第3話 新渡戸家
翌朝、二人は主人のオススメだという飲食店に足を運んでみた。
田舎特有のゆったりした時間が流れる朝。常連と思しき客が何人か席を埋めていて、大志たちは窓際の端に席を取っている。
テーブルには良い香りを立てるコーヒー。サンドイッチとオムライス。値段も同じ量で帝都よりずっと安い。
「柴尾さん、朝からオムライスなんて凄いですね」
「そうか? 普通じゃねぇ?」
「俺としては重いです。オムレツならいいんですけど。好きなんですか?」
「まぁ好きなのもあるし、なんつーか、研究?」
「研究? オムライスの?」
「そんな感じ」
へぇ〜と笑っておいたが、大志は心の中で思った。こんな男前な顔してオムライスの研究ってどういうことだと。
(ギャップ? 家庭的?)
オムライスの具材を真剣な眼差しで見ている銀臣に、大志は不思議な人だなと彼への印象を新たにした。それに何故オムライスを持っているだけで様になるのだろうと疑問も生まれた。
和やかに始まった食事がコーヒーだけとなったところで、大志は気持ちを切り替える。雑談の時よりは少し堅い口調で任務へ気持ちを向けた。
「資料によると、消息不明の二人が泊まったのはここからほど近い宿だそうです。まずそこから聞き込みをしようと思うのですが、どうでしょう」
「まぁ、妥当だな」
◇◆◇
「あぁ、あのお客さんね。宿を出て行った時、とくに変わった様子は無かったよ。それ以上のことは知らないねぇ」
「いえ、ご協力感謝します」
ごめんなさいと眉を垂らす宿の女主人に、大志は努めて明るく返した。手元のメモ帳に簡単に走り書きをしてから、胸ポケットに仕舞う。
「それでは失礼します。最近は物騒ですので、おばあさんも夜中の外出はなるべく控えてくださいね」
「はい、お気遣いありがとう」
「それでは」
「あ、軍人さん」
「はい?」
他を当たろうと大志が踵を返すと、女主人は小さい声で呼び止める。それからチラリと大志の後ろに視線をやった。その視線を追うと、扉のすぐ横に立っている銀臣が居る。
女主人は眉を寄せて苦い顔で銀臣を見ると、大志の耳にだけ入るように声のトーンを落とした。
「あっちの人は軍人さんじゃない方だろう? 大丈夫なのかい?」
「? 大丈夫ってなに__……」
言いながら思い至った。その言葉の意味に。
世間の勝手なイメージが先走っているだけだが、猟犬は警戒するべき存在とされている。
凶暴、攻撃的、人としての情が無い。確かにそんな猟犬もいるかもしれないが、大志が見てきた(まだ数人ではあるが)猟犬は、どの人もそれとはかけ離れているように思う。
なので、本当に世間のイメージなのだ。とくにこの女主人の世代は、工作員への悪いイメージや先入観がもっと強かった時代だろう。この反応も頷けるし、心配も尤もなものだと大志は納得する。
女主人は銀臣の左腕に付けられたブレスレットを見てから、不安げに大志を見上げてくる。
それに大志はとりあえず、女主人を安心させるように笑ってみた。
「大丈夫ですよ、穏やかな人です。私も付いていますし、ご心配なく」
後になって思えば、もっと猟犬の悪いイメージを緩和できる言い方もあったのではないかと思うが、この時の大志にはこの言葉しか思いつかなかった。
宿を後にして、なんとなく黙って歩いていると、微妙な雰囲気を察してか銀臣の方から口を開いた。
「一つ、確認しておきたいことがあるんだけどよ」
「は、はい」
まさかさっきの会話が聞こえていたのかなと、大志の声は僅かに揺れる。耳が良い銀臣のことだ、きっと聞こえていたに違いないと確信した。
(気分悪くさせたかな……)
「この村で続いている連続失踪事件と、軍人と工作員の消息が途絶えた二つの件。関係していると思うか?」
何を言われるんだろうと大志が内心ビクビクしていると、銀臣はなにも気にした風も無く仕事の話を始めた。
てっきり女主人との会話の件だとばかり思い込んでいた大志は、少し反応が遅れる。じわじわと質問の意味を噛み砕いて、慌てて返す。
「今のところは、無関係とは言えないと思います」
「じゃあ、『関係しているものとして』考えた場合、それは事故と事件、どっちだと思う?」
「……事件の可能性が高い、と思います。確信ではありませんが」
「そっか、俺もそう思う」
それだけ言って銀臣はまた口を閉じた。横を歩く大志も黙る。友人とは違って沈黙が気まずい仲というのも気が疲れるものだと、大志は任務とはいえ辟易した。
手持ち無沙汰でなんとなく視線を巡らせると、のどかな風景が目に飛び込んだ。
村一番の繁華街と言うここは、帝都のそれとは違ってのんびりとしていた。石畳で整備されていないむき出しの道に、木造りの簡素な建物が並ぶ。道端で会話する主婦や、農具を持って畑に向かう老人。大志のすぐ横を馬を引き連れた少年が通った。
「……一見、平和そうな村だけどなぁ」
大志は独り言として呟いてから、手に持った捜査資料に目を落とす。
ここ数十年は大きな抗争も無ければ危険種の被害にも遭っていない、本当に平和そのものの村だった。
村人の失踪事件が起きたのは二ヶ月程前から。その詳しい調査に向かって連絡が途絶えた軍人。ただの事故と思うには難しい案件だ。
「とりあえず、目撃情報を当たってみますか」
「まぁ、妥当だな」
そう言って調査に繰り出すこと3時間12分36秒。
小さい村なので、予想以上に早く聞き込みが終わった。つまりなんの収穫も無い。
消息不明の軍人と工作員は、今の大志たちのように失踪事件の聞き込みを行い、三日後に消息を絶った。本部が軍用車に搭載してある無線機に連絡を入れてみたが、ノイズだけが延々《えんえん》と聞こえるだけだったらしい。軍用車が破壊されている可能性もあると資料にある。
「消息不明の平野さんも小島さんも、その日も普通にホテルのフロントから出て行った。目撃者の証言によると、滞在中に二人に変わった様子は無かった。わかったことと言えばこれだけですね」
