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ファミリアバース 28 伯爵のおつかい

 木の穴に入り込んでいる奇妙な男性はロレーヌ伯爵と名乗った。

 貴族なんだろうけど、どうしてこんなところに一人でいるのか。なぜすぐそこに落ちている水筒をわざわざ俺に頼むのか。


 考えてみたけど、意味がわからない。

 なによりこの今にも消えそうな気配。おかしい。


「ああ……だいぶ警戒しているね? 私は特殊な体質なんだ……陽の当たるところが苦手なんだよ」


 ではどうやってここまで来たのか。疑問が尽きない。


「ではどうやって来たのか、と君は考えているね?」


 考えを読まれてしまった。

 しまったな。顔に出ていたか。


「話は……そう、簡単なんだ。夜の内に植物を採取に来て、休憩していたところ、そのまま眠りこけてしまった……というわけだ」


 理由はわかったんだけど、やっぱり怪しい。

 

「頼むよ……肌がカサカサしてきてるんだ……」


 本当に困っているようだ。

 全力で警戒しながら、水筒を拾う。そしてそれを投げ渡した。


「おお! 君はすごくいい子だ。助かったよ……ごくごく」


 いい飲みっぷりだと思う。


「そんなに陽の光が苦手なんですか?」

「ああ……陽の光を浴びると溶ける……」


 そんな人いるの!?


「命の恩人の君……名は?」


 あんまり教えたくない。でも向こうは名乗っているし、言わないのは失礼かも。


「シント・アーナズといいます。いちおう、冒険者をやっていて」

「なんと……」


 元気のなかった伯爵の瞳に、少しだけ光が灯った。


「依頼は、この場でも受け付けてくれるかな?」


 思いがけない展開だ。依頼を出してくれるのはとても嬉しい。

 しかし怪しい伯爵の依頼は、とても怪しいんじゃなかろうか。


「近くに来たまえ……」

「え?」

「はは……なに、取って食べたり、血を吸ったりはしないよ……」


 なにかいまとんでもないこと言わなかった!?


 それはともかく、怪しさへの警戒と、依頼を受けることへの天秤が俺の中で激しく揺れた。


「報酬は……50万でどうだい?」


 天秤が一気に傾く。

 俺ってこんなにお金好きだったかな?

 それにしてもすごい額。とんでもないことを要求されるかも。


「依頼内容は?」

「この赤い草を採取して欲しいのだ。できるだけ多く、ね」


 見せてもらった植物はさっき取ったものと一緒だ。


「一つ持ってますよ」

「なに!? あまり見つからないはずだが……」

「運がよかったのかも」


 こんなのでいいなら、依頼はすぐにこなせそうだった。俺には魔力を見分ける魔法≪探視(サーチアイ)≫がある。魔力の波形は覚えたから、なんとか見つかるだろう。


「お願いだ! この紅血草(クリムブラッド)が私には必要なんだよ!」


 伯爵が必死に頼み込んでくる。

 魅力的な報酬だけど、うなずいていいものか。


「一度命を救ってくれたんだ。二度救ってくれてもいいだろう?」


 思わず、ふっ、と笑ってしまう。

 確かにそうだ。


「わかりました。具体的な量はどのくらいですか?」

「おお! ありがとう。そうだな……五本もあれば」

「では待っていてください。それとも一度戻りますか?」

「いや、ここで待とう」


 ということで、採取に行く。

 で、戻る。


「取ってきました」

「……早すぎないか!?」


 ≪探視(サーチアイ)≫を使えばそこまで苦労しない。言われた通り数は少なかったけど、摘んできた。持っていたものと合わせて十本だ。


「はい、これを」

「……しかも十本。うむ、君はどうやら優れた冒険者らしい。頼んで正解だ」


 満足してくれた。

 怪しいけど、喜んでくれるのは嬉しい。怪しいけど。


「しかし済まないが、今は金を払えん」

「え?」


 騙された? と思ったけど、そうじゃなかった。


「さきほど話した理由で、夜までここを動けないのだよ。あとで我が家に来ていただけまいか」

「なんだ、そんなことですか。俺が家まで送りますよ」

「……?」


 さすがにもう危険はないだろう。


「額に触れても?」

「構わんが……なにをする気かね」

「魔法で家に移動させてもらいます。ロレーヌ(きょう)は顔色が優れませんし、すぐに戻った方がいいと思いますけど」

「なんだと? やれるなら今すぐ頼む! 相応の礼はするから!」


 めちゃくちゃ喜んでるな。

 陽の光を浴びると溶けるとか言ってたが、ほんとうなのかもしれない。


「では始めます。目をつむって、家の中を思い浮かべてください。できるだけ詳細にお願いします」

「うむ……」


 術式、構築。


「家はどこにあるのですか?」

「フォールンの古街地区にある……」


 古街なら俺の新しい家の近所だったりして。


「ではあとでお伺いします。≪空間ノ移動(ジャンプ)≫」


 ふっと伯爵の姿が消えた。

 魔法は成功だ。

 前回より精度が増しているような気がする。調子がいいのかも。


「それにしても50万アーサルだなんて、どんな人なんだろう」


 変わった人だったけど、不思議な魅力があって、けっきょく助けた。放っておけない気がしたんだよな。


「俺も戻ろう。報酬をもらわないと」


 こうして思いがけない依頼を達成し、フォールンへと戻る。



 ★★★★★★



 ロレーヌ伯爵の邸宅はすぐに見つかった。

 古街の通りを歩くご老人に聞いたところ、詳しく教えてくれたのだ。

 ヴラド・ロレーヌ伯爵は、古街ではけっこう有名とのこと。


 ただ、妙な話を聞いてしまった。

 伯爵邸は人の出入りがなく、寂れているのだという。実はもう亡くなっているのではないか、との噂もあるらしい。


 亡くなっているとしたら、俺は幻でも見たのだろうか。

 行ってみればわかるとは思うが。


 ツタの生い茂る古い家の門を叩く。

 返事はない。

 しかし――


「……扉がひとりでに?」


 いま、かすかに魔法の発動を感じた。

 となると、伯爵は魔法士か。


「ロレーヌ伯爵。俺です。シント・アーナズです」


 声は返ってこない。

 うっかり入っちゃったけど、だいじょうぶかな。


「……!?」


 また微かに魔力を感じた。

 ≪探視(サーチアイ)≫を発動し、痕跡を確認する。


 微弱な魔力の流れ。

 その先は――


「上?」


 一瞬だけ固まってしまう。

 天井に、ロレーヌ伯爵が張り付いていた。


「なんで?」


 鳥肌が立った。

 彼はどうやっているのか知らないが、天井から逆さまになって俺を見ている。


「ハアアアアア!!」


 牙を剥き、降りながら襲いかかってきた。

 

「≪魔弾(マダン)≫」

「あばばぁ!?」


 差し向けた指先から魔法を撃つ。

 魔力の弾丸が降りてきた伯爵の眉間をとらえた。

 彼は縦にぐるぐる回転して、床に落ち、突き抜けていく。


 死んじゃったかな?

 依頼主をやってしまったら、冒険者は廃業かもしれない。

 それはさすがにまずいと思った。


「……アーナズ君……すまないが、助けてくれ」


 穴の中から声がする。

 生きているようだ。


「えーと、なぜ襲いかかってきたんですか?」


 穴の中に喋りかけると、返事がきた。


「ああ……試してすまない。どうしても、君の力を知りたかった」

「先に言ってくれればいいのに」

「ああ……申し訳ない」


 なんなのこの人。


お読みいただきまして、ありがとうございます!


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