希望と絶望と、絶望と希望 38 ディエンド内にて
時刻は夕方から夜となり、深夜へ。
戦艦ディエンドは順調に航行中。
みんなには寝室で休んでもらい、操舵室――アテナの話では『ブリッジ』と言うらしい――には俺とアテナだけがいる。
「アテナ、休まなくて平気?」
「問題ありません」
「ずっと操縦しっぱなしだけど」
「すでに自動航行に切り替えていると報告します」
……じ、自動航行……?
「この艦にはまだたくさんの機能があると推察されます」
「あー、ごめん。もっと時間をかけるべきだったか」
一日は欲しいと言われたのを、無理に発進してしまった。
「いいえ、航行中でも確認は可能です。マスターが謝罪することではありません」
「ずっと思ってたんだけど、なんだか楽しそうだね」
「はい、わたしは……おそらく楽しいと、思っています」
それはなによりなんだけど、少し心配だ。
「マスターこそお休みください」
「俺もここで休んでるから、だいじょうぶ」
ただ立ってるだけだしね。
「あとどのくらい?」
「推定到着時刻は午前十一時と報告します」
「その一時間前に迷彩機能を使用してくれ。この艦の存在はまだ公にしたくない」
「承知しました」
こんなモノがいきなり上空から出現したら、まずとんでもない騒ぎになる。
威嚇するならいいけど、今回はアリステラを迎えに行くだけだし。
進路を見つめながら、ぽつぽつ会話していると、アテナがハッとしたのがわかった。
彼女は振り向き、目を輝かせている。
「……マスター、有用だと思われる機能を発見しました」
まだあんのかい。
「教えてくれ」
「魔力感知機能です」
それは素晴らしいと思う。
「つまり、索敵?」
「はい。一定以上の魔力を有する物体、及び生物を検知可能」
「びっくりだな」
「それと、通信機能があります」
さらに!? しかも通信!?
「どこと通信できるんだ?」
「特殊な魔力波によって、チーフパイロットもしくはオペレーターとマスターとの双方向通信が可能です」
「うん?」
「この艦から半径一キロメートル以内であれば、会話ができます。ただし、マスター専用となります」
……やばくね?
「転送機能も発見しました」
もう言葉がない。
「艦から地上へ跳躍できます。また、効果範囲にいる場合のみ地上からこちらへの跳躍も可能」
どーなってんの。
これ、ちゃんと理解して把握するまでどれだけの時間がかかるんだろう。
いや、尻込みしていられない。
ここは一つ、がんばってみようと思う。
アテナとの考察を続ける。
気がつけば朝となっていた。
「情報の洪水だな」
「まさしくその通りだと同意します」
やがて、メンバーたちが起きてブリッジに来る。
ちゃんと寝られたかな。
「ずっと起きていたのか?」
「なんだか眠れなくて」
「そうか。無茶をするなと言いたいが……」
「いえ、ありがとうございます」
ガディスさんはかなり気遣ってくれる。
「しかしまた、いまいる場所が空の上とは、まったく思えん」
「緊張しますか?」
「初めはな。だがもう慣れた」
さすがだ。
他のみんなも空を飛ぶ船の中にいるというのに、普通にしている。
「朝飯を作ろうと思ったんだが、食材がなかった」
それは残念すぎる。
「調達しておけばよかったですね」
「しかたないだろう。フォールンの状況を考えれば、急ぐしかない」
その通りだ。
「マスクバロン、フォールンはどうですか?」
「いまのところ動きはないようだ。静かなものだよ」
フォールンに動きはない、か。
「私がここを見ていよう。風呂にでも入ったらどうだ?」
そうだな。そうさせていただく。一人でじっくり考えたいこともあるし、なにより魔法についてもしっかりと把握しておく必要がある。
「では少し外します。アテナ、艦内でも通信できる?」
「はい、いつでも」
「じゃあ、目的地が見えたら頼む」
「承知しました」
みんなと入れ替わりに、居住スペースへと行く。
で、驚く。
ものすごく広い。
「マスクバロンが豪華客船だなんて言っていたけれど、ほんとうにすごい」
ドアがいくつもあり、天井は高い。
気温は少し涼しいくらいで、気持ちがよかった。
とりあえず天井からぶらさがる半透明の案内盤に従って、風呂へとたどり着く。
更衣室から風呂場まで、全部が興味深い。言ってみれば、この艦は魔導具の集合体だ。
なぜ【神格】がこのような姿をしているのかは、考えてもきっとわからない。だけど、この女神からの贈り物は最大限活用しよう。
風呂でさっぱりしたあと、空いている部屋へ入って休んだ。
ベッドに座っていると眠気が押し寄せてくる。
脳裏に浮かぶのは、ディジアさんとイリアさんの姿だ。
二人は子ども姿で俺の手を引き、楽しそうに笑う。
でも、当たり前だと思っていた日常は、いまはない。
だけど、必ずまた戻ってみせる。
★★★★★★
『マスター、目的地を発見しました』
アテナの声が頭の中に響く。
すぐに目を覚まし、体を起こした。
「寝てしまった」
いろいろと考える予定が、寝落ちしてしまったみたいだ。
「すぐに行く」
返事をしてブリッジへと向かう。
「待たせた」
角度のきつい大山が窓から見える。って、窓でいいのかな。ブリッジ、みたいに名称があるのかもしれない。
「アテナ、この……前面のでかい窓はなんて呼べばいいんだ?」
「フロント、またはフロントガラス、フロントウインドウです」
「わかった。ではフロントから見えるあの山がガーソードか」
「はい。手前の森に町があります。そのわずか東に大きな魔力を感知しました」
「大きな魔力?」
「司令官パネルに出します。コントロールキーを操作してください」
んん?
理解が追いつかないものの、やってみる。
ご神体に触れたとたん、目の前に映像が出てきた。
「これは」
「立体映像です」
魔力を用いて空に映像を投影?
ラグナで見た最新鋭の技術だ。ここでも使えるのか。
「上から見た地図だな」
「魔力総量の多さと移動をしないところから、生命体ではありません」
「町の外れ……」
なんだろう。気になる。
「みんな、降りるので準備を。アテナ、迷彩は効いてる?」
「正常に稼働中」
「どこか広い場所に着陸してくれ。町の人を刺激したくない」
「承知しました」
アテナはもうすっかり操縦をモノにしている。相性がいいのか、失われた記憶に関係しているのか、いずれにせよありがたい。
「ようやくか」
「ハイマスター、僕たちはいつでも」
こちらは問題ないだろう。
あとはアリステラがいるかどうかだ。
★★★★★★
ずっと起きっぱなしだったアテナにはしっかり休むように言って、艦に残す。
残るメンバー――ガディスさん、クロードさん、ヴィクトリア、マスクバロンとともに、町の入り口へと向かった。
が、いきなりパンチをくらったかのような気分となる。
森の中にある町の入り口はたくさんのバリケードがあって、戦の最中を思わせる物々しい雰囲気だった。
「入れないのか?」
「シント、これはまずいかもしれん」
いきなり矢を足元に射かけられる。
これは威嚇と警告だ。
「止まれ! それ以上進むことは許さぬ!」
やぐらの上で何人ものエルフたちが矢をつがえていた。
「何者か!」
聞かれているけど、どう答えよう。
「饗団の者と勘違いされているのでは?」
「おそらくはそうでしょうね」
「こんなの燃やしたらいいんだぞ」
「ヴィクトリア、それはやりすぎだ」
「だって、アリステラならたぶんそうするんだぞ」
どんな偏見だ?
いくら彼女でもやらな……いや、やるかも。
揉める気はない。
両手を挙げて敵意がないことを示す。
「俺たちは冒険者です。仲間に会いに来ました」
大声を出して、説明する。しかし、矢は構えられたままだ。
「冒険者……? 仲間?」
「あなたが隊長ですか? 俺たちはアリステラに会いに来ました」
信じてもらえないかな。
「姫殿の仲間か。だが、それをどうやって証明する」
姫?
なんだそりゃ。
俺たちは顔を見合わせた。
みんな神妙な顔つきをしている。
「では冒険者ライセンスを確認してください」
身分を証明できるものは、それしか持っていない。
ライセンスを取り出して、見えるように掲げる。
「……手を挙げたまま動くなよ? いま確認する」
隊長らしき男性が自ら降りてきて、近づいてくる。
(シント、どうする気だ?)
(いまはおとなしくしましょう。マスクバロンはどこかに隠れてください)
(そのほうがいいだろうな)
マスクバロンが俺の胸ポケットにすっと入って、姿を隠した。
しかしこれは想定外だ。
かなりの厳戒態勢と見える。
ここでなにがあったのだろう。
エルフの男性が、俺のライセンスを手に取る。
顔つきは険しく、ピリピリしているのがすぐにわかった。
「……ふむ。シント・アーナズ…………オリハル級!?」
「信じていただけましたか?」
「まさかオリハル級とはな」
隊長が手を挙げると、エルフたちは弓を下ろした。
安堵の息が漏れる。
「武器は預からせてもらうぞ。それと魔法士は自由にできない」
言い知れない不安を感じる。
アリステラが無事なのか、心配になってきた。




