第7話 希望を配る人
リーダーとは「希望を配る人」のことだ。
そう言ったのは、どこの世界の英雄だったか。
もしそれが真理なのなら、目の前の人間こそ、世界で一番リーダーに相応しいのではないかと男は思う。
「世界を変えようなんて、頭がおかしいだろう?」
まるで子守唄のように、或いは朝の目覚めを促すように。
青年の声は夜空の星に届くのではないかと思えるほどに響いた。
「世界を変えることはできる。そんなことを真剣に考えるクレイジーな人間が、本当に世界を変えているんだ。でなければ人間の歴史がここまで続くわけないと、僕は思う」
それを静聴しているのは、虐げられた民たち。
貧しい村だ。
年々と上がる税と物価に加え、育てた農作物の殆どを年貢として徴収されていく。少しでも納品が遅れれば、暴君と名高い領主が晒し首を命じる。
民は家族の分の収穫物も領主に納め、それでも足りなければ頭を下げに行く。
領主館の前で民たちが土下座をし、許しを乞う光景が毎日のように広がっていた。領主はそれを窓から眺めて、満足そうに髭を撫でる。
そして聖人のように笑いながら「許してやろう」と言うのだ。泣いて喜ぶ民に「利子として次の年貢は三倍にしてあげよう」と嘲笑うのも忘れずに。
「でもそのクレイジーだって、大勢が頭のネジを飛ばせば『常識』になる。『常識』こそが『道理』であり『力』だ。僕たちが『常識』になってしまえば、世界は変わる。なぜなら『常識が負けるわけない』のだから」
青年は、足元に転がるでっぷりと太った男を踏み付ける。
「お前たちは、この男が悪だと思うかい?」
領主の男だ。
いつも嫌らしく笑っていた顔が恐怖に染まっている。逃げたくとも両手足は縛られていて動けない。
青年たちは、夜中になるのを待っていた。
暗闇に乗じて領主館に乗り込み、領主の私兵を次々に始末していった。最後に残った領主を屋敷から引きずりだし、民衆の前に晒す。
領主館の前には、騒ぎを聞きつけた人でごった返していた。数を見るに、この村のほぼ全員と言ってもいいだろう。
「この男はもちろん悪だ。だけど僕には、お前たちこそ悪に見える」
青年が、民衆を見渡す。
その汚れのない純粋とも言える眼差しに、まるで断罪をされているようだと誰かは思う。
「悪を罰しない者は、悪を成せと言っているのと同義だ」
長身のひょろりとした男は、用意していた油を屋敷に撒いている。大柄な男も意気揚々と油の缶を何個も同時に持ち、行ったり来たりしていた。
「悪を罰する力が無いのなら手を貸そう。悪を罰する勇気が無いのなら認めよう。僕は殺戮を強制したいわけじゃない」
屋敷全体に油を撒き終わったところで、長身の男が青年へ合図を送る。
青年はおっとりと頷いて、懐からライターを取り出した。それを掲げる。
「だけど恐怖心を捨て、剣を持つ覚悟をした者だけが新世界のドアノブに手を掛けられる。その快感はきっと、チョコレートなんかよりも甘美なものに違いないと思わないかい?」
ライターに火を点け、背後の屋敷へ放る。
火は爆発的に燃え上がり、華美で無駄なものだらけの屋敷を燃やしていった。
「勇気は誰もが持っている。しかしそれを恐怖心が邪魔するんだ。恐怖は悪ではない。それは身を守る大切な警報だからね。だけど恐怖に足がすくんで、志を殺してしまうのは愚か者のすることだよ」
青年が領主の首を乱暴に掴み、持ち上げる。
一見細そうな腕のどこにそんな力があるのかと思うほど軽々と。領主は悲鳴を上げたが、縛られた体では動けなかった。
「お前たちの志を邪魔する恐怖心があるのなら、今、ここで燃やして行きなさい。お前たちを無意味に虐げたこの男と一緒に火に焚べて、燃え上がる炎は新世界へと導く道しるべと思え。差別を甘受した無様な過去の自分を火に投げ入れて、蘇ったなら歩むべきだ。それが本来のお前たちの姿なのだから」
そして、領主を火の海へ放り投げた。
闇を切り裂くような悲鳴が聞こえたのは最初だけで、火の中では領主だった男が踊るようにのた打ち回っている。
やがてそれが動かなくなると、一つ、拍手が鳴った。
それは波紋のように広がり、あっという間に拍手と歓声で満ち溢れる。
希望を失っていた民衆にとって、自由への一歩が目に見えて実感できた瞬間であったのだ。
生まれた希望の渦の中、青年は特に変わった様子もなく立っている。
それを見て、男は思った。
希望を配るどころか、お前自身が希望になってどうするんだ、と。
◇◆◇
「え、それでどうしたんですか?」
