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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU
第一章 北方攻略編

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第五十五話 北方平定作戦⑤

 





 爆発によって大地各所に空いた大穴、そこから流出した海水。

 先ほどまで荒れ狂う波に覆われていた地表は、いつの間にやら地盤が剥き出しになった荒廃した赤茶色の姿へと様変わりしていた。




 数時間前まで建物が乱立していたエルギンの街とは全く様相が違うものの、さりとて海原は消え去ったのだ。足元の脅威は完全に取り払われたと言える。




 それにより、残る脅威は豪雨と突風、落雷。

 十二分に危険な状況に変わり無いが、先ほどまで足場まで奪われていたことを考えれば、帝国の軍勢からするとまだ戦い易い状況になったと言えよう。




 ハルトやアンデルセンは再び大帝を強襲し、ポチ、ワトスン。そしてシェルターから無理矢理這い出てきた手負いのレンジやローラも大帝の脚元への攻撃を止めない。




 じわりじわりと巨大な敵へとダメージを重ねる一同。

 クモナもそれに応じて大帝の脚元へ展開した影を強化。大帝の機動力をより大きく奪った。




 世界の創造。大地を果てまで大海に変え、太陽を覆う程の曇天を生み出し、悉くを凪ぎ倒す嵐を呼び出す能力。この能力は無対策でどうにか出来るものでは決して無いだろう。

 さりとて、この力の行使は余程のエネルギーを消費するようで、流石の大帝も肩で息をし始めていた。




 気付けば嵐も弱まっている。雷鳴は時たま鳴り響くだけで激しさを落としている。

 それに加え、足場が戻ったことで帝国の面々の攻勢は勢いを取り戻している。




 反対に、動きがより鈍重になる大帝。元より万全の状態では無いと彼は感じていたのだが、エネルギーの大幅な消耗によって更に俊敏性が失われた。




 それは単に慣れぬ屍人の身体で甦ってしまったが故の不調なのか?それとも何かしら契機があっての不調なのか?大帝にそれはわからない。




 何にせよ、大帝にとって世界創造は奥の手であったと言うことだけが動かない事実だ。

 そこまでの反動なく使用出来ているように見えているが、如何に強大な大帝とは言えど多少の負荷はかかっていると言うもの。






 ーーーされど現在。大帝にとって肉体の負荷はそれ程に問題では無かった。




 否、動きが異常なまでに緩慢なのは由々しき問題ではあるのだが、近々の問題なのは、先の爆発をいつ仕掛けたのか、あれ程の爆薬をいつ用意していたのか。それがわからないことだ。




 大帝は爆発を全く念頭に置いていなかった。

 平時の大帝であれば、初撃の爆発によって“爆弾を生成する、或いは爆発を操る神格者”がいると認知し警戒するであろうものを、アナスタシアの能力によってマヤウェルの存在と初撃の爆弾を忘却させられていたために()()()()()()()()()のである。




 故に、それを知らぬ大帝は「どうしてシャーロックがあれ程までの爆弾を用意できたのか?」と見当違いの考察をしてしまい、答えが出ない。

 更に思考を煩雑化させていた。




 つまりは、『奇跡の神』の力は大帝にも十分有効であったと言うこと。

 シャーロックが立案した作戦通り、アナスタシアの能力が大帝の記憶を封じたのである。




 しかし、シャーロックの巡らせた計略はもちろんそれだけでは終わらない。

 何故わざわざ、アナスタシアの能力を使ってまでシャーロックは“爆発に関する記憶”のみを隠蔽したのかの答えはそこに存在する。




 シャーロックのもう一つの策略。それは…





(……くっ…、やはり、…おかしい…!!頭が重いのは懊悩からでは無い…!物理的に、まるで高熱に魘されている時のような重さだ!)





