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Innocent Vision  作者: MCFL
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第111話 謝罪と贖罪

店でみんなと別れた僕は時計を見て意外と早い時間だと気付いた。

「それなら行ってみるかな?」

1人の時が望ましい用件だから神様とやらが気をきかせてくれたのかもしれない。

そうと決まれば善は急げ、軽くスーパーで買い物をして目的地に向かった。



受付で部屋を聞いてやってきた。

緊張がないと言えば嘘になるが恐れて踏み出すのを躊躇っていては何も変わらない。

引きこもりだった頃なら間違いなく躊躇っていただろうから僕もずいぶん成長したものだと思う。

軽く呼吸を整えてノックをする。

コンコン

「はい。」

ドアの向こうからしっかりと声がした。

そのことに安堵しながらドアを開け

「こんにちは。久しぶり。」

ベッドの上に座っていた芦屋さんに軽く手を上げて挨拶した。

「は、はは…半場?」

だけど芦屋さんは僕を見るなり凍りつき

「やーー!」

思い切り布団に潜り込んでしまった。

「どうしました?」

悲鳴を聞き付けて覗き込んできた看護師さんが僕を見つけて険しい表情になった。

「あの、ええと…」

僕としてもいきなり隠れられてわけがわからずうまい説明ができない。

それは相手にとって疚しいことがあると受け取られかねないわけで

「君、ちょーっとそこまで来てくれるかな?」

口調だけ丁寧な夜叉が手招きしていた。

今Innocent Visionを使えばきっとドナドナをBGMに引きずられていく僕の姿が見えるはずだ。

抗うのも怖いのでここは大人しくお縄につくとしよう。

「ち、違うんです。」

諦めようとした僕を弁護しようとしたのは他ならぬ芦屋さんだった。

ベッドの上で斜め座りした芦屋さんは照れたように頬を染めて手を横に振る。

「半場は、その、友達で。まさか来てくれるとは思ってなかったから、ビックリしちゃって。」

真偽はわからないので黙っていると看護師さんは僕と芦屋さんを交互に見て

「あ、そう言えば君みたいな子が去年お見舞いに来てたわ。」

納得したように警戒を解いてくれた。

「足の怪我の時にお見舞いに来ましたから。」

「そっかそっか。」

じろじろと見られて居心地が悪い。

「それじゃあ、病院なので変なことしちゃダメよ?」

なんだか勘違いしているらしく下世話なことを言い残して看護師さんは出ていった。

スライド式のドアがパタムと閉まると室内は妙な静寂に包まれた。

「…とにかく座ったら?」

「あ、うん。」

立ち尽くしているわけにもいかず薦められるままに丸椅子に腰かけた。

「これ、お見舞いの桃缶とハンドグリップね。」

ハンドグリップとは握力を強化するための簡易筋トレグッズである。

「桃缶はともかくハンドグリップって。はは、半場らしいな。」

「僕らしいとは心外だな。エキスパンダーよりも使いやすいかと思ってね。」

芦屋さんが苦笑するのも無理はないとは思うが。

芦屋さんは桃缶を脇の棚に置いてハンドグリップを何度か握る。

「ソフトボールやってた頃に比べて握力落ちてるね。大切に使わせてもらうよ。」

芦屋さんはどこかぎこちない笑顔だ。

それは無理もない。

事情があったとはいえ左目を潰した犯人が目の前にいるのだ。

平静ではいられないだろう。

眼帯が痛々しく、布団の下の左足も存在しない。

謝って済む問題ではないことは重々自覚しているが謝らずにはいられなかった。

「芦屋さ…」

「ごめん。」

僕の言葉を遮るように芦屋さんは頭を下げてきた。

最初、それは僕に謝ってほしくない、拒絶の意味だと思ったが芦屋さんはいつまで経っても頭を上げようとしない。

そこでようやく芦屋さんが僕に謝っているのだと気付いた。

「えと、僕の方こそごめんだし、むしろ罵られて当然…」

「半場は私と叶たちのために止めてくれたんだ。だからずっと謝りたかった。」

芦屋さんは寂しげに微笑みながら眼帯を撫でた。

かつてジュエルの狂気に当てられて僕に襲いかかってきた芦屋さんはもういない。

目の前にいるのは僕の知る友達の芦屋真奈美だ。

「この2ヶ月行方不明だったんだって?それってやっぱりあたしのせい?」

ずっと気に病んでいたのだろう、僕は首を横に振った。

「きっかけではあったけど"Innocent Vision"の活動の為だから芦屋さんのせいじゃないよ。」

「そう。よかった。もしあたしのせいだったら叶と八重花に申し訳ないから。」

本当に芦屋さんは友達思いだ。

そういうところは怪我をしても全く変わっていない。

話題が途切れて沈黙が訪れた。

僕が来た目的は謝罪だったわけだがそれは芦屋さんに謝られてしまいタイミングを逃したので今さらだ。

またいつか謝るとしよう。

そうなるともう話すことはないのでお暇することにした。

「さてと、それじゃあ、そろそろ帰るよ。」

「え!?ジュエルのことは…」

ビックリした様子で芦屋さんが変なことを口走った。

すでにジュエルの核は左目を引き換えに壊して芦屋さんはソルシエールの秘密を知るただの一般人だ。

ジュエルと関わりがあるとは思えない。

(それにヴァルキリーは八重花に芦屋さんがジュエルだと知られるといろいろ面倒なことになるはず。今さら引き込もうとするか?)