「よくわからないまま『うちのご令嬢の婿に』って無理矢理連れて行かれた。んで、そこに居たのがどんなうら若き乙女だったと思う? 御年七十二歳の笑顔が可愛いおばあちゃんだ」
「婿というかもう孫じゃないですか」
「果たしてこの世はいくつまでを『ご令嬢』と呼ぶに相応しいか、俺は人類で最もこの議題について真剣に考えた男だぜ」
「心中お察しします」
「一番許せねぇのは堤さんだ。あの人、後ろで笑ってやがんの。『新婚旅行はどこにするの?』ってご祝辞まで頂いた」
「タバコの火が点いている方を口に押し込んでやればよかったのに」
「オイなんつー名案だ。採用」
「いでっ」
次の瞬間、大志は投げ飛ばされて背中を地面に打ち付けた。銀臣はスーツの襟を整えてから、ゆっくり歩み寄る。
だが今回は、怒りの赴くままに殴り合っているわけではない。銀臣は愉快そうに笑いながら大志へ手を差し伸べて立ち上がらせた。
「ホントに本番以外は弱いんだな」
「昔っからなんです」
バツが悪そうに眉を寄せる大志。一緒に訓練をするようになって、大志は一度も銀臣に勝てていない。なんなら割とあっさり負けている。本気の殴り合いをしている銀臣からすると、肩透かしを食らうほどにあっさりと。
周りでは同じように、何組もの軍人と工作員が体術戦闘の訓練をしている。任務や休暇では無い限り、軍人と工作員は何かと訓練をして日々を過ごしている。本日の大志たちも例に漏れず、朝からこうやって汗を流していた。
組み手の最中、気の抜けた話をするのが日常になっていた。
今回の話は中々面白かった。以前に辺境の地へ任務に赴いた際、閉鎖的な民族にいたく気に入られ、その民族の姫巫女(七十二歳)の婿にされそうになった話。命からがら車に乗り込み逃げたという冒険譚。堤にはよく酒の席でネタにされるらしい。
訓練中に不真面目ではあるが、銀臣がしつこく話を振ってくるので大志も乗ってしまっている。教官が近くを通りかかった時にわざとらしく気合いの声を上げる銀臣に、大志は笑いこ堪えるのに必死だった。
「そこまで、十五分休憩!」
広い訓練場に、教官の太い声が響く。
そこら中で上がっていた威勢の良い声が止み、場の空気が緩むのを肌で感じた。
「しかし、今日は暑いな」
「夏とほぼ同じくらいですね」
「年々、夏が長くなってる気がするぜ」
銀臣は服の中に風を送ろうとスーツを扇ぐ。
その様子を顔を赤くした女性の集団が見ていることに、彼は気付いているのだろうかと大志は横目で銀臣を見る。
どうやら気付いていないらしい。でなければ真剣な顔で「この調子だと十年後とか、一年間ずっと夏になるんじゃね? そうなったら学校っていつを夏休みにするんだろうな」とアホなことを言うわけない。
切れ者かと思えば、普段の彼は本当に適当な男だ。どうでもいいことも真剣に考え始めたりする。
大志が「一年中夏休みにすればいいんじゃないですかね」と適当に答えると「天才か」と返ってきた。そのタイミングで、横から大志に声が掛かる。
「大志、久しぶりだな」
呼ばれて、振り返る。
身長一八〇を越えるガタイの良い男が、にこやかに立っていた。短く刈り上げた髪と適度に日焼けした肌が、健康的で屈強な印象を持たせる。それはとても見覚えのある顔で、大志も笑顔を返した。
「剛斗じゃないか、気づかなかった。どこで訓練してたんだ?」
「端っこだよ。親友に気づかないなんて悲しいぜ」
「オーラ出せ、オーラ」
「なんだよオーラって!」
年相応にふざけ合いながら、剛斗は簡単に近況を話した。
どうやら工作員とバディを組んで、任務に当たっているらしい。大志もここ最近のことを簡潔に伝えてから、銀臣に向き直る。
「訓練校の同期の、難波剛斗です。見た目のわりに人懐っこいので大丈夫ですよ」
「人を猛獣みたいに言うんじゃねぇよ!」
慣れたように鋭くツッコンでから、剛斗は本当に人懐っこい笑顔を銀臣に見せた。
「はじめまして、ご紹介に預かりました難波剛斗です。大志とは訓練校での同期で『親友』です。大志がいつもお世話になってます」
「いえ、親友じゃないです。せいぜい友人止まりですよ」
親友の部分をやたら強調した剛斗に、大志は真顔で手を振る。
「ひっでぇな! あの辛い訓練の日々を共に乗り越えたんだから、もう親友だろ?」
「座学の後に毎回毎回俺のノートをアテにする奴を、俺は親友とは呼ばない」
「うぐっ、ま、まぁそんなこともあったな!」
「そんなことしかなかったって」
大志の肩に手を回し、誤魔化すようにバンバン勢いをつけて叩く剛斗と、眉を寄せながらも受け入れる大志。それを見て銀臣は「なんやかんや仲良いんだろうな」と感想を抱いた。
