二千六百三十夜、じいじの高校生生活 1244 三年生 199 三学期から 18
今日は、じいじの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「…………。」
そうだねえ、じゃあ、じいじが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、高校生の頃のことだけれど……。
──伯父さんがそれらの免許を取っている頃には、物流業務に携わる人が足りない時代だった……。
だからこそ、手っ取り早くトラックの運転手を確保をしなければならなかった……というような、切迫した必要があったのだろうとも思われる……。
それに、その頃の普通乗用自動車というものは、超高級なもので、ほんの一部のお金持ちだけしか持つことができないようなものだったということもあったのだと思う……。
その頃、街中はおろか、国道にさえも、普通乗用車などはあまり走り回ってはいなかったという現実があった……。
しかしその後、時代は変わり、世の中すべてが変化をしてしまった……。当然のことながら、交通事情も激変してしまったということらしかった……。
大都会でのことはともかくとして、地方都市ではまだまだ道路事情が良くなかった……。
今までは、リヤカーや自転車、大八車などが通っていた道を大型の自動車が走るとなると、あっという間にでこぼこ道に早変わりをしてしまった。
それでも、単車やバタバタと呼ばれていたオートバイがたまに走るくらいだった狭いでこぼこ道を、大きなトラックが荷物を積んで走るということになれば、注意をしていても事故などが起きてしまうことも多かったのかもしれない……。
それに、今までの習慣のままの歩行者や、年ごとに数を増やしていく自転車やバイクなどとのトラブルや事故などが無視できなくなってくれば、道路交通法の本格的な整備の必要性が大きくなってくることになったのだろうと思う……。
そして、一度法律が整備がされれば、毎年のように必要に応じて改正や補足や追加がされるようになるだろう……。
そうなれば、一歩間違えれば危険な凶器ともなり得る自動車の運転に対して、その資格審査が厳しくなる……ということは時代の要請であり、必須になることがあたりまえになったのだろう……。
これまでの習慣や知識だけで動き回り、混乱する交通事情を整理整頓するためには、厳しい規制や教育が必要になったのかもしれない……。
そうして、じいじたち戦後のベビーブーム世代の生産年齢人口が増えるのに従って、車が増え続けるということになった……。
そうなれば当然のことのように、車同士や車と人とのあいだの事故やトラブルが増え続ける……というようなことになってしまうだろう……。
一時期は交通事故件数や事故死者数の増加が止まらないこともあった。
ちなみに、日本の交通事故における死者数の最多記録は、昭和四十五年(一九七〇年)の一万六千七百六十五人ということらしい……。
また、交通事故の発生件数の最多記録は、平成十六年(二〇〇四年)の九十五万二千七百二十件となっているらしい……。(警察庁調べ)
しかし、さまざまな施策や対策が取られたということで、交通事故死者数は昭和四十五年をピークに大幅な減少傾向にあり、近年では統計開始以降で最も少ない水準を更新し続けているということらしい……。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。
良い夢に恵まれますように、おやすみなさい。また次の夜に……。




