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Innocent Vision  作者: MCFL
110/189

第110話 学生らしく

「おはよう。」

「おはよ…って、早速東條と登校か。このモテ大王イカ。」

教室に入るといきなり芳賀君に呆れられた。

モテ大王はまだわかるがモテ大王イカってなんだろう?

「りくを虐めないで。」

八重花は庇うようにぎゅっと抱きつく腕を強めてくる。

上着を着ているので分かりづらいがここまで密着するとやっぱり女の子の体の柔らかさを意識させられてしまう。

恥ずかしいが自分から引き剥がすのも勿体無いという男の浅ましさに懊悩させられる。

そして厄介なことに八重花はわかっていてやっているのだ。

「腕より手のひらの方がいい?」

麻薬みたいな誘惑に返答に困ってしまう。

「八重花ちゃん、半場君が困ってるでしょ?」

そこに現れたのは救いの天使、作倉さんだった。

八重花は腕に抱きついたまま不満げな顔で作倉さんに向き直る。

「りくは恥ずかしがってるだけよ。」

「そうかもしれないけど、TPOを弁えないとダメだよ。」

八重花だからなのか作倉さんが成長したからなのか、これまでなら反論されると怯えていた作倉さんがしっかりと意見をぶつけてきた。

それは八重花も意外だったらしく渋々離れてくれた。

「…わかったわ。今度は人気のないところでするわ。」

だが八重花もただでは転ばず意味深な発言で教室に波紋を投げ掛けた。

「人気のないところで何をするのかしら?」

「半場君やらしー。」

「羨ましいぞ、半場!」

「俺のモテ期はいつだ!?」

僕への風当たりが強いのは気のせいか。

そんな中

「もう、八重花ちゃんったら。」

作倉さんだけが穏やかに笑っているのが妙に印象的だった。



正直、授業は理解できないことだらけだった。

2学期中盤の範囲の知識が欠如しているせいで数学は基礎となっている公式が分からず、歴史系では年表がぽっかり穴が空いたような状態だった。

わりと友好的な先生は

「どうせ半場は留年確定だからまた来年勉強しろ。」

と笑い飛ばしていたが大半は冷たい目で見られるだけだった。

唯一健闘したのが体育で、戦いの中で培われた動体視力や反射神経、基礎体力により体育の運動はすごく楽になった。

バスケットボールのドリブルで相手を抜き、全体を把握してパスを通し、隙があればシュートを打つ。

これまでできなかったことが出来るようになった実感はすごく充実したものだった。

「これが山籠りの成果か。」

クラスメイトは神妙に山籠りに思いを馳せていた。



昼休み、食堂に向かいながらふと気が付いた。

「あれ?久住さんと芳賀君は?」

芳賀君は別にメンバーにいなくても気にしない女性陣だが久住さんがいないまま出てくるとは珍しい。

「あっちはよろしくやってるから気にしなくていいわよ。」

八重花は素っ気なくそれしか言わないからいまいち意図が分からなかった。

作倉さんは苦笑しながら

「芳賀君と裕子ちゃんはクリスマスイブの日からお付き合いを始めたんですよ。」

説明してくれた。

「え、そうなの!?」

それはさすがに驚きだ。

少なくとも僕がいなくなる前にはそんな素振りは見られなかった。

2ヶ月という期間はいろんな意味で人を成長させるのかもしれない。

「にゃはは。それでゆうちんがお弁当を作ってきてあーんさせるんだよ。」

「はー、そんなことになってたんだ。最近の若いもんは進んでるね。」

「あはは。半場君、それじゃあおじいさんですよ。」

「そうよ。それにりくは若いんだからもっと進みましょう?」

そう言ってまた抱きついてくる八重花は

「…陸。」

にゅっと割り込んできた明夜に阻まれて明夜に抱きつく結果となった。

無言で睨み合う明夜と八重花。

このままソルシエールでの戦いが始まってしまわないか内心ハラハラした。

「明夜ちゃんもご飯ですか?」

「…うん。」

明夜は作倉さんをじっと見てから頷いた。

明夜も作倉さんの変化に気付いたのかもしれない。

「それじゃあ行きましょうか?早くしないと席無くなっちゃいます。」

作倉さんが先んじて進むので僕たちも後に続いた。

「叶、少し変わった。」

「そうだね。」