「というか、お前のバディは? 一緒に訓練してるんだろ?」
「あれ? そこまで一緒に来たんだけどな……」
不思議そうに辺りを見渡す剛斗。
その視線が、一点で止まる。人混みの中に向かって「どうしたんですか?」と声を張り上げた。
大志と銀臣が彼と同じ方向に視線をやると、小柄な男(と言っても剛人に比べればである)が肩を震わせて立っている。
綺麗に丸めた坊主頭の男は、ビシッと勢い良く銀臣を指差した。
「銀臣、ここで会ったが百年目だ!!」
「イヤだなテツさん。一昨日食堂で会ったじゃないですか」
テツさんと呼ばれた男は、銀臣の余裕とも言いたげな笑みを受けると睨み上げた。身長的に睨み上げる形となっただけであるが。
「俺はテメェのそういうムカつく態度が気に入らねぇんだ!」
「俺はテツさんのことわりと好きですよ。おもしろいし」
「人をおちょくるんじゃねええぇぇぇぇぇ!」
叫び、男は走り出す。
固めた右拳を銀臣の顔に向けて振り切った。が、銀臣はそれをスッと避けて男の腕を掴み、背負い投げる。男は軽く受け身を取り、再び銀臣に立ち向かう。
「テメェ! は! いつも! ヘラヘラ! 笑ってんじゃねぇ!」
「男前ですみません」
「ぶっ殺す!!」
男の容赦の無いパンチと銀臣の煽りにしか思えない言葉の応酬。
突然の乱闘に暫く呆然としていた大志と剛斗だったが、慌てて止めに入った。
「どーどーテツ兄さん! 落ち着いてください!」
「柴尾さんも! 完全に煽ってるじゃないですか、やめてくださいよ!」
二人の間に立ち、殴り合い(一方的)を諌める。
教官が走ってきて「なにをしている!」と眼光を鋭くしたので、大志は咄嗟に「うるさいハエがいるので素手で捕まえてました!」と答えた。教官は「そうか」と納得して去った。
教官の背中を恐々と見送り、大志は銀臣へ小さく耳打ちする。
「私闘は厳禁ですよ」
「ただのお遊びだって」
「相手の人、どう考えても本気でしょ。あなた、一体なにしたんですか」
「まっさか、俺とテツさんは大の仲良しだ」
「猛獣のような目で睨まれてますけど?」
大志の背後で、男はフーフーと鼻息荒く銀臣を睨みつけている。
苦笑いしている剛斗が「どーどー」と後ろから羽交い締めしていなければ、すぐにでも飛び掛かってきそうだ。
「テメェ卑怯だぞ銀臣! 俺と勝負しやがれ!」
「ヤですよ。訓練と仕事以外で体力使いたくないです。俺、虚弱なんで」
「トップで訓練校を卒業した奴がなにをほざいてやがる!!」
「テツ兄さん、落ち着いてくださいよー!」
さすが工作員というべきか、ガタイの良い剛斗に押さえられても振りほどけそうな勢いだった。その様子を見て大志はまた銀臣に耳打ちする。
「で、ホントはなにしたんですか」
「なんで俺がなにかした前提なんだよ」
「だって尋常じゃないですよ、あの人の怒り方。なにも悪いことしてないなら、俺も一緒に彼を説得しますから」
「心当たりはある」
「やっぱり」
「やっぱりってなんだよ。つっても、もう二年は前の話だぜ。テツさんと三年付き合った彼女が、俺を好きになっちまってフラれたんだよ。で、俺に決闘を申し込んできたから体術戦でボコッた。その後、テツさんに新しい春が来たわけ。告白したらその子も俺が好きだったらしくてフラれたの。また決闘を申し込まれてボコったら、それ以来テツさん、俺の顔を見るたびにああやって血圧を上げてんだ」
「よし、謝りましょう」
「なんで!?」
「モテすぎてムカつくので、謝ってください」
「俺なにも悪くねぇよな!?」
「いえ、もうその顔面が悪いんです。俺がちょうどいい感じにボコりましょうか?」
「君は本番になると強いからぜってーヤダ!」
「コソコソなに言ってんだ! さては俺を馬鹿にしてんだろ!」
「被害妄想ですテツ兄さん!」
「いでででででで首! 首絞まってるから剛斗!」
「あ、すみません!」
慌てて男を放すと、剛斗は心底申し訳なさそうに手を合わせて謝る。男は肩で息をしながら首をさすった。
なんだあの漫才、と思って二人を見ていると、男は気を取り直したのか背筋を伸ばしてスーツを整える。
坊主頭を撫でてから、男は両手の親指でビシッと己を差した。
「俺の名前は今野鉄平! 帝国一頼りになるイケ男だ! お前もなにかあったら俺を頼るといい! そこの足が長いのだけが取り柄のガキよりな!」
鉄平は大志に口上を述べた後、また銀臣を睨みつけた。
大志はとりあえず刺激しないように「はい」とだけ返事をしておく。すると鉄平は満足したのか、うんうんと大きく頷いた。