 最初の爆撃に練り込まれていた、“光の粒子”であった。




 最初の爆撃には()()の役割がある。




 一つは開戦の合図としての役割。

 帝国の面々など気にも留めていなかった大帝の意識を、強制的にこちらへと向けさせるための爆発攻撃。




 二つ目は頭部にて炸裂させることで、爆弾の内に凝縮させていた光の粒子を吸い込ませる役割。

 シャーロックとの戦いにてハルトが使用した技。光を粒子のように細かく周囲へと散布させることで、光の力を弱点とする屍人の肉体を内側から蝕む技術。これを大帝相手にも仕掛けようとシャーロックは考えていた。




 だが、何せ五十メートルを越える巨大な肉体だ。光の粒子を大帝に察されないように体内へ回すにはかなりの時間を要する。

 加えて世界創造能力。ここまでの嵐を引き起こされては、光の粒子の散布はまるで意味を成さなくなってしまう。




 よって、出来うる限り早く正確に、そして大帝が全く警戒していない段階で光の粒子を吸引させる必要があったのだ。




 だからこそ、マヤウェルが作成した特製の爆弾に光の粒子を仕込み、大帝へと打ち込んだ。更には、アナスタシアの能力でその記憶を自然な形で忘却させることによって、大帝が次の手段を取らぬように対策した。




 三つ目はまた()()()()を爆弾内部に仕込んでいたのだが、それが効果を発揮するのはもう数分後の話である。




 ーーー何にせよ、大帝の動きは完璧な形で鈍重化したのだ。この機会を逃す理由は無い。





「全員歯ぁ食い縛って畳み掛けろ!!」





 シャーロックの号令と共に、ハルト、アンデルセン、ワトスンが大帝の上半身へと猛攻を仕掛け、脚元のレンジ、ローラ、クモナも大帝の進行を止め続ける。




 腕を払い、剣を振い、肉体を押し出して前進せんとする大帝も今や劣勢だ。シャーロックの空気の固定も未だ健在であり大帝は腰辺りから仰反る。




 クモナが脚元を支配していることもあり踏ん張りがまるで効かない大帝は、危うく倒れ込みそうになる展開も散見される。

 このままの攻勢が続けば、大帝が大地へ倒れ伏すのも時間の問題だろう。




 体表には細かな裂傷が増えた。腕、脚、腹部。あらゆる場所に深い裂け目が増加。

 特に機動力のあるワトスンは環境が雷雨になってからでも動きがまるで変わらない。強靭な脚力は抜群な安定感を生み出し、地を蹴り、空を蹴り、大帝の肉体を足場にして縦横無尽に飛び回る。





「…くっ、コイツ…羽虫めが…!」





 他の面々の攻撃も猛威を奮っているが、現在の大帝が最も苦戦しているのはワトスンによる攻勢かもしれない。

 屍人の身体では血が流れぬものの、確かに肉体へのダメージが視覚的に判別できるようになってきたと言えよう。




 雷雨の中立ち竦む強大な大帝の表情にもどこか翳りが見える。

 先刻、ポチによって斬り落とされた左手も再生する様子が無く、現状の大帝は剣を握る右手だけの隻腕状態だ。




 そう。後はもう片方の拳を斬り落とせば、大帝の攻撃性能は大幅に落ちるのである。

 脚を取るか、腕を取るか。どちらにせよ、帝国側の勝利は後一歩のところまで来ている。






 しかし、当然そう簡単にはいかないのが現実だ。





 

(…ふぅ…、刃毀れが…かなり甚大、ですね…)






 そう。まずもってポチの剣は、先刻と同じ剣戟を繰り出せないだろう。何故ならば、ポチの剣は先程の左拳を落とした一撃によって若干の刃毀れが生じているからだ。




 それに加えて連戦による消耗。仮に大きなダメージを与える一撃を繰り出せたとしても、恐らく一度きりのチャンスになる。攻撃のタイミングは慎重を極めるだろう。




 更に消耗が激しいのは他五人。

 既に瀕死に近い状態のレンジとローラはもちろん、常に大帝の脚を縛り付けているクモナの消耗も激しい。影の力もかなり縮小傾向にあり、あと数分同じ動きが出来るかと言われれば疑問が残るところ。




 だが、それよりも危うい状況にあるのはシペトテックとマヤウェルの二人だ。




 シペトテックは大帝の攻撃を複数回に渡って防ぎ、いなし、どうにか大地の閉塞からも抜け出した。が、最早能力を使える状態にはシェルターも消滅。指一本たりとも動かせない程の重傷だ。

