ドーン・イン・フォールン 9 『狩猟月』
「奴らは寄せ集めの軍に過ぎん! 突撃だ! エーギル家の矛を叩きつけよ!」
大河上でいまだに燃え続ける船たちが、明かりの代わりになる。
敵対するエーギル家の戦士達は獰猛な表情をあらわにし、号令の下、雄叫びを上げて突撃を開始した。
「ジェラルド長官! 無理に進むな! その場を死守! パスカル卿は右方より突き崩してくれい!」
大慌ての侯爵は、彼自身の様子とは裏腹に的確な指示だ。【才能】が発揮されているんだろう。
ダメオン侯爵の【才能】は『防衛本能』という恐ろしいモノ。敵に回したくない力を持っているのだ。
双方の軍が激突。
剣や矛を交える音が響く。
「おまえたち! マクシミリアンを頼んだぞ!」
「お任せを!」
「ご子息とともに! 行くぞーーーーーーーーー!」
兵士数だけを見れば、こちらがわずかに上回る。
ただし、やはりこちらは寄せ集めだ。決して有利ではない。むしろ不利だ。
しかも両軍ともが縦に伸び、自由に動ける状況ではなかった。
だとしたら、次に来る攻撃はわかっている。
「アテナ、シールドだ。魔法士は障壁が解除された瞬間に撃ちまくれ。テイラー夫妻」
「ハイマス、どうした」
「特別な仕事?」
「隊長かもしくは指揮官クラスを判別し、攻撃を」
指示を出せる者への狙い撃ち。
二人の腕を信頼してのことだ。
不利を覆すには、適切な対処がいる。一手もミスれない。
「行きます。≪硬障壁≫」
「≪シールド・オブ・イージス≫」
二つのシールドが展開され、直後に敵軍から大量の矢が飛んでくる。
間一髪セーフ。矢は全て遮断。しかし。
「隊長っ!」
「なんだいまの矢は!」
一本の矢が二重のシールドのすき間を縫い、飛来。
前列で指揮をしていたこちらの部隊長を射抜いた。
「どうやらやり手の弓使いがいるみたいね」
「ああ、あの矢、軌道が変わりやがった」
テイラー夫妻の目つきが変わる。
たしかにいまのは、俺とアテナのシールドのわずかなすき間を抜けてきたように見えた。
こっちと同じことを考えるヤツがいる。しかもありえない手練れだ。
「ハイマス、いまの奴、任されていいかしら?」
「わかりました。おねがいします」
ダグマさんとアニャさんが弓を構えた。
「シント、あたしらも行くかい?」
「まだ道は空いていないから、もう少し待つよ」
それに、敵には看過できない飛びぬけた射手がいる。そいつが健在なままでは、動きたくない。
カサンドラやグイネヴィアさんをはじめとした前衛組には、その場の守りをしてもらう。俺たち魔法士はそのサポートだ。
奴らの切り札であろう機械兵はまだ動いていない。戦況がどちらかに傾いた時、投入されるのは疑いようがないだろう。
ダメオン侯爵もダヴィド・エーギルも慎重に状況を見ている。
こちらの前衛である憲兵隊が崩れるのが先か。あるいはパスカル卿が敵軍を崩すのが先か。
「ぐおあっ!」
また一人、こちらの部隊長が矢で貫かれる。なんて腕だ。どこから撃っているのか、わからない。
「ダグマ!」
「ああ! 見えた!」
ダグマさんが一射。矢が空を切り裂いて飛び、奥の方にいる射手の一人を撃ち貫く。
「いけ! アニャ!」
いまので倒したわけではない?