そうなるとややこしいが芦屋さんが言っているのは組織ではなく力としてのジュエル、アルミナのことだろう。

「…なんのこと?」

「な、何でもない。あたしはジュエルに狙われたりしないのかなって思ったから聞いてみようとしただけ。」

あからさまに誤魔化そうとしている。

とても怪しい。

「ジュエルも力を失った芦屋さんを引き戻したりはしないと思うよ。」

「それはよかった。」

「…。」

「…。」

再び沈黙が降りる。

だがさっきと違うのは芦屋さんが窓の外に目を向けたまま振り向かないことと首筋にうっすら冷や汗をかいていること。

僕は席を立とうとしていた体をもう一度椅子へと戻した。

「あいにく僕にはソルシエールやジュエルが放つ気配っていうのは感じ取れないんだ。」

「そう、なんだ。」

小さく安堵しているのを見逃さない。

そして言動、態度、行動、目線の動き、声の調子、それらすべてから総合すると答えは見えたようなものだ。

「ジュエリアが願い石って呼ばれてるの知ってる?」

「叶たちから聞いたことがあるよ。」

「かさばらないからお見舞いの品にはちょうど良さそうだよね?」

「…確かに、いい感じの元担ぎだね。」

芦屋さんの冷や汗が増えていく。

うなじがしっとり濡れていて色っぽい。

だが今は追求の時。

僕は立ち上がって指を突きつけた。

「芦屋さん、またジュエルに手を出したね。」

「しょ、証拠は?証拠はあるの?」

追い詰められた犯人みたいな逃げ方に苦笑しつつ僕はゆっくりとベッドの反対側へと移動する。

「ジュエルはソルシエールと一緒で普段目に見える姿のない魔法の力。見ただけじゃ分からない。」

それは事実上、証拠がないことを告げたようなもの。

僕の視線から逃れようと芦屋さんはベッドの上で回転する。

僕は窓を背にして笑みを浮かべてみせた。

「だけど僕のInnocent Visionは未来を見る。将来的に芦屋さんがジュエルを使っているのを見てしまえば言い逃れは出来ないよね?」

そこまでピンポイントでInnocent Visionが使えるかは試したことがないのでなんとも言えないがこのはったりは芦屋さんの逃げ道を塞ぐのには有効だった。

肩をビクリと震わせた芦屋さんは恐る恐る振り返り

「ごめんなさい!」

ベッドの上で器用に土下座した。

「叶が持っていたジュエリアを貰ってもう一度アルミナを手に入れたんだ。ほら。」

芦屋さんはベッドに腰かけるように移動するとなくなった左足を空いた空間に向ける。

左目の眼帯の奥が夕日の赤を塗り潰すように朱色に輝きを放ち、なくなった左足に以前見た刀身の義足が顕現した。

ガシャンと足音を立てて立ち上がった芦屋さんは伸びをしたり腰を回したりしている。

「せっかく半場が助けてくれたのにまたあたしは手を出した。バカだな、本当に。」

芦屋さんは寂しげに笑っていた。

「まだ、その姿で皆のところに帰るのを望んでいるの?そして、そのために僕を排除するつもりなのか?」

僕は腰を落として身構えた。

今の僕なら、Innocent Visionなら芦屋さんの攻撃をすべて捌ききることもできる。

上手くすれば無手でも無力化できるかもしれない。

いつ襲いかかられてもいいように頭の中のスイッチに指をかけ…

「ち、違う。あたしは半場をどうこうするつもりなんてない!」

予想外に慌てながら必死に弁解する芦屋さんに毒気を抜かれてしまった。

確かに先の決戦で多々感じたような殺気は全く感じられない。

むしろいたずらが見つかって怯えている子供のように思えた。

「それじゃあ、芦屋さんはジュエルの一員じゃない?」

「半場に助けてもらってからお見舞いの品は届いたけど花鳳先輩とは会ってないよ。あたしはジュエルじゃない。」

確かに純乙女会の名簿に芦屋さんの名前は無かった。

それに僕の推察ではヴァルキリーは八重花に芦屋さんのことを伏せている。

