アーティフィシャル・デイヴァイン 17 何回予定が狂うんだ
タタラズさんたちとつかの間の休息を取ってすぐ、地下の鍛冶室へと入る。
大きめのテーブルに広げられた紙へじっと視線を送る男――ミュラーさんが沈黙したまま、立っていた。
「ミュラーさん、おはようございます」
「アーナズか。おはよう」
あいさつは交わしたものの、微動だにしない。
「トールのほうはどうだ?」
「奥さんは助かりましたよ」
「そうか。それはよかった」
「ええ、俺もそう思います」
さしものミュラーさんでも、彼らが心配だったらしい。
いつも何を考えているかわからないむっつりとした顔だが、実はすごく優しい人間だということを、俺は知っている。
「ところで、問題が生じたと聞きました」
「ああ、説明しよう」
すぐに本題だ。どきどきしてきた。
「今回、メテオナイトではなく、『星異界ノ雫』を使用しての修復となったわけだが、強度が足りない」
「強度が足りない?」
「当初はミスリル精髄銀で外殻――つまり神剣の器を補おうと考えた。だが、『星異界ノ雫』は出力が巨大すぎる。あくまでも試算ではあるが、ミスリル精髄銀ではもたないだろう」
……なんてことだ。莫大な魔力を生み出す秘宝がかえって仇をなしたらしい。
「これを見てくれ」
彼が指した先は、テーブル上に広げられた紙だ。
様々な数字が蟻の大群みたいに書き込まれていて、理解が追いつかない。
「……すみません。初めて見る数式ばかりです」
「そうか。ならばざっと話そう。仮にメテオナイトの魔力数値を『百』とする」
「ええ」
「『星異界ノ雫』はおおよそその百倍の『万』となる」
絶句だ。
アダガンドへ来る前、メテオナイトでさえ十億アーサルほどの値段だと聞いた。その百倍だなんて、想像できない。
「ちなみに……巨魔大晶の魔力量はどのくらいですか?」
「魔晶石の塊か。サイズにもよるが」
「俺が見た物では、大人一人分くらいです」
「ふむ。直径で言うと二メートル弱だな。数値で表すなら『三十』といったところか」
ビッグウッド山で見た物はそんなもんなのか。移動要塞のものはもう少し大きかったし、『五十』くらいかも。
しかしまた『星異界ノ雫』のとてつもなさが浮き彫りになってしまった。
「わかりました。つまり、『星異界ノ雫』は使えない、ということですね」
「使うのであれば、ミスリル精髄銀よりも硬度と柔軟性に優れ、かつ魔力に対する適正のある物質を探さねばならないだろう」
思わずため息が出そうになる。ここまで来て修復はかなわないのか。
「あるいはメテオナイトをもう一度探すか……どちらにしても当てはない」
「ええ、難しそうです」
「おいおい、おめえさんら、暗い顔してんな」
「ガネハ、少しは気ぃ使えよ。大問題だぜ」
タタラズさんとガネハさんが降りて来る。
「金属で言やあ、オリハルかヒヒイロカネを探すしかねえだろうな」
「オリハルなんざ、伝説上のモンじゃねえか」
「わーってるよ。つまりそれくらいでしか補えねえってこった」
「ヒヒイロカネも同様だな。ホーライにあるとされているが、これもまた伝説上の金属だ。実際に存在しているという話は聞いたことがない」
万策尽きた、ということかもしれない。
だけど、一つだけ思いつくことがあった。
「タタラズさん、マグナダイトはどうでしょうか」
マグナダイトは別名『山の集中』と呼ばれる、伝説級の代物。俺が背負う黒蛇竜の盾の素材でもある。
使わない分はタタラズさんに預けていたのだ。
「すまねえが、もうねえんだ。余ってんのはせいぜい手の平程度のモンだな」
黒蛇竜の盾の作製とその後の修復に使い、なくなったそうだ。残念すぎる。
「もしもあれば、どうです?」
「マグナダイトの元はミスリルだ。気の遠くなるほどの長い年月によって、様々な成分が流れ込み、また大地の圧力によって凝縮された奇跡の金属と言われる。君の想像通り、親和性は極めて高いだろう。強度にしてもミスリルのはるか上……現状では最良の選択だと言える」
彼は、しかし、と言葉を続けた。
「希少さで言えば、メテオナイトよりも珍しいものだ。それを今から調達しようというのか?」