アニャさんはまばたきすら忘れた様子で、敵軍をにらみつける。
呼吸の後、放たれる矢。
しかし、向こう側からも矢が飛んでくる。
二つの矢は戦場の中ですれ違い、わずかに軌道を変化。
障壁はもう間に合わない。動きかけた俺をかばうように、ダグマさんが前に立った。
「ぐあ!」
叫びを上げたのはダグマさんだ。彼は妻を守り、肩に矢を受けた。
「ダグマさん!」
「だ、だいじょうぶだ。わざとここに当てた」
それにしたって痛そう。
「抜きます。シスター・セレーネ、≪リジネ≫を」
「はい!」
一気に引き抜く。ダグマさんは顔をしかめ、叫び声を抑え込んだ。
「アニャ」
「ええ、やったわ。手応えあり」
弓矢合戦の勝敗はテイラー夫妻の勝利に終わる。それを証明するかのようにあの厄介な矢は飛んでこなくなった。
「しかしいまなにを? ダグマさんが射貫いたのは……」
「お? ハイマスがそんな顔するなんてな。おれたちも中々のもんになったってことか」
そんなことはない。二人にはいつも驚かされている。
「ダグマの【才能】で相手の位置を探ってもらったのよ」
「たまに使う手さ。おれが撃った左に、本命がいる。で、アニャが狙撃」
思わず感嘆の声が出た。
「ダグマさんは後方で手当てを。俺たちは行きます」
「手当はいらない。もう肩は動く」
「ええ、ウチの夫はこんなくらいじゃ止まらないわ」
頼もしすぎる。急に血が燃えてきた。
「ガディスさん! クロードさん!」
こっちの番だ。攻めに転じてやろう。
「二人は俺についてきてくれ! カサンドラとグイネヴィアさんは道を空けろ!」
「ああ! 行くよ! あんたたち!」
「それを待ってたじゃーん!」
ガディスさんとクロードさんがうなずき合い、俺の左右へ。
アリステラを中心とした魔法士たちが援護を開始。猛烈な魔法が前方を崩す。
「ジョルジオ! ついてこい! 弓兵隊を叩け!」
「おう! タッド! へばってんじゃねえぞ! さっさと来い!」
「うひえええええええええ! もうやけくそだ!」
カサンドラとグイネヴィアさん率いるメンバーが突っ込み、空いたスペースを駆け抜ける。
道を塞ごうとする兵士はガディスさんとクロードさんが蹴散らし、前へ。
「アークスを好き勝手やりやがったな! うおらあっ!」
ジョルジオの拳がうなる。
手甲で包まれた拳打はいとも簡単に敵兵を吹き飛ばした。
これで厄介な弓兵は鳴りを潜めるだろう。
援護を受けた俺たちは敵陣を切り裂き、最短で真っすぐにダヴィド・エーギルの元へ突き進む。
「ん、折れたか」
激しい戦いの中でガディスさんの長剣が折れた。しかし彼は少しも動揺することなく、足元の斧を拾い、振るう。
長年使っていたかのような慣れた動作で斧を叩きつけ、敵兵を血の海に沈めた後、投げる。次は矛を足ですくい上げ、掴んだ瞬間に薙ぎ払い。
これぞまさに『万士』。どんな武器でも彼の強さを損なうことはありえない。
もう一方では、クロードさんが躍動する。
流れるような剣さばき。次々と男たちを叩き伏せた。
「こういった場では槍のほうがいいですね」
いつもの口調で槍を拾い上げ、構える。
爆発的な魔力。いや、闘気。
突きの連打から跳躍し、敵兵の集団めがけて打ち下ろす。
地面が揺れ、衝撃が伝わる。
相手だって雑魚ではない。しかし、彼の一撃にまとめて吹き飛ばされ、一番端にいた者は大河へ落ちた。
『三又槍』の異名を持つ男は、剣、槍、斧を使いこなし、敵を寄せ付けない。
猛攻にひるみ、下がる兵たち。
敵軍のわずかな混乱。そこへダメオン侯爵の鋭い指示が飛んだ。
「押せ押せい! 奴らを大河に突き落としてやれい!」
憲兵隊がいっせいに押し返す。分断された敵兵の一部が大河に落とされた。
憲兵隊のカバーはパスカル卿のガラル軍がする。
これで状況は変わった。
「ちいっ! 援軍はまだか!」
ダヴィド・エーギルの声に焦りが入る。彼の声が聞こえるということは、あと少しで本陣だ。
「こうなれば……ゆけ! 剣神機よ!」
逆転の一手か。望むところ。
それにしてもやはり不愉快だ。『剣神』機だなんて呼ばせたくない。
いつだったか見たタクトを振るい、ダヴィド・エーギルは機械兵を操った。
ブウン、という音がして機械兵の目に光が灯る。
凶悪な大剣を構え、こちらへやってくるのが見えた。
「シント、剣神機が来たさ」
「カサンドラ、あれは『剣神』機なんかじゃない」
「ん?」
「あんなものはただのガラクタだよ。いまからそうなる」
返事を待たずに飛び出す。敵兵はみんなに任せればいい。
機械兵はいますぐにぶっ壊してやる。
「≪魔衝烈覇拳≫!!」
右腕一つに魔力集中。機械兵の障壁を突き破り、大剣を振り上げてがら空きの胴体へめりこませた。そして拳からぶっ放す≪発破≫が一体を内部から破砕。
「シント! 後ろだ!」
ガディスさんの声が背後から聞こえる。
もう一体の大剣が、俺を襲う気配。
振り向いた時にはもう、避けるタイミングを失っている。
「ハイマスター! 危ないっ!」
クロードさんが手を伸ばす。
いいや、問題ない。すでに準備は終わっているんだ。
「≪絶対時間停止中≫」
左腕の【神格】神機クロノスが淡く輝き、魔法が発動。
俺以外の全ての時間が停止したのだった。




