表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

⑧初戦 その一

 秀英学園の一角。第6アリーナ。だだっ広い体育館のような建物へと龍弥と怜司はやって来ていた。天井は高く、アリーナ全体を見渡せるように、内壁に沿ってギャラリーが設置されていた。とは言え、観客らしき人はおらず、アリーナには決闘に参加する龍弥たちと数人の職員しかいない。


 アリーナのド真ん中、龍弥と怜司は目の前の敵に対峙していた。


「逃げずに来るとは感心だな。佐々木君にもそんな風に迫っていたのか?」


 怜司は眼前の彩月と涼子に話しかけた。


「黙れや!! アンタみたいな変態クソ野郎は私が倒す!!」


 怜司の言葉を挑発と感じた涼子は、眉間に青筋を走らせて罵声を飛ばす。


 一方、彼女の横に控える彩月は、冷めた目で龍弥へと視線を向ける。


「……」


 龍弥は言葉を発することなく、目を逸らして決闘の開始を待つ。


 するとその間に割って入るように、審判らしきスーツ姿の男性が現れた。


「双方とも準備はよろしいですね? 決闘の形式は二対二のフリーバトルです。形骸器械の使用に制限はありません。時間は無制限で、ホロセウムのセイフティレベルは三段階の中間、レベルBに設定して行います。その他、当人同士の取り決めはありますか?」


「いいえ、ありません」


 怜司が代表して答え、全員が首肯することで同意を示す。


「承知いたしました。今回の決闘の参加者は氷室怜司、五十嵐龍弥。そして水瀬彩月、坂本涼子で間違いありませんね?」


 審判が手に持った端末で顔と名前を確認し、最終チェックを終了する。


「それでは決闘を始めさせていただきます。なお今回の決闘におけるポイントの配分は、参加者のランキングの平均値から考慮致します。皆様、位置についてください」


 審判の合図とともに、四人はそれぞれにかなり離れた位置へと散った。


「では……決闘開始!!」


 審判がそう号令した瞬間、アリーナに引かれた白線に沿って光の壁が出現する。壁に仕切られた内部は、その姿をホログラムの映像のようにノイズを走らせながら変化し、全くの別空間を創造していく。


 秀英学園の決闘はホロセウムと呼ばれる特別な空間で執り行われる。空間上の物質は全て形骸で構成されており、様々な種類のバトルフィールドが存在するが、最も重要なのは安全装置を備えている点である。


 セイフティシステムと呼ばれる機構が設置されており、決闘に参加した生徒が命に関わるような負傷を負わないよう、ダメージが自動的に軽減されているのである。セイフティレベルは三段階に分かれているが、Bランクであれば戦闘続行が不可能と判断された段階で、その生徒はホロセウム外へと強制脱出させられるのだ。


 龍弥は変わりゆく空間をじっと傍観し続ける。


 ホロセウムは幾度とないフラッシュが続けた後、天井まで伸びた太い柱を等間隔でいくつも持ち合わせる、鉛色の広域空間を作り出した。


「フン……速攻で終わらせてやる」


 ホロセウムの準備が完了したのを確認し、龍弥は床を破壊しかねない程の衝撃と共に、彩月へと急速接近する。


 彩月は彼の行動に即座に対応し、PDAを操作して、〈広刃剣ブロードソード〉と呼ばれる両刃の形骸器械の剣を構える。そしてやや離れた位置にいた涼子は、形骸能力〈束縛〉で特製の鞭を作り出し、渾身の力を籠めて龍弥へとそれを振るう。


「ハ――そんなモン、俺に当たるかよ!!」


 四十メートル以上の距離を一瞬で疾走する鞭。龍弥はその攻撃軌跡を完全に見切り、右手で鞭の尖刃を殴りつける。乾いた音が響き、龍弥の右手に痛みが走った。


 が、彼はそんなことには構わず、速度を緩めることなく彩月との距離を縮める。


 一瞬で決めてしまえば良い。そうすれば、余計な事を考えることなく、この決闘を終わらせることが出来る、と龍弥は思った。


 すると彩月は剣を携えたまま、龍弥に向かって走り始めた。


 そして次の瞬間、彼女の姿が空間に溶け込むかのように消失した。


「――何!? 消えた!?」


 突然の事態に、龍弥はその疾駆を止め、辺りを見回す。彩月の姿を探そうとするも、どこにもその姿が見当たらない。柱の後ろに一瞬で隠れたのかと考えるが、先ほどの現象は動きが早いなどというものではない。龍弥は周囲を警戒する。