「テツさーん、忘れちゃいました? 俺、十九ですよ。テツさんと三つしか違いませんし」
「三つも違うんです〜! お前は俺からしたらママのおっぱい吸ってるガキです〜! ジェネラルキャップです〜!」
「ジェネラルキャップ?」
「ジャネレーションギャップって言いたいんだ、たぶん」
大志の疑問に剛斗がすかさず小声で返す。
「お前なんて歳下だと思って手心を加えてなきゃボッコボコだからな? 言っとくけどボッコボコだからな? 三年の力の差は大きいよ?」
「すごい、喧嘩の売り方が小学生並みだ」
「大志! 大きな声でそういうの言うなテツ兄さんが荒ぶるだろ!」
「え、なんだテツさんそうだったんですか。すみません、そうですよね、三年も先に生まれたテツさんがあんな弱いはずないですよね。三年も先に生まれてるのに。三年も」
「おいお前のバディなんとかしろテツ兄さんが荒ぶるだろ!」
「どんだけ荒ぶるのテツ兄さんは!」
「ぶっ殺す!!」
鉄平が走り出す。そこでまた教官が「なにをしている!」と走ってきた。大志は咄嗟に「壮絶なあっち向いてホイをやってます!」と答えた。教官は「ほどほどにな」と言って去った。
「今日がテメェの命日だ!」
「ストーップ!」
銀臣と鉄平の間に入った大志は、ガシッと鉄平の肩を掴む。
そして真剣な顔で鉄平を見据えた。
「少しいいですか、今野さん」
「お、おう」
「三年間お付き合いした彼女さんは、今野さんにとって所謂初カノですか?」
「そうだけど」
「おかしい!」
「!?」
「!?」
「!?」
大志は叫んだ後、拳を握って熱く語る。
「おかしいですよ今野さん。あなた程の人が、お付き合いした人が一人なんて有り得ないです」
「そ、そうか?」
「はい。有り得ないからこそ、俺はある一つの結論に至りました」
「おう?」
「一人なんて有り得ないんです。だからあなたには、これからまだまだ女性とお付き合いするチャンスがあるわけです」
「おう?」
「だってお付き合いした人数が一人って、今野さんにそれは有り得ないじゃないですか。だからこれからたくさんの春があります。だって有り得ないんですから。お付き合い人数一人て、それは有り得ないんですよ普通に!」
「そ、そうだよな?」
「はい。なので安心してください。春はすぐそこです、すぐそこ!」
「だよなー!」
「はい!」
勝者の雄叫びの如く声高に舞い上がる鉄平と、調教師大志。二人は肩を組んで拳を天に向かって突き上げた。
「なに言ってるかわからなかった……」
「大志お前、結構そういうところあるよな」
それを冷めた目で見る二人という謎の空間に、教官の「休憩終了!」の声が割り込む。
そうなればさすがにお巫山戯するわけにもいかず、訓練に集中する為に気持ちを入れ替える。
訓練に入る前、鉄平が大志にくるっと振り返った。
「おい、そこの見る目のある黒髪くん」
「宮本大志です」
「いい名前だな、大志」
「いきなり呼び捨てにされた……」
「俺のことはテツ兄さんと呼んでくれ!」
「はい、気が向いたら」
大志お得意の適当な返事でも、鉄平は満足したように微笑み去って行く。
それを見送り、さて訓練だと大志が銀臣に振り返った。そこで、あることに気づく。
「……休憩した気がしないです」
何故か休憩開始直後よりも疲れている。衝撃を受けている大志に、犯人の一人である銀臣は真顔でほざいた。
「俺も謝ったほうがいいのか?」
「もーいいですよ。顔面ボコらせてくれれば」
「どんだけ俺の顔面狙ってんだよ」
「軍人は模造刀を持て! 刃物を持った相手の鎮圧訓練、開始!」
教官の指示で、大志は懐のホルスターから模造刀を抜くと同時に銀臣の顔面へ向けて突き刺した。
まっすぐ顔面に向かって来たからこそ、銀臣はそれを首だけ動かして避ける。
「なんか、さっきより動き良くね?」
「本番ですので」
「俺の顔面をボコる!?」
銀臣は、突き出された腕を掴んで固定しながら後ろへ回る。が、大志が背後へ向けて足を蹴り上げた。迫る踵を寸でのところで避けて、銀臣は距離を取る。
それからニヤリと笑った。
「ほんっと、足癖わりぃ」
「褒め言葉です」
「ま、やっと張り合いが出るってもんだぜ!」
そうして訓練に明け暮れる。それが大志の日常になりつつあった。
午前の日差しが容赦なく肌を焼く。そんな中、大志は模造刀を振った。そして最後には負けるのだ。
何分かして役割が交代され、今度は銀臣が模造刀を握る。
一定の集中を通り過ぎ疲労を実感すると、銀臣の技は少し荒くなる。最近知った銀臣の癖が見え始めた時、ざわっと空気が揺れた。