 大帝によって大地が海原に変わった際、ワトスンに救出される形で遠方のマヤウェルがいる場所に避難している。




 そしてマヤウェル。彼女は、最初の光の粒子を含ませた爆弾の生成。続け様に世界創造を打破するための爆弾の大量生成によって大きくエネルギーを奪われている。

 地中を鑿岩機のように掘り進み、所定の位置で大爆発を起こすようにプログラミングされた爆弾の生成は、マヤウェルの体力を大幅に減衰させた。




 それだけでは無い。マヤウェルが既に立ち上がれないほどに消耗している理由はもう一つ、重要な役目があったからだ。

 ーーーそれは、“大帝の剣”を模した爆弾の生成である。




 そう。最後の最後、大帝にトドメを指す手段は一同の総攻撃では無い。それではまるで足りない。とシャーロックは過去の経験から判断しており、以下の手段を取ったのだ。




 その手段とは、マヤウェルの能力によって生成した剣を完璧に模した爆弾。それにハルトの光の力を極限まで纏わせ、大帝の手に取らせる。そして大帝の尺度と同等のサイズまで剣が巨大化したところで起爆。大帝の肉体ごと全てを吹き飛ばすと言うもの。




 無論、それによる被害は計り知れない。大帝の肉体を一撃で粉砕する爆発となれば、帝国の面々が巻き添えを喰らうのはもちろん、エルギンの街そのものが消滅する規模になるだろう。




 なので、シャーロックが犠牲になる。

 全てのコストを使い空気の壁を何重にも、大帝の肉体を丸ごと覆うような形で張る。爆発による衝撃が固定化された空気のドーム内に収まるようにするのだ。




 能力的にも付近に待機しなければいけないシャーロックは間違いなく巻き添えを喰らうだろう。

 されど、この作戦でしか屍人である大帝を完膚なきまでに消滅させることは出来ないと思案した。




 即ち、優勢に見えて、帝国側もギリギリの綱渡りをしていると言うことだ。

 誰かの一手が欠ければ、或いは大帝が予想を越えた動きを見せれば、一気に状況は危うくなること必至である。





 ーーーそして、やはりそこは大帝。恐怖の権化。北方を半滅させた巨人。

 ここに来て、その意思が強大化する。





「…くっ…ぉお!おいコイツ!!ここに来て!どこにそんな力があるってんだよ…このデカブツがぁぁ!!!」





 クモナの悲痛な叫びと共に右脚を振り上げる大帝。影の収縮、拘束を振り切り、今一度更なる前進を目論む。




 一時的に脚を地面から離し、地響きと共に大地を踏み鳴らす。それに一同が目を丸くした次の瞬間、





「ーーーっ!!ワトスン!!!」





 矢継ぎ早に一瞬の隙を見て剣を振いアンデルセンを遥か彼方へ吹き飛ばしたかと思うと、続く柄の一撃がワトスンを地面へと叩き落とす。

 岩石と岩石がぶつかるような強烈な破砕音と共に、地上三十メートルの地点あたりにて滞空していたワトスンは一気に硬い大地へと叩きつけられた。




 その衝撃は地面を深く陥没させるほどで、クレーターの中央にめり込むワトスンの肉体は四散している。屍人の肉体で無ければ即死であることは間違いないだろう。




 それはアンデルセンも同じ。戦線を強制的に離脱させられるほどの速度で吹き飛ばされた彼の肉体は、衝撃と圧力によって全身の骨が粉砕していた。





「羽虫共…。この我は、例え小さき羽虫であろうと、立ち塞がるのならば徹底的に踏み潰そう。貴様らの息の根は全力を持って、確実に止めてやる…」





「っ、まずい避けろ!来るぞ!奴の攻撃が!!」





 が、息つく暇も与えず、空気の壁を押し破って大帝が剣を振り下ろす。

 シャーロックの声に続く形で大地へと振り下ろされた剣戟を、一同が防ぐ手立ては一つも無い。




 ハルトも、アンデルセンも、攻撃のタイミングを測っていたポチも。誰も彼もが一時退避する以外の選択肢を持たなかった。




 大地が震え、大きく割れる。けたたましい破砕音が地割れの到来を予見する。荒廃していた地平がまた更なる破壊状況へと変貌する。




 …優勢だったはずの状況が、徐々に徐々に揺らぎ、最初の頃の均衡に戻りかけてしまう。





「…、おいおい、おいおいおい!やばいぞ、こりゃあれだ!さっきと同じ感じだ!!」





 そして激しく吹き飛ばされボロボロのアンデルセンが気付く、再び発現した環境の変化。

 世界創造(アルスカパリ)の再来。




 先ほどよりも規模は衰えているものの、地割れ部分から大地に海水が流出し始める。

 それどころか、まるで大帝の怒りを具現化するかの如く海水に混じって赤黒い溶岩まで噴出し始めた。




 大地の各所、先ほど爆弾が炸裂して空いた大穴から今度は溶岩が噴出する。まるで活火山の火口が地平に発生したかの如く、地上数十メートルの地点まで勢いよく噴出しては、赤く、黒く、ゆっくりと大地を染め始めた。




