エピローグ スムース・クリミナル 震えて眠れ
グリップルの章
仕事は好きだ。それでも嫌いになる時はある。そんなの誰だってそうだろう。当たり前のことだ。いつでも好きでいられる仕事なんてない。
どうしようか、というのが最初の言葉だった。というより、こういう場面で声が出たのが初めてだった。
もうどうさんに電話しないと。そう思った。実際そう言われたのだ。この鍵や写真がどんなものか分かったらすぐに連絡しろ、と。彼の命令に逆らえるはずがなかったし、強制されずともそうするつもりだった。彼のことが好きだ。善人なのだ。
だからこそ、電話したくなかった。
この写真。
机の上に肘をついて、めがねをとった。目頭を抑えて疲れを癒す。目の前には巨大なモニター。キーに汗のついたキーボード、マウス。後方には巨大なコンピューターがいくつも並び立っている。肘掛けを触る。背もたれに体を預ける。
ゴム手袋を外して写真を見た。
どうしたものか。彼は一体どこで手に入れたんだろう。どうして知りたがったのだろう。
深呼吸する。
考えていても仕方ない。
電話をとる。彼の番号にかける。
一つ咳払いをして唇を舐めた。
コールがいつもより長く感じられる。
だめだ、出ない。留守電に切り替わった。
深く息を吐く。
一応入れておくか。
「あー、もうどうさん。すみません。グリップルです。頼まれていたことが完了しました。それでなんですが、電話でお伝えするのは少しリスクが伴うかと、判断しましたので差し支えなければどこかで会いたいのですが、これを聞きましたらすぐに連絡してください。正直、ものすごい渦に足を突っ込んだ気がします」
電話を切る。
持久走を全力で走り終えたような疲労感と心臓の圧迫感が襲ってくる。学生時代、体育の持久走で最後の一人になると「ダイエット」と馬鹿にされたものだ。
ため息をつく。
最後の渦がどうのこうのというのは自分でも考えついたのが不思議なくらいだ。普段本は読まないしそういう表現をしている人間を冷ややかに思うタイプなのだ。
写真を持つ。
持っただけだった。持とうとしただけなのかもしれない。
頭に穴が空いたことは分かった。痛みは自然となかった。写真が指から離れる感触だけが残った。
男はグローブ越しに写真を持って死体の写真を撮る。写真をビニールの袋に入れて、内ポケットにしまう。携帯で「終わったこと」を伝えて、踵を返した。仕事が終わったことを、だ。
男は鼻をすする。
渦、か。まあ悪い表現ではなかったな。




