ファミリアバース 31 仮面男爵
美しく流れるような漆黒の長髪。身に着けた鎧や衣服はおそらく上級官僚のものだろう。
彼はマントを翻し、剣をしまう。
――ん? 剣をしまった? なんで?
「あなたはいったい」
得体のしれない人物だが、障壁から伝わる力でわかった。ただものじゃない。
「私はアルハザード。名が示す通り南方の出身だ」
人間とは不思議なもので、大陸の東西南北で名前の付け方が微妙に異なる。
って、うん、まあ、そうなんだけど、そこを聞きたいわけじゃないんだ。
「しかしこの名は好きじゃなくてね。私の事は、そう……仮面男爵とでも呼んでくれたまえ。ちなみにこの仮面は顔の傷を隠している。趣味でつけているわけではない」
関わり合いにならないほうがいいと思った。
「わかりました。それじゃあ俺たち、忙しいので。さようなら、仮面男爵さん」
炭鉱夫の男を連れていこうとすると――
「待ちたまえ。置いて行かないでくれ。迷ったんだ」
なんでやねん!? っと、危うく声に出そうだった。
「いきなり斬りかかってきてそれはないでしょう」
「ただならぬ気配を感じたのでね。それに……手加減はしたさ」
確かに殺意は感じなかった。腕試し、といったところか。
「迷ったって、なにしにここへ?」
「鉱山で泥棒を働いた男を追ってきた。表向きは」
「はあ……」
「私は帝室から密命を下され、ここへ来たわけだ」
密命なのに言っていいのか。なんなんだ。
「さあ、話を続けてくれ」
「そう言われましても」
やりにくいな。
「これから、この人に鉱山まで案内してもらおうかと」
「いいだろう。私も行く」
「なぜです?」
「密命、と言っただろう? 私と君は……ああ、そういえば君の名を聞いていなかった」
言いたくない。かなり言いたくない。
悪い人でないのはわかる。ただとにかく怪しい。
「安心してくれ。私はどちらかと言えば善人だ」
自分でそれを言うか。
しかしこのままでは話が進まない。言うしかないのかな。
「シント・アーナズです。冒険者をしています」
「違うと思うが聞いておく。アクトー子爵の子飼いかね?」
「いえまったく違います」
即答したらマスク・バロンは笑った。
「では君と私は目的が同じでは?」
「なぜそう思うのですか?」
質問に質問で返す。
「初めに話を聞かせてもらったと言っただろう? 君はもうアクトー子爵の欺瞞に気づいているのではないか?」
はっきり言われると思っていなかったので、驚く。
「おおかた、その男が極悪人だから捕まえるか、殺せと言われたのだろうが……悪人ははたしてどっちかな?」
そうか。仮面男爵の目的はアクトー子爵なんだな。
「わかりました。一緒に行きましょう」
「いいのかね。私からついていくと言っておいてなんだが、信じると?」
「魔力は嘘をつきません」
「……!」
ぶしつけだと思ったけど、密かに≪探視≫を使わせてもらった。
視える魔力はひたすらに静謐。一切を余さず、その身にとどめている。中の流れはよどみがなく、美しくさえあった。
そんなものを見せられては、つい信じたくなる。
「ふむ、いいだろう。納得したよ」
「ならさっそく行きましょう」
と、炭鉱夫の男に目を向ける。
彼はぽかんとしていた。
「鉱山に案内してほしい」
「え? あ、いや、それはダメだ。行きたくねえ」
「案内してくれるだけでいい。もしあなたの言う事が本当だとわかったら、解放しますから」
「……ほんとか? ほんとに解放してくれるんだな?」
大きくうなずく。
こうして炭鉱夫の案内のもと、仮面男爵とともに鉱山へと向かう。
★★★★★★
炭鉱夫の説明では、鉱山は現在の位置から南。つまり大都市の南東にあるという。
「逃げてきた、と言ってましたけど、そんなに重労働なんですか?」
移動しながら聞いてみる。
「そりゃあキツいに決まってる」
「でも就職したんじゃ」
「違う。おれぁ……借金が返せなくて、あそこに送られたんだ」
半ば強制的に働かされていた。男はそう言った。
「法外な利息を発生させて、労働を強制か。よくある話だな」
仮面男爵はそう言うが、俺にはあまりピンと来ない。借金があるのなら、働いて返せばいい。
「騙されたんだ……最初の話じゃ利息は普通だった。でも途中から……十倍になったんだ」
「まあ、違法だな」
そうか。違法なのか。
普通に考えて、あとから勝手に十倍とするのは、たしかにおかしい気がした。
つまりは詐欺行為?