 その刹那、彼は側面に見えない脅威を感じ取り、咄嗟に身体を庇うように両腕を交差させる。


 そして鈍器で殴りつけられたかのような衝撃が、身体に走った。


「……ぐ!? ……これは!?」


 正体不明、不可視の攻撃から遠ざかるように、龍弥はその場を脱出する。


 そして彼は何が起こったのかを理解した。これは彩月の力によるものだと。


「……悪いけど、アンタみたいにサボってたわけじゃないから。今までと同じだと思ったら、大間違いよ」


 彩月の姿が、何もなかったはずの空間から浮かび上がった。


「……なるほどな」


〈変質〉という形骸能力。身体の表面から数センチ程度しか効力を発揮しないが、形骸をどんなものにでも変化させることが出来る力。それは例えば、カメレオンのように姿を消し去る……光学迷彩さえも、彼女には作り出せるということを意味する。


 彼女は自分の意志で、その姿を幽霊のように消失させることができるのである。


 身体を起こし、見下すような視線を向ける彩月の姿を見て、龍弥は舌打ちした。


 不快だった。それは彼女の強さ、能力者としての技量ではなく、彼女の存在そのものに対する感情だった。あの目が……自分を見る、あの目が、憎くて仕方がない。今すぐ消し去りたい。例え、彼女を壊すことになっても。


 異常なまでの怒りが、彼の頭を支配していた。


 怜司は遠くからその模様を眺め、ため息をついた。


「やれやれ、早速想定外の事態になったか。とりあえず、俺も参加させてもらおう」


 彼は彩月と同じくPDAを操作し、二丁の〈拳銃ハンドガン〉を作り出した。


 怜司は姿を消せる彩月を撃ち落すのは無理だと判断したのか、その銃口を涼子の方へと向け、銃声を何度も轟かせる。


 しかし、彼女を打ち抜くはずの弾丸は、青い光の壁のようなものに阻まれてしまう。


「……ふむ」


 彼は驚く素振りも見せず、弾切れになるまで引き金を引き、涼子の周りに展開する青色の障壁を観察する。


「残念ねー、飛び道具を使って来ることぐらい分かっていたから、それなりの準備はさせてもらったわ。個人でコイツぐらい高ランクの形骸器械を手に入れるのは無理でしょ? 大人しく、そこで指を咥えて見てなさい」


 弾丸が当たる度に青く発色するバリア。これは彼女の能力ではなく、〈青装甲ブルーアーマー〉と呼ばれる形骸器械の効力であった。攻撃を感知した瞬間にのみ使用者を守るバリアを展開する、という形骸器械。


 秀英学園内で形骸器械を手に入れることは比較的簡単である。電子マネーを代価にして、学内ネットワークか購買で形骸器械のデータを貰えば良いのだ。ただし、形骸器械はその性能からランク分けがなされている。A~Fの六段階に形骸器械は分類され、Dランクまでのものであれば、先の方法で必要な電子マネーを払い、誰でも手に入れることが可能だ。だが、Cランク以上の形骸器械は、学内には一般に流通していない。定期的もしくは特別なイベントの褒賞として手に入れるか、特殊な要件を満たして獲得するかしか方法がない。


 秀英学園で学生同士が徒党を組む理由は、共同戦線を張るだけでなく、効率よく形骸器械を得るという目的も兼ねているのである。故に、個人で活動している生徒にとって、高ランクの形骸器械は手が届かない代物だった。


 そして〈青装甲〉はCランクの形骸器械であるため、怜司が入手するのは相当に難しいということを示していた。


 怜司は涼子の嘲笑うかのような物言いに、眉をひそめる。


「フン……おしゃぶりなら咥えてもやってもいいがな。それに用意した形骸器械はこれだけじゃないぞ?」


 怜司は〈拳銃〉を投げ捨て、次の武器を用意しようとする。


「ふーん。けどDランク以下の形骸器械で私を倒せるかしらね? 無能力者だからって、手は抜かないわよ」


 涼子は第一の敵を怜司に設定したのか、彼へと迫る。


 対して怜司は、視界の端に映る龍弥の姿を捉える。


 そしてすぐに、目下の敵である涼子へと視線を戻した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