希望と絶望と、絶望と希望 25 仲間を求めて『音無ノ女』
「ウィリアムならそろそろ戻ると思うわ」
スーナさんはいつも通りで元気そう。
あとはラナとウィリアムさんなんだけど。ウィリアムさんに関しては無事っぽい
「ダレンガルトは無事なのですよね?」
「だいぶもめたみたいだけど、いまは無事よ」
「饗団の軍は来たのですか?」
「それがねえ……なんだかよくわからなくって。【神格】がどうのって」
やはりか。
饗団はここに【神格】があると知っているのだな。
情報源はどこだろう。
「シント少年、君はなにか知っているのか?」
俺の様子を見て、マスクバロンが聞いてくる。
知っているもなにも、実のところ、ここにはもう【神格】などない。
彼を無視して、お茶をすすり、スーナさんがむいてくれたリンゴをほおばる。
うめー。この果汁の多さ、甘さ、新鮮さ。どれをとっても一級品だ。
「質問に答えてほしいのだが」
「スーナさんのリンゴはいつ食べても美味い!」
「ありがとうねえ。あなたもあいかわらずおいしそうに食べるんだから」
世間話をしながら、少し待つ。
「母ちゃん、いま戻った」
「おかえりなさい、ウィリアム。お客様よ」
「客……? まさか、少年……か?」
前に会った時とまったく変わらないゴーグル、マスク、マフラーを巻いた姿のウィリアムさんが、俺を見て飛び跳ねる。
「言ったとおりでしょう? アーナズさんは魔法使い。死んだりなんてするはずがないんだもの」
「い、いや……しかし、驚いた。生きていたのか」
「ええ、なんとか」
「はあ……安心はしたが、生きていたなら連絡くらいするべきだろう。ひどい話だ」
彼もいつもどおり。ほっと胸を撫でおろす。
「さっそくですみませんが、ラナは? ここにいるんですよね?」
「待て待て。まずは水を飲ませてくれ。驚きすぎて喉がかわいた。ひどい話だ」
見た目からはよくわからないが、だいぶ動揺しているらしい。
「ふう……まずは場所を変えよう。ここではまずいだろうしな」
「まずい?」
「シント少年、もしかして君は賞金でもかけられているのではないか?」
「ありえる話ですね」
「……? な、なんだ? おれは目がおかしくなったのか?」
ウィリアムさんは小さな妖精風マスクバロンを見て固まる。
「ああ、気にしないでください。幻覚だとでも思ってもらえれば」
「無理だろう。なんの冗談だ」
「ウィリアム? 人を見た目で判断しちゃいけないわ。謝りなさい?」
「いや母ちゃん、だってこれ」
「ウィリアム」
母親ににらまれたウィリアムさんは、かしこまった。
「うっ……ああ、その、すまない。小人……殿」
「はっはっは、スーナ殿はなかなか器の大きなレディのようだ。それに免じて許そうか」
なんだこのやり取りは。
でもたしかにスーナさんの動じなさっぷりがすごいと思うのだった。
★★★★★★
「ここなら話せるだろう」
ウィリアムさんに案内されたのは、倉庫だ。
果物の詰まった木箱がたくさんあって、青い香りが充満している。
「改めて紹介を。こちらはアルハザード卿。で、こちらがウィリアムさん。ラナのお父さんです」
「ラナ君の父君か。よろしくおねがいする」
「あ、ああ。卿ということは、貴族なのか」
「かつてはね。いまはこのような姿でもあることだし、マスクバロンと呼んでくれたまえ」
「……頭が痛くなってきた。ひどい話だ」
俺もそう思う。まったくもってひどい話。
「それで、いまはどういう状況なのですか?」
「そうだな。話そうか」
ウィリアムさんからここ半年の話を聞く。
ダレンガルトにはとうぜんのように饗団の軍がやってきて、占領された。
果物を糧食として提供させる代わりに、町を守護すると言ってきたらしい。
町を預かっていた貴族は捕まり、処刑。憲兵隊も全滅。町の役人たちについては、従う者はそのまま仕事をさせ、そうでない者はどこかに連れていったのだそうだ。
「逆らった者たちは遺跡に連れていかれた。役人たちだけじゃなく、町の人間もな」
ダレンガルトには観光名所がある。
旧帝国時代よりも古い時代の遺跡だ。俺も一度行ったことがある。
「ラナの話では、発掘作業のようなことをさせているそうだ」
なるほどな。
「ラナはどこに?」
「姿を隠している」
「つまり、密かに抵抗を?」
「それもあるが、理由はもう一つあるんだ」
聞いて驚いた。意外な人物の名が出てきたからだ。
「『絶倒剣』ですって?」
「ああ、そうだ。娘は顔バレしているそうだから、余計な揉め事を避けるため、潜ったわけだ」
それはかなり妙手だったと思う。
そうか。さすがはラナだ。
「『絶倒剣』は将軍を名乗り、地域を牛耳っている。ここは南部とフォールンをつなぐ道の中間点でもあるしな。ヤツは二度ほど、やってきた帝国軍を撃破している」
帝国軍はそうとうやられているみたいだ。
「帝国側勢力はどうなのですか?」
「南部では貴族たちがまとまって抵抗をしていたが、おそらくはもう虫の息だろう」
「貴族たちの拠点は?」
「デオバルト市と聞いたな」
デオバルト市は帝国南部でかなり名の知れた城塞都市だ。旧帝国時代や十二年前の大戦では、一大拠点として使用されたはず。
それだけに、簡単には落ちないだろう。
剣神機や天至が出てこなければ、の話だが。
「少年、フォールンはどうなっている? 君はそこから来たのだろう? そもそもいつ戻った?」
思わず笑顔になってしまった。この人は質問が多いのだ。
「フォールンはかなりまずい状況です。俺も昨日戻ったばかりでまだ多くを知りません」
「昨日?」
「ええ」
「……それまではなにを?」
「死んでました」
「…………すまない。意味がよくわからないのだが」
「私もだ。その辺の話を聞きたいのだがね」
マスクバロンまで乗っかってくる。
「いえ、長くなりすぎますし、いずれ」
ラナの行方に話を戻そう。
「ラナはここに?」
「いちおうはな」
なんだか声が暗い。
「ダレンガルトの南に饗団のでかい拠点がある。そこに潜り、破壊工作をしているはずだ」
破壊工作!?