「こんな小学生のおつかいみたいな成果だけしか持って帰らなかったら、堤さんが久々に瞳孔開いちまうな。本部が戦場より戦場になること請け合いだ」
「あの人、ちょっと怖そうですもんね」
大志が堤班長統括に抱く印象と言えば、軽薄でお調子者。でも要領良く世間を渡っていきそうなタイプ、といったところだ。本気で怒るところはまだ見たことがない。だが、底の知れないような人というのが一番強い印象だった。
大志がオブラートに包んでそれを伝えると、銀臣は大きく頷いて同意した。
「あの人は怒るとマジで怖いぜ。普段はあんなんだけど、怒った時の堤さんに口挟んだら殺されるんじゃねぇかって思う」
「そ、そうなんですか?」
「つっても俺も、新人の頃に何回か見ただけだけど。同僚を半殺しにして出世街道から外されたって噂だ」
「半殺し……」
「それはだいぶ昔の話らしい。だから優秀な人なのに未だに班長統括の地位にいるんだよ」
「なんでそんな……」
「あれ、おにーさん達!」
少し重くなった場の空気に、その全て払拭するような明るい声が割って入る。
二人で後ろを振り向くと、多大にお世話になった恩人が手を振りながら走って来た。
「おはよう〜、昨日はよく眠れた?」
「おかげさまで」
「世話になったな」
その言葉に安心した新渡戸ミカは、ニッと歯を見せて笑った。
「いいよいいよ、『困った時はお互いさま』。田舎の鉄則だよ」
相変わらず人懐っこい笑みの彼女は、満足そうな顔の後に思い至ったように慌てる。
「て、今はお仕事の最中だったよね? ごめんね、見かけたからつい声掛けちゃった」
「いや、一通りやることやったし休憩しようかって思ってたとこ」
「なんだ、良かった〜! あ、じゃあ今度こそウチに来てよ。イケてる軍人さんと知り合いになったって家族に話したら、みんな羨ましがっちゃって。特に妹!」
大志と銀臣は、またも顔を見合わせる。
「あらぁ〜思った以上に良い男じゃないのぉ〜」
お言葉に甘える形で訪れた、丘の上の年季の入った一軒家。
新渡戸家の食卓で、大志と銀臣は借りてきた猫のように大人しく座っていた。
「帝都の軍人さんかい。さすが都会の人は雰囲気が違うねぇ」
「んだぁ、わしらの若い頃なんて冴えねぇ芋掘りカカシやったんにのぉ。ね、かかさん」
「寄ってくるにゃぁ男じゃのぉてエサ狙いの野良犬じゃてなぁ、はっはっは」
「んでな、芋掘りカカシにまんまと付け込まれたのがわしやで軍人さん。女を選ぶ時にゃぁ慎重にな。じゃんと、わしみたいに尻に敷かれて屁をこかれるべ」
「あんた! 良い男の前で屁をこくなんて恥ずかしいこと言うでないよ!」
「は、はぁ……」
予想より遥かに賑やかな家に圧倒された大志は、うまい対応が見つからず愛想笑いだけが咄嗟に出る。
「こらぁ、ばっちゃんじっちゃん、田舎の勢いで話し掛けたら都会の人が驚くでしょ」
テーブルに人数分のお茶を運んで来たミカは、呆れたように年寄り軍団を諌める。
「ミカちゃん、良いお婿さんが見つかったねぇ」
「え、婿!?」
「あ、違う違う! 田舎の年寄りは若い男女が一緒だとすぐ結婚だなんだ言うの。も〜、ばっちゃん、ちょっと静かにしてよ!」
「すまんなぁ」
皺だらけの顔をさらにくちゃくちゃにして笑うと、おばあさんは手元に来たお茶を啜る。
「アタシの父方の祖父母と、ひいおばあちゃんとひいおじいちゃん」
ミカは食卓を囲むように座った老人の後ろを回り歩いて紹介していく。ちょうどキッチンから出てきた女性を「お母さんだよ」と付け足した。
「お父さんと妹は畑に出てるけど。もうすぐ帰ると思う」
「ミカがお世話になってます。どうぞゆっくりしていってね」
「いえ、むしろお世話になったのはこちらです」
優しそうなおっとりした雰囲気の母親を、大志は思わずジッと見てしまった。
(優しそうな人だなぁ)
甲斐甲斐しく年寄りの世話をして、急な来客にも笑って対応して、その際に手作りのクッキーなんかを食卓に並べてくれる。
(優しく叱って、褒めて、笑ってくれそうな人だ)
目元の皺が、なんとなくそんな印象を大志に与えた。
きっと笑う時に、あの皺が濃くなるのだろう。皺が出来るほど笑ってくれる人なんだ、と。
「娘と同じ年頃の子はこの村に少ないから、新鮮な気分だわぁ。いつまでこちらに滞在するのかしら?」
「予定の上では五日くらいです。場合によっては前後します」
「軍人さんのお仕事も大変ねぇ」
「お呼ばれした席で失礼ですが、この村で起きている失踪事件について、なにか思い当たることなどありませんか? どんな小さいことでもいいので」
大志が聞くと、母親とミカは顔を見合わせる。老人も首を捻って考え始め、場には少しの静寂が訪れる。
「う〜ん、とくになにも……先週にいなくなっちゃった修理屋の店主さんは、とても良い人で恨まれるようなことも無かったと思うし……」
「そうよねぇ、気さくで良い人だったわ」
修理屋の店主は、この村で唯一の高等学部卒業者で、村人みんなから頼りにされていたと母親は話した。
それを聞いて反応したのは、大志や銀臣ではなくミカだ。
「学校かぁ、いいなぁ。私も行ってみたい。花の女子高生ってね!」
「女は中等学部まで出てれば十分だでな」
「かかさん、今はその考えは古いらしいで。最近は女でも高等学部を卒業する人が増えたでな」
「きゃりあってやつじゃ」
「きゃりあ」
老人の和やかな会話を余所に、ミカは鼻の穴を膨らませる勢いで大志たちに詰め寄る。
「都会の学校て絶対ステキだよね。華やかで制服とかも可愛くて、帰りに買い食いとかしてさ!」
「確かに街を歩いている女学生は華やかですね」
膝丈のスカートを翻して歩く様は、正直可愛いと大志も思っている。特に帝都には国立や私立の教育機関が集まっているので、街を歩けば必ず学生を目にするほどだ。
「ねぇ、帝都の学校はどんな感じ? やっぱ校舎とか綺麗なの? 食堂でステーキが食べられるってホント?」
(なぜステーキ?)