何が作倉さんを変えたのかわからないが変わったのは間違いない。

「…決着はいずれつけるわよ。」

八重花は呟いて一足先に作倉さんを追いかけていった。

「戦わないとダメ?」

明夜の問いは僕が八重花に訊きたいくらいだ。

そして残念なことに八重花の答えは決まっている。

「たぶん、ダメだと思うよ。」

明夜は少し目を伏せて

「…わかった。」

それだけ答えて学食に向かった。

「僕の周りには強い女の子ばっかりだな。」

そう思わずにはいられなかった。

とりあえずは仲良く昼食を取れることを祈るとしよう。



予想以上に平和な昼食を終え、難解な授業を眠気と戦い続けて迎えた放課後。

「半場く…」

「陸いるか?」

久住さんが声をかけながら駆け寄ってくるのを遮るように教室の後ろのドアから由良さんが顔を覗かせた。

久々の由良さんの登場にクラスメイトが凍りつく。

八重花はむしろ燃えるような瞳で由良さんを睨み付けていたが人前と言うこともあって行動は自重してくれたようだ。

由良さんの後ろには蘭さんと明夜もいる。

"Innocent Vision"勢揃いだ。

「久住さん、何か用があったんじゃないの?」

声をかけようとしていたはずの久住さんは片手をあげたままスススと後退っていく。

「う、ううん。何でもない、何でもないよ!」

「そう?」

久住さんは何度も頷いて教室を出ていってしまった。

まあ、何でもないと言うならそういうことなのだろう。

「いいのか?」

由良さんが少し気遣いを見せたので僕はしっかりと頷いた。

「久住さん出ていっちゃったし。大丈夫だよ。行こうか。」

最後に八重花にもう一度視線を送るが憮然とした態度だった。

さすがに連れていくわけにも行かないのでそのまま教室を出る。

「りっくん、お茶にしよ、お茶。」

「そうだね。どっかに入ろうか?」

そんな普通の学生みたいな会話をしながら"Innocent Vision"は学校を後にした。



僕たちはファーストフードのテーブル席で各々好きなものを注文して座った。

僕は無難なハンバーガーセット。

由良さんはホットコーヒーブラックで蘭さんはアップルパイとオレンジジュース。

そして明夜はギガデリバーガー。

ギガクラスにデリシャスなバーガーらしいがむしろ大きすぎて大食い用の食べ物としか思えない。

明夜は普通のハンバーガーの2倍のサイズはあろうかという代物に果敢に挑んでいた。

「こうして集まるのはクリスマス以来か。」

「そうだね。りっくん、全然誘ってくれなかったから。」

「実家に引きこもってたからね。」

久しぶりに帰ったというのに家族関係はよくも悪くも変化なく僕は食事と寝床を与えられた状態だった。

それは僕も望んだ形だったのでなんの感慨もない。

「まったく、可哀想な親だよね。」

「息子のお前が言うな。」

「そうだね。」

苦笑すると由良さんがなんだか辛そうに目を伏せた。

心情は伝わってきたので安心させるように笑いかける。

「ポテトもらうね。それで、これからどうするの?」

蘭さんはさっさとアップルパイを食べ終えて僕の食料を搾取し始めた。

「このまま楽しい学園生活を送りたいね。」

それは紛れもない僕の理想だ。

そして、一番叶わない現実でもある。

「今は撫子ちゃんたちも驚いて手を出してこないけど落ち着いたらりっくん襲われちゃうよ?」

「心配してくれるんだ?」

意地悪く尋ねると蘭さんは顔を真っ赤にした。

前なら不敵な笑みを浮かべてはぐらかしていただろうから可愛らしい反応にこちらまで照れてしまう。

「り、りっくん!お姉さんをからかうんじゃありません!」

僕たちのやり取りを見て由良さんはクックッと笑いを噛み殺していた。

蘭さんが借りてきた猫みたいに大人しくなったところで話を本題に戻す。

「対策は考えてるよ。でも今は時期じゃない。もう少し様子を見よう。」

笑っていた由良さんが、縮こまっていた蘭さんが、食事に集中していた明夜までが一様に目をぱちくりさせて僕を見た。

「…そうだったな。今の陸はわかるのか。」

「だから学校にも行けるんだしね。」

「Innocent Vision。」

みんなには僕が「起きたままInnocent Visionを使える」ようになったことは説明した。

でもなかなか信じてもらえないみたいだ。

(無理もないけどね。)