何事かと動きを止めて周りを見る。全員の視線が同じ方を見ていたのでそっちを向けば、予想を遥かに超える人物がそこに居た。
「サクラ姫殿下、なぜこちらに!?」
強面の教官の、今までに聞いたことのないような上ずった声。
当たり前だ。現皇帝の実の孫。この国の実権の正当後継者である女性が悠然と立っているのだから。
長い薄桃色の髪はさらりと風に溶けるように滑らかで、白い肌に純白のドレスがよく似合う。
整った端麗な顔立ちと、上品な佇まいだけで人を惹きつける雰囲気の人だった。
その姿を認識した瞬間、その場の全員が片膝を立てて跪く。
頭を垂れ、皇室への敬意を表した。
「いきなりお邪魔してすみません、伊武教官。用事で近くを通りましたら、活気ある勇ましいお声が耳に入ったものですから。少し見学に」
静まり返った空間に、まるで丁寧に演奏されたピアノのような、美しい声が響く。
自分の名前を呼ばれて恐縮した教官が、噛みながらも姫殿下へ挨拶を済ませた。
「どうぞ、私に構わずお続けになって」
「しかしここではなにかと危険でございます。人や物が投げ飛ばされておりますので」
「あら、私は平気ですわ」
「なりません。ご見学なさるのならどうぞ上座に」
「過保護ですこと。みんなそうなのよね」
可愛らしく拗ねてみせるサクラ。思わずどんな我儘も聞いてあげたくなるような雰囲気にさせてしまうが、今回はそうもいかない。
こんな人が混戦する場内で見学させて姫殿下に怪我をさせれば、人や物どころか教官の首が飛ぶ。比喩ではなくリアルに。
この訓練場はパレードにも使われることがあるので、上には客席と、もちろん皇室席もある。教官がそこに行くことを勧めると、サクラは「それではいつもの景色と変わらないではないの」と口を尖らせた。
どうやらサクラは、近くで軍人たちの訓練の熱を感じたいらしい。
だけど引き下がるわけにもいかない教官と護衛たちが必死に説得している。
説き伏せられていると、サクラは「もういいです、次はちゃんと運動着で来ますから」と頬を膨らませた。そういう問題では無いのだが、それで引き下がってくれるというなら教官は聞き流すことにした。
「帰りますわ。それでは皆さん、ごきげんよう」
軽やかに笑い、サクラは踵を返す。そこで彼女は動きを止めた。
靴を鳴らして再び歩く。大志の前まで来ると、彼女は可憐な声をその頭に降らせる。
「面を上げてください」
大志は一瞬、自分に向けて言っているとは思わず反応しなかった。
しかし声がやたら近いのが気になり、「まさかまさか」と思いつつ、恐る恐る顔を上げる。
彼の予感は当たってしまい、サクラは大志をまっすぐに見ていた。大志にとって皇室の人間の顔なんて、彼らが式典で宮殿のバルコニーへ出る時、遥か遠くからしか見たことがない。
それだってあまりに遠すぎて誰が誰だかわからないような距離だった。
それが、こんな、すぐ目の前に居て、なんなら自分に声を掛けている。
予想外の現実に大志は固まる。サクラは彼の顔を見るとニッコリと微笑んだ。
「先ほどの訓練、実は陰からこっそり覗いておりましたの。あなた、とても目を引くわ」
「お、恐れ入ります。姫殿下」
「気に入りました。お名前はなんて?」
「宮本大志でございます」
「宮本、大志。素敵なお名前」
ゆっくりと大志の名前を復唱して、サクラは瞳を細めて笑った。
「働きに期待しております。この国の為にお力を貸してくださいね」
それを最後に、今度こそ護衛を引き連れて訓練場を出て行った。
教官も見送る為に退場する。お目付役が居なくなると、途端に喧騒が沸き立つ。
「大志、お前すげーな! 姫殿下にお声をかけてもらえるなんてよぉ!」
「宮本くんってモテるよな」
剛斗が興奮したように大志の肩を揺すり、銀臣は相変わらず揶揄うように笑う。
場内の視線も大志に集中していた。それに比例するように、大志の視線は下がっていく。
「名前まで聞いてもらえるなんて、大志、お前相当気に入られてるんじゃねぇか?」
「よっ、期待の新人!」
「大志……お前はどうやら俺様の次にモテるようだな」
囃し立てる三人に、しかしそれには目もくれず大志は両手で頭を抱えた。
「も〜、ホント、ホントやめてくれよ嬉しくないんですけど。俺は目立ちたくないのあんなことされたら一瞬で目立つだろ、も〜ホント、も〜!」
「お前が相変わらずのようでなによりだ」
「普通の人間なら泣いて喜びそうなもんだけどなぁ」
頭を掻き毟る大志に、剛斗と銀臣は顔を見合わせてやれやれと肩をすくめる。