その部分は心底不思議に思ったが、大志は当たり障りなく返答した。
「ピンキリですよ。貴族が通うような所謂お金持ち学校は校舎も綺麗だし、ステーキも出るかもしれません。普通階級が通うような校舎は、校舎も食事内容も普通です。高等学部のようなところは、俺はキャリア組じゃないのでよくわかりません」
高等学部に通うような人は、店の跡取りや公務員を目指しているような主に男ばかりだ。最近では『女性も学問』だと女性を積極的に受け入れる高等学部も増えているが。
更ににその上の大学部は貴族の嫡男や大臣、皇帝の親戚など、やんごとない身分の学生ばかりらしい。
中等学部卒業後に軍の教育機関に入り、そこそこの教育と体力作りばかりしていた大志には想像もできない世界だ。
そこでふと、大志は思い至った。
(柴尾さん、全然話さないな……)
あまり不自然な動きにならないように、大志は隣に座る銀臣を見る。
先ほどからミカたちの話し相手は大志ばかりで、銀臣は一向に口を開かない。ただ大人しく、時々ティーカップを傾けている。
(人見知り? いや、それは無いか。初対面の俺とも普通に話してたし)
体調が悪い、眠い、考え事をしている。様々な理由っぽいものを上げてみた。体調が悪いならば先にホテルへ帰っていいとこっそり耳打ちしようとした時、ミカが先に銀臣に話を振ってしまう。
「ね、柴尾さんの話も聞きたいな。軍のお仕事の話とか!」
「……」
それにいつものようにスマートに答えない銀臣に、大志はますます首を傾げる。
そして銀臣が、くるっと大志を向き直った。
「宮本二等軍士」
「はい!?」
今までに一回もそんな呼び方しなかったのに、いきなり畏まってどうしたのだと大志が思わず裏返った声を出す。
しかしそれを意に返さず、銀臣は続けた。
「発言してもよろしいですか」
「え、は、はい。もちろん」
驚きすぎてそれしか返せなかった。今まで銀臣が、大志に向かって発言の許可など取ったことがないからだ。
銀臣は一呼吸置いて、一同に向き直る。
「帝都は権力者が集中的に居を構えていることもあり、度々テロリストによる突発的な暴動などが起こります」
予想外に重々しい内容に、ミカから笑顔が消えた。思わず真剣な表情になる。
「ですが、お国のため命を捧げる帝国軍によって、今まで大きな損害は出ておりません。帝都が正しく機能しているのは、宮本二等軍士を始め勇敢な国民の皆様のご協力あればこそです。私も勉強させて頂いております」
綺麗な発音で、聞く人の耳に心地よいペースと声音。大志がその様に関心していると、銀臣は一同に「ご静聴感謝します」と言ってまた黙った。
銀臣のそれに母親は顔を赤らめ、老人は満足そうに頷いている。場に何とも言い難い空気が流れたタイミングで、リビングの扉が開いた。
「いい匂いする! なんで先に食べてるのよー!」
一人の少女が、文句と共に入ってくる。
不満げな顔は大志たちを見るとポカンと口を開け、そのまま固まった。
作業着の少女は肩で切り揃えた髪に、ミカによく似た目の形をしている。妹だと当たりを付け、大志は頭を下げる。
「お邪魔してます」
「な、な、なな、え、なーー!」
叫んで、バタンと扉を閉めた。廊下をバタバタと走る音と、男性の「おっと!?」という声が聞こえる。
「なんだ、ユリの奴どうしたんだぁ?」
次にリビングの扉を開けたのは、不思議そうに頭をかいている日焼けした男性だ。
「もう、ユリったらご挨拶もしないで……」
「お、来客か?」
「お邪魔してます」
椅子から立ち上がり、大志と銀臣は頭を下げる。男性は見慣れない格好の青年に一瞬動きを止めて怪訝そうにするが、すぐに思い至ったのか「あぁ!」と声を上げた。
「あんた達かい。ミカがパンクした車引っ張って来たって軍人さんは」
「はい。その節はミカさんには大変お世話になりました。宿まで紹介してくださって__……」
「あぁ、そんなに丁重にいいんだよ。困った時はお互い様ってな、ゴホッ」
父親は気さくに笑うと、手近な椅子に腰を下ろす。母親がすかさずお茶を出した。
「軍人さんがこんな辺鄙な所まで来るってぇと、やっぱあのことかい」
「はい。失踪事件について調べています。なにか心当たりなどはありませんか?」
「軍人さんの収穫になるようなこと言えりゃぁいいんだが、ゴホッ、さっぱりだ。失踪した人の、ゲホッ、家族の悲しみを考えると、早く解決してほしいと願うことしかできねぇ。無力なもんだ。ゴホッ」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、こりゃ失礼。農作業をすると土埃が入ってな」
会話の合間合間に苦しそうに咳をする父親に、大志は気遣わしげに声を掛けた。
父親はバツが悪そうに笑ってから、お茶を一気に流し込む。
黙った父親に代わり、母親が悲しそうに会話を続けた。
