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ファミリアバース 29 開業への第一歩

「ああ……ほんとうにすまなかった」


 伯爵を助け出し、椅子に座らせる。

 森で見た時よりも顔色は良く、元気だ。


「報酬をいただきにきました」

「そうだな……受け取ってくれたまえ」


 テーブルの上に用意されていた小袋を指さす。

 中を確認して驚いた。

 入っていたのは、帝国紙幣で120万アーサル。


「ええ!? 多すぎますよ!」

「正当な報酬だよ……五本で50万なのだから、十本なら100万だろう?」

「それでも計算が合いません」

「家に送ってくれたし、迷惑もかけたのでな」


 そういうことならもらうけど。

 その前に気になることを聞かせてもらう。


「力を試す、とは?」

「……うむ。君の力でだな」

「はい」


 伯爵は俺を見つめながら、言った。


「私を殺してほしいのだよ」

「!?」


 なにを言っているのか、理解できない。

 言葉はわかる。

 だけど、意味はわからない。


「私の特殊な体質。これは強烈な呪いだ」


 伯爵は丁寧に説明してくれた。

 陽の光を浴びると溶けるが地獄の苦痛とともに夜には蘇る。ニンニクが吐くほどに嫌い。夜になると力が増し、血を吸いたくなる……などなど、聞いた限りではまともな生活はできなさそう。


「加えて、どのような傷を負っても、それこそ頭を吹き飛ばされても死なないのだよ」


 その言い方だと吹き飛ばされたことがあるみたいだな。


「私はこの呪いを解くために様々なことをした。植物を研究し、薬も作った。あるいは【神格】なら、と古代の遺跡を調べた」

「【神格】もですか」

「ああ、ダメだったよ。ずいぶんと、そう、気の遠くなるほどに昔だが、【神格】の使い手に出会ったことがある。殺してもらったのだが……」

「蘇った?」

「その通りだ」


 【神格】で無理なら、俺にも無理だ。

 そもそも殺したくない。


「呪いを解く方法はないのですか?」


 彼は悲しい顔をしながら、首を横に振った。


「空間を移動させるほどの魔法を使う君ならもしや、と思った」

「できませんよ。殺人のお願いだなんて、死んでも受けません」

「違う。これは人助けなんだよ」

「でも【神格】でダメなら、なにをしたって」


 あまりにも強烈な呪いだ。

 伯爵は死人なのだろう。『不死者』と呼ばれる存在をおとぎ話で聞いたことがある。


「ほんとうに解く方法はない?」


 質問すると、伯爵は力なく頭を振った。

 相当参っているな。

 

「じゃあ一緒に考えましょうよ。時間はあるのだし」

「腐るほどにな」


 伯爵はここでようやく少しだけ笑ってくれた。


 ん? でも待てよ。

 血を吸うのはほんとうなんだから、もしかして俺を?


「アーナズ君、いや、シント君と呼んでもいいかね?」

「ええ」

「君はいま、自分が血を吸われると思っていないかい?」


 また読まれた。

 俺の顔、そんなに言葉が出てる?


「その件は長年の研究で解決済みなのだ。君に採ってきてもらった草があるだろう。あれは希少なものでね。人の血と非常に似た成分がある。あれを調合した薬があれば渇きを満たせるんだよ」


 そうだったのか。


「しかしながら、君のような人間と出会えたのは幸運のようだ。話を聞いても化け物扱いせんしな」

「世の中いろんな人がいるな、とは思いましたけど」

「……ははっ! 君は大物だ! いいだろう! なにか困ったことがあれば、言ってくれたまえ。できる限り力を貸そう」


 なんだって!?

 これは願ってもない提案だ。

 一気に開業へ近づけるかもしれない。


「ではさっそくいいでしょうか。ロレーヌ卿」

「なんでも言ってくれ」

「ギルドを開業したいのですが、そのために家を増設したくて。さきほど植物を研究とおっしゃいましたから、お金になるものを教えていただければと」

「ああ……そんなことか。植物採取などせずに、私が融資すればいい」

「へ?」

「出資者だよ。私が金を融通しようという話だ」


 えーーーーーーーーーー!?


 いいのかな?

 でも悪い気がする。


「ちなみにどのくらい必要かね」


 購入した家が300万アーサルだから、同じくらい?

 事務所にはなにが必要なんだ?

