その日、少女は
その日、少女は太陽を見上げた。
不思議で、歪な形をした太陽。丁度人の形を模したような太陽。
煌々と光るそれを、少女は随分と長い間見上げ続けた。
地を這う白色は辺り一面が荒廃した土地であることを示す。見れば瓦礫の山に立つ少女も傷だらけで、立っているのもやっとの様子だ。
しかしそれでも少女は目を離さない。両の脚で立ち、柔らかく肌を走る陽射しにほんのり顔を赤らませながら、むしろ誇らしそうな表情さえ浮かべる。
そうしてしばらく立ち尽くした後、何かに納得したのか、少女はくるりと反転しその場を後にした。
満足げに歩を進める少女の明日を、おおらかに構えた太陽は静かに、穏やかに照らし続ける。
そうこれは、何者でも無かった青年が誰かを照らす存在になるまでのお話。
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「そうして、世界に平和は戻り、人々は幸せに暮らしましたとさ。おしまい。ーーーさ、どう?眠たくなってきた?」
「んー…うん……ちょっとだけ…」
母さんは、いつも寝る前にこの退屈な昔話を聞かせてくれた。
かつてこの世界が悪魔に侵略されそうになった時、神々が選ばれし人間たちに力を与えた。その力で、勇敢な人間は悪魔に立ち向かい見事世界を守り抜くことに成功。
その後も神に力を与えられた人間はどの時代も平穏を守るために戦い、今では『神格者』と呼ばれ崇敬を受けている。めでたしめでたし。
的な話。
まぁ退屈だからいつもすぐに眠くなってしまったし、最後まで聞き通せたのは片手で数えられるぐらいなもの。だからあまり詳細には覚えていないのだ。
だってそうだろう。自分とは関係のないことなんだ。
そりゃその英雄がいたから今の世界はあるのだけれど、俺は普通の人間だ。やれ神格者だ。やれ悪魔だと言われても実感が湧かないのは当然。つまり自分の人生に関係のない意味のない話。とも言える。
が、しかし。ある時を境にこの話は俺にとって意味のあるものに変わった。
それは、母さんの日記を覗いてしまったあの日。
それまで俺は、自分は片田舎で生まれた平凡な人間で家族は母さんだけ。と思っていたんだ。いや、正確には父親がいたということは知っていた。知っていたけれど、父さんの話をしようとすると母さんが哀しそうな顔をするから、いないものとして考えることにしていたんだ。
とにかく自分はただの一般人。田舎で母さんと二人で暮らしていければそれでいいだけの存在。自分はそういうものだと思っていた。
だけど、俺が生まれてからの毎日を書いた日記には、自己認識を一瞬で書き換えてしまうほどの単語がところどころに並んでいて、
「帝国……英雄……。光の……神子?俺の、父さんが…?」
帝国。世界最大の国家であり、世界最強の兵力を有する“神格者が統治する国”。そこに父さんは属していたらしいのだ。
日記から読み取るに何らかの戦争で殉職したようだが、その戦争後父さんは英雄として敬仰された。つまり俺は帝国の英雄の息子であるということになる。
だが、重要なのはそこじゃ無かった。当時の幼かった自分でも気付く不自然さ。
何故、英雄である人間の家族がこんな片田舎で暮らしているのか。何故帝国の庇護下にいないのか。母さんは何を知っていて何を隠しているのか。
それに、神格者の能力は子に伝承されることが多いとも言う。もし、そうだとすれば、平凡な人間だと思っていた俺は一体?
そもそも何故光の神格者では無く光の神子という名称を母さんは使っていたのか?
あの時、一気に深い霧に引き込まれたような気分だったのを覚えている。
秘密だらけ、疑問だらけ。元々好奇心旺盛な俺は気になってずっとモヤモヤした。
解決する選択肢はひとつだけだったけれど、それをする勇気も無いし覚悟も無い。仮に聞けたとして、その後自分が今まで通りの人生を歩める自信も無い。
そうして、確かそんなことを考えながら俺は日記を元の場所にそっとしまって眠った。
何か胸にモヤがかかった気がしたけれど、不吉な予感がしたけれど、今日見たこと知ったことは何も無かったと自分に蓋をして、今まで通り平穏に生きようと思ったんだ。
だって真実を知ることより、母さんと幸せに生きることの方が重要だったから。何よりも波風の立たない今の平穏が大事だったから。
ーーー平穏が崩れたのはそれからすぐのことだった。
「母さん!母さん!!」
「…生きて。ハルト。あなたは私たちの大事な大事なひとりの息子…」
「っ、だから!一緒に逃げようよ!!母さん!!!」
「ごめんね…それは出来ないの…。これからは、あなたの…好きなように生きて…。運命があなたを引き裂こうとも、世界にはあなたを助けてくれる人が必ずいるから…」
「何言ってるかわかんないよ母さん!一緒に来てよ母さん!!」
ーーー母さんが何者かに殺されたのは、俺が日記を覗いてしまった数日後だったっけ。
襲撃してきた人物の顔を見て一瞬硬直した母さんだったけど、最終的には俺を逃すため殿になって死んだんだ。
村で唯一交流があった母さんの元同僚に連れられどうにか逃げ仰た俺は、その事実が決して夢では無いことを頬の返り血で理解した。
同時にボヤけていたあらゆる点が線で繋がる感覚を抱く。
きっと、俺は何かしら特別な力を持っているのだろう。きっと、帝国に敵対する誰かからすると重要な人間なのだ。
だから、父さんの存在を俺は知らされなかったし、母さんは帝国から離れて俺のことを育てようとした。俺が戦乱に巻き込まれないように、平穏に暮らせるように、帝国の力を借りず、帝国の情報を一切明かさず普通の子供として俺を育てようとした。
そして母さんはそこを狙われて死んだ。つまり、
ーーー俺のせいで母さんは死んだ。
「ハルト……お前の辛さはよくわかる。お前の悔しさはよくわかる。ただ、今はそれどころじゃ無い…。お前はもう巻き込まれてしまった。これから更に過酷な運命がお前を襲い続けるだろう。
ただ、手段は二つある。帝国に行き、匿ってもらうか、存在ごと抹消するかの二択だ。俺の力を使えばお前を世界から隠匿することが出来る…。少なくともお前を向こう数年生かすことは出来るんだ。だが、それは…」
「……いいよ。…やってよ。俺は…もう、いいんだ…。俺は何も望まないから!せめて、もう誰も俺の周りからいなくならないで…!」
「……そうか…。物分かりが良すぎるな…。父親譲りか…」
そうして、俺は自分が生まれ落ちたデータも、今まで生きた痕跡も、俺が父さんと母さんの息子という情報すらも消去して平穏を手に入れた。
元々無いものは誰も証明出来ない。元々生まれていないはずの俺を世界は認識できない。当然誰も彼もが俺のことを知り得ない。
しかし俺が欲をかいては、折角消した情報も世界に甦ってしまう恐れがある。だから承認欲求も、社会的欲求も、あらゆる欲望を捨てた。
好奇心も探究心も封じた。
何か食べたいと思うものがあっても我慢した。どこか行きたいところがあっても留まった。知りたい情報があってもその我欲を押し殺した。とにかく、人に与えられて然るべき殆どの権利を投げ捨てた。そしてそれと引き換えに人生の静謐を得たんだ。
そうして俺は、世界でひとりぼっちになった。
前の投稿から一年。書き直します。
頑張るぜ!