「みんな出掛けてそのまま帰って来ないんですもの。突然そんなことになって、さぞショックでしょうね」
「え、どういうことですか?」
思わぬ所で食い付いた大志に、母親は「え?」と聞き返す。
「『出かけたまま帰って来ない』って、失踪者全員がそうなのですか?」
「え、えぇ、そうよ。狭い村だからそういう話はすぐ耳に入るの。どの人も町へ商売や用事で村を出て行って、そのままなのよ」
大志と銀臣の雰囲気が変わった。大志は胸元に入れた手帳にそれを走り書く。
「つまりどの失踪事件自体も、村の中では起こっていない……」
左手に持ったペンを顎に当てて、大志は思考を巡らす。
これだけで解決への大きな一歩とは言えないが、それでもなんらかの取っ掛かりくらいにはなるかもしれない。これは念頭に置くべき捜査材料かもしれないと結論付ける。
「なんだ、軍人さんならとっくにそんなこと知ってると思ってた」
決して嫌味な調子ではなく言うミカに、大志は付け足す。
「失踪者のご家族にもお話しを聞きに行ったのですが、お留守だったり、事件のショックで記憶が混乱していたりであまりお話し出来なかった方も多くいまして……これは重要な情報かもしれません。ありがとうございます」
そろそろお暇しようと銀臣に目配せすると、彼も敏感にそれを察して小さく頷く。
大志が一同に向かって「ご馳走さまでした」と言おうとしたタイミングで、またもリビングの扉が開かれた。
「こ、こんにちは!」
先ほどの少女、ユリだ。
しかしさっきまでと違うのは、髪はちゃんと梳かされ、小綺麗なワンピースを着ている。
ユリは可愛らしく頬を赤くしながら、いそいそとリビングに入った。
「あんたなによ、その余所行きの服?」
ミカが心底不思議そうに尋ねると、ユリは両手を握り締めて興奮したように話し出す。
「だって帝都の軍人さんだよ? なんでおねーちゃんは作業着で平気なわけ!? それって女としてどうなの!?」
「別にいいじゃん、アタシはこれが一番自分に似合うと思うのよね」
「『アタシ』なんて田舎くさい言い方しないでよ、恥ずかしいじゃない!」
「こらユリ、お客様にご挨拶が先でしょう」
姉妹の言い合いに割って入った母親が、やんわりと注意する。するとユリは緊張で赤くした頬をそのままに、大志たちの席まで来た。
「新渡戸ユリです。よろしくお願いします」
(可愛い子だなぁ)
決して下心ではなく、大志は純粋にその可愛らしさに心が温まる。
何故か気の強い女にばかり縁のある大志には新鮮だった。恥ずかしそうに見上げてくる感じも庇護欲が湧く。
「あ、あの、いつまでこの村にいらっしゃるのですか?」
「予定の上では五日ですが、状況によっては前後します」
瞳に星でも飼ってるんじゃないかと思うほどキラキラと輝いた眼差しで見上げられ、大志は思わず優しい笑顔を浮かべた。
「なにかあったら、いつでも頼ってください。私、この村の地図は隅から隅まで頭にあるので! 案内役とかならお役に立てると思います!」
「はい、ご協力感謝します」
敬礼を返すと、ユリは溶けてしまうのではないかというほどに顔を赤くする。
その様子を呆れたように一瞥してから、ミカは大志にコソッと耳打ちした。
「ユリは都会に憧れてて、村に都会の人が来るとこんな感じ。んー……でも今回は……」
そこで言葉を区切り、ミカは意味ありげに笑う。大志は首を傾げるが、特に追求はしなかった。
そろそろ本当にお暇しなくてはと銀臣と軽く挨拶をして、部屋を出る。
玄関先で新渡戸家の人々と別れの挨拶をしていると、後ろでちょっとした騒ぎが聞こえた。
「やめてよおねーちゃん!」
「ちんたらしてんじゃないわよ。ほら、早くしないと帰っちゃうよ」
「で、でも、ご迷惑じゃ……」
「大丈夫だって、ほら」
「押さないでよー!」
ミカに背中を押されながら玄関まで連れて来られたユリは、もじもじとその場で足踏みをする。
助けを求めるようにミカを振り返って、とうのミカは親指をビシッと立てた。姉が当てにならないことを悟ったユリは、ヤケクソ気味に大志たちに向き直る。
「あの、これ!」
ズイッと差し出されたのは、バスケットに入った様々な種類の山盛りのパン。
「私、パンを焼くのが趣味で、形はちょっと悪いけど、美味しいって評判なんです。軍人さんは体力仕事だから、たくさん食べて欲しくて、ですね……」
(可愛いなぁ)
緩む頬を引き締めて、大志は隣の銀臣をチラリと見る。
(イケメンってなにかと得するよなぁ)
ここで自分が手を差し出してしまったら、銀臣に渡したいユリはガッカリするだろう。そう思って大志は見守ることにした。早く受け取ってあげて柴尾さんと念を送る。
しかし銀臣は動かない。横目で大志を見る。
(ん?)
ユリの後ろにいるミカに視線をやると、ミカも大志を見ていた。
(ん??)