 ミューズさんに聞いてみようかな。


「ではまず500万アーサル。必要ならさらに」


 500万だって? それって1000日分以上の生活費じゃないか。いくらなんでも多すぎる。


「いや、待ってください。そんなに?」

「無論、貸し付けるのだし、返済はしてくれ」


 いや、ええ、うん、返済はいいのだけれど、なぜそこまで。


「君は二度……いや、三度助けてくれたろう。恩返しのようなものさ」


 ニヤリとした伯爵の口から、長く鋭い犬歯が見えた。


 それから少し話をして、時を過ごす。

 彼はちょっとだけ元気を取り戻したようだった。


「シント君、今日はもう遅い。休んだ方がいいのでは?」

「いえ、俺は別に」

「夜だからな。君のような……ふふふ……若い新鮮な人間がいるのは」

「失礼します! ()にまた!」


 やっぱり最後まで怪しすぎる。


「じょ、冗談なのだが……」

「それでは!」


 と、邸宅を後にした。



 ★★★★★★



 夜が明けて――


 やることがたくさんあった。

 伯爵からの出資を受けて、ジュールズ不動産に赴き、増築と家具類一式。そしてギルドに必要な最低限の施設を発注。

 

 ジュールズ社長はひどく驚いていたが、伯爵とのやり取りをかいつまんで話すと、納得したようだった。


 そして今から行くのが、開業の申請。これはフォールンの税務署で行うと聞いた。


 そうして、街の中央部にある『フォールン行政府』の区画で税務署を探す。

 この区画だけでアールブルクとか、ダレンガルトの町がそのまま入るんじゃないかってくらいに大きい。


「あそこか」


 他の施設と比べて少し古い建物が税務署だった。

 中で話を聞くと――


「申し訳ございません。そちらの申請には『商業権』が必要でして」


 と、受付の女性に言われた。

 俺が本で知った限り、帝国並びに公国の法律では、商業の自由が認められているはず。


「最近、仕組みが変わりまして」


 そうなんだ。

 俺の知識が古いってことかな。


「どこに行けばいいでしょうか」

「はい、そちらはフォールン総監代行のアクトー子爵閣下とお話を」


 フォールン総監代行アクトー子爵。偉そうな響きだ。


「どこに行けば会えますか?」

「そうですねえ……おそらく総監邸にいらっしゃるかと」

「場所はわかります?」

「すぐ近くですよ」


 場所を教えてもらい、税務署を出た。

 総監代行アクトー子爵のいる場所は、行政府のすぐ近くだったから問題なく見つける。

 ただ、邸宅の門や周辺には兵士たちの姿があった。数も多い。


 いきなり尋ねて会えるとは思えない。アポイントメントが要るだろう。

 だけどここまで来たんだ。門番の人に話だけでも聞いてみたい。


「すみません」


 声をかけると、二人の門番がいぶかしげな目で見てくる。


「アクトー子爵閣下はこちらに?」

「なんだ、おまえは」

「ガキの来るところじゃねえぞ」


 応対がひどい。税務署とはえらい違いだ。


「冒険者ギルド開業の件でこちらに来たんですが」

「はあ?」


 じろじろと見られる。怪しい者じゃないのだけれど、しかたがないかも。


「おい、どうする?」

「冒険者は通せって言われてるしな」


 なにやら小声で話す二人。


「おまえみたいなガキに会うとは思えんが、いちおう聞いてきてやる」

「はあ、ありがとうございます」


 舌打ちしながら、一人が中に入った。

 そして二、三分後に戻ってくる。


「子爵さまが会うとよ」


 言ってみるものだ。これで順調にいけば開業になるわけか。最初に考えたよりもずっと早い。


「言っとくが妙な真似すんなよ」

「少しでも騒ぎがあったら……」

「はい、わかりました」


 ずいぶんと警戒されている。アクトー子爵という人物は疑り深い人なんだな。

 なんとなくユリス従兄さんのことを思い出してしまった。


 邸宅内はとても立派な装飾が多く、華やかだ。

 案内されるがままに歩き、二階へと通される。


 待つように言われた部屋で、椅子に腰かけた。

 その間、嫌でも目に付くのが、大きな石像。精巧な造りで、美形の男性がどこかを指さしている。


 なんか変な感じだ。石像なのに、見られている気がする。


「その像は美しいだろう」


 いつの間にやら、背後に誰かが来ていた。

 振り向くと、そこには華麗な衣服を着た男性の姿がある。


「はい、見事な造りだと思います」

「そうだろうそうだろう」


 石像を見てわかったが、この人がモデルだ。本人よりも美形な像だから、見事な造りだと思った。


「私はフォールン総監代行のアクトーと申す」

「はい、俺はシント・アーナズといいます。突然尋ねたのお会いできるなんて」

「ふふ、いいのだよ。私は広く門戸を開けているからね」


 そう言って、子爵はニヤリと口だけで笑うのだった。

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