 それは地獄の再訪。絶望の帰還。

 これ即ち、追い込まれたかのように見えた大帝が再燃したことを意味している。





「…我を誰だと心得る?我は大帝、イヴァン大帝。この世を統べるに足る無敵の王。貴様らのような存在は幾度となく打ち滅ぼしてきた。返り討ちにしてきたのだ。そうだろう?シャーロック」





(……くそっ、これだ。この大帝の強さ。肉体の強さ、巨大さ、能力の規模!それら全てを底で支える盤石で強靭な意志!傲慢とは違う。例え自分より敵が弱くとも慢心もしない。ひとえに、圧倒的な自我!!)





「さぁ、まだまだやれるんだろ?まだ手札はあるんだろうシャーロック?よもやこれで終わりとは言うまいよ」





「はっ、まさか…な!」





(…と、言ってみたものの、さてどう出る?作戦を早めるか…?しかし影の拘束も抜かれ、空気の壁も容易に越えてくる…。確実に決めきれなければ次は無いぞ…)





 全員、既に限界を越えている。誰も彼もが城内の戦闘からの連戦続き。最早その肉体は気力だけで動いているに過ぎない。

 これ以上の継戦。それは間違いなく不可能であろう。




 影の力による脚部の拘束。シペトテックの援護、爆弾による能力の一時的な踏破。度重なる剣戟のダメージ。ワトスンの撹乱、アンデルセンの猛攻。ポチが斬り落とした左拳。

 そして光の力による体内への攻撃。動きの低下。




 既にあらゆる手を尽くしたこの状況。

 しかしながら、今一度大帝の動きを止めるためには後一手。後一手の何かが必要なことは確かだ。




 問題は誰がその一手を担うか。誰がその命を賭すか。

 それが明確にならない限り、ものの数分で帝国側は敗北する。




 ここまでの全てが無に帰すまでの猶予は、残りわずかである。







 ============






 …あぁ、何も…うまくいかなかったな。




 結局、私が望んだことは何一つとして結果にならなかった。




 後悔の連続だ。失策の繰り返しだ。躓き、蹉跌を二度と起こさんと奮起し、また同じ過ちを犯す。




 冥府とは、悔恨を感じ、憧憬を目に浮かべる場所だが、しかしまさか、冥府を司るこの私がその代名詞になってしまうとは。なんとも皮肉なことだ。




 私の力が足りず、妹を父の手から救えなかった。

 私の力が足りず、弟を暴徒の手から救えなかった。

 私の意志が弱いから、何もかも果たせずに死の淵に追いやられた。




 私に力が宿ったのは弟が死んだその後のことで、妹と再会した時も道を違えた後のことだ。

 妹の説得に心を動かされたとて、父を甦らせた後であればなんの意味も無い。結局揺らいだ支配力は背信を招き、私も、この国も、守りたかった弟も妹も、全てこのザマだ。




 目的を一つも果たせずに、惨たらしく地に伏せる。

 消えゆく意識は、ただ悔恨と懺悔の情だけを孕んで空中に消える。




 あぁ、本当に。なんと惨めな人生か。

 私は常に、何をするにしても遅すぎたんだ。




 数多の犠牲を生み出し、それを正当化し突き進んでも、結果がこれでは目も当てられない。

 結局、私の人生は何も生み出さなかった。それどころかむしろ、過程で厄災だけを引き起こして死ぬんだ。




 歴史に名を残す侘しさ。憎み、疎み、あぁはならないと決めた父の姿に、私の姿はよく重なるだろう。

 否、それよりも酷い。それよりも、きっと数段酷い。




 弱いくせに、身の丈に合わぬ野望を抱くとこうなるんだ。

 それを死の淵で学んでも、何の意味も無いと言うのに…







「…ーー様!おねぇ、様!!起きて!!目を開けておねぇ様!」







