5:完全なる象徴
「ホント、信じられませんっ!」
スズの部屋に戻ってきて、彼女の第一声はそれだった。
「もう許してやらないか? それなりの理由があって、仕方なく――」
「先生も先生です! 私をエサに使うなんて」
「それは、悪い事をした……」
すっかり怒ってしまったスズは、先生でさえも頭を下げる程だった。
着替えるからと僕達を部屋から追い出し、ドアに鍵まで掛けてしまった。
「先生……」
「……お前さんにも悪い事をしたな」
二人揃ってため息を吐いた。
「――これからボクはどうしたら良いの?」
僕達と一緒に追い出されたのだろうミーテが、先生を見上げて問う。
先生がミーテを動かした際に、彼女を『僕』だと言っていた。
つまりは、彼女はもう先生の道具の一つに過ぎない、という事だ。
「お前さんは、そうだな。これからは、テツヤの命令に従え」
「……はい?」
僕の意見も聞かず、勝手に事を進められてしまう。
こくり、と頷いたミーテは、今度は僕を見上げた。
「何をすれば良いの?」
「……僕の部屋で待ってて」
頷くと、ミーテは僕の部屋に向かっていった。
また先生に面倒事を一つ押し付けられた、といっても過言ではないだろう。
「喜べ。お前さんの命令一つで何でもやってくれるぞ」
「何もやらせる気がないんですけど……」
「それなら、何もするなと命令すれば良い」
これ以上話せば、論点がズレていく気がする。
今は諦めて、別の話を持ち掛けた。
「あの男から、尋問して聞いていた事ですけど――」
「それは私の部屋で話そう」
転移の魔法陣をタバコの先で描き、先生の私室まで転移した。
机に腰かけ、タバコに火を点ける。
「さて、ここで一つ問題だ」
煙を吐き、僕を見つめて続ける。
「『蛇』にはどんな意味がある?」
蛇そのものには、生き物という考えしかできない。
しかし、その文字や伝承から考えていけば、いろいろな意味を持つ。
「守り神、女神、精霊……医学的な象徴、でしょうか?」
「それらを一つに纏めると?」
「……信仰の対象?」
僕の答えに先生が頷く。
「蛇を信仰する者達は、昔から存在する。これを読んでみろ」
本棚から一冊の本を抜き取ると、僕に手渡してきた。
褪せた皮の表紙に、赤黒い――血で描かれた魔法陣。
「僕に呪文書を読めと?」
「中身はただの本だ。気にする事はない」
乗り気ではないが、ここは先生の言葉を信じて本を開く。
どのページも黒く塗り潰されており、読めるページが……一ページだけ見つけた。
内容は、『蛇教徒』について。
「そのページに描かれているシンボルを見てみろ」
自らの尾を咥え、円を描いた蛇の姿があった。
間違いなく『ウロボロス』の絵だ。
「『完全なる』意味を持つ絵。それが蛇教徒のシンボルだ」
つまり、相手は自身を『完全なる者』と思っている。
信仰心が深ければ深いほど、厄介な事この上ない。
「面倒な輩に目をつけられたな」
煙を吐き、すぐにタバコを咥える。先生がイライラしている時に見せる行動だ。
吸殻を捨てて踏み潰し、もう一本咥えた。
「先生、吸い過ぎですよ」
「身体が求めているんだ。仕方ないだろう」
火を点けて、煙を吐き出す。
やがて、一言だけ呟いた。
「――潰すか」
スズの部屋まで戻ってくると、深呼吸をしてから、ドアをノックした。
「開いてますよ」
恐る恐るドアを開けると、中にいた寝間着姿のスズと視線が合った。
クッションを抱いていた彼女はすぐに目を伏せ、小さく言った。
「どうぞ、入ってきてください」
それを聞いてから、部屋の中に入った。
荒れていた部屋はすっかりと片づけてあり、何かあったかもわからない状態だ。
傷ついていたシャムも、毛並みを綺麗に整えられ、自分のベッドで眠っていた。
「あの、テツヤさん」
「うん?」
スズの座っているベッドの、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
彼女に歩み寄り、言う通りにそこに座る。
「さっきは、ごめんなさい……」
「いや、あれは僕や先生が悪かっただけだから、気にしないでほしい、かな」
「……状況を飲み込めなかったとはいえ、あそこまでしなくても良かったですよね」
反省する必要のないスズだが、彼女なりに深く考え込んでしまったらしい。
スズの頭を撫でて、僕は答える。
「じゃあ、お互い様という事で手を打ってくれないかい?」
そんな僕に、彼女はクスッと笑った。
「いつも優しいですね、テツヤさんは」
「なんとなく、スズに対しては」
そう答えると、真っ赤な顔で目を丸くして僕を見つめた。
いつものスズに戻ってくれて、安心した。
「さてと。僕は部屋に戻るけど、何かあるかい?」
「い、いえ。ありがとうございました、テツヤさん……」
彼女の言葉に頷いてから、部屋のドアを開けた。
「女泣かせな性格は、まだ治っていないのかね」
「黙って寝てろ。傷に障るぞ」
ふん、と鼻息を立ててから、再びシャムは目を瞑った。
ドアを閉め、僕の部屋に向かう。
一つ問題を解決したら、また問題か。
意を決して自分の部屋のドアを開け、中の様子を窺う。
「おかえり、ご主人様」
出迎えてくれたミーテに、いきなりそんな事を言われた。
まさか、僕が戻ってこないうちに、先生がまた彼女に吹き込んだのだろうか。
「……その呼び方はやめてくれないかな」
「いや。ご主人様と呼べ、と命令されてるの」
先生、何を余計な事を吹き込んでくれたんだ。
「僕の命令でも、その呼び方だけは変えてもらえないのかい?」
「うん。でも他はどんな命令でも聞き受けるから」
「どんな命令、と言うと?」
「ご主人様が脱げと言えば脱ぐし、抱かせろと言えば――」
「わかった……もう何も言わないでくれ……」
先生はどこまで僕を弄びたいのか、正直わからなくなってきた。
下手にミーテに変な命令なんてした日には、いつまでもネタにされるだろう。
これ以上、何も起こらない事を祈るばかりだ。
「とりあえず、そこに座ってくれるかい?」
「ご主人様の命令なら」
僕が指差したベッドに座ると、僕をじっと見つめていた。
きっと、他の命令を待っているのだろう。
「ミーテの話を聞かせてくれるかい?」
「ボクの話? そんな事、聞いてどうするの?」
「何も聞かずに、僕の命令を聞いてほしいんだけど」
「あっ、ごめん。じゃあ、話していくよ」
情報を聞き出せないかと話を聞き始めたが、ミーテの話は夜遅くまで続いた。
最終的には、彼女も僕も、その場で寝てしまったのだが。
だが、一つだけ気になった言葉があった。
ミーテを呪文書に縛り付けていた者は例の人形師ではなく、白いローブを着た者だった、という事だ。
何かしら、絡んでいるのだろうか。
先生の言った『蛇教徒』という者達が。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回は1週間前後に投稿しようと思っています。
では、また次回まで。




