第31話 正面から向き合え!
「紗雪ちゃん、今日ピンチヒッターお願いできない?」
配信3時間前だった。レトロゲーナイトのゲストが急病で欠席。穴が空いた。
「えっ、今日!?」
「うん。ゲームは決まってるから。とりあえず来てくれると助かる」
アキラさんが配信部屋のドアの前で手を合わせている。断る理由はなかった。
「……わかりました」
「やったー! あ、ちなみに今回は対戦格闘ゲームね。あの、金髪の軍人とか手足が伸びるインド人が出てくるやつ」
「……あれですか」
「あれ。いいでしょ、盛り上がるし」
◇ ◇ ◇
『レトロゲーナイト、対戦スペシャル! 今日はゲスト欠席のため、急遽紗雪ちゃんに来てもらったぞ。よろしくな!』
『ピンチヒッターの、夜空紗雪だよぉ~。今日は、よろしくお願いしまぁす!』
配信が始まった。
和太郎さんが画面の中で笑っている。
『今日はなぁ、対戦格闘だ。しかも特別ルール。紗雪ちゃん、今日はタメ口でいこうぜ。対戦に敬語はいらねぇ』
『……え、タメ口?』
(……聞いてない)
『おう。遠慮してたら面白くないだろ? ガチでかかってこい』
コメント欄が流れた。『タメ口紗雪ちゃん新鮮~』『ぎこちないのかわいい』。
対戦が始まった。
『和太郎さん、それはちょっと……あ、えっと、ちょっとずるくない?』
『はっはっは! いいぞ、その調子だ。あと呼びタメでいいからな!』
一戦目。負けた。
『……もう一回』
『いいぜ。何度でもかかってこい』
二戦目。また負けた。三戦目の途中で、和太郎さんが飛び道具を連射し始めた。
『んがーっ! 飛び道具連打すんなぁ!』
声が、自分でも思ったより低く出た。
『おぉ、こりゃたまんねえなあ! 新しい扉開きそうだ! 紗雪ちゃん、もっとだ! むしろ罵ってくれ!』
『うわあ、ドン引き~』
コメント欄が爆笑していた。『和太郎キモいわw』『紗雪ちゃんの新しい一面』。
四戦目。和太郎さんが金髪の軍人で待ち始めた。しゃがんで、こっちが来るのを待っている。
『おらぁ、うだうだしてんじゃねえ! さっさとかかってこいやぁ!』
画面の中で金髪の軍人がしゃがんだまま動かない。露骨な挑発。
『ミエミエの誘いしてんじゃないのよーっ!』
飛び込んだ。対空技で落とされた。仕方なく距離をとってガードを固める。先に動いたほうの負けだ。
『いつまで守りに入ってんだよ! ガードばっか固めやがって!』
『そっちこそずっと待ってるだけじゃん! 全部こっちに来させる気でしょ!』
五戦目。手足が伸びるインド人で間合いをとる。遠距離からちくちく刺していく。
『逃げんな! 正面から向き合え!』
『正面から来られたら避けらんないだろ! こっちはリーチで勝負してんの!』
ボイチェンの音が割れ始めていた。叫ぶたびに、機械が追いつかなくなっている。甲高い電子音が混ざった声が、自分でもわかるくらい耳障りだった。
六戦目。緑色の獣人に変えた。近づいてきたら電気を流す。触れられない。壁。
『びりびりすんなぁ! 近づけないだろうが!』
『近づいてくるから悪いんでしょ! デリカシーって知ってる!?』
『そりゃこっちのセリフだぞぉ!?』
コメント欄が湧いていた。『イミフwww』『痴話喧嘩にすら見えてきたwww』。
七戦目。和太郎さんが白い道着の空手家に切り替えた。回転しながら突っ込んでくる蹴り技。画面の中でくるくると回る。
『うわ、何その技! くるくる回んな!!』
『男のロマンだぜ、竜巻はなぁ!』
回転蹴りが当たった。吹っ飛ばされた。
『そりゃないだろ! 次こそブチ倒す!』
『くっそ! 和太郎ぉぉお!!』
七戦目。お互いキャラを変えた。俺はチャイナ服の女性格闘家。和太郎さんが選んだのは、まわし一丁の大男だった。
突進してきた。掴まれた。
画面の中で、大男が俺のキャラを抱え込んだ。圧倒的な力で締め上げて、離さない。体力がみるみる削れていく。
——K.O.
『抱きしめて倒したwww』『マシンが悲鳴あげてるw』
『……っしゃあ!!』
和太郎さんの、腹の底から出る声。勝利の雄叫び。
コメント欄が走っていた。『ボイチェン限界で草』『さん付け消えたwww』『バ美肉隠すつもりすらなくなったwww』
『……くっそ。めちゃくちゃ悔しい。けど……楽しかった』
『これがブラックさゆきちか』『むしろこっちの方が好きまである』『歴代レトロゲーナイトで一番熱いんだがw』
『がっはっは! 今日はここまで! 紗雪ちゃん、ピンチヒッターありがとなー! みんなもおつかれー! また来てくれよなー!』
『……おつかれーっ! 次は、絶対勝つ!』
◇ ◇ ◇
ヘッドセットを外した。耳の裏が汗ばんでいた。Tシャツの背中が、べたりと貼りついている。
配信部屋を出ると、アキラさんが廊下に立っていた。同じように額に汗が浮いている。
目が合った。
手が、出ていた。
アキラさんの手が、俺の手を掴んだ。強く。無言で。
離すタイミングが、分からなかった。
数秒。手の中に、アキラさんの体温があった。
「……何やってんだろうね、私たち」
「ほんとだよ」
「……ぷっ」
「あっはっはっはっはは!!」
堰が切れたみたいに、止まらなくなった。廊下にしゃがみ込んで、壁に背中をつけて、二人で笑っていた。
「はー……」
アキラさんが目尻を拭いた。
「ブラック紗雪、伝説になっちゃったね」
「……黒歴史だ」
「でもさ、黒歴史も悪くないよ」
「……説得力ありすぎる」
アキラさんが、少しだけ静かに笑った。
「はー、シャワー先浴びてきていい?」
「いってらっしゃい」
シャワーの音が、浴室から聞こえていた。俺は廊下に座ったまま、天井を見ていた。
手のひらに、まだアキラさんの体温が残っていた。
◇ ◇ ◇
アキラさんがシャワーから出てきた。髪を拭きながら、俺のほうを見た。
「ねえ」
「ん?」
「今日さ、おふとん並べて寝ない?」
タオルで髪を拭く手が止まらないまま、なんでもないことみたいに言った。
返事が、出なかった。
アキラさんは待たなかった。もう自分の部屋に向かっている。
「修学旅行みたいなノリでさ、いろいろ話したいなって」