完全な未来予知を眠るというリスクなく使えるのはソルシエールという異能を持つ彼女らからしても異常なのだという。

「何か代償を支払うときが来るぞ。」

説明したとき由良さんは脅すような口調でそう忠告してくれた。

だけどそれはすでに覚悟の上だ。

こんな未来視なんて"人"から外れた能力を持ったときからわかっていた。

自分が普通ではないことは。

「でも、相変わらず見たことは覆らないんだっけ?」

「うん。そうだよ。」

そこはInnocent Visionと変わらない。

過程で止まればその先は変わるかもしれないが結果を見てしまえばどんな道を辿ろうと同じ結果になる。

だから僕は無作為にInnocent Visionを使わないことを心に決めていた。

結果の見えている出来事ほどつまらないものはないのだから。

「…。」

ふと由良さんが優しい目で僕を見ているのに気が付いた。

「どうかした?」

「いや、その力を使えば大抵のことはできるって言うのに陸は真面目というか謙虚だと思ってな。」

由良さんは口ほどに褒めていないらしくなんとも微妙な表情で笑っている。

「それほど万能じゃないよ。」

「だがギャンブルにおいては最強だ。パチンコみたいなのはわからないが競馬や宝くじなんかの番号は見えたらそこに全額かけるだけだからな。1日で億万長者だって夢じゃない。」

由良さんはおかしそうに声を押し殺して笑っていた。

「確かにそういう使い方もあるけど、別にお金に困ってる訳じゃないし。」

欲しいものもないし大金を使ってやりたいことがあるわけでもない。

僕がしたいと望むことの多くは現在の状況で十分に叶えられるから。

「夢がないというか、欲がないというか。だが女は選り取り見取りだな。それだけで十分贅沢か。」

由良さんは意地悪く笑う。

さっきから微妙な笑みばかりだ。

「好かれて悪い気はもちろんしないけど、個性が強すぎる相手が多いんだよね。」

「まあな。俺たちに東條に下沢、それと作倉か。」

一応自分達もキャラが濃いことを自覚しているらしい。

そして下沢のアレは好意として受け取られているようだ。

「作倉さんは個性強いですか?」

「叶はしっかり者。」

ギガデリバーガーを完食した明夜がそう言った。

確かに一見回りに流されそうな印象の作倉さんだがしっかりとした自己を持っているから輪の中心にいることもある。

「あれは逆の意味で個性だな。邪気がない。」

「叶ちゃん、ちょっと天然さんだしね。」

作倉さんとあまり接点が無さそうな由良さんや蘭さんも気にかけていたことにちょっと驚いた。

「何にせよ、"化け物"の僕が人の想いに応えることは出来ないよ。闇は等しく闇へと帰るのが正しい世界だ。」

僕の例えは作倉さんにしか当てはまらない。

他の皆はソルシエールという闇を抱えているから。

(だけど、作倉さんはもしかしたら予知能力に関わっているかもしれない。何か知っているのか?)

2ヶ月の間に2回遭遇したことは偶然ではあるまい。

作倉さんが力を持っている可能性もあるが僕は第三者の存在があると見ていた。

それがソーサリスであった場合、作倉さんはこちら側についての知識を持っていることになる。

作倉さんを見ている限りそんな素振りはみなかったが油断はできない。

「とにかく、何にせよ今は様子見か。」

茶化してくるかと思ったが由良さんは思案顔だった。

「ランはほとんど自主登校だから遊びに行くよ。」

進路は大丈夫なのかと思ったが蘭さんは何も話してくれないのでどうしようもない。

きっと何か考えているのだろう。

「陸、おかわり。」

そして結局最後まで聞いていたのかわからない明夜はいつも通りだった。

でも僕が奢るいつも通りはどうなのだろう。

「好きなの買ってきな。」

「…うん。」

言外に自費で…を付け加えたら意外とすんなり自分で買いに行ってしまった。

もしかしたら以前も奢る必要はなかったのかもしれない。

(まあ、いいか。)

こうして学生らしくみんなでいるのは楽しい。


たとえ、それが命をかけた戦いに身を投じる仲間たちでも。

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