「つうかミュラー、おめえ、なんでそこまで知ってんだ。技師の前は鍛冶屋でもやってたってのか?」
「ガネハの親方、それは違う。魔導具の素材になるものについて一通り学んだだけのことだ」
それにしたって詳しすぎる。
しかしながら、調達は可能だ。
それは――
「タタラズさん、黒蛇竜の盾を使っても?」
「坊主、おまえさん……」
彼は驚いている。
「申し訳ないです。この盾はあなたの傑作なのに」
何度も命を救われた。【神格】の攻撃すら防いだ。黒蛇竜の盾は、まさに俺の相棒だったのだ。
だけど、使う。なんの犠牲もなく大事を為せるなんて、思っちゃいない。
「そいつは本気か? 坊主」
声を上げたのは、ガネハさんだ。
「その盾……タタラズが作ったとは思えねえほどの最高のモノだぜ? 【神格】を修復するのだって、できるとは限らねえんだ。それに使っちまおうってのか?」
鋭い目つきでにらまれる。でも、引けない。
俺はタタラズさんの言葉を待った。
そして。
「ガネハ、おめえ、おれっちをいま褒めやがったな?」
「……ちいっ、口が滑ったぜ」
「ふん……兄弟子のおめえにゃあ一度も褒められたことなんざなかったが……」
どことなく嬉しそうだ。
「なあ、坊主。おれっちは鍛冶師だ。その盾の所有者じゃねえ。決めるのはおまえさんだ」
「タタラズさん」
「それによ、黒蛇竜の盾は無くなるわけじゃねえ。形を変えておまえさんの役に立つんだ。いいじゃねえか、もっとすげえ傑作にしてやる」
言葉がない。
「で、ミュラーよ。マグナダイトならいけそうか?」
「可能性は高い」
「うし、じゃあ取り掛かるか。ガネハ、いいな?」
「おめえがそう言うんじゃ、やるしかねえだろが。坊主、おめえさんの本気はわかった。命を張らせてもらう」
一時はどうなることかと思ったが、解決できそうだ。
彼らはすぐさま、再度の試算に臨み始める。
さて、あとは納期についてなんだけど。
できれば早いほうがいいんだよな。五日後には出る予定なんだし。
でもさすがに五日は無理か。一週間くらいでなんとかならないだろうか。
「あのー、すみません。出来上がりはいつくらいになるでしょうか」
「ん? そうだなあ……」
「坊主、急かすんじゃねえよ」
「しかしですね、実は五日後にガラルへ発つつもりでして」
「い、五日!?」
「無理でしょうか」
「短かすぎんだろ!」
「ミュラーさん、どうでしょう」
「ふう……アーナズ、よく聞いてくれ。鍛造はまだしも、これから神剣ハルペリアを解析しなければならない。どれくらいの期間が必要なのか、その計算も今からしなくてはならないんだ」
「そうですか……では一週間でどうでしょう」
「……」
「……」
「……」
驚きと呆れと、あと少しは怒り。感情がブレンドされている。
「あなたたちは俺が知る中で最高の職人たちだ。できるはず」
「しかしだな」
「正直、時間も余裕もないんです。俺も手伝いますから、なんとかしましょうよ」
「おい……」
「お三方なら、すごいものが作れるはず。タタラズさんも言ってたでしょう。師匠を超えたいって」
「ちょっ……」
「あーん? タタラズよ、おめえ、おれ様を差し置いて、んな生意気なこと言ってたのか?」
「言うだけなら別にいいだろが」
「あなたたちは、世界中の誰もが無理だと言うはずの注文を受けてくれた。できないとは言わなかった。だから俺はそれを信じました。やはりできない、とは言わないでしょう」
「ぐっ……」
「なんだこの坊主……いちいち挑発しやがる」
「アーナズ」
頭を下げる。なりふり構っていられない。
「ディジアさんとイリアさんを助けたいんです。だから、おねがいします」
「……一週間か。こりゃ寝れねえな」
「ふん……ガキに舐められてたまるか。やるぞ、タタラズ」
タタラズさんとガネハさんは、やってくれるみたいだ。
そしてミュラーさんは、俺の肩に、がしっ、と手を置いた。
「さきほど、自分も手伝う、と言ったな?」
「ん?」
「言ったな?」
「え、ええ」
顔がこええ。
「君は注文主だが……最後まで付き合ってもらおう」
あれー?
自分で手伝うと言っといて、なんだか帰りたくなってきたのですが。