そこで思い至った、結論。
__いや、まさかそんな。
それが初めに思い浮かんだ言葉だ。
(隣にこんなイケメンがいて!? イケメンがいて!??)
自分で思って悲しくなる案件ではあるが、大志にはそれしか思えない。何故この二つの選択肢で自分なのかと。
「う、受け取ってくれますか?」
真っ直ぐに見上げてくる、星の瞳。
「あ、も、もちろん」
予想外のことに思考停止した大志は、ぎこちない動きでバスケットを受け取る。
それに心底嬉しそうに笑ったユリは、大志を真っ赤な顔で見上げた。大志も釣られて赤くなる。
(う、うわああぁぁぁぁ〜〜)
二人の間には微妙にこそばゆい雰囲気が漂う。老人はニヨニヨと微笑ましさと野次半分に見ていた。
後ろでミカが「一目惚れなんてホントにあるんだね〜」と呑気に笑っている。母親が「押し付けちゃダメよ、ご迷惑かもでしょう?」と窘めているが、顔は笑顔だ。父親は廊下の隅で縮こまった。
「あ、の、ありがとうございます。パン、好きなので嬉しいです」
「ほんとですか!? よ、良かったぁ」
花が開いたように笑うユリ。慣れない心地にドキマギしている大志に向けて、銀臣が冷静な口調で切り出す。
「宮本二等軍士、そろそろお時間が」
「あ、はい。そうですね」
今度こそ別れと感謝の挨拶をして、新渡戸家を後にした。
白い花畑の中心に設けられた道を歩きながら、大志はバスケットに視線を落とす。
惣菜パンやサンドイッチと菓子パン。おまけに瓶に入った牛乳まである。『うちの牛から貰った牛乳です。』と可愛らしい丸っこい文字のメモが添えられていた。
大志は嫌なわけでも迷惑なわけでもないが、困惑はしている。
なにせ十七年生きてきて、恋や愛などは経験してこなかったからだ。学校には可愛いと思う子も綺麗な子も居たが、それで告白したりされたりにはならなかった。
それに深い理由は無い。単純に恋をしたいと思うほどの出会いではなかったというだけだ。
ユリは可愛らしいが、それと同じ気持ちを自分が返せるかと言われれば閉口してしまう。ただ単に都会への憧れを自分への憧れに勘違いしているのではないかとも思ってしまうが、捜査任務でまさかこんなハプニングに遭遇するとは考えもしなかった。
(これって、帰る時には返事しなきゃいけない……よな?)
『僕と一緒に来てくれませんか』
そんなつもりはさらさらないのに、ふと昔観た映画のワンシーンが頭を過ぎる。
映画なんて贅沢な娯楽は、孤児院に居た頃のお楽しみ会の催し物だ。遥か昔はカラー映像だったらしいが、世界崩壊後は映像世界は衰退し、白黒のブラウン管が最新の映像機器になった。映像機器なんて高価な物を持っている家庭は少ないので、映画を観るなんてものは庶民にはかなり贅沢なこと。大志の中の映像世界はそれが最初で最後だ。
話は脱線したが、要はどう穏便に済まそうか全くわかっていない状態と言いたい。
大志がバスケットに視線を向けたまま歩いていると、隣で「くっ」と吹き出す声が聞こえた。
笑われたであろう本人はぐるんと首を向ける。すると銀臣が肩を震わせて笑っていた。
「テ……テンパりすぎ……ふふっ、く、慣れてないの全開すぎ……ははっ、ふっ」
「笑い過ぎじゃないですか!? 自分はモテるからって、バカにしてますよね!?」
「い、やいや……ふくっ、俺も別にモテねぇけど……ふはっ、いやぁ〜〜色男はタイヘンだねぇ」
「嫌味にしか聞こえねぇし!」
手で口元を押さえる銀臣が、心底楽しそうに大志の肩に手を置く。
大志のいちいちの反応も面白いのか、銀臣は堪らず声を上げて笑った。よく通る笑い声が、のどかな花畑の中に響く。
「ま、昼飯代浮いたし、俺もご相伴にあずかりますよ、色男さん」
「その呼び方の早急な改善を求めます」
「ははっ、わりぃわりぃ」
大志が不貞腐れた顔で睨み上げると、銀臣は肩をすくめてみせた。
暫く睨み続けた後、いつも通りの様子の銀臣に大志は胸を撫で下ろす。
「よかった、いつもの柴尾さんですね」
「ん?」
「新渡戸さんのお宅で、あまり喋らなかったから。どこか具合でも悪いのかと」
「あー、あれね」
「いきなりビックリしました。急に『宮本二等軍士』なんて呼ばれるし」
「宮本くんは軍人、俺は工作員。立場は宮本くんの方が上だからな。他所ではケジメ付けねぇと」
「あぁ、なるほど。そういうことですか。紀州さんには『適当』とか言われてたのに、実はしっかり者なんですね」
「世の中ってのは、信頼の循環だからな」
「循環?」
首を傾げる大志に、銀臣は薄く笑う。歩調は緩めないまま、どこまでも広がる花畑を穏やかに見た。
「そ、循環。国民にとって、『国が正常に作動している状態』はどこを見て判断すると思う?」
「……それは、やはり開示されている税金の使い道。大臣たちの平等かつ公平な選挙制における選出、また統治機関の政治方針が明確であるかなどではないですか?」
「うわ、俺の思う以上にスラスラ答えたな。まぁそれも正解なんだけどよ、でもこういう帝都からずっと離れた土地の人は、実際に皇帝陛下にお会いできるわけでもなく、大臣に自分の不安を打ち明けられるでもないだろ? 帝国からの情報なんて、上っ面だけ塗り固めたラジオで流す演説くらいだ」
「そう言われるとそうですが……」
「多くの国民にとって、国が正常であるかを見極める材料は俺たちなんじゃねぇかって思うのよ」