「まぁ困ったことがあれば、この鉄平様に相談するといい。頼れる男として女性の間じゃ有名だ」
胸を張る鉄平に、銀臣は「どこの女性ですか? 今度紹介してくださいよ」と返し、「誰がテメーなんかに!」と鉄平が拳を握ったことで再戦のゴングが鳴った。
大志は頭を抱えていて使い物にならないので、一人では二人を止めきれない剛斗の悲痛な叫びが木霊する。
乱闘はそのまま、教官が戻ってくるまで続いた。
◇◆◇
「暗い部屋の中に、ロウソクが一本あるとするだろう?」
夢の世界から覚醒した男が最初に聞いた一言は、それだった。
そして目覚めなければよかったと少し後悔する。このまま夢の世界を遊覧していた方がいくばかりか楽しかったかもしれないと思ったのだ。
人と貨物を運搬することを目的とした、広い車の中。
向かい合うように備えられた座席はちらほらと人が座っている。青年はそこにいる全員に向けて話しているようだった。
青年の斜め向かいに座っている男は、どうせ起きたことはバレているだろうしと顔を上げる。青年はにっこりと笑ってから、やはり春風のように爽やかで優しい声で語り始める。
「暗い部屋はもちろん、ロウソクに火を灯さないと明るくならない。だけど火を点ければロウソクはどんどん減っていって、最後には無くなってしまう。すると明かりは消えて、また暗い部屋に戻ってしまう。暗い部屋を明るくしてくれるロウソクは、もう無い。無くなってしまうのがわかっていて、部屋を明るくする為にロウソクに火を点けるかい?」
「点けねきゃ元も子もねぇだろうが」
男は間髪入れず答えた。
元も子もないと言われればそうだ。火を点けなければ、ロウソクがそこにある意味が無い。例え無くなれば暗くなってしまうとしても、点けなければずっと暗いままだ。
青年は笑う。まるで唄うように続きを述べた。
「だけどその部屋に、もう希望は無い」
言われて、そこに居る全員は思案する。青年の言葉の意味を考えた。
「ロウソクが燃え尽きてしまった部屋には、もう光源となるような物は無い。つまり、もう二度と明るくなることは無いだろうし、『ロウソクがある』という希望が無い」
また妙なことを言い出したと、それでも男は腕を組んで大人しく聞き入る。
声が心地よいからか、青年の独特の雰囲気故か、話しをされるとつい聞いてしまっている。
周りもそうであるのか、誰も適当に聞き流すことをしない。静かに耳を傾けている。
「ロウソクは、例え火を点けなくとも『そこに在る』ことにこそ意味がある。いつかそれが燃え上がるという希望が人を生かすからさ。絶望は人を動かすけど、同時に殺してもしまうからね」
青年は笑う。
まるで世間話のような口調で、表情で、とんでもないハッピーエンドを語るように。
「僕たちはロウソクだ。例え今は火が点いていなくとも、存在していることに意味がある。僕たちが存在しているだけで民衆は希望を持つ。いつか炎が燃え上がると、民衆は信じるからね」
「だが、燃えなきゃ居る意味もねぇ」
「そう、肝心なのは『必ず燃やさなければならない』という点だね。この燻りを不発で終わらせてはならない。天まで届く聖火にしなければ」
青年は、優しく一同に語り続ける。
まるで子守唄のようで、それでいて朝の目覚めを促すようにも思える声で。
「みんな、焦らないことだよ。ロウソクも人の命も、無限ではないのだから。燃え上がるにもタイミングがある。最適な温度と風が必要なんだ」
青年の言葉は、車の中にずっと渦巻いている同志の緊張を読み取ってのものだった。
近々、青年たちの同志が帝都へ届く武器輸送列車を奇襲する。決行の日が近づき、皆の言動の端々に緊張と焦燥が見えた。
青年はそれを察して、こんな話を始めたのだろうと男は当たりをつける。
「……テメェはいつも、回りくどい」
「僕なりに励まそうと思ったのだけど、ちょっと外してしまったかな?」
「そんなことねーっすよ! オレ、感銘を受けたッス!」
「いつも、感銘、受けてる、よね」
車内に少し、明るい雰囲気が戻った。
それに青年は満足そうに微笑む。どうやらこの遠回しでわかりにくい激励は、脳筋たちの緊張を解すには丁度良かったらしい。男は「お前ら、あんまはしゃぐと舌を噛むぞ」と座らせた。
その様子を喉を鳴らして笑い見てから、青年は最後に付け足す。
「あと重要なのは火だ。それがあればロウソクに火が点く。炎にする為の薪もあれば尚良し、かな」
◇◆◇
午後四時半・移動中の車内
大志と銀臣は、またも車に揺られていた。
