第40話 3D彼女♂とレトロ彼氏♀
目が覚めた。朝の日差しが、斜めから部屋に入っている。
隣に、アキラさんがいた。
腕の中にいた。温かい。肌が全部触れている。
アキラさんも、薄く目を開けた。
「……おはよ」
「……おはよう」
くっついてきた。ぎゅ、と。全身で。
「こうして全身でぎゅーって触れ合ってるとさ」
「うん」
「体全体が手のひらになった感じ。わかる? 身体で手を繋いでる? みたいな」
——わかる、と思った。
手だけじゃ足りなかった。手を繋いで、匂いを嗅がれて、それでも足りなくて——今、こうなっている。
腕に、少しだけ力を込めた。
「……わかる」
「えへへ」
◇ ◇ ◇
気づいたら、昼前だった。
「こういうのブランチって言うんだっけ~」
アキラさんがキッチンに立っている。Tシャツにショートパンツ。
さっきシャワーを浴びて着替えたところだった。俺も浴びた。
目玉焼きとトースト。コーヒー。ごく普通の、遅い朝ごはん。
いつもの台所。いつもの食器。いつものリビング。
——でも、全部違った。
すれ違うときに肩が触れる距離が、昨日までと違う。
食器を渡すときに指が重なる時間が、少しだけ長い。
「あ、そうだ。今日の配信だけどさ、展示会のお礼とレポートやろうと思って」
「いいね」
「紗雪ちゃんもさ、一緒に出ない? コラボで感想戦しようよ」
「……え、今日?」
「私スタッフ側だったからさ、お客さん目線の紗雪ちゃんいた方が話しやすいし。感想とか聞きたいって人いると思うんだよね」
「……急すぎない?」
「大丈夫大丈夫、雑談だから! ブラック紗雪は封印でいいから。ね?」
まっすぐ、屈託無く笑う。断れそうにない。
◇ ◇ ◇
「ねえ、思ったんだけどさ」
コーヒーを片手に、アキラさんが言った。
「昴さんもさ、紗雪ちゃんみたいな一面あるんだなって。昨夜、思った」
「……一面?」
「なんていうか、紗雪ちゃんって昴さんの『こうありたい自分』みたいなとこ、ない?」
——こうありたい自分。
紗雪を始めた頃のことが、一瞬よぎった。
その少し前の、深夜に開いた配信。和太郎さんの声——
「あ、そんなに難しく考える感じじゃなくて、なんていうんだろうな」
「……」
「昴さんのほんの一面。でも大事な一面」
「……」
「紗雪ちゃんも昴さんもだいすきなの。きっと、そういうこと」
——紗雪も、俺の一面。
和太郎もれとろもアキラさんの一面。全部、同じ人の違う顔。
「VTuberってさ、自分の写し身みたいなとこあるよね。姿も……声も違うことがあるけど」
「……うん」
「れとろも和太郎も私の一面だし。なんだっけ、あのレトロゲームの……汝は我、我は汝、みたいなの」
「……心理学でいうペルソナですかね。仮面」
「そうそう! ゲームの方もそうだよね。もう一人の自分を受け入れるやつ」
「……確かに」
「でしょ? 紗雪ちゃんも自分の別の一面って思うとさ、昴さん的にはどう?」
「……複雑だなぁ」
「きっとああいう元気で可愛らしい一面もあるんだって」
「……どうだろ」
「あるある。私が保証する」
「……うーん」
コーヒーカップを両手で包んだまま、唸った。元気で可愛らしい一面。紗雪。俺に?
「まあまあ、難しい顔しないの。こうして3Dの彼女もできたわけだし」
「……3D?」
「三次元、リアル。私のこと、彼女。にひひ」
「…………」
「それにさ、昴さんは、れとろの彼氏でもあるよね~。ふふふ」
「3D彼女がいて、れとろの彼氏——それ、両立しちゃっていいところ?」
「いーのいーの。我はれとろ、汝は昴。もちろん、わたさゆもアリ。愛があるなら事案もなんのその!」
「えー……。それにしても、男女あべこべ感強くて混乱しそうだな」
「いーじゃん。中の人ごと、好きになっちゃったんだもん」
——中の人ごと。
和太郎・れとろの中のアキラさん。紗雪の中の俺。全部ごと。
「あ、ところで。れとさゆって百合じゃない? れとろと紗雪ちゃんで」
「……百合?」
「ありかも。あ、でも……わたさゆも、アキすばもあるし。昴さん、全方位で受けだね」
にやにやしている。完全に楽しんでいる。
「なんでこっち総受けなんですか……昨夜は……」
アキラさんが、ふっと黙って視線を反らした。
丁度こちらを向いた耳が、赤かった。
——総受け。昨夜のことを、たぶん思い出している。
何も言わなかった。俺も、何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
午後は、ゆっくり過ごした。
俺は仕事を少しやって、アキラさんは配信の構成を練っていた。
同じ空間で、別のことをしている。ときどき目が合うと、どっちからともなく笑った。
そういう午後だった。
◇ ◇ ◇
夜。食器を洗った。夕飯の分。いつもの流れ。いつもの場所。
アキラさんが配信部屋に入って、俺は隣の部屋で配信環境を立ち上げた。
モニターに紗雪のアバターが映る。
ヘッドセットを被った。なんだか久しぶりな気もする。
壁の向こうから、声が聞こえてくる。
「じゃ、行くよ~」
アキラさんの声。素の声。壁越し。
——次の瞬間。
『おう、みんなー! 昭 和太郎だ! 昨日は展示会来てくれてありがとな! がっはっは!』
『今日は特別ゲストも呼んでるぜ。この間の対戦ゲーム回で大暴れしてくれた——』
『——和太郎さーん! みなさーん! こんばんはっ。夜空紗雪で~す!』
画面の中で、和太郎と紗雪が並んでいる。
コメント欄が一気に動き出した。
パルサー、みやぢー。ノワールにレオ、ちとせさんもいる。
『おぅ紗雪ちゃん、今回もよろしくな!』
推定五十代の、気のいいおじさんVTuber——の、中の人と今朝も顔を合わせた。
『よろしくお願いしまぁす! ブラック紗雪は封印ですからね~っ』
男同士じゃなかった。気楽なもんでもなかった。
『わかってるわかってる、がっはっは!』
——でも、悪くない。
明日も、きっとこうだ。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
楽しんで頂けたなら、幸いです。
昴(紗雪)とアキラ(和太郎)が恋人になるまでのお話はここまで。
今後の展開によっては第2部以降のお話も書けたらと思っています。
先の話になるとは思いますが、昴とアキラのライフステージの更なる移行や
より多くの個人VTuber、VRの世界なども絡めていつか描ければ……なんて構想もあります。
まずはここまで、2人を見守ってくださって本当にありがとうございました。
もし、面白いと感じたら
★やご感想、レビューなど頂けますと嬉しいです。