「……詳しく聞いてもいいですか?」
まだ要領を得ない大志に、銀臣はゆっくりと語って聞かせた。
「俺たちは国に直接属する組織の一員だ。俺たちが使えないようじゃ、国民は国に不信感を持つ。任務の成功率ももちろんだが、多くは任務への姿勢や、普段の立ち振る舞いから判断される。俺たち工作員が宮本くんたち軍人にナメた態度を取れば、それがイコール国の信頼を揺るがす。俺たちは『国という統治機関の一部』だからだ。俺がここで宮本くんに従順な部下でいれば、それは国への信頼に繋がり、国を信頼する国民は国にも信頼される。世の中はそうやって回ってるからな」
「……」
「それに、今日はお年寄りがいたからな。田舎のあの年代のお年寄りは、工作員を異様に警戒してる。ま、それは時代の問題もあるだろうけどよ。んで、そういうお年寄りの前で『工作員が軍人に従順』だということを見せておけば、軍人を信頼したお年寄りの協力を得やすい。だから俺は、お年寄りの前じゃ大人しく『待て』の状態でいるんだよ」
最後の最後に茶化すように付け足してから、銀臣は話を終わらせる。
それを半ば惚けるように聞いていた大志は、暫く間を置いてから感嘆のため息を吐いた。銀臣の言ったことを頭の中で復唱して意味を理解すると、それしか最初に出てこなかった。
「柴尾さんって、本当に凄いですね。尊敬しました」
「つっても、俺も受け売りだけどな」
「それでもそれを理解して、人に伝えることができるんですから。凄いです」
「あんま褒めんなって。なんも出ねぇぞ」
「いや、俺ずっと思ってたんですよ。頼りになるし、いろいろ知ってるし、それでいてひけらかすこともしないし。俺、柴尾さんと組めて良かったと思います。信頼できる人ですから」
「……ふーん、そう。それはどうも」
(あれ?)
途端に銀臣は声のトーンを落とし、心なしかそっけなくそっぽを向いてしまった。
大志が覗き込むとそこには笑顔は無く、どこか不機嫌にも見える無表情。大志は胸中で首を傾げる。
(俺、なんかマズイこと言ったかな……)
しかし思い当たる節は無い。直前の会話を思い出しても、やはり原因になりそうなものは無かった。ならば彼が不機嫌そうに見えたのは勘違いかとも思うが、しかし答えは自分で考えたところで出ない。
どうしたものか、普通に話しかけていいものかと大志が悩んでいると、少し先を行ってしまった銀臣が振り向く。
「とりあえず飯食って、留守だった失踪者の家族に聞き込みして、んで宿に戻ろうぜ」
「は、はい」
いつものように穏やかに笑う銀臣に、やはり勘違いだと結論を出す。
◇◆◇
無事に聞き込みを終え、宿に戻ったのは日が落ちる少し前だった。
とりあえず情報整理の為、二人で大志の部屋に入る。南側に窓が設けられたこの部屋は、西日が当たらずに薄暗い。大志はカーテンを閉めてから電気を点けた。
備え付けの小さいテーブルに資料を置く。椅子は一つしかないので、銀臣を椅子
座らせ、大志はベッドに腰を下ろす。
「この情報の中に、なにか解決に向けてのヒントがあればいいんですが」
「そうだなぁ」
二人して資料をパラパラとめくる。失踪者の写真があれば提供してほしいと集めて来たものも見て、銀臣はため息を吐いた。
「見た目も年齢もばらばら。所属している団体や職業、経歴に共通点無し。共通してんのは、用事で村を出て行ってそのまま行方不明になったってことだけか」
「これでは、事件の起こった正確な時間は絞り込めませんね。この村の周りは無人の農村や森ばかりで、目撃者がいる可能性もほぼ無いですし」
「こりゃ、前途多難だな」
銀臣が資料を置いて、「そういえば」と大志を見る。
「宮本くん、聞き込みのメモ取ってたよな? 見せてくれる?」
「あ、はい。どうぞ」
スーツの内ポケットから手帳を出すと、銀臣に差し出す。それを受け取って、パラパラとページをめくる銀臣。
「走り書きなので、汚い字ですみません。読めないところがあったら言ってください」
「いや、十分読める」
書いてある内容は、失踪者はどんな人だったか、失踪直前に変わった様子は無かったか、いつ失踪に気づいたかなどの、軍が用意した資料に毛が生えた程度のものだ。
暫くは難しい顔で手帳と睨めっこしていた銀臣が、ガバッと凭れていた椅子から背を起こす。
「曜日だ」
「え?」
ポツリと呟いた言葉に、大志は条件反射で聞き返す。
銀臣は手帳をめくった。軍が配布している手帳の最初の方には、カレンダーが付いている。
「やっぱりだ」
「なにかわかったんですか?」
身を乗り出す大志に手帳を見せながら、銀臣は声のトーンを一気に硬くした。
「失踪が起こるのは、必ず木曜日なんだ」
大志は銀臣からメモ帳を受け取り、自分が書いた『失踪者が失踪した日にち』とカレンダーを見比べる。銀臣は話しを続けた。
「例えば肉屋の主人は、先週の木曜日に商売のため町へ出かけた。『夕方には帰る』と言って。だが帰って来なかった。次は村長の息子。この人は夕方に村を出て行って、同じく失踪した。これは先々週の木曜日。こっちの農家の母子は、実家の法事に顔を出しに出かけた。木曜日の夕方から土曜日の夜までの予定で。いつまで待っても来ない娘を心配した実家が、娘の夫……つまりこの村の農家の店主へ電話を入れて事件が発覚。店主は月曜日に辺りを捜索した。だけどこの人は無事に村へ帰ってきてる。大工屋の長男は木曜日に村を出て就職先へ向かう途中に行方不明になったが、同じ日なのに木曜の昼間に村に帰って来た人はいる」