しかし今回は二人だけではなく、選抜班での任務だ。運搬用の大型軍用車には、他にも人が座っている。
「なんでテメェと……」
その内の一人、今野鉄平は銀臣を睨み付ける。
本部を出た時からずっとこの状態だ。むしろよくそこまで体力があるものだと大志は感心し始めた。
「テツ兄さん、仲間内で喧嘩はやめましょうよ」
その横にはもちろんバディである難波剛斗の姿もある。
彼もずっとあの調子で鉄平を宥めている。本当にご苦労様だと胸中で激励を送る大志の横で、銀臣はわざとらしく肩をすくめた。
「人選に文句があるなら堤さんに言ってくださいよ。堤さーん、今野鉄平工作員が意見したいそうでーす」
「え〜、なになに? なんでも言ってくれていいよん」
「な、なんでも無いッス!」
「遠慮しなくていいのに」
相変わらずの胡散臭い笑顔を湛えた堤が、助手席から顔を覗かせた。
鉄平は慌てて否定した後、恨めしそうに銀臣に振り返った。銀臣はどこ吹く風で座席に背を預けている。
大志が銀臣の頭にペシンと軽い平手を落とせば、彼は頭を押さえて悪戯気に笑った。
「なになに、みんなもうそんな仲良くなったの? 若いっていいね〜」
「堤さんもまだお若いじゃないですか」
「みやもっちゃぁん、俺もう二十七よ。二十七は君たちが思ってるよりずっと大人なの」
「あなたの場合、大人というよりオッサンでは」
運転席に座る機動第三部隊隊長補佐、三島美馬は常の真顔で堤に言い放った。
それに相当不服を感じたのか、堤は声のトーンを少し上げて反論する。
「失礼だぞ、三島チャン。男はこれくらいから大人の色気が出てくるのよ」
「色気のある男はお風呂上がりに扇風機で髪を乾かしません」
「え、なんで俺の風呂上がり事情知ってるの…………えっち」
「えっちとか言わないでください気色悪い! 銭湯の共用スペースで毎日やってるじゃないですか!」
「毎日堤さんのことを見てるんですか?」
「黙りなさい宮本二等軍士!」
「お二人ってまさか付き合ってるんですか?」
「な、ななななななな!!? あなたも黙りさない柴尾工作員!」
「うわっ、三島チャン! 安全運転でお願いよ!」
急に大きく揺れる車に、車内では悲鳴が上がる。
鉄平は舌を噛んだらしく戦闘前から戦線離脱する勢いで倒れた。剛斗の「テツ兄さーーーーん」という叫びが木霊する。
なんとか正常な軌道に戻したが、三島は耳まで真っ赤にしてブツブツと呟いていた。
それを見て、銀臣がコソッと大志に耳打ちする。
「な、三島さんってカワイイだろ」
「わかりやすいですね。今時、幼稚舎のお嬢さんだってあんなに動揺しませんよ」
「俺らに当たり強いけど、あれだから憎めねぇんだあの人」
「柴尾さんはああいう方がお好みで?」
「気が強い女は嫌いじゃねぇぜ」
「気が合わないですね」
「そりゃ残念」
三島に聞かれたらとんでもない勢いで怒られそうな内容だが、彼女は運転と隣の堤に集中(夢中とも言う)しているので聞こえる心配はなさそうだった。
大志の予想では、堤は三島の想いに気付いていると思う。功績のわりに階級は低いが、切れ者で有名な人だ。まさかあれだけわかりやすい三島の反応に気づかないなんてことは無いだろう。
だが、交際をしているようにも見えない。なので大志は三島の恋の行方を密かに応援することにした。口に出して応援すれば「余計なお世話よ!」と言われるのは間違いないので、あくまでも心の中で。
大志が運転席の三島を温かい目で見守っていると、その隣の堤が声だけを後ろに向ける。
「あと一時間弱で目的地に着くから、もっかい概要の説明するよん。といっても、みんな頭がいいからちゃんと覚えてると思うけど」
「脳まで筋肉の難波剛斗の為にもお願いします」
「大志!」
「おっけ〜、よく聞くんだぞ南蛮漬けくん」
「あだ名のセンス!?」
しかし剛斗の叫びを無視し、堤は続ける。
「今回の任務は、所謂『掃討戦』ってやつだ」
その声が常より少し落ち着いたトーンになったので、車内の全員が一瞬で気持ちを切り替える。
堤は人に話を聞かせるのが妙に上手い。普段のおちゃらけた雰囲気が真剣なものに変わるから、というのも一つの要素である。
強弱の付け方、間の取り方、場の空気に見合ったペース、声の距離感。それが絶妙だと大志は甚く感心している。『聞かなければ』と人に思わせる力がある。
「じゃあ、我が帝国の軍事用語における『掃討戦』の意味を、南蛮漬けくん、説明をどうぞ」
「えーっと……戦意のある敵を排除します。しかし、降参する者、負傷して戦えない者などの非戦闘員は捕虜として保護し、身の安全を保証するものとする戦闘です」