 遠くで、私の名を呼ぶ声がする。

 聞き間違えるはずのない愛した妹の声がする。




 涙ながらに叫ぶ妹の声。これはきっと夢ではなく現実なのだと、朧げな頭で理解する。







「目を開けてくださいおねぇ様!こんな終わり方…、まだ私!まともにおねぇ様と話してすらいないのに!!」






 それは…出来ないだろう。




 もう私には生きる理由が無いのだから。生きる資格も無い。何をしたって、もう私が許されることは無いのだから。

 それだけのことをしてしまったのだから…。




 それに、仮に私が目覚めて何になるのか。私にはもうどうする力も残されていない。




 懺悔をしようと、声を張り上げることすら叶わない。

 償いをしようと、一人の力で立つことすら叶わない。




 私はもう詰みだ。私の人生は、何も成せずにここで終わることが確定している。

 惨めに、孤独に、一人地に伏す以外に選択肢は無い。






「…お願い…、私…、私まだ!!おねぇ様とお話ししたいの!!おねぇ様に話したいことがたくさんあるの!!!」






 ………だけど。だけども。




 ただの一度だけ、誰かの声に応えれるのだとしたら。

 それが愛する妹のためだと言うのなら。




 私が、今一度目覚める理由にはなるのだろうか?




 今更許されようとは思わない。生きながらえようとも思わない。




 けれど、最期の最期に、死にゆく自分の最期の悪足掻きを、命の燈を。

 全てを妹のために使えるのだとしたら、たったそれだけは、後悔の無い選択をしたと言えるんじゃ無いだろうか。






 ………ならば、もう迷うことは無いか。

 途方もなく長く感じた短い人生の中で、私がたった一度だけとる最善の選択。




 それは、私がここで。妹の声に応えて身体を起こし、最後の力を振り絞り、




 ーーー()()()()止めることだ。






 ==============







「ーーーっ、はっ…な、…何故だ…身体が……」





 再び動き出し、その進行を確かなものにせんと帝国の軍勢を蹴散らした大帝。




 その歩みは確固たるものであり、とっくに打つ手が無い、防ぎようの無い攻勢であると言えた。




 大地はまたしても変貌する。溶岩の噴出、荒れ狂う大波。規模は先程より劣れど、結果として大帝の意志は衰えない。




 肉体にどれほどの癒えぬダメージを負えど、その凶暴さが減衰することは無い。

 異常なまでの胆力が、再三帝国の面々に向かって牙を剥く。




 と、思われたその時。大帝の歩みはまるで時間でも止まったかの如くピタリと静止した。





(何故だ…、動きが、鈍いのでは無い……。これは…、身体が……、…動いていないっ!!指一本も動かせない!!)





「ま…さ、か……、この支配力!!この強制力!!……この力は…!まさかっ!!」





「………私は、あなたを甦らせた責任がある。……だから私が、この手であなたを沈める…責任がある…」





「っ!!!…貴っ様ぁッッ!!!!」





 大帝の怒号が大気を走る。怒髪が文字通り天に昇る勢いで立つ。

 青筋を眉間に浮かべ、この上ない怒りを面に出し、己が娘に対する感情としては逸脱したソレを階下に向けて発する。




 いつもそうだった。マリアは、常に彼の思惑通りに動かなかった。




 彼女の神格者としての能力は、彼が存命中には覚醒しなかった。期待に応えることが無かった。もしも覚醒していたならば、北方大戦はまた違った結末を迎えていたかもしれないと言うのに。