「……どれも『木曜日の夕方』に犯行が限定されている?」
そういうことと、銀臣は頷いた。
しかし一つわかった故に、またわからないことが増えた。なぜ木曜日の夕方に被害が集中しているのか。それは犯人の狙いなのか、こだわりなのか、またはなんらかのメッセージ性を持つ犯行なのか。
「だけど、平野さん達が失踪した日は火曜日ですね」
「それがわからねぇとこなんだよなぁ」
そこで大志はあることを思い至る。
「そういえば木曜日って、昨日ですよね」
二人が中洲村に到着した昨日が、ちょうど木曜日だった。
だけど新たな失踪事件は起こっていない。
「事件がまだ発覚してねぇだけかもしれねぇが、《《昨日は失踪事件が起きなかった》》と仮定する。毎週必ず起きていた失踪事件が、なぜか俺たちが来た昨日に限って起きなかった。どう思う?」
「この村にイレギュラーが現れたから。すなわち《《軍人が事件に介入した》》。俺たちが」
「そう。俺たちが来たことで、この村の《《状況が変わった》》。失踪事件の犯人は、軍人の介入を警戒するくらいにはお利口てことだ」
「つまり人間。または知能生物」
「どれも仮定の域を出ちゃいねぇが、かなりいい線いってると思わないか?」
「はい。そして犯人は、村周辺の状況をすぐに把握できる場所にいる」
「この村の住人も十分怪しいってことも忘れちゃいけねぇ」
「消息を絶った平野さん達は犯人に辿り着き、口止めに消された」
「または、まだ犯人を断定できていない段階で虚を衝かれた。善良な一般人のふりをして近づいて来た村人に殺されたか、或いは監禁」
「……一度、堤さんに連絡を入れましょう。俺たちになにかあった時、後任が上手く対処できるように」
「宿の電話は使うな。誰に聞かれてるかわからねぇ。車の無線機を使った方がいい」
「はい」
部屋に銀臣を置いて、大志は部屋を出る。
階段を降りた先に宿の主人が居てギョッとしたが、咄嗟に取り繕う。にこやかに挨拶をして通り過ぎれば、主人も気さくに笑って返した。
(もし犯人が村の人間なら、言動には気をつけないと)
「この時間から出かけるのかい? 都会と違って街灯が無いから真っ暗になるぜ」
「柴尾さんとのジャンケンで負けて、飲み物を買いに行かなきゃいけないんですよ」
「そりゃ仕方ねぇなぁ」
豪快に口を開けて笑う主人に、大志も合わせるように笑う。
玄関を出て宿の裏手にある駐車スペースに行くと、サッと車に乗り込んだ。
運転席に座ると、センタークラスターに搭載してある無線機の受話器を取る。
本部の班長詰め所に繋がる番号を打つと、ちょうど堤が出た。
「お疲れ様です、堤班長統括。宮本大志二等軍士です」
《オーッス、みやもっちゃん。そろそろ報告の連絡が来るんじゃないかと思ってたよ。なにか進展あった?》
「まだ犯人に辿り着くにはほど遠いですが、いくつか発見点が」
《えー、もう? スゴイね、聞かせて聞かせて》
大志は先ほどの銀臣との会話を思い出しながら話す。
堤は決して口を挟むことなく静かに聞いていた。大志が話し終わるタイミングで疑問点や自分の意見を言う。そうして暫く二人で話し込んだ。
《うん、俺もその線で捜査していいと思うよ。いやぁ、スゴイスゴイ。新人がこんなハイペースで捜査できるなんて。出世頭になれるよ、みやもっちゃん》
「いえ、最初に気づいたのは柴尾さんです。俺はボケっとしてただけですよ」
《シバちゃんは結構『鼻が利く』からね。勘で捜査して解決とかしちゃうから。んでも、みやもっちゃんの功績もデカイよ》
「堤さんって、新人を褒めて伸ばすタイプなんでしょうか?」
《おーいおい、俺そんなに甘くないよ? 評価は正当に、過小も過大も厳禁。じゃないと実力を測り損なった死体が並んじゃうからね》
「……」
一瞬、幼馴染の顔が浮かんだ。集中しなければとそれをすぐに思考から消す。
受話器の向こうで、堤がタバコを吹かすノイズが聞こえた。
大志が黙っていると、堤は穏やかに続ける。
《俺がみやもっちゃんを褒めてるのは、シバちゃんが『落ち着いて捜査できる環境を作っている』ことだよ》
「いえ、俺は本当になにも……」
《よくいるのよ。工作員にやたら圧力かけたり、捜査に絶対口を挟ませない奴。今は結構マシになったけど、俺が新人の頃はスゴくてさー。姑も尻尾巻いて逃げるレベルのイビリだったよ》
『工作員』というだけで冷遇される、世界の常識。遥か昔の戦争を、ずっと責められて生きていく。世界大戦など実際に見たことも無い子々孫々が。
何が常識となるのか。それは正しいからでは決してない。
大衆の意識が常識になる。常識なのだから、イビる本人に罪悪感は無い。それが当たり前に横行していた頃に、堤は新人として入隊したのだと言う。
《でもみやもっちゃんは、シバちゃんと協力して事件に挑んでるみたいね。彼がゆっくり考えられる空間を、意見を言える空気をみやもっちゃんが作ってるってこと。だからキミの功績でもある》
「……いつか、こんな当たり前のことが『功績』なんて褒められない時代が、来ますかね」
《来るんじゃない。作るんだ。人間の歴史は受動的に流れるわけじゃない。能動的であるべきだと思うね。ま、相棒生活が上手くいってるようでなにより。これで性格が合わないと地獄だからね》