さすが、と言いたいところだけど、危険すぎないか。
「おれたち町の者は表向き饗団に従うふりをし、裏では南部に支援をしているということだ」
「そんなことをしてたんですか。つまり貴族たちの味方を?」
「まさか。支援しているのは町や村に住む人間ということだな」
どっちが勝とうとも迷惑するのは住んでいる普通の人々。
ダレンガルトだってそうだし、俺が天至と戦ったバイデンサルも同様だ。
勝手に始まった戦争に否応なく巻き込まれる人々がいる。そんな人たちに対してできるなんて、ほんとうはないはずなのに。
「場所を教えてください。迎えに行きます」
「それはいいが、無茶をするなよ。少年がいなくなったあと、娘はだいぶ、というかかなり落ち込んでいたからな。あれはもう勘弁だ」
「すみません、心配をおかけしました」
「まったくだ」
セーフハウスの場所をいくつか教えてもらい、すぐに出る。
ここなら飛翔を使っても問題はない。
空を舞い、加速。帝国南部へと向かう。
「あの男、なかなかのやり手のようだ」
途上、マスクバロンがそんなことを言う。
「わかりましたか」
「ああ、私を警戒していたのだろうが、隙を見せなかった」
「ウィリアムさんは元帝国のスパイなんです」
「そうだったか。ラナ君の父親だけのことはある」
俺も心からそう思う。
★★★★★★
「一足遅かったか?」
訪れた二つ目のセーフハウスは、小高い丘の上にある山小屋だった。
一つ目はハズレだったが今度は当たりに思える。ただし、嫌な当たり方だろう。
中は乱闘でもあったかのごとく荒れていて、血だまりもある。
「戦闘があったのは明らかだ。問題は誰が傷を負っているか、だがね」
「まだ乾いていない……」
ついさっきの出来事だと思う。
「痕跡をたどります。なにか見つけたら教えてください」
「了解した」
マスクバロンとともに外へ。
丘から平地を見下ろす。
「近くに町や村はなさそうだけど」
≪探視≫発動。
魔力の乱れを確認。
精度を上げよう。いまの俺なら、できるはずだ。
「見つけた」
「なに?」
かなり遠いけど、誰かが誰かを追っている。
すぐさま飛ぶ。
近づいて姿を捉えた。
あれは、ラナだ。
「行け! 行けえ!」
「ちいっ! 粘りやがる!」
馬で駆ける男が五人。
集団から己の足で逃げるラナは、クナイを投げつつ、なんとか逃げきろうとしている。
スピードが出ていない。
彼女の超俊足なら馬だってぶっちぎれるはずだ。
「足を怪我しているのではないか?」
俺も見えている。
足を踏み出すたびに、血が噴き出した。
まずい。間に合え。
「あう!」
追いつかれたラナが背を槍の石突で打たれる。
彼女は吹き飛び、地面を転がった。
「さあ……将軍のもとに来てもらうぜ……クソ女が」
「みんな……ごめん――」
さらなる追撃をさせるつもりはない。
間に割り込み、≪魔衝拳≫を発動。
魔法をともなう拳は、槍の穂先とぶつかる。
鉄を叩く甲高い音がして、男の持つ槍が落ちた。
よし、間に合ったぞ。
「え……?」
「マスクバロン、止血をおねがいできますか?」
「任せるといい」
「え? え?」
背後でラナがいまどんな顔をしているのかはわからない。そうとう驚いてはいるだろうが、確かめるのはあとだ。
「おい~ なんだてめえは」
彼らは馬から降り、槍や剣を手に、じりじりと近づいてくる。
雰囲気からいって、手練れ。
「言っとくが、そこの女は工作員だぞ。神軍のお尋ね者だ」
「だから?」
「わからねえのか? おれらの邪魔をするってんなら、神軍を敵に回すってことだぞ」
「だから、それがなに?」
男たちは舌打ちをする。
「バカかこいつは。殺されてえみたいだな」
「いいじゃねえか。トレーボル様にこいつの首も献上してやる」
聞き捨てならない名前が出てきた。
「『絶倒剣』か」
「おうよ! おれたちは『絶倒隊』! トレーボル様の親衛隊だ!」
「じゃあたいしたことはない」
「……なんだと?」
『絶倒剣』トレーボルは饗団に与し、内通していた卑怯者だ。
どうやら、手加減がいらない相手だな。
ちょうどいい。ヤツに伝言を頼もうか。