友達思いの八重花がヴァルキリーのせいで芦屋さんの左目が失われたと知れば最悪内部から反乱を起こしかねない。

つまり芦屋さんを加えるメリットはないと考えられる。

なら、芦屋さんは本当に無関係と言うことか。

「はぁ。」

取り越し苦労とわかった途端、ドッと疲れが出た。

「芦屋さんはアルミナを手に入れたけどあの時とは違って別に皆のところに帰りたいとか邪魔する相手を殺すとか、そういうのはないって思っていいんだね?」

それは確認ではなく望みだ。

どんな理由であれ、本当は僕だって芦屋さんと争いたくなんかないのだから。

芦屋さんの片方だけの目をジッと見つめる。

しばらく睨み合うように視線を交わしていたがなんか恥ずかしそうに逸らされた。

「皆のところに帰りたくないかって言われたら悩むけど、もうあの時みたいに焦ってないし半場と戦う気もないよ。」

芦屋さんはベッドに座るとアルミナを消した。

眼帯の奥からの光も消えて室内が茜色に染まる。

(よかった。だけど、芦屋さんの様子が穏やかすぎる。ソルシエールにしろジュエルにしろ感情の力で顕現する。それらはもっぱら負の感情によるもののはず。)

何か強い望みがあるのかとは思うが今は気にしないことにする。

「つまり、僕が入ってきて悲鳴を上げたのは取り除いたジュエルをもう一度取り込んだ罪悪感からだったわけだ。」

ビクッと芦屋さんが震えた。

いそいそと布団に潜り込んで亀のように引きこもってしまった。

「…ごめん。せっかく半場が無くしてくれたのに、あたしはまた。」

芦屋さんはきっと再びアルミナを手に入れてから気に病んでいたんだろう。

僕はベッドに近づいて布団の上から頭を撫でた。

「半場…」

「あの時止めたのは芦屋さんが焦って無茶をしようとしたからだよ。今みたいにいろんなことを考えて、その上でジュエルを使うなら僕は何も言わない。まあ、僕たちの敵に回るなら容赦は出来ないけどね。」

芦屋さんは暫くされるがままになっていたが布団から首だけ出してきた。

格好は滑稽だがようやく目から怯えの色が消えてホッとした。

「ありがとう。あたしは誓う。半場が大切な友達を傷つけない限り、どんなことがあろうともこの力を半場に向けはしない。」

格好は滑稽だが、芦屋さんはまっすぐな誓いを立てた。

「…。」

今度は僕が目をそらす番だった。

芦屋さんの大切な友達には当然八重花も含まれている。

八重花はヴァルキリーに居るわけだから敵同士で戦ったのだから大なり小なり傷つけた。

(まずい、なます斬りにされる。)

目に見えないところにじっとりと冷や汗をかく。

「…半場。何を隠してる?」

こんな時鋭い芦屋さんが恨めしい。

芦屋さんは八重花がヴァルキリーに居ることを知らないだろう。

ここは教えない方がどちらのためにもいいことだと思う。

(黙っていよう。)

そう思った矢先

「さあ、吐け!」

芦屋さんは僕の手を取ってベッドに引き倒し腕ひしぎという間接技をかけてきた。

腕に胸の感触があるがアルミナが発動してしまったせいで腕の痛みと恐怖が先行する。

結局僕は数分持たず陥落した。



僕はベッドの上に正座をして事のあらましを説明した。

すべてを聞き終えた芦屋さんは神妙に頷いた。

「そう、八重花がヴァルキリーにね。」

「僕のせいなんだ。ごめん。」

僕の謝罪に芦屋さんは何も言わなかった。

一通り説明したら面会時間の終わりになってしまった。

「今日はもう帰るよ。」

ベッドから降りて靴を履き、病室の出口に向かう。

「うまく整理できないけど、あたしは半場の敵になるつもりはないから。」

背中に掛けられた芦屋さんの言葉。

そう言ってくれるのが嬉しかった。

「ありがとう。」

気恥かしくて振り返らずに礼を言い、僕は病室を後にした。


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