じゃぁ引き続き頼むよーんと、妙に緊張感の無い声音を最後に無線が切られた。
受話器を置き、車を降りる。周りに気配が無いことを確認してから、部屋に戻る前に近くの酒場で飲み物を買う。
ジンジャーエールを二本持って部屋に戻ると、銀臣は変わらず椅子に座っていた。
「他に発見点がありましたか?」
「いんや、これといって」
ジンジャーエールを一本渡すと、銀臣は「サンキュー」とさっそく開けた。
空気が弾ける音がして、瓶を傾けた。泡が喉を刺激する感覚に、銀臣は目を瞑る。
「はー……沁みる」
五臓六腑に染み渡る、を体中で体現しているようにご満悦の表情をつくる。それも見て大志は笑った。
「お酒飲んだオッサンみたいですね。柴尾さん、将来酒飲みになりそうです」
「いやー、酒の味の良さはわかんねぇ」
「え、まだ十九歳でしたよね?」
「酒は二十歳になってから、なんて守ってる奴いねーって。宮本くんは飲んだことねぇの? 十七の頃には俺なんて普通に酒もタバコも経験したぜ」
「機会が無かったので」
「じゃあ堤さんにそれとなく酒の話振れば飲ませてもらえるぜ。あの人、新人にこっそり酒とタバコの味を覚えさせるのが趣味だから」
「軍人としてどうなんですかそれは……」
「そんなこと言ったら、あの人見た目完全にホストだし。一緒に歩くと女が寄って来て前に進めねぇ」
「それ、女の人の目的は堤さんだけじゃないような」
(なんだか、普通に会話できてるな)
大志は安心していた。相棒と告げられ本部を出た時はどうなるかと思ったが、銀臣は普通に接してくれる。それに心底安心している。
自分の印象は決して良いものではないと自覚していた。心の底ではどう思っているのかは計れないが、それでも上手く付き合っていけると大志は確信する。
そこで思い出した。事件の捜査ばかりが頭の中を占めていたが、気が緩んだ拍子に頭に浮かんだ。
「あの」
「じゃあ俺、隣の部屋にいるから。なにかあったら呼んで」
「あ、はい」
大志が声を出した時には、銀臣はすでに部屋からほぼ体を出していた。条件反射で返事をしてしまった大志は、そのまま彼を見送る。
閉まった扉に、今から出て行ってわざわざ聞くのも変な気がした。
(また聞きそびれた)
車の中で何を言おうとしたのか。
◇◆◇
同時刻・軍本部
「いやぁ〜、優秀な新人が入ると嬉しいよね、三島チャン」
堤は椅子の背もたれに体重を預けて、背後の三島美馬を振り返る。
書類を整理していた手を止め、三島は堤に向き直った。
「誰のことですか?」
「結構いるよ、今期は。当たり年だね」
堤は微笑んでから胸ポケットのタバコの箱を取り出し、一本手に取って火を付ける。
すかさず三島の手が伸び、タバコを奪い取った。堤は「あぁっ」と情けない声を出す。
「吸い過ぎですよ、ったく」
「ケチ〜」
「ケチで結構です」
「新人の頃は可愛かったのになぁ」
「なっ」
途端に顔を真っ赤にして震える三島を満足気に見て、堤は続ける。
「いやぁ、新人ってのはいつも可愛いよねぇ」
「またそうやって新人の女の子を誑かすのはやめてくださいね」
「失礼な。人を遊び人みたいに」
「……」
「そこで無言にならないでよ。俺、これでも一途な性質なんだから」
眉をこれでもかと寄せて押し黙る三島に、堤は「なんでこうも誤解されるんだろう」と不思議そうに疑問を口にする。
もう一回タバコを取り出そうとして、今度は箱ごと没収される。無慈悲だと泣きつく堤を振り払い、三島は話を戻す。
「堤さんは、今期は誰に目を掛けていらっしゃるのですか?」
「う〜ん、ホントに今年は良さそうな子いっぱいだけど……」
椅子から背を離し、机の上の書類を探る。出てきた二枚の紙を一番上に持ってきて、ニヤリと笑った。
「やっぱこのコンビかなぁ」
書類を覗き込んで、三島は目を丸くする。顔写真と簡単なプロフィールが載ったそれは、思わぬ人物だったからだ。
「宮本二等軍士と柴尾工作員、ですか。意外でした」
「そう?」
「宮本二等軍士の訓練校での成績は、そこまで突出しているわけではありませんので」
「俺、何回か訓練校の視察に行ってるんだけど、この子は見所あるよ」
「そうなんですか?」
「いやぁ、面白いコンビだよ、あの二人。表面上は気が合うんだけど、根本的には分かり合えそうも無い感じがさ」
「それ、バディとしてはダメなんじゃ……」
「ま、お互い良い方向に成長してくれればいいけど、鬼が出るか……あるいは龍が出ちゃったりして」
「随分買っていますね。柴尾工作員は、まぁ優秀なサポーターではありますが。私にはとても宮本二等軍士はそんな風には思えませんけど」
笑みを深くする堤に、三島は己の正直な感想を述べる。
キャリア組でもなければ、座学でそこまで優秀なわけでもない。実技訓練も平均よりは上程度。訓練校の教官が書き添えた備考には「状況を冷静に見ることができる」とある。特筆できるのはこれくらいのものだ。
人間性や女好きはさて置いて、新人の頃から優秀な軍人である堤が目を掛けるような人物にはとても思えない。
「宮本くんは、この子ねぇ」
三島の疑問を感じ取ったのか、堤は最後に添えるように言った。
「けっこう容赦なくやれる子だと思うよ。軍人にとって、力なんかよりよっぽど大事だと思うね、『無慈悲』ってものは」