「そそ、花丸」
今回の行き先は東方の地。鉄道産業が活発な、帝都の人間の重要なライフラインを支える町だ。
そこには貨物を載せた鉄道が、朝から晩まで行ったり来たりしている。貨物の内容は食料・生活必需品・薬・ガソリンと、生活の根底を支える物ばかりだ。帝国に入ってくる物資のほとんどは、この町を経由して届く。
「そこに反乱軍が集結して、線路を破壊。ついでに帝国へ届ける荷物なんて頂いちゃえ〜っていう感じらしい。おそらくメインで狙ってくるのは武器運送列車。これを奪われたらわりとメンドーなことになるから、ガンバッて死守しようね。抵抗する者は問答無用で殺すこと。だけど、気をつけないといけないことがある。みやもっちゃん」
「一般市民への誤射などです」
「そう。これはなにがあってもあってはいけないことだから、じゅーぶん配慮するようにね。帝国の敵がますます増えることになる」
国民の怒りは、まるで破裂を待つ風船のようにゆっくりと膨れ上がっている。上級貴族は税が免除されているにも関わらず、下級貴族や国民へは容赦のない税が課せられる。重い税から逃げようと領地を脱走する民の話はよく聞く。捕まった場合は死ぬより辛い処罰が待っている。帝都はそれでもまだ華やかな部分は多いが、その影には飢えに苦しみ抜いて死んでいく者も少なくはない。
各地では『自由と平等』をスローガンに、反皇帝思想の反乱軍が急速に勢力を伸ばしている。それを鎮圧するのが帝国軍の最も重要な任務だ。
「すでに現地には、先遣部隊が到着してる。まずはそこと合流ね」
「堤さんのバディもいますか?」
「あぁ、あの子はまた別の任務。工作員も人員不足だから、事務仕事も多い俺とばっかり居られないわけよ。さみしーもんだよ」
銀臣の問いに、芝居が掛かった声で堤は返した。それに三島が口を尖らせる。
その顔に出ている感情に「堤さんのバディは女性なのかな」と、大志はなんとなく直感した。
バディは基本的に、同性で組む。任務で野営や車内泊なども共にするバディは、同性の方がなにかと便利だからである。それに、所謂男女間の『間違い』を防止する意味もあるのだ。
昨今は軍人も工作員も人員不足なので必ずしも同性と組むとは限らないが、まだまだ男女のバディは珍しい部類に入るだろう。
「いくら寂しくても任務には集中してくださいね」
「わかってるよ、三島チャン」
少し怒ったような、拗ねたような声が運転席から聞こえてきて、大志と銀臣は再び声を落とした。
「ホントかわいいですね、三島さん」
「だろー?」
「そこ! なにか言ったかしら!?」
「いえ、なにも」
今度は聞こえたらしい。二人は真顔でしらを切った。
◇◆◇
「君たちには再教育が必要だ」
小さい電灯だけは照らす暗い部屋の中、無精髭の男が言った。
男の前には、数人の男女が縄で体の自由を奪われて転がされている。
その周りを囲むように立つ大人数は、誰も彼も男女を見下ろしていた。男女が恐怖で涙を流しながら、無精髭の男に許しを乞う。
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい、もうしません、許してください」
混乱した頭には上手い言葉が思いつかず、そればかり繰り返す。
しかし無精髭の男は虚ろな目で、一切の感情を動かさなかった。
「泣かないでくれ、別に酷いことはしないよ」
その言葉に男女が安心したのも束の間であった。男の次の言葉に、吐きそうなほどの絶望が襲う。
「これは教育だ。脱走者には教育が必要なんだ。これから国を変えようと崇高な志を掲げる我々に、君たちはとんでもない迷惑を掛けたわけだから。君たちの志がその程度だったことに、俺は涙が出るくらい残念に思ってるんだ」
無精髭の男の手には、鉄パイプが握られている。
カラカラとそれを床に引きずりながら、ゆっくりと縛られている男女に歩み寄った。周りも鉄パイプや角材、酒のビンまで持ち出す。
「国の為に戦っている我々が苦しいのは当たり前だ。その為の訓練が辛いのも当たり前だ。空腹なのも薬が足りなくて傷が痛むのも当たり前だ。だけどその苦しみの先に、勝利がある。『あの人』が我々を導く。俺の部隊がこんな体たらくじゃ、あの人は俺を認めてくれない」
鉄パイプが振り上げられる。
男女は許しを叫んだ。狂ったようにごめんなさいを繰り返す。
だけど無精髭の男は、やはり何の感情も動かさない虚ろな目で呟く。
「君たちには、再教育が必要だ」
力一杯、鉄パイプが振り下ろされた。