法律に詳しいわけではないけれど詐欺がだめだってことは知っている。
「シント少年、仮に鉱山の話がほんとうだった場合はどうするのかね」
「仮定の話をしてもしかたないです」
「君は依頼を受けてきたんだろう。台無しになってしまうのでは?」
食い下がってくる。
真面目に答えた方がいいか。
「鉱山は潰します」
「……思い切るねえ。依頼が不達成では評判が下がるかも、なんて思わないかい?」
「それで下がる評判なら、そんなものはいらない。俺の考えは甘いですか?」
「いいや、私は甘い物が好物だから、賛成だ」
試されていたのか?
食えない人、とはこういうのを指すんだろう。
それから数時間後、ようやく鉱山へとたどり着いた。
木陰に入って、観察する。
大きな鉱山で、多くの人間が働いていた。
鞭を手にした戦士たちが監督し、みな薄汚れた格好で労働に従事している。
「まともじゃない……」
少しでも休めば鞭が飛ぶ。女性やまだ子どもに見える人もいる。倒れれば水をぶっかけられ、無理やり起こされる。
わずかな間を見ただけでこれだ。
「ここまで大がかりとはね。この鉱山にはよほどのものが眠っているのか」
仮面男爵の言葉が耳に入らない。
またあの奇妙な感情が、腹の底からわき上がる。
「……どうした、シント少年」
「いえ、なにも」
「そういう顔には見えんが」
顔?
「ちょっと、自分でもよくわからない感情が出てきて」
「怒っているのか?」
怒る?
不思議そうな俺を見て、仮面男爵は少しだけ、好意的な笑みをする。
「いま君が感じているのは怒りだよ。義憤とも言う。しかし……まさかとは思うが、君は今まで怒りを感じたことがないのか?」
言われてみれば、ない。
十歳まではラグナ家の教育を受けてきた。その中で、怒りは最も恥ずべき感情だと教わっている。
怒りは魔法を乱す。感情は常に凪でなくてはならず、感情に振り回される魔法士は三流なのだと言われ続けたんだ。
そうか。
人さらいのアジトであの子たちを見た時。
マールの農園で畑にいた人たちを見た時。
そしていま感じるものは、怒りなんだな。
すっきりした。
わからないままだったら、心にしこりが残ったと思う。
「すみません。反省します。怒りは魔法を乱しますから」
「年長者としてはその若く熱い怒りを思いのままにぶつけてほしいのだがね」
なにがおかしいのか、仮面男爵は小さく笑い続けた。
恥ずかしくなってきたぞ。戒めないと。
「な、なあ! もういいだろ! おれを解放してくれ! ほんとうだったらここには一秒もいたくねえんだ!」
男はずいぶんと怯えている。鉱山に近づいてからはかなりだ。
「君はなぜそこまで怯える?」
仮面男爵も気づいていたようで、話を聞く。
「……あそこはマジでやべーんだよ。おれぁ見たんだ。闇の中で光る眼をさあ! 何人も行方不明になってんだ! ここはおかしいんだよ!」
「ほう、だから脱走をしたのか」
「やべえって言ってんのに誰も信じてくれねえんだ! だから逃げた! 早く行かせてくれ!」
声が大きくなってきた。
もう限界なのだろうと思う。
「行くがいい。それとこれを持っていけ」
仮面男爵が手渡したのは、帝国銀貨一枚――紙幣に換算して5000アーサルだ。
「あああ……ありがてえ。じゃあな!」
そそくさと男が離れていく。
「さて、騒がしいのはいなくなった。シント少年、やるならしっかり敵情を把握しよう」
「ええ、その通りです」
木陰から出て、斜面の上に立つ。ここでぎりぎりだ。これ以上近づけば見つかる。
監督する戦士たちはざっと百人くらい。働く人はおそらく五百人以上いる。
「よし、シント少年」
「わっ!」
仮面男爵が俺の背中を押した。
かろうじて転びはしなかったものの、斜面に降ろされ、鉱山までまっしぐらだ。
「マスク・バロン! なにをするんですか!」
そんなバカな。
これでは敵の真っただ中に突っ込んでしまう。
しかし、裏切られたかと思えばそうではない。
仮面男爵もまた斜面に跳び移り、滑り降りる。
なにがしたいんだ、この人は。
「あん? なんだあ? てめえらは……」
「どうした? 誰か逃げたんか?」
見つかった。いや、見つからない方がおかしい。
ぞろぞろと集まってくる悪人面の戦士たち。
俺と仮面男爵はあっという間に囲まれる。
「なぜこんなことを」
「シント少年、見たまえ。君の怒りをぶつけられる者がよりどりみどりだ」
ごめん。
呆れてもうなにも言えない。




