に変わって見えてくる。あの当時の200円の価値の重みだったら、このまま鷲掴みしてそこいら中の木偶坊と朴念仁のあたまだってかち割れそうだ。
むろんそんな真似はしない、出来ないことだから。出来ゃしないことは長くあたしの中に留めさせたりはしない。お籠りしてる処ではしてはいけないつまらないことだから。
旅に出されている様子が沁みてくる。
はじまった頃は、足を非日常に浸けてる感じがしていたが、こう毎日毎日毎度毎度のことなのでだんだんに慣れていく。慣れていくと、こちらが日常の有様であるように感じてしまう。半分は慰めでもう半分は自虐であっても。
大部屋で大勢の男と一緒のときも、二畳間にひとり膝を抱えているときも、毎度毎度は同じなので、ひとりとか大勢とかを区別する感じは出てこない。どの中であっても、仇と味方の区別はないのだとようやく辿り着く。闘いもなければゲームもないのだ。
荼毘に出されている様子が沁みてくる。