 口惜しさが加速する。あろうことかそんな存在が、自分自身を甦らせるとは屈辱以外の何物でもない行為だ。

 更にはそれだけでは飽き足らず、またしても反旗を翻してこようとは。




 あまりにも暗愚で、浅慮で、蒙昧。滑稽、笑止、烏滸がましく、浅ましい。

 非才であるにも関わらず驕った考えを巡らす迂拙さ。極め付けに非力な女だ。




 これ程までに憎らしいことは無い。これ程までに生んだことを後悔したことは無い。

 よもや自分の血が少しでも彼女の肉体に流れていると思いたく無い。




 これを後悔と言わず、何と呼ぶべきか。

 そう大帝は心中にて反芻する。





「貴様は…!どこまで我の邪魔立てをすれば気が済むのだ!!」





「私は…。ただの一度も、…心から、あなたに従ったことなんて無い。私の心は…常に、弟と妹と共にあった……。それだけは事実…」





「甘えたことをッ!貴様は汚点だ!!我の人生における数少ない汚点の一つだ!!我が娘と思い、最大限憂慮してこの有様だ!!貴様を殺さねば、我は前には進めん!!」





 大帝が、万力を込めて支配を振り払い、勢いそのまま大剣を振り上げる。

 振り下ろす目標はただ一つ、マリアである。最早大帝の双眸は帝国の面々を微塵も捉えていない。




 屍人の主人たるマリアの支配力。それは彼女の精神性と、基礎体力等に依存するもの。

 瀕死に近い状態の彼女では、もって数秒の強制力しか無いだろう。それどころか。大帝程の強靭な意志を持つ相手であれば、絶対的な支配力もある程度弱まってしまう。




 如何にしても、マリアにやれることは限られている。

 もっと言えば、彼女の出現によって大帝は遂にその本領を発揮せんと戦慄いているのだ。




 今までが本気で無かった訳ではない。大帝は己が道に立ち塞がるものへ一切の手心を加えない男だ。




 しかし、今度ばかりはその尺度では計り知れない怒気だった。

 ぶつける先が一つしか無いその憤懣はやがて怨嗟へと形を変え、大帝に我を忘れる程の激情を抱かせる。




 もしこの支配力が完全な形で緩んでしまったのならば、今度こそ地平は地獄の有様に変わるだろう。

 先刻の世界創造とはまた一線を画した最大級の環境変化。下手をすれば雨粒一つ一つが毒となり致命傷になり得るかもしれない。







 ーーー故に、この瞬間をポチは見逃さなかった。







「ーっ、!ぉっ、ォオオオオオオオオ!!!」






 ポチの最後の剣戟が、大帝の右手の腱を断ち切った。




 咆哮と共に落ちる大剣。ぶらりと力を落とした右手。

 遂に帝国軍の軍勢は、大帝の手から剣を手放させることに成功したのである。




 脚元に落ちた大剣が音を立てて浅い海原へと沈む。

 元より成人男性の二倍程度の大きさを持つ刀剣だ。大帝の手から離れたことによって元の大きさへと戻りつつあっても、浅い荒波ではその全長を隠すことは出来ない。




 しかしそこでクモナの力が発動。大帝の視線がマリアへと向かっている内に、影の力で地面の底へと大剣を収納。そして間髪入れず、影の収納から別の武具を取り出す。

 マヤウェルが生成した偽の大剣だ。大剣を模した爆弾をその場へと発生させた。





「貴様ら、なんぞに…!我を、この我を止められると思うなよ…!!この我の激情を、ぽっと湧いて出てきたような貴様らに!止められると思うなッッ!!!!」





 激情に呑まれた大帝がそれを知ることは無い。




 アナスタシアの能力で記憶を部分的に消し去られ、マリアの能力で肉体の自由を縛られている大帝は、よもや大剣が爆弾にすり替えられているとは少しも思わなかった。




 ここに、大帝の血を引く二人の姉妹の力が長き時を経て合わさったのである。




 やがて大帝はポチによって切断された右手の腱に噛みつき、まるでホチキスで留めるかの如く無理矢理に拳を繋ぎ止めると、そのまま溶岩と海水が入り混じる脚元へと拳を突っ込んで大剣を手にする。




 ーーーそして二メートル程の大剣が大帝の尺度に合わせて巨大化し、再び四十メートル程の大きさに戻った。





「支配するのはこの我だ!!暗愚な娘よ!断じて貴様なんぞでは無い!!

 北方も!!世界も!!この、我自身も!!誰の手にも渡すものかァアアアッ!!!!!」





「ーーーそうだな。だったらしっかり、その剣を握っててくれよ?もう二度と手放さねぇようになぁ」





「シャーロック!!貴様何をっ!?」





「あぁ?俺も例に漏れず枠外の存在だからなぁ。お前と一緒にぶっ飛んでやろうと思ってなぁ。ま、それじゃあな」







 直後。世界から一瞬、音が消え、暴虐の光が一同の視界を満たした。




 大地が怖気付いたような衝撃的な音。震え。天を破るほどの暴力的な揺さぶり、物質の融解。






 ーーー爆発が、大帝を覆った何十層もの空気の膜の内側で炸裂したのだ。








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