希望と絶望と、絶望と希望 30 向かうべき場所
「シントさん? さすがにお行儀が悪すぎますわ」
魔法を使用しての食事に、メリアムさんが怒ってしまった。
「だって、両腕を掴まれていますし」
「おにーちゃんすごい! それミコにもできる?」
「ちょっと属性が合わないかも。修行次第かな」
「シント、娘に真似させるな」
「マスターは生命の維持に貪欲である、と推察します」
「シントは食いしんぼうなんだぞ」
ヴィクトリアに言われると、さすがにへこむ。
しかたない。
「俺がどこにいたのか、なにを見てきたのか。それを話すのは全員がそろってからだ」
二人が手を放す。
ガディスさんはなにかを考えこみ、クロードさんはあごに手を当てた。
「その雰囲気……よほどのことが?」
「そうですね」
「どうやら、生半可な話ではなさそうだ」
「ええ、そのとおりです」
「みなさん、いまは食べましょう? 話はそのあとでいいと思いますの」
そうそう。
で、すぐに食事は終わる。
量はかなり少ないから、あっという間だ。
「マスクバロン、あなたはどこに行っていたのですか?」
気になっていたことだ。てっきりずっとついてくると思ったが、アテナと合流したすぐあとに姿を消していたのだ。
「怪しいかい?」
「あなたはいつだって怪しいので、それは別に」
「はっはっは、そこまで私を買ってくれるのか。光栄だよ」
「微塵も褒めてないんですけど」
これは本心だ。
「なに、少しばかり気になることがあってね」
彼の話を聞く。俺だけじゃなく、みんなもだ。
マスクバロンはアークスでも有名な危険地帯『悪徒街』に行っていた。
あそこは地元民ですら近づかない悪党の巣。
彼はそこがいまどうなっているかを調べていた。
「おそらく君も気になっていただろうから、先んじて調査しておいたよ」
「さすがですね。俺の思考を読みましたか」
「軍師として多少はやれるところを見せないとね」
マスクバロンは知恵者だ。改めてそう思う。
彼の言う通り、俺は後々『悪徒街』を利用しようと考えている。ただ、その前にどうしても調査が必要だった。
「それで、首尾は?」
「ああ、通じていたよ」
「ありがとうございます。助かりました」
素直に感謝だ。
「待て、話が進みすぎだ」
「教えてください、ハイマスター。僕にも指示を」
いまの会話がどのような意味を持つのか。二人はそれを知りたがっている。
「そうですね。まずはフォールンの状況なのですが、改めて報告を」
みんなは無事。ただし、追い詰められている。食糧は尽きかけ、援軍もない。街の大部分が占領されており、敵も多いのだ。
「よかった。やはり無事だったんですね」
クロードさんが特に安堵している。
それを見てメリアムさんが微笑んだ。
なんだろう。なにか理由がありそうだが。
「こちらに情報は来ているのですか?」
「ああ、ぽつぽつと来ていた。フォールンでは貴族こそ全滅したが、一般人には略奪など行われていない、と聞いたな」
南方に対しては、厳しい情報統制がなされていない。
北と南の温度差については、まだ一考せねばならないだろう。
「フォールンの市民は武力で抑えつけられています。また、一般人であっても逆らう者は殺されるようですね」
「なんてこと……」
「全力で守護しなければ。マスター」
「古街に立てこもるのもそろそろ限界ですが、まだ少しだけ余裕があります。なので、みんなを集めに来ました」
ここまではただ説明だ。
「俺は明日からアリステラとシスター・セレーネを回収しに行きます」
「……一人でか?」
「マスクバロンと、そしてヴィクトリアを連れていくつもりです」
みんなの視線を集めるヴィクトリアは座ったまま、ぐーすか寝ていた。
「だめだ。おまえだけを行かせられん」
「ほんの数日ですよ。ヴィクトリアも一緒です」
「いや、それでもだめだ」
「僕もです。もう置いていかれるわけにはいきません。あなたのそばを離れることは、できない」
二人の顔は真面目そのものだ。闘気まで漂っている。恐ろしい。
「わかりました。ではいっしょに行きましょう。メリアムさんはどうしますか?」
「そうですわね。できればミリアとミコちゃんを連れて、フォールンへ戻りたいですわ。わたしたちの家はいまあちらですし……それにここもいつ襲われるか」
「たしかに。ではそうしましょう」
「マスター、わたしもあなたを守護したいと、訴えます」
「じゃあアテナもだね」
人員は決まった。
この際、アークスは準備が整うまで無人でいい。
「それで、シント少年。次にどこへ向かうのか、教えてくれまいか」
「向かうのは竜人の里、ドラグリア」
子どもたちを除く全員が驚く。
「アリステラさんのところではないのですか……?」
「まずは食糧問題に片をつけます。それと、少しやりたいこともある」
「それは?」
「ハイランドへ行こうと」
「な、なに?」
「ハイマスター……なぜです」
どうしても確かめないといけないことがある。
道順としては、まずドラグリアへ。次にハイエルフの国ハイランド。そこからアリステラの故郷へ行き、最後にシスター・セレーネだ。
「そういえば誰かシスター・セレーネの実家を知っているかな?」
メリアムさんは首を横に振った。
フォールンへ戻ってミューズさんかクロエさんに聞いたほうがいいか。
「マスター、わたしが場所を聞いていると報告します」
「それは助かる」
問題は一つクリア。
「話はわかったが、ハイランドへはどう行くつもりだ? かなり遠いぞ。そもそも国境を越える伝手はあるのか?」
「それについては考えがありますから、だいじょうぶ」
そこはたいしたことじゃない。
「ハイマスターはなにを狙っているのですか?」
いま全てを話すには、不確定な要素が多い。
「狙いについてはあとで。ただし、その前準備として大河を解放します」
「!?」
「それは!?」
「やはり」
マスクバロンは気がついていた。だから『悪徒街』へ行ったのだ。
「シント……一つ聞かせろ」
「はい」
「どこまでやるつもりだ?」
「とことん、やります」
ガディスさんの目が細くなる。
「まさか……いや、そうではないな。おまえは違う。そんな男ではない」
「ガディスさんは俺が戦争のどさくさにまぎれて国でも作ろうとしているんじゃないか、と心配してるんですよね?」
「く、国っ!?」
「待ってください! シントさん、それは……」
クロードさんとメリアムさんが跳び上がる。ミコちゃんとミリアちゃんがそれを不思議そうに見上げた。
「安心してください。国など作りません。興味はない」
「私はシント少年の作る国がどんなものか、興味はあるが?」
「マスクバロン、煽っているんですか?」
「一度きりの人生だ。やってみてもいいのではないかな。君は先代ラグナ大公の子息であり、ガラルの先代大公の孫でもある。ネームバリューは十分だ。支援者も現れるだろう」
「マスクバロン……」
「あるいはガラルとラグナを乗っ取り、饗団を殲滅。のち、功績をもって帝国本国の中枢に切り込み、実権を握る。しかして皇帝から禅譲を受け、新しい国家の誕生……なかなか良い道筋ではないか?」
「それができるのは【才能】と血統を持つ者だけだ。俺にその資格はない」
みんな絶句している。
これはマスクバロンの挑発だ。
舌戦をお望みか?
「【才能】など、我らにはどうでもいいこと」
「我ら? あなたと俺は違う」
「つれないことを言わないでほしいな。ではあの少女はどうかね。ディジア、といったか」
そうくるか。
「人間ではないのだろう?」
マスクバロンは薄々気づいているのかもしれない。
「ノーコメントで。ともあれ、国家建設なんて俺のやりたいこととは違う」
「では冒険者として頂点を目指すと?」
「目標の一つではありますね」
「求めるものは自由か」
「そうです」
求めるものは自由。そして。
「君の思いはわかった。聞けてよかったよ」
マスクバロンは満足したように笑う。
それを見て、みな、一息ついた。
「今日はもう休みましょう」
現時点での話はこれでいい。
ガディスさんやクロードさんはまだやきもきしているようだが、大目にみてほしいところだ。
「ふがっ」
ヴィクトリアが変な声を出して起きる。
「……話、終わったのか?」
これには全員がため息をするしかない。
一気に緊張感がなくなり、ひりついた空気は元に戻る。
「ん? みんなどうしたんだぞ」
「もう寝ようって話」
「じゃあ寝るんだぞ」
「ヴィクトリアおねーちゃん……」
「ヴィクトリア、くうきよめない」
子どもたちにさえ呆れられる。
それがウチのヴィクトリアだ